69.こんな展開望んでにゃい!
「にゃにこれ…」
そこには見上げないと全体が見えないほど大きい生き物が佇んでいた。全身が黒く、モヤのようなものを発しており、瞳は炎のような真紅が揺らめいている
一瞬思考が飛んだが、すぐさま一歩、また一歩と水辺から後ずさりをする
絶対にアレはヤバイ
獣人であるマディは生き物とは心を通わせる事が出来る
これはマディが特別というわけでは無く、獣人なら誰しもが持っている力だ
「それにしてもこれは…」
だが、アレにはその力が全く働かないのだ
一瞬、力自体が失われてしまった事も考えたが、神様はマディを転移させると言っていた、それを信じるのであれば、自分自身は何も変わっていないはずなのだ
そこから導き出される結論は1つ
「アレって、もしかして生き物じゃにゃい…?」
マディがその思考に至ったと同時に、ゆっくりとソイツはこちらへ視線を向ける
正確には首を動かして顔を向けた、と言うべきか相変わらず視線は何処を見ているのか分からない、ただただ真紅の瞳が揺らいでいる
「ヴアァァアッァアァァァァア」
瞬間、ソイツは口らしき部分を大きく広げ咆哮した
この世のものとは思えない形状し難い叫び
その叫び声を合図にしたかの様に全身に纏っていた黒い靄が物凄い勢いで辺りを飲み込み始め、立ち尽くしていたマディへと迫る
「にゃぁぁあああ!?」
それを目視し、全力でその場から離れようとするが、時既に遅し。あわや、マディは霧へと飲まれてしまった
「にゃこれ…気持ち良くなってきたにゃぁ、んっ」
薄れいく意識の中、マディはソイツが洞窟の天井、その光の中へと消えていくのを見た
霧が消えた頃、ソレをばら撒いた主の姿は既に無く、辺りは静寂に包まれ、そこにマディの姿は無かった
ただ、マディが着ていた物と同じ衣服だけが、着ていた状態のまま岩場に綺麗に並べられていた
「な、そこはだめにゃって…あぁ、いっちゃにゃふぅ~、はっ!?」
気がつくと、マディは岩場に仰向けになって大の字になっていた、慌てて辺りを見回す
辺りは静かで、先ほどのよくわからない存在は既に去ってしまったのだろうか、相変わらず周りは深い闇が続いていた
「にゃにこれ…でも助かったのにゃ?…さてお水を飲んだらこんな所さっさとオサラバするにゃん」
マディはピョンと、立ち上がると全身の砂埃を叩き落として、辺りを見回す
それはもう見事なまでに闇しかない。もはや懐かしくさえ思えてしまう
長居しすぎたせいで可笑しくなってしまったのだろうか、自分の頬をパチンと叩き気合を入れた
「にゃれ?」
何か変だ
辺りには闇しかない
そう、’水辺が無い’のだ
「さっきの奴ここまで連れてこられた…訳にゃいよね?」
嫌な汗がマディの額から滴り落ちる
違和感ーーー…
同じ場所をぐるぐる回っている時から薄々感じていたが、あえて見ない様にしていた事実がここに来ていよいよ現実味を帯びてきた
1回目は牙らしきものが見えて何かに飲まれる感触の中、意識を失った
2回目はあの何かわからない化け物の黒い霧に巻き込まれ、自身が溶けていく様な感覚の中で意識を失った
そして、目覚める時は毎回この場所にいる…そんな気がする
「もしかして、私………死じゃってにゃい?」
突拍子も無い考えだったが、声に出した事で、更にその確信は強まっていく