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 自分が『ゲームの世界』にいると気づいたのは、家に学園の制服が届いた時だった。

 

――『王立魔法学園』。


 この国では、魔力を有する者は必ず通う学園。魔力がなければ魔法は使えない。だが使うにも知識と技術がいる。それを適切に学ぶための機関が王立魔法学園だ。

 魔力を有する者は、ほとんどが貴族だが、まれに平民の中にも現れるいう。

 学園に通うほどの金銭的な余裕がない平民は、国が全面的に支援して学園に入れてくれる。それほど魔法というものは希少なのだ。

 幸い、私、シャルロッテ・シュミットは魔力を持つことができた。

 新しい制服に心が躍り、体に当てて、鏡を見てみれば――


 鏡のなかの自分と目が合った瞬間、思わず制服を取り落した。

 激しいデジャヴに襲われる。

 自分とそっくりの容姿の女性が高笑いしている。その姿は意地悪そうで、悪意に満ちていた。


「悪……やく………れい…………じょう」


 自分が呟いた言葉に思わずはっとして、口に手をやる。

 鏡の中を見れば、同じ仕草をした自分と目が合った。

 そこには顔を青ざめさせた少女が、心細い表情を浮かべている。

 先程の意地悪な顔つきをしていた女性とは似ても似つかない。


「そうよ、ただの気の所為……」


 黒い真っ直ぐな髪に紫色の瞳。その姿に何故「悪役みたい」と思うのか、わからなかった。




 今、思えば色々と違和感はあった。

 生まれた時からこの世界(ここ)に住んでいるのに、何故、建物や道路、馬車を見て「違う」と思うのか。一体自分は何と比べているのか。

 婚約者だとアラスター殿下に初めて紹介された時も、「この人のことはきっと好きにならないだろうな」と思った時も不思議だった。

 初対面で、人柄なんてまだ全然知らないのに、まるでもう既に見知っていて相手を充分理解してるかのように判断した自分がおかしかった。

 けれど、そういった数々の些細な違和感に蓋をして、周りに変に思われないように、アラスター殿下の婚約者になってからは立派な次期皇太子妃に見えるように努めてきた。

 制服を体に当ててからは、不安にも似た黒い染みが、心の隅に居座るようになってしまったけど。


 それでも、そんな自分の心を押し隠して、入学式を迎えた日。


 門から校舎へと歩いている途中、私は『彼』の姿を見た瞬間、全てを思い出した。


 この世界(ここ)が『乙女ゲームの世界』であるということを。

 前世にプレイした『恋愛シミュレーションゲームの世界』であり、『大好きな人がいる場所』であるということを。


 衝撃だった。

 しばらく息をするのも忘れたかもしれない。

 そんな私に構わず、『彼』が向こうから歩いてくる。

 目が合ったと思って、ドクンと心臓が跳ねた瞬間――


「きゃっ!」


 細い悲鳴とともに、誰かがどさっと地面に転ぶ音がした。


「大丈夫か?」

 

 すかさずかかる声。

 見れば地面に座りこんだピンク色の髪の少女とそれを助けおこそうとしている自分の婚約者の姿が見えた。

 この場面、見たことあるわ。

 ヒロインとアラスター殿下の出逢いの場面。


「いたた。……ありがとうございます」


 ヒロインが眉根を下げて、殿下の手をとる。


「怪我はないか」


「はい! 大丈夫です! ありがとうございます!」


 すぐに屈託のない笑顔になったヒロインを見て、殿下がくすりと笑った。


「元気がいいんだな。入学して嬉しいのはわかるが、はしゃぐとまた転んでしまうぞ」


「えへへ」


 頬を染めて下を向くヒロインが、女性の私からも可愛く映った。


「私はアラスター・ファネンデルトだ」


「私はリリアナ・ティアニーです。よろしくお願いしますっ!」


 にっこりと笑うヒロイン。

 ゲームではここで、悪役であるシャルロッテが現れてヒロインにひどい言葉を浴びせて牽制するのだが――。


「殿下」


「ああ、シャルロッテ、君もいたのか。これも何かの縁だ。紹介するよ。こちらはリリアナ・ティアニー嬢。今知り合ったばかりなんだ。ティアニー嬢、私の婚約者のシャルロッテ・シュミットだ」


「初めまして、リリアナさん。私はシャルロッテ・シュミットと申します。これからよろしくお願いしますね」


 ゲームと酷似した展開にしばらく気を取られていた私だけれど、すぐに持ち直すとリリアナさんに向かって微笑んだ。

 けれど、リリアナさんが向けてきた表情はそれとは全然違って――。

 こちらが「え?」と戸惑った次の瞬間には、表情がころっと変わった。


「初めまして、リリアナですっ。お知り合いになれて嬉しいです、シャルロッテ様」


 きらきらした表情に先程の表情は見間違いだと安堵した。

 だって、『ヒロイン』は優しい性格だもの。

 睨みつけるはずなんてない。


「そっちの者は――」


 殿下がリリアナさんの少し後ろにいた『彼』に視線を向ける。


「ああ、私と同じ孤児院出身の者なんです。小さい頃から一緒にいるから、友達っていうより、家族、うーん、幼なじみに近い存在ですねっ」


 可愛らしく小首を傾げたあと、元気よく声を上げる。


「ほら、カイル、挨拶してっ」


 リリアナさんの言葉に『彼』が進みでる。


「カイル・ブレイズです。よろしくお願いします」


 私たちの前で、頭を下げる。

 その癖のあるオレンジがかった髪がさらりと揺れる。 

 頭を上げれば、髪と同じ色の瞳が意思を持って、そこにあるのがわかった。

 肉体を伴った『カイル』が目の前にいる。その現実に胸が詰まった。


 ――『カイル・ブレイズ』。

 ヒロインの幼なじみであり、ゲームのサポートキャラ。

 そして、私が一番好きだったキャラクター……。


「アラスター・ファネンデルトだ。こちらこそよろしく」


「シャルロッテ・シュミットです。よろしくお願いします」


 私は胸の高鳴りを抑え、冷静を装って挨拶する。


「アラスター様は教室に行くところですか? なら私も御一緒していいですか? なんだか周りにいる方々が貴族の方ばっかりで、心細くって」


 不安気な顔を見せて殿下に呼びかけるリリアナさんに、私はすかさず声をかけた。


「リリアナさん、『アラスター様』ではなく、『殿下』とお呼びしたほうが良いかと思います。リリアナさんは今まで貴族の方と知り合う機会がなかったから、ご存知ないかもしれませんが、皆さん、アラスター殿下のことは『殿下』と――」  


「ひどいですっ。私が孤児院出身だから何も知らないだなんて」


 いきなりほろりと涙が一粒零れたと思ったら、リリアナさんが顔に手を当てて泣き始めた。

 

「そんなつもりで言ったわけでは――」


 私は慌てて、言い繕う。

 私はただ他の貴族の生徒が聞いたら、リリアナさんに冷たい目線が送られてしまうだろうと、心配してのことだったのに。

 それに『ゲーム』では親しくなってから本人から「アラスターと呼んでほしい」とお願いされていた。その前まではヒロインもみんなと同じ「殿下」呼びだったはず。

 だから、快く返事を返してくれるだろうと、思っていた。


「シャルロッテ、私はこの学園に入ったら様々な人と交流しようと決めている。だから、私にとってはティアニー嬢もそのひとりだ。せっかく親しくしてくれようとしているのに、その行為に水を挿すようなことはあまり感心しないな」


「……申し訳ございません」


 殿下が少しだけ厳しい眼差しを向けたあと、リリアナさんに声をかける。


「さあ、ティアニー嬢。一緒に教室に行こうか」


「はいっ!」

 

 さっきまで泣いていたのが嘘のように、ぱっと表情を笑顔に変えて、殿下を見上げるリリアナさん。

 私はほっとした。

 良かった、気分をそこまで引きずっていないみたい。

 私も言い方に気をつけようと自分に言い聞かせる。


「すみません、リリアナのやつが」


 カイルが私の横に来て、謝る。


「いえ、いいのよ。私も言葉が足りなかったから」


 それよりあなたのほうが辛いんじゃないかしら。『ヒロイン』のことが好きだから。

 前を行く二人を見たあと、ちらりとカイルを見れば、その表情は思いの外冷めていた。

 拗ねたような、もしくは寂しそうな表情を浮かべていると思ったのに。

 ――強がってるのかしら。

 きっとそうね。好きな娘が他の男性と仲良くしているのを見て、平気な男性(ひと)なんていないはずだから。

 胸がつきんと痛んだけど、すぐに知らないふりをして押し込んだ。

 私には婚約者がいるし、カイルはリリアナさんのことが好き。

 最初から叶わぬ恋なんてするべきじゃない。

 どう転んでも、二人の道が交わることはない。


「じゃ、俺、教室こっちなんで」


「あ、うん。それじゃ」


 軽く頭を下げて、去っていくカイル。

 ため息をひとつついて、教室に入れば、殿下とリリアナさんの姿が見えた。

 もうすでに仲が良さそうなふたり。

 不吉な予感が胸中に湧く。

 いえ、まさか。ゲーム通りになんかならないわ。だって、私は『ゲームの通り』に虐めたりしないもの。

 だから、きっと大丈夫。

 ほっと息を吐いて、不安を押し出すと席に着いた。

 

 



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