オシャレは「我慢と忍耐」の先にあると言うけれど・・・
元々はシリアス作品のエンディング部分として書いたものでした。
ところが何が起こったのか自分でも謎なのですが、シリアスから突然のギャグ路線に変わりました。
という事でボツにしたのですが、勝手に妄想が暴走しまして、独立させて勢いで書いてしまいました。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
※12月26日、大幅に改稿いたしました。ストーリー展開に大きな変化はありませんが、文章はかなり変わっています。
一番書きたかった文章が入っていなかったので、書き直しをさせていただきました。初稿分でブクマ&評価して下さいました読者様には感謝申し上げます。
いつの世も、女性という生き物は美しさを求めるものだ。
それがこの世の理であり、女の宿命でもある。
「今日流行ったものも明日には、消える」
などという格言を残すファッションリーダーがいるくらいだ。
だからこそ新しいファッションが生まれては流行し、また新しいものが現れる。
その波に乗り遅れてはいけない。きちんと流行に乗らなければ社交界では爪はじきにされ、馬鹿にされ、見下され、結婚相手を見つけられないばかりか、婚約者を乗っ取られることもある。
ファッションは女の鎧であり、戦闘服だ。
そしてオシャレには「我慢と忍耐」が欠かせない。
高いハイヒールの靴は長時間履いていると足が痛み、むくんでくる。それを笑顔で乗り切る。
冷たい風が吹き荒れる夜に肩剥き出しのドレスを着る。寒さは根性で乗り切る。
少しでもウェストを細くしたくてワンサイズ細い服を買う。そのためにコルセットで体を締め上げる。呼吸困難はラマーズ法で乗り切る。
痛みも寒さも息苦しさも越えた先に、女性の目指すオシャレがあるのだ。
貴族の女性にとってイケメン・高身長・お金持ち・浮気しない、これらを兼ね備えた男性を捕まえて結婚することが全てなのだ。
だからこそ誰よりも一番に目立とうと、人の目を引こうとオシャレに全力を注ぐ。
―――とかなんとか、さも偉そうなことをほざいているが、かく言う私は…………流行に乗れない。というか、乗りたくない。
「あの、落としましたよ」
「あら。ありがとうございます」
王家主催のパーティーで壁の花になっていた私は、前を通り過ぎようとしたご令嬢の落とし物を拾った。
可愛い黄色いアヒルさんだ。
お風呂に浮いているアレである。
受け取った令嬢は頭の上にそれを置こうとして――手が届かなかったらしい。
「申しわけないけど、コレを池に入れていただけないかしら?」
「もちろん。かまいません」
返した黄色いアヒルさんを受け取り、膝を落とした令嬢の後ろに回って、髪の毛の中に埋められている噴水付き人工池にアヒルさんを浮かべた。どこかひょうきんだがほっこりする顔のアヒルさんが、池でくつろいでいる。ピューと吹き出した噴水を浴びて、実に気持ちよさそうだ。
「できましたよ」
「ありがとうございます。……ええと……」
「申し遅れました。わたくしはキャレル伯爵家のアトリと申します」
「まぁ、そうですか。わたくしはロール伯爵家のキャサリンですわ。
それにしてもアトリ様の今日のお召し物は、とても個性的ですね。御髪に挿した花はとても美しいですが、素朴で(貧相)、落ち着いていて(地味)、この時期ではとても珍しいですわね(流行遅れ)」
…………言葉的には褒められているんだろうが、( )の中の本音でメッチャ貶されている。
今日の私は、王宮舞踏会に相応しいドレスを着ている。
チョコレートブラウンの髪をシンプルに結い上げ、はるか東方の島国から取り寄せた「山茶花」という花を、紅色と白の二輪挿している。大きすぎず小さすぎず、それでいて幾重にもかさなった花弁が美しい花だ。夏の今が旬で、我が家の庭には真紅、紅色、薄紅、白、黄色の花が咲き乱れている。
薔薇も綺麗だが、どこかエキゾチックなこの花が私は好きだ。だからこそ髪に挿してきたのだ。
ドレスの方も白地に同色の糸で大きな花を刺繍しており、スカート部分はその上から瞳と同じ若草色の紗レースを何枚も重ねたエンパイアラインの一着だ。非常に薄地の紗レースから透けて見える白の地色と、蝋燭の灯りを受けて浮かび上がる花の陰影が映える、涼しさを感じるスッキリとしたデザインの物である。
最近の流行の真反対を行くシンプル・イズ・ザ・ベストだ。
むしろ、最近のファッションの方が理解できない。
超巨大化したパニエにでっかい傘のように膨らんだスカート、そこにドレープやギャザーを寄せてさらにボリュームアップさせている。スカートだけで半径一メートルはありそうだ。
上半身はコルセットで抑えているが、衿繰りや袖口をレースや宝石をゴテゴテと飾り付けている。
ネックレスやイヤリングの永遠の輝きを霞めさせるドレスって、いったい何なの?
それよりさらに一番理解できないのが髪型だ。
なんで髪の毛の中に時間式で吹き出る噴水付き人工池が埋め込まれているのか謎だ。それを飾るのは、池にプカプカ浮かぶ黄色いアヒルさんだ。
マッタク理解デキマセン。
周りの令嬢や貴婦人は「流行だから!」と揃いも揃ってそんな格好だ。
普通のドレスを着ている私が、逆に浮いている。
キャサリン嬢が( )で私を貶してくるのは、会場にいる男性たちの視線が私に向かっているからだろう。
「この花はサザンカと言いまして、東方から取り寄せた珍しい花でございます。そんな花も褪せて見えるほど。今夜もキャサリン様はお美しいですね。お召し物も素晴らしいです」
「あら、ありがとう。今夜のために誂えたドレスですの。この髪型も他の皆様に引けを取らないように、我が家お抱えの髪結い師に結ってもらいましたの。
よろしければアトリ様にご紹介いたしますわよ?」
くるりと一回転しながらドレスを自慢しているが、私の目は頭の噴水の釘付けだ。
動いているのに、一滴の水もこぼしていないのだ。絶対不可侵領域ドレスより、異世界的エキセントリックな髪型より、そっちの方が気になって仕方がない。
はっ! いけない。頭をまじまじと見つめてしまった。キャサリン嬢が不機嫌な顔をしている!
ここは機嫌を取らないと!
私は目立つことが嫌いだ。目立たず、人に埋もれて一般ピープルとして人生を送るのが目標なのだ。
「素晴らしいドレスと髪型につい見入ってしまいました。
平凡な髪色に平凡な顔立ちのわたくしでは、とてもではないですが似合いそうにありませんわ。お美しいキャサリン様だからこそお似合いなのですね」
そう言うとキャサリン様は満足そうに笑い、どこか蔑んだような、可哀想なものを見るような目をしながら「髪結い師はいつでもご紹介いたしますので、声を掛けてくださいね」と、堂々とした足取りで去って行った。
少しは否定してくれてもよくない?
黄色いアヒルさんが浮かんだ髪の中の人工池からピューと噴水が吹き出し、ワッサワッサと揺れる円盤のようなドレスを半眼で見送った。
はぁ~~~。おべっか使うの疲れる!!
ぶっちゃけ本音言えば、彼女のドレスと髪型は脳の病にかかっているとしか思えないレベルで、医者を紹介したいくらいのエキセントリックぶりだ。
なんで髪の毛の中に噴水付き人工池を作るんだ! しかもリアルミニチュア版。その神経が理解できない!
あれが流行とか、この世の終わりじゃない!?
「アトリ」
心の中で叫んでいると、友人達に会いに行っていた婚約者のヴィンセントが戻ってきた。
ピューピューと噴水を上げているキャサリン嬢を死んだ目で見ている。
彼は私より三つ年上の二十一歳。侯爵家の嫡男で、私達は一年後に結婚式を控えている。灰色の髪にアイスブルーの瞳のイケメンだが、いつも無表情だからか冷血漢と勘違いされている。お茶会に行くたびに同情されるのだが、人の婚約者を好き勝手言わないでほしい。
ヴィンセントは沈着冷静で現実主義なだけです。きちんと感情もある人間で、初対面ではわかりにくいけどちゃんと笑う人だ。笑顔が片方の口角を引き上げただけなので、皮肉っぽく見えるのかもしれないが。
幼なじみの私には彼の喜怒哀楽がよくわかる。
「おかえり、ヴィンセント」
「あれは……ロール伯爵家の……?」
「ええ、キャサリン様。相変わらず凄いお姿だわ……」
私は広げた扇子の影でこっそりため息をつく。
「何か言われたのか?」
「今度お抱えの髪結い師を紹介してあげるって言われたけど、断固断った。全力で断った」
「……俺は君がまともな考えの持ち主で安心したよ。友人達からも羨ましがられた」
「それは心から感謝します」
私とヴィンセントは会場にひしめいているご婦人方や令嬢達を見まわして、同時にため息をついた。
はじまりは、二年前に王太子殿下の婚約者に決まった公爵令嬢ユリアーナ様だった。
未来の王太子妃、そして王妃になる事が決まっている彼女は、社交界のファッションリーダーだ。
そしてパニエがここまで大きくなったのは、彼女のせいだった。
これまでにもドレスは年々ボリュームを増していたのだが、パニエで大きく膨らませたドレスを婚約披露パーティーでお披露目したことでその流行が始まった。
まだ最初の頃はマシだった。パニエは両手を軽く広げたくらいの大きさだったから。それが流行すると令嬢たちが全員同じように見えてきて、婚活に苦労するようになった。
パーティーでは目立たなければ意味がない。やがて「我こそは!」と闘志を燃やした令嬢たちのパニエはどんどん大きくなり、今は両手を伸ばしたよりも大きい物に進化した。当然、それに合わせてスカートもボリュームを増し、今ではでっかい傘の天辺から人の上半身が飛び出ている様なドレスになっている。
そのドレスのせいで入り口で突っかえる女性が増え、王城は去年、舞踏会場やサロン、謁見室などの入り口の間口を広げる改修工事を行ったばかりである。
今は廊下を広げるかどうかで議会が紛糾しているというのだから、時間と税金の無駄としか思えない。
その原因が、大きくなりすぎたパニエがすれ違いざまに引っかかり、廊下の真ん中で立ち往生した王様の二人の愛人だ。
「道を譲れ」
「お前がな」
と互いに睨みあい、「先にその場を動いたら負け」という暗黙ルールで、三日間も廊下を占拠していたらしい。はた迷惑な話である。
その間、食事は侍女に口に運んでもらいトイレは我慢。
その頃には大きくなりすぎたパニエは強度を保つためにオリハルコン製に進化しており、腕自慢の騎士すらも手が出せなかったらしい。
とうとう実力で解決し始めた二人の愛人は互いに殴り合い、その場は格闘技場の様だったと、王城に出仕している兄から聞いた。
結局オリハルコンに耐えられなかった廊下の壁が壊れて、勝負は引き分けになった。
「くそっ! 賭けてたのに負けた!」
と帰宅した兄が怒っていた。賭けには王城の使用人たちも乗っていたらしい。使用人の皆さんの逞しさに脱帽します。
ちなみに、引き分けは大穴だったらしい。
どーーでもいいわ、そんなの。
と、いう事で王城はただいま廊下の修理中である。
そしてその話が新聞に載ると、多くの冒険者達がが伝説の鉱物であるオリハルコンを求めてドラゴンが住むという魔の山に入っていったというのだから、世も末だと思う。
そのうち、ドラゴンの骨とかでパニエを作り出すんじゃないよね?
まぁ、そんなやり取りがあったのはついこの間のこと。
本日のパーティーでは王室お抱えの楽団が素晴らしい演奏をしているが、中央のダンスホールにはあまり人がいない。
最強硬度を誇るオリハルコン製パニエのせいで男性は女性をホールドできないのだ。それでも勇気ある数組が踊っているが、お互いの腕が届かず宙に浮いたままである。それで息が合っているのだから素晴らしく器用だ。
運の悪い男性は、女性がターンした瞬間に最強硬度のパニエがぶつかってはいけない場所に当たり、体を丸めて蹲っている。それ見た男性陣の多くが、内股になっているのは気のせいじゃないと思う。
そして去年、ユリアーナ様はさらに新しい流行を生んだ。
それがド派手に盛りに盛って盛って盛りまくって、豪華と書いて異世界と呼ぶヘアスタイルだ。
ドレスが派手になって、来ている本人が埋もれた。
永遠の輝きを誇る豪華な宝石も、それを上回るドレスの輝きの前に霞んだ。
そして残ったのは髪であった。
今のヘアスタイルは、髪の毛の中に様々な意匠を凝らした仕掛けが取り付けられた、意味不明レベルのものだ。
キャサリン様の髪型も最新の流行を取り入れたものだ。
他のとある令嬢は、頭に花壇を作って極彩色の花を植えている。文字通り頭は花畑だ。彼女の脳内も花畑でないことを祈るばかりである。
別の令嬢はミニチュア汽機関車を乗せている。お付きの従僕がせっせと小さなスプーンでかまどの中に石炭を入れており、シュッ、シュッ、シュッ、と煙を吐いている。彼女の周囲に人がいないのは、きっと煙たいからだろう。決して時々鳴る「ポ~~~ッ!」という汽笛がうるさいからではないだろう……と思いたい。
なお、かまどの熱で髪の毛が焦げてチリチリになっているのは見なかったことにしよう。
あちらの令嬢は滑車を飾っている。その滑車の中ではハムスターが一所懸命に走ってカラカラと回しており、疲れると髪の毛の中からヒマワリの種を探し出してポリポリ食べている。食べかすはそのまま髪の毛の中に落ちている。それがフケのように見えて汚く感じる。
まぁ、人の事だからいいか! 気にしないことにしよう!
その他にも、一定時間ごとに扉が開いてハトが「ポッポーー」と出てきてうるさかったり、シンバルを持った猿人形がガンガン鳴らして――あ、婚約者らしき人に猿人形をもぎ取られた――だったり、歩くたびに ベルがガランガラン鳴る令嬢もいる。
牛か?
そんな彼女たちはもはや歩く騒音公害だ。
楽団の素晴らしい演奏がかき消されている。
そんなエキセントリックは令嬢だけにとどまらない。
すでに結婚しているご婦人も負けていない。
とある海軍将校の奥方は、「夫が乗っている軍艦ですの~」と自慢しながらそのミニチュア模型を頭に乗せている。ご丁寧にマストと帆付き。細部までこだわって再現した職人さんが凄い。だが相当重いのか、首がグラグラしている。
「カコーーーン」と良い音を出す鹿威しを乗せた人や、金魚鉢を乗せてダンスしている人(水をこぼしていない)もおり、鳥の巣みたいな髪の毛に本物の鳥の巣を乗せているご婦人もいる。
彼女は社交界のピ――――――――(オトナのジジョウにより効果音を入れております)――――――子さんと呼ばれているのだが、彼女にファッションチェックされても嬉しくない。
伏字になってない? なろうさんからチェック入ったら書き直します。
なお、頭の鳥の巣にはもちろん雛鳥がいた。親鳥がどこからともなくイモムシを運んでくるたびに「ピーピー」鳴いてうるさい。
ん?巣の中の雛が体の向きを変えました
お尻を高く上げて、巣から半分突き出して…………やりましたーーーーー!!
ウン〇です!小鳥がプリッと〇ンコしました~~~~~~!!
貴婦人のドレスには、さらなる白いシミが増えましたぁぁぁぁぁぁぁっ!!
って、実況中継してる場合じゃなかった。
現場からスタジオに意識を戻さねば―――そう思った時の事だった。
ゴッッ!!
バキャッ!!!
ゴンガラガッシャン!………………パラパラパラッ…………
楽団が奏でる音楽をぶち破る凄まじい音が聞こえた。
それまでホールで踊っていた人々や、あちこちで談笑していた人々が静まり返って、そちらを見ている。
そこには身長の倍ほどの高さにまで髪を逆立てた王太子殿下の婚約者、ユリアーナ公爵令嬢の姿があった。
何それ!?どこかの悪魔な閣下なのか!?いや、閣下より凄い。色々な意味で。
彼女がぶち破ったのは、舞踏会場の入り口ドア上部の壁だった。
え? ここって王城だよね?
王城は政務機関であると同時に、戦があった時は堅牢な要塞になるように設計されてるよね!?
その壁を、悪魔なヘアスタイルでぶち抜いただとォ!?
恐るべしユリアーナ公爵令嬢!! 髪型が王城をぶっ壊す破城機になるとは!!!
彼女はペコペコと頭を下げて衛兵に謝罪しているが、運悪く破城機(髪)の直撃を喰らった憐れな衛兵その①さんは、泡吹いてその場に転がっていた。他の衛兵たちはブゥンッ! ブゥンッ! と音をたてて上下する凶器を避けるために、かなり遠くに離れている。
うん、そうだよね。あの凶器がぶつかったら、タダじゃ済まなさそうだもんね。衛兵さんも大変だね。
私、涙が出ちゃいそう……。だって、普通の女の子だもん!!
会場中の人々がその様子を眺めている中、ユリアーナ公爵令嬢をエスコートして来た王太子殿下は侍従らしき人から書類を受け取って――全身をプルプルと小刻みに揺らしていた。そして書類を床に叩きつけると、大声を上げながら彼女をビシッと指さした。
「ユリアーナ公爵令嬢!!
もう我慢も限界だっ!! 貴女との婚約はこの場を持って破棄させていただく!!」
なんということでしょう!
王国中の貴族が集まる王家主催のパーティーで、王太子殿下がまさかの婚約破棄を叫びました……!
集まった人々もザワザワ……、ザワザワ……と動揺を隠せないでいる。
「そんな! 王太子殿下、わたくしは誰も虐めていませんわ!
平民上がりの男爵令嬢の悪口も言っておりませんし、教科書を破いたり、学用品をちょろまかしたり、頭から水をかけたり、階段から突き落とすなんて、そんな事は一切しておりません!」
「そこじゃねーよ!! なんでテンプレな悪役令嬢のセリフ言ってんだよ!!
俺が婚約破棄するっつったのは、お前のそのバカみたいなドレスと髪型のせいで、あちこちに被害が出てるからだっ!!」
なんということでしょう!(パート2)
品行方正で知られた王太子殿下の口調が変わってしまいました。王太子の仮面をぶち破りました。
「王太子殿下、完全にキレたな」
驚く私の横で、読者の皆様が完全に存在を忘れていただろう婚約者のヴィンセントがぼそっと呟いた。
「え、マジで?」
「マジ。つーか、あれ、ガチでぶちキレてる」
「それヤバいんじゃない? だってあの二人の婚約って王命でしょ?」
「いや……本当に被害出てるから。俺もその被害者で毎日残業」
何ぃぃぃぃぃぃっ!?
最近デートもできず、約束もドタキャンされて、お茶も断られたのはそんな理由があったのか!?
本当に残業だったのか!! 浮気だと思って興信所に依頼しちゃったよ!
あ、そう言えばお父様も兄ちゃんも城に泊まり込みで仕事してたな。
全部あの女のせいか、ユリアーナ悪役令嬢!!
「被害など……わたくしには身に覚えがございません!」
「あるだろ! お前の足元見ろ! バッチリ被害者いるだろーが! 衛兵が泡吹いて転がってるだろーが!」
「この方はわたくしの髪がほんのちょっっっっっぴり、触れただけですわ」
「それだけで昏倒するってどういうことだ!? その髪に何を隠している!」
「何も隠しておりません!」
「だったら、なんで王城の壁をぶち抜くんだよ!? その髪に何をしたんだ!?」
「冒険者さんが採取してくださったオリハルコンを、ちょっと錬成してヘアスプレーを作って固めただけです」
「ちょっと錬成しただけで、なんでオリハルコンのヘアスプレーができるんだ!?
つーか、王家に黙ってそんなもん作って謀反でも起こす気か!? それはもう兵器だろう!!」
「違います! ただのヘアスプレーです!」
「オリハルコンのスプレーで髪固めた時点で、もう兵器だろ!!
そんなことよりも、お前のせいで今年の王城修繕費が予算オーバーしてるんだよ!! 各部屋の間口を拡張して、さらに廊下も拡張して、今度は天井も直せってか!? ふざけんじゃねぇぞ! そんなホイホイ国債発行できるか!! お前のせいで国が借金まみれになったらどうするんだ!? それだけで謀反決定!!
さらに黙って兵器作ったことで国家転覆罪も追加だ!!
おい、そこの衛兵!!
近衛騎士団にオリハルコン製の全身鎧着て来いって伝えろ! この女に素手で触ったら命ねぇぞって言え!!」
王太子殿下の命令を受けた衛兵が舞踏会場を飛び出していく。
この時、私は歴史を見た!
公衆の面前で王太子殿下が婚約者を謀反と国家転覆罪で告訴する瞬間を。
ん?……でも、その前にちょっと待って?
王太子殿下、国債発行とか言ってたよね? この国、そんなに国債発行してたの!? それ、ヤバくない!?
地球のジャ〇ンな国レベルの借金大国なの!?
どうしよう! 私、お小遣いで十年利回りの国債を買っちゃってるのよ! 今からでも売りに出せるかしら!? 今すぐ家に帰ってFPさんに相談しなきゃ!!
「アトリ、ちょっと待て」
慌てて帰宅しようとした私の肩を、ヴィンセントがつかんだ。
「離して、ヴィンセント! 今それどころじゃないの!!」
「いや、お前が十年利回りの国債買ってたのはわかったから。つーか、さっきのナレーション全部だだ漏れだったから」
「あら、声に出しちゃってた? 嫌だわ。それ、早く言ってよ…………って、マジでそれどころじゃねぇぇぇ!
本当に地球のジ〇パンな国になっちゃうかもしれないじゃん!!」
「だから落ち着けって。あと、全然伏字になってないからな?読者の皆さんに完全にバレてるからな?」
「そんなの、どーーーーでもいいわっ! 早く帰って赤字を回収しないと!」
「大丈夫だから落ち着け。この国は地球のジャパ〇ほど、アホみてーに国債発行してないから。
つーか、最近になってオリハルコンの鉱脈が見つかって逆に儲けてるから」
「え、そうなの? なんだぁ~~。脅かさないでよ~~。お小遣いがパァになるかと思って焦っちゃったじゃない~~」
安心した私はバシバシ! とヴィンセントの背中を叩く。
そんな私達の周りで、少なくない令嬢が婚約破棄を言い渡され、少なくない夫婦が離婚を突き付けられていたことに、全然気づかなかった。
天文学的な値段のリハルコン製パニエ、アホみたいに高価な生地を使いまくるドレス、霞んでいるのに無駄に高い宝石類。そして大道芸のような髪型にかかる金額に頭を抱えていた男性陣が、一斉にキレたのだった。
オシャレは「我慢と忍耐」の先にあると言われているが、本当に我慢と忍耐を強いられていたのは男性の方だったらしい。
会場のあちこちで婚約破棄と離婚の怒声が飛び交い、この年、半分以上の夫婦が離婚、または別居し、八割近い令嬢が婚約を破棄された。
そして数少ない「普通」のドレスを着ていた私の元に山のように婚約を求める釣書が届き、ハイテンションで小躍りしていたのだが、ヴィンセントの冷たい視線で我に返った。釣書にはすべてお断りの返事を送り、歴史が動いたパーティーから一年後、私とヴィンセントは予定通りに結婚式を挙げた。
金食い虫悪役令嬢との婚約を解消した王太子殿下は、壁の花になっていることにすら気づかれないほどに地味なジミー侯爵令嬢と結婚した。
渾名でも偽名でもダジャレでも作者の入力ミスでもなく、本当にジミー・シャドウという名前の侯爵令嬢さんです。
名は体を表すという諺の通りに、地味の中のザ・地味なお方です。
結婚式で、お父上のシャドウ侯爵が自分の娘を忘れてバージンロードを一人で歩くくらいに地味なんです。本好きで、一週間も王立図書館から出て来なくても誰も気づかないくらいに地味なんです。それって王太子妃としてどうなのって言うくらいに存在感がないけど、豊富な知識を生かして地味に王太子殿下を支えているそうです。
でもその地味さのお蔭で、黒歴史と呼ばれた異世界エキセントリックな流行は鳴りを潜めて、普通のファッションが戻ってきましたとさ。
追記
私が持っていた十年利回りの国債は、赤字にならなかったけど黒字にもならなかった。
オリハルコンの鉱脈が見つかっても、需要がなかったら意味がない。
収入は一発逆転を狙わずに、我慢と忍耐で地道に貯めていくのが一番だと思いました。
~完~
ここまでお付き合いいただきまして、ありがとうございます。
作中に登場するエキセントリックな髪型ですが、実は元ネタが存在します。
有名なマリー・アントワネットの若かりし頃に、当時のフランス宮廷で流行した髪型が元ネタです。当時の資料が残されていますが、髪型の中に軍艦作ったり(当時は戦争中でした)、水車作ったりと想像の斜め上のファッション(?)が流行したようです。
それを脚色して書かせてもらいました。
なお山茶花の開花時期ですが、原種をモデルにしています。山茶花=冬というイメージが強いと思いますが、元々は熱帯性植物で日本では九州~四国が北限、夏に開花するそうです。
現在の山茶花は品種改良されており冬でも咲きますが、同じ仲間の椿より開花が早くあまり長持ちしないようです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。