90.追われるマディ
「はぁ?辞めただぁ?」
俺とクラリは以前アプリコットとも来た事のある酒場にやってきていた、ここで働いていた猫耳の店員…俺を牢獄で助けてくれたマディに会いに来たのだが…
「えぇ、一週間ほど前に…」
と、居酒屋の店長と名乗ったお兄さんが言う
一週間と言えば、俺が牢獄から出たあたりか…タイミングから見て俺に会わないためか? 態々(わざわざ)姿を隠す意味が分からんが、何か理由があるのだろうか…
「あの、どこに行くとかは…」
「いやぁ、アイツ書置きだけ残していなくなっちゃったんで…給料も渡してないのに、あっ もしかして知り合いなんですか?だったら渡して欲しいんですが」
そういうと懐からお金の入っているであろう袋を取り出す
「ごくり…」
「ごくり…じゃないですよ! 何受け取ろうとしてるんですか、犯罪ですよ!」
「ばっ、まだ受け取って無いだろ!人聞きの悪いこと言うんじゃねーよ!」
いや、ちょっと心は動いたけど、金を稼がなくてはならんのは事実だし…
こちらを見ていたお兄さんも事情を察したのか、訝しげな顔をして懐へ袋をしまう
「いや、違いますよ?あぁそんな目で見ないで!」
店長を名乗るお兄さんは、じゃ私はこれで、と言うとそそくさと店の中に入ってしまった
それにしても、マディがいないってことは万策尽きた感じだ…もうこれは大人しく余生を過ごせって事なのか?
「ぐあぁぁぁぁぁぁっ!どうすればいいんだぁあああ!」
「うわっ、凶夜さん…ついに可笑しくなって…痛っ、な、なんで殴るんですか!」
「うるせぇ、人が真剣に悩んでる時に、くそっ 何か、何か無いのか…」
アイツは何か言っていなかったか? なんでもいいヒントになるような事でも
さっきからクラリが俺を非難するような目で見ているが今はそんなことは気にならない、ホントまったく…おい、いい加減にしろ殴るぞ
「ここでこうしていても仕方が無いですし、ミールさんの所でも行ってみましょうよ」
確かに、クラリの言うことも一理ある
そうだな、何が解決する訳でも無いしなぁ、ミールの家か…そこで事態が好転するとも思えないが
「まぁいいけどよ、ミールの家って俺知らないんだけど…」
「大丈夫です、場所なら私が聞いています! 一応ミールさんが家に帰る時にメモも用意してくれていたので、迷うこともないと思いますよ」
いつの間に、こいつ等…いつも小競り合いしているくせに意外に仲が良かったりするのだろうか
「よし、じゃあ行ってみるか、案内は頼むぞ」
「まかせてくださいっ」
◆
俺達は酒場を後にし、クラリが言うミールの家まで来てみたのだが…
「なぁ、この家…ちょっと贔屓目に、いや大分見てもボロ過ぎやしないか?」
「そんな…これ本当に人住んでるんですかね?」
「だよなぁ…」
「うーん、なぁ? 本当に此処なのか?」
クラリはミールが書き残したという地図を真剣に見ては、唸って首を傾げている
「やっぱり、どう見てもここで合っているんですが…」
そう言われてもなぁ、言っちゃ悪いがどうみても廃墟だぞ?
大きさだけなら立派なものだが
ミールの家?はハッキリ言ってかなりデカかった、普通の一軒家を想像して貰いたい、単純にあれが4つほどくっついたレベルの屋敷だ。屋敷を囲うように塀があり、大きな門が付いていて中を見る限り結構な広さの庭がある。村を歩いてきたがこれほど立派な建物はそうは無かったと思う、貴族とか名家とか言われても信じてしまいそうだ
…ただ荒れ放題な訳だが
それもただ荒れていると表現すると語弊がある、すっっっごく荒れているのだ。庭の雑草は俺の腰当たりまで伸び放題で軽いジャングルと言ってもいい、その雑草の奥に見える屋敷は窓が割れ、壁にはツタが巻き付き、外はこんなにも晴れているのに部屋の中は吸い込まれそうな暗闇が佇んでいるのだ
「これ入らなきゃダメか?」
「せっかく来たんですし…」
「そっかぁ」
酷く気が進まないが、確かにこの惨状を見てしまうと少し心配になってくる、普通に実家で休んでいると思っていたのに実家がこの有様じゃなぁ
「あっ、凶夜さん開いてますよ!」
気が付けばクラリが門の所で何かしていた、門はよくある鉄格子が縦に並んだ隙間のあるタイプのものだ。そしてクラリの手には’格子の外れた’門が握られていた、恐らく金属が腐食して脆くなっていたのだろう
「お前それ…」
「…なんか掴んだらボロってとれちゃいました…」
本当にこれ大丈夫なんだよな?