恋するハートはスノードーム 〜最初の告白をすることなく、俺はあの娘に二度目の告白をする〜
いつもは連載モノを投稿しておりますが、今回は個人的な思惑の元、短編を投稿させていただきました。
短編と言うにはちょいと長い気もしますが、そこは気にせずにどうぞ。
俺――『江戸辰巳』は、異性の他人が苦手だ。
中学時代を男子校で過ごして来たってのもあるが、家庭環境も要因のひとつだと思っている。
俺は長男ではあるが、姉が二人いる。
それぞれ高校三年と大学一年で、かく言う俺は高校二年だ。
加えて、父親は単身赴任でめったに帰ってこない。
年に数回、数日だけ家にいるとかそれくらいだ。
さらに言えば、二人の姉を産んだ母親は男児である俺をとにかく甘やかしてくるときたもんだ。
多少のことでとやかく言うほど俺もガキじゃねーが、とりあえず毎朝挨拶代わりに『おはようのチュー』をするのはやめてくれ頼むいやホントマジで切実に。
しかし、中学の時の反抗期で『おはようのチュー』についてキレながら猛抗議したら本気で泣かれてしまい、姉二人に物理的精神的金銭的家庭的にフルボッコにされたのは良い思い出……なわけあるか。
その日から数ヶ月くらい小遣いと発言権が無かったとかもはやトラウマレベルだ。
とまぁ、そんなアレやコレがあって、自認するくらいには異性が苦手になっちまったわけだが……
そんな俺にも、"恋愛感情"と言うものを抱くぐらいには惚れている相手が、一人いる。
『高海瀬名』と言うクラスメートだ。
ついでに、次期生徒会長。
今の三年生から、生徒会長の座の明け渡してもらうって形だ。
……当たり前だが、女子だからな。
おいこら誰だ今ビーエルとか言ったヤツはしばき倒してやろうか。
ったく、そう言うことを言いたいわけじゃねーってのに、何で分かっていてわざと誤解するのか、どいつもこいつも腐りきってやがる。
まともなのは俺だけか?多分そうだろうな。
で、だ。
何で異性と言うか女子が苦手な俺が高海のことを好きになったのかって説明が要るな。
こう言う説明が無いと、まぁたびーえるとか言い出すヤツがいるからな。
話は二ヶ月前くらい遡るんだが……有体に言えば、文化祭で高海が他校の男子にナンパされていて、まぁそれだけなら見過ごしていたんだろうが、そのナンパヤローが思いの外しつこく、賞味期限が切れて数ヶ月経った納豆くらいしつこいヤツだったから、ちょいと小言をくれてやったわけだ。
そしたら、俺の言い方が悪かったのか、ヤローの股間が痒かったのか知らねーが(多分後者だと思われ)、逆ギレして俺に喧嘩を吹っかけて来やがったんだ。
しょうがねーから、とりあえず一発殴られ(たフリをし)てから、正当防衛で鳩尾辺りに鉄拳制裁かましてやったら、ヤローはそれで胸骨がイカれたらしく、119番モノだ。
せっかく痕が残らんように顔・だ・け・は避けてやったのになに自分だけ被害者ヅラしてんだてめぇ。
カルシウムが不足してたんだな。そりゃキレやすいし骨を悪くもするわ。
つーか、俺何も悪くないよな?どう見ても聞いても読んでも考えてもヤローの自業自得だろ、ヤローがさっさと諦めてお家に帰ってれば俺だって鉄拳制裁なんて野蛮な真似はしなかったんだが?
普通なら大目玉を食らって数日自宅謹慎って処分を下されるところだったんだが、そこで当の高海が仲裁に入って状況を説明してくれた。
同時に、これを聞いた学年主任の先生が弁護してくれて、とりあえずのところはお咎め無し、と言う形でケリはついた。
だが、全くのノーペナルティってのは罷り通らなかったようで、お咎め無しで済ませる代わりに、二学期の間だけ、新生徒会長たる高海の補佐をしてやってくれと、その学年主任から命じられた。
いや、生徒会長の補佐って、副会長がするもんだろ?
模範的生徒でも無い俺(むしろ停学問題をやらかしたくらいだ)が生徒会長の補佐役なんてしてたら、高海の評価に傷が付くし、そもそも生徒会の仕事なんてやったことも無いから、足手まといにしかならねーんだけど?
とか言い訳を垂れていたら、その高海は「江戸くんが手伝ってくれたら、すごく助かるよ」ってすげぇいい笑顔で宣ってくれやがる。
ズリぃわ、そんな顔してそんな言い方されたら断れねーだろうが。
……いや、断ったら本来のお咎め(停学処分)が来るからどのみち言い包められていたんだろうけど。
こうして、なし崩し的に『生徒会長補佐(仮)』になった俺は、荷物を運んだり、使いっ走ったり、備品の整理をしたり、生徒会室の清掃をしたり、俺と高海が付き合ってるとか抜かし出すアホを黙らせたり……ってちょっと待て最後。
俺と高海が付き合ってるなんて誰が言ったよ?
どうせビーエルだのびーえるだの言ってるど腐れ外道が自分にとって面白いようにわざと誤解してるんだろうが、問題なのは腐ってないまともなヤツ――例えば俺の友達が聞いたりしたら、「お前と会長が付き合ってるってホントか?」って真顔で訊かれた。
んなわけねーだろ。俺本人はともかく、俺と付き合ってるなんて言われたら高海がなんと思うやら。
そんな話をしたせいだな。
その日から何となく高海のことを見るようになった。
一生懸命で、頑張り屋で、たまに一生懸命過ぎたり、微妙に頑張り過ぎたり、あー、とにかく一生懸命で頑張り屋だ。
それに……なんか、かわいいと、思う。
ただのクラスメートだった時はそこまで思っちゃいなかったが、こうして一緒になって動くことが増えて、顔とか見る回数も増えたりして、……たまーに制服のスカートの中が見えちまったり、不慮の事故だったとは言え胸を触っちまったりして、ものっそいジト目で睨まれてその日は最低限の口しか聞いてくれなかったり、まぁこの二ヶ月間で色々あった。
色々あった中で、気が付くと高海のことを見ていたり、何も考えてない時はぼんやりとあいつのことを考えてたりして、
気付いた。
俺は高海に恋していて、好きなんだと。
それは一体いつからだったのか、いつの間にか、俺の優先順位が高海に関することに上書きされていた。
せっかくの休日なのに高海は生徒会室で仕事してるって聞いた時は、慌てて制服に着替えて学園に行ったりとかな。
何かにつけて高海と一緒にいたかっただけとも言えるが。
そして、今現在。
もう期末考査は終わって、冬休み期間に入ったって言うのに、高海は相変わらずかわいい……じゃねぇ、相変わらず忙しなく生徒会室で書類やタブレット端末相手に格闘してるから、補佐役としては手伝わないわけにはいかねぇ。
なんて言っているが、冬休み中でも高海と会える理由が出来るので万々歳なんだがな。
今日は12月24日。俗に言うクリスマスイブって日だ。
去年までは「世界中のリア充が連続爆破事件に巻き込まれる大変危険な日なので、不要不急の外出は控えましょう」とか負け惜しみを言っていたが、今年の俺は違う。
俺は今日、高海に告白する。
そのためのクリスマスプレゼントだって用意している。
プレゼントを渡して、想いを告げる時の台詞だって、昨日の晩から何百回もシミュレートしている。
それに、俺はこの告白が成功するものだと思っている。
以前に『江戸辰巳と高海瀬名は付き合っているのか?』と言う噂が流れていた時、高海本人は誰とも付き合ったことが無いと言っていた。
つまり俺が、『高海に最初に告白する男』になるってわけだ。
加えて言えば、高海も多少なりとも俺の人となりを知っている。だからきっと、俺が高海に好意を抱いてるってことも、多分気付いているだろう。
待っているんだ、俺が告白するのを。
確証は無いが、確信があった。
勝負は、今日の生徒会の業務が終わった時だ。
夕暮れの生徒会室、二人きりの時に……
「……くん、江戸くん?ねぇ、聞いてる?」
「……ん、おぉっ、どうした高海?」
おっと、シミュレートに勤しむあまり高海の声を聞き逃しちまった。
今はまだ生徒会の業務に集中しないとな。
「どうしたじゃないよ、今後の予定。明日から来年の始業式まで、生徒会の業務も休みに入るからね」
と言うことは、高海の補佐と言う名目で一緒にいられるのは今年最後か。
「んじゃ、今日は仕事納めってことになるのな」
「何その、サラリーマンみたいな言い方」
くすくすと小さく笑う高海。
あぁ、そう言う顔だよ。
高海のそう言うちょっとした笑顔が、俺を好きにさせる。
見惚れそうになるが、今は我慢だ。
時刻は15時が過ぎた辺り、下校の予定時刻まで後二時間だ。
今日ほど時間の進みが遅い日はない。
集中しようと思って集中していたおかげか、今日の俺の業務のノルマがもう終わっちまった。
まだ十五分も余裕がある。
すると、俺の机周りが片付いているのを見てか、高海が声を掛けてきた。
「あ、江戸くんもう終わったの?」
「おぅ、なんか早く終わったみたいでな」
俺のノルマはクリアしたが、高海はもう少しだけ掛かりそうだ。
……つーか、今日が今年最後だからって根詰め過ぎじゃねぇか?高海の今日のノルマ、普段の倍くらいはあるんだが。
今日なら倒れても明日のことを気にしないでいいからって、限度を考えろよ?
「私の方ももうちょっとで終わるけど、江戸くんは先に上がっていいよ。戸締まりは私がしとくから……」
は?(威圧)
この最高のシチュエーションを前に先に上がっていいだと?
そうはいかねぇ、何がなんでも生徒会室に残ってやる。
「いや、帰る前に一服しようかね。ちと飲み物買ってくるけど……高海、リクエストあるか?」
よし、このさり気ない「また後で生徒会室に戻ってくるから待ってて」をアピールだ。逃がすものかよ。
「あ、買ってきてくれるの?んーと……あったかい紅茶がいいな」
「よしきた任せろ、俺の本領発揮だ」
この二ヶ月で、生徒会の使い走りっぷりが板についてきた気がするぜ。
だからといって急ぐわけにもいかない、早過ぎたら高海のことだから「先に上がっていいよ」って言うだろうしな。
のんびりくらいの速度で、俺は財布を片手に生徒会室を出た。
その途中で、見知った顔が見えた。
確か、生徒会役員の……『本庄』だったか?何度か言葉を交わしたことはあるが、友達って言うほどの関係でもない、言うなりゃ同僚?
まぁ絵に描いたような真面目なヤツで、ぽっと出の俺に対してはそれこそただの同僚だと思ってるくらいだ。
「あれ、江戸?来てたのか?」
「おぅ。今日の仕事がもう終わったから、帰る前に一服でもしようと思ってな」
「そっか。……ところで、会長は生徒会室?」
……ん?なんか本庄の態度が妙だな。
やけに緊張しているというか、ソワソワしてる?
「あぁ、まだいるな」
「分かった、ありがとう」
礼を言うと、本庄は足を進めて校舎に入り、階段を登っていく。
まぁ、高海に何か用でもあるんだろ。……ソワソワする理由は分からんが。
俺はそれ以上を気にせずに、食堂周りに設置されている自販機に硬貨を入れた。
紅茶は紅茶でも、何の紅茶かも訊いておけば良かったと思う。
ミルクなのかストレートなのかレモンなのか午後なのか花伝なのか、こうしてみると紅茶ひとつでもバリエーション豊かなことに改めて気付かされる。
とりあえずミルクティーなら嫌がることは無いだろう、とミルクティーを購入し、俺自身はほうじ茶。
さて、飲み物の購入も完了したことだし……
――決戦の時だ。
まずは高海にミルクティーを渡して、お互いに「お疲れ様」とか言って自分のほうじ茶を普通に飲む。
その後、高海が「じゃぁ、帰ろっか」って言った辺りで呼び留めて、ちょっと素っ気ない感じでクリスマスプレゼントを渡して……告る。
行程はたったこれだけだが、俺はこれを何時間もかけて計画したんだ。
上手くいくはずだ、賭けてもいい……そう自分に言い聞かせてつつ、生徒会室の近くまで来た。
激しい緊張感が、俺を縛り付けようとする。
あと、二十歩。覚悟を決める。
あと十五歩。大丈夫だ、問題ない。
あと十歩。なんかフラグが立った気がするが気のせいだ。
あと五
「僕と付き合ってください、会長!」
「……ん?」
生徒会室のドアを開けようと手を伸ばした時、そんな声がドアの向こう側から聞こえた。
それに今のは、本庄の声だ。
何だよ本庄のヤツ、ただの用件に随分時間が掛かってるな……言うこと言ってさっさと帰れよ。
……ちょっと待て。
あいつ今、何つった?
「僕と付き合ってください、会長!」って……はァ!?
お、おいィ?冗談、だろ……?
まさか……本庄に、『先を越された』ってのか!?
俺は思わず、生徒会室のドアから後退った。
『高海に最初に告白する男』は、俺のはずだった、のに……
まだ何か生徒会室から会話が聞こえている気がするが、どうでもいい。
……思い直してみれば、俺と同じようなことを考えてるヤツだっているだろう。
本庄もそれを考えていて、それがたまたま俺と重なって……
どうやら恋の女神サマとやらは、高海に相応しい相手として、俺じゃなくて本庄を選んだのだろう。
そうだとしたら、女神サマはなんて残酷なことをしやがる。
失意の底に叩き落とされた気分ってのはこう言うことか、とか思ってると、生徒会室のドアが開けられ、その本庄が出てきて、俺の存在に気付いた。
「え、江戸……き、聞いてたのか?」
あぁ、きっと高海に告白しているのを聞かれていたと思ってるんだろう。
高海のことを思うのなら……俺は知らないフリをすることにした。
「……詳しい内容は聞いちゃいねぇけど、なんか込み入った話をしてそうだったからな」
「そ、そうか……それじゃ、僕はここで」
本庄は安堵して、そそくさとその場を去って行った。
さて、…………帰る、か。
覚束ない足に鞭を打つように、俺は生徒会室へ入った。
ドアが開かれるのを見て、高海はパッと跳ね返るように反応してくれた。
……見慣れない女の先生もいるようだが、どうでもいい。
「っあ、江戸くん、おかえり」
「……おぅ、ただいま。リクエスト通り、とりあえずミルクティーだ」
俺は投げやりにならないように気を付けつつ、高海に買ったばかりのミルクティーのボトルを席に置いた。
「ありがと。お金、すぐ返すね」
そう言って財布を取り出そうとする高海だが、俺はそれを受け取る気にはなれなかった。
「いや、いい。奢りにしとく」
「え、でも……」
言い淀む高海を背に、俺は生徒会室に置いていた鞄を担いだ。
「戸締まり、してくれるんだったな。……お疲れさん」
「ちょ、ちょっと江戸く……!?」
高海に呼び止められるが、俺はそれを無視して生徒会室を出た。
「はぁーァ…………」
溜息の一つくらい出るわ、ちくしょう。
つーか、俺は律儀に高海の仕事が終わるまで待ってたってのに、なんで本庄は仕事中に告ったりしてんだ……ルール違反だろうが!ふざけんな!?
……キレたところで詮もねぇことだ。
そもそも、高海みたいに真面目に頑張ってる相手には、同じくらい真面目なヤツがお似合いだろうな。
でもさ……
ガンッ、と八つ当たりに壁を殴った。
「俺だって……俺だって!曲りなりかもしれねーけど、真面目にやってきたつもりだッ!」
激情を吐き出さなきゃ、収まりが付きそうになかった。
なぁ女神サマ、教えてくれよ。
どうして俺じゃダメだったんだ?
どうして俺は、高海を好きになっちゃいけなかったんだ?
どうして、俺、は……
「江戸くんっ!」
「ッ……!?」
その声に思わず振り返れば、高海が駆け寄ってきた。
「江戸くん、さっき……本庄くんの告白、聞いてたんだよね?」
あぁやっぱりか。
だから何だよ、俺に「私、本庄くんと付き合うことになったの」って言うのか?
聞きたくねぇよそんなこと。
「……まぁ、な」
悔しいが否定はしない。
「でも、どうしてそこで、江戸くんが急に帰らないといけなくなるの?」
「俺がいたら邪魔だろうが」
じゃなきゃ、俺が惨めで仕方ねぇよ。
「邪魔って……江戸くんは何もしてないのに、なんで江戸くんが邪魔になるの?」
「……もういいだろ。俺のことはいいから」
そう言い捨てて階段を降りようとして、その前に高海が立ち塞がった。
「良くない。って言うか江戸くん、さっきから何か変だよ」
「俺が変なのは関係ねぇだろうが」
やめてくれ。
「関係ある。江戸くん、私に飲み物だけ渡したら、あとはよろしくってさっさと帰るつもりだったの?」
やめろよ。
「私のことを気遣って、待っていてくれたんじゃないの?」
――プツッ、と俺の何かがキレた。
「ッ、いい加減にしろよ!」
「ひぅっ」
俺が声を荒らげたせいか、高海がたじろいだ。
「俺は今日の生徒会の仕事が終わったら、お前に「好きだ」って告白するつもりだったんだよ!」
「……えっ」
「そのためにクリスマスプレゼントだって用意した!なのにあいつに、本庄に先を越されちまった!俺は負けたんだよ!」
「えっ、え、ちょっと、待っ、え、江戸く……」
「本庄と付き合うことになったんならそう言えばいいだろうが!それともなんだ!負け犬の俺を指さして笑おうってのか!?だとすりゃとんだ悪趣味だなっ、えぇッ!?」
「ち、ちが、違うの、本庄くんは……、っ!?」
不意に、高海の身体が後ろへ仰反った。
その後ろは、下り階段だ。
このままじゃ高海は――
「高海ッ!!」
反射的に俺はその場から駆け出して、高海を後ろから抱き止めて、
そのまま階段から落ちた。
背中の鈍痛、間髪なく後頭部が割れるような痛み。
あやべぇもしかして俺死ん
――あぁ、ちくしょう。
惚れた女に想いを伝えることも出来ねぇで、俺は、こんなところで……
こんなところで?
ふざけんな!まだ死ねるか!
こんな中途半端なままじゃ終われねぇ!終わってたまるかよ!
もう高海が本庄とどうのこうのなんざ関係ねぇ!俺は高海に正面切って告白してやる!
高海は困るかもしれねーけど、すぐにごめんなさいされるかもしれねーけど!
それでも!それでも俺は――!!
――誰かの啜り泣く声が、瞼を促す。
「ん、ん……?」
……あ?俺、いつの間に寝てたんだ?
しかもなんだ、視界の端の方に高海が見えるが……
「ッ……?江戸くっ、江戸くぅんッ!」
その高海がいきなり俺に体当たりでもするかのように抱きついてきた。
上体を起こそうとしたところでいきなり押し倒され、
「お……いっ、でっぇ!?」
後頭部が枕に触れた瞬間、そこが電気を浴びたように痛み、微睡んでいた意識を強制的に目覚めさせる。
だが俺の状態などお構いなしに、高海は俺を押し潰すかのように押さえつける。
「ばかばかぁっ、死んじゃったかもって、思ったよぉ……っ!」
「か、勝手に殺すな……いつつ」
寝落ちしたくらいで死んだと思わないでほしいんだが。
ってか、寝落ちしたんなら生徒会室にいたはずだろ。
ここ、どう見たって保健室のベッドじゃねーか。
一体何がどうなって……
あっ(察し)、思い出したわ。
俺は階段から落ちそうな高海を助けようとして、そのまま低空スカイダイビングを敢行したんだっけ?
それで頭打って意識が飛んで……頭を打った割にはなんか甲高い音も聞こえたような気がするが、まぁ高海本人かもしくは誰かに保健室に運んでもらった、ってとこか。
「ははっ、アホくせぇ……」
俺は乾いたように笑った。
「高海にも悪いことしちまったな、本当は本庄と一緒にいたかっただろうに……」
「……あぁ、やっと分かったぁっ」
嗚咽を洩らしながら、高海は俺から身体を離した。
すると今度は、微妙に怒ってそうな顔をする。
泣きながら怒るなんて器用なヤツだな。
「あのね江戸くん……さっきの本庄くん、誰に告白したと思ってる?」
「は?いや、だってあいつハッキリ言ってただろ?「僕と付きあってください、会長」って」
「……会長って聞いて、誰のことだと思ったの?」
「だから、高海にだろ。高海以外に生徒会長がいるわけ……」
はぁぁぁぁぁ……と高海がクソでけぇ溜息をついた。
な、なんだよ?
「会長は会長でも……PTAの会長に告白してたんだよ!?」
「…………………………は、はイィ!!??」
な、な、なんじゃとてぇぇぇぇぇ!?
会長は会長でも会長違いの会長かよ!?
「そ、そう言えばさっき見慣れない女の先生が生徒会室にいたような気がす……ま、まさか本庄のヤツ、あの人に告白してたってのかァ!?」
「そうなの!そうだよ!だから分からなかったの!江戸くんが急にあんな態度になっちゃったのが!」
あーあーあーあーあー!そういうことか!?
俺は、本庄が『会長に告白している』ってことを『高海に告白している』って勝手に読み取って、勝手に負け犬になって……
「お、俺ってヤツは、なんっつー勘違いを……ッ!」
俺は前髪を掻きむしって天井を仰いだ。
こんなしょーもない勘違いで要らん怪我をした挙げ句、高海を泣かせるようなことをしちまった。
「……ん?アレ?ちょっと待った高海」
「ど、どうしたの?」
「つーことは、つまり高海と本庄は付き合うことになったわけじゃないんだよな?」
「うん、そうだけど」
んでもって俺は気絶する直前、高海になんつってた……?
「あの、江戸くん。もし、私の勘違いだったらごめんだけど……その、江戸くんって、私のこと……」
――俺は今日の生徒会の仕事が終わったら、お前に「好きだ」告白するつもりだったんだよ!――
これだ。
「ぐあぁぁぁぁぁァァァァァ……ッ」
今度は上体を折り畳むようにして、俺は毛布に顔を埋めた。
「せっかく告白の台詞とか考えてたってのに……」
「え、えぇと……その、うーんと……」
それ見ろ俺のアホ、高海が困ってるじゃねーか。
……しょうがねー、色々と機会を逃しちまったが、腹括るか。
「あー……クソッ。そうだよその通りだよ。俺は高海が好きなんだよ。好きでしょうがなくなっちまったんだよ」
全然考えてた台詞と違う告白だコレ。
本当はもうちょい前フリとかあったんだけど、そんなもん全部すっ飛ばして結論だけ伝える。
「っ、あ、ありが、と……?」
高海は高海で、こんなロマンスもヘッタクレも無い告白に真っ赤になってやがる。
へっ、おもしれー女……じゃない、とりあえず俺が高海をどう想っているのかは伝わったか。
だから次は、どうしたいのか言わなきゃな。
「ガラも悪ぃし、女子が苦手なのも変わんねぇし、こんなしょーもない勘違いしちまうような俺だけど……俺と、付き合ってほ……」
「ま、待って江戸くんっ」
付き合ってほしい、って言い終えるよりも前に高海がそれを遮ってきた。最後まで言わせろよ。
「あの、あのねっ、驚かないで聞いてほしいんだけどっ……」
「お、おぅ……どんと来い」
ごめんなさいされる覚悟なら出来てる、だから今更何言われたって受け入れてやる。
「わ、私もねっ、江戸くんのことが好きなの!」
ほらな、やっぱフラれちまった。
まぁしょうがねぇ、初恋が実らねぇってのはマジらし
……ん?江戸くんのこと好き?
江戸くんって……俺か!?俺のことか!?
「え、マジで……?」
高海が、俺のこと好きって!?
いやいやいや、ドッキリか?なんのドッキリ企画だ?カメラと看板はどこだ?いやあるいは罰ゲームか?何かで負けたら俺に告るってアレか?
……違うな。高海がこの状況でそんな悪ふざけを言うようなヤツじゃないってのは知ってるつもりだ。
だとしたら……マジだ。
「……ほんとだよ。罰ゲームとかじゃなくて、私の本心だからね?」
「お、そ、そぅか……」
なんの気無しに頷いちまった。
「だ、だから、ね?付き合ってほしいって言うのは、私からも、なの……」
おい、反則か。
そんな顔赤くして上目遣いでそんなこと言われて断れる男がいるか。
しかしそんな良い雰囲気っぽい中、いきなりシャーッとカーテンが勢いよく開けられた。
「はいはい、良いところに悪いけど、下校時間はとっくに過ぎてるから、続きは外でね」
保健の先生だ。
てめぇ空気読みやがれコラとキレたいところだが、きっと高海が無理を利かせていてくれたんだろう、と冷静な部分が主張してくる。
「あ、はいすいません。お手数おかけしやした」
なのでここは素直に、高海の背後で呆れてる先生に軽く頭を下げる。
「高海ちゃんがわんわん泣きながらすっ飛んできたから、誰か死んだのかと思ったよ。脳震盪で意識飛んでただけで、外傷は背中の鞭打ちとたん瘤くらいで済んでるから」
あ、思ったより軽傷か?
とりあえず後遺症とかも無さそうだし、まぁいいか。
「もう外は暗いから、江戸くんはちゃんと高海ちゃんを送ってあげなさい」
「怪我人に鞭打つようなこと言ってくれますね……」
まぁいいけど、とベッドから起き上がる。俺の鞄はすぐそこに置いてあったのですぐ手に取ろうとして、高海にそれを奪われた。
「歩いて大丈夫?フラフラしない?タクシー呼んだほうがいい?大丈夫、江戸くんは私が守るからねっ」
「歩いて大丈夫だしフラフラもしねぇしタクシーも呼ばんでいい。ついでに高海に守ってもらうほど弱かねぇよ」
さすがにこの怪我のままチンピラと喧嘩しろって言われたら遠慮したいけどな。
高海が鞄を持つって聞かねぇから、そのまま持ってもらうことにして、保健室を後にした。
「ったく、なんか散々な日になっちまった」
高海に鞄を持ってもらいながら、俺は嘆息をついた。
吐息が白くなって暗い冬空ヘ消えていく。
「そ、そうだね……」
高海が気まずそうな苦笑で答えてくれた。
気まずそうな理由は分かる。
俺達二人は、知らぬ間にお互いに片想いをしていたのだから。
とは言えこのままってわけにもいかない、俺から先手を掛けることにした。
「なぁ高海」
「な、何かな江戸くんっ」
呼ばれたくらいで動揺し過ぎだ、高海。
「さっきは上手くいかなかったし、もう一度やり直してもいいか?」
「やり直し?何の?」
いや、さっきのやり直しって言ったら分かるだろ。
なのに高海はキョトンとしてるときた。
「……告白だよ」
「ッ!」
ビクリと肩を竦ませる高海。いちいち可愛いなちくしょう。
「っと、その前に、だ」
俺は、高海が持っている自分の鞄のファスナーを開けて、その中から小綺麗にラッピングされた小包みを取り出し、それを高海に差し出した。
「本当は、生徒会室にいる時に渡したかったんだけどな……メリークリスマス、高海」
「えっ、プレゼント?い、いいの?」
貰っていいのかと戸惑う高海だが、俺は少しだけ強引に押し付ける。
「いいんだよ。男の俺が持っててもしゃーねぇからな」
そうして、高海はようやく受け取ってくれた。
「あ、ありがと……開けてもいい?」
「おぅ、いいぜ」
……なんかさっきから、小包みからカラカラ音が聞こえるのは気のせいか?
そんな音が鳴るようなものじゃないんだが。
俺の奇妙な不安をよそに、高海はラッピングを開けて、その中身を取り出した。
「……ん?あれ?」
高海は取り出したそれを見て、目を点にしている。
「ん!?」
俺も思わず目をかっ開いた。
彼女の掌にあるのは、『ガラスが砕けて中身が飛び出したスノードーム』
……そう言えば意識を失う寸前に甲高い音が聞こえたような気がしたが、コレか!?
「う、嘘だろおいィ……ッ」
当たり前だが、俺は『割れたスノードーム』をプレゼントしようとしたわけじゃないぞ。
ちゃんとしたものを買っていたのに、階段から落ちた時に割れたのだろう。
「え、えっと、江戸く……」
「悪い高海ッ!明日……いやっ、今から買い直してくる!」
「ま、待って江戸くんっ。これでいいからっ……」
「いや、さすがに……」
こんなバラバラになったガラクタをクリスマスプレゼントだなんて言えるかい。
なのに高海はこんなことを言い出した。
「これで、これがいいの」
いや、何言ってんだよ。しかも「これでもいい」じゃなくて、「これがいい」なんて。
「確かに割れちゃったのはちょっと残念だけど……階段から落ちそうになった私を、江戸くんが守ってくれた証、だから。だから、これがいい」
「……お、おぅ、そっか」
俺の不名誉の証明を大事にしてくれるってのも妙な気分だが、高海が喜んでるならまぁいいか。
……さて、盛大に躓いてすっ転んじまったが、次が本題だ。
深呼吸を一度挟んでから、正面から高海と向き合う。
「高海。俺はお前のことが好きだ。俺と、付き合ってほしい」
捻りはいらねぇ、直球勝負ど真ん中だ。
まぁ、告白するつもりだったと明かしちまってるし、高海も俺と同じことを考えてたみてぇだし……
「ふ……不束者ですが、よろしくお願いしますっ」
答えは、聞くまでもなかった。
それから、高海……いや、"瀬名"と付き合い始めて数日が経った。
怪我も全快した俺は、憂いなく瀬名とのデートを楽しんでいる。
年の瀬が近いせいか、どこもかしこも年末年始に備えた町並みだ。
そんな中、俺は瀬名に訊きたいことがあった。
「なぁ瀬名」
「ん?どうしたの、"辰巳"くん」
瀬名の口から「辰巳くん」と呼ばれるのは、未だに慣れそうにない。
「その、なんだ。女々しい質問なのは承知の上なんだが、俺のどこを見て好きになったんだ?」
そう。
俺自身、瀬名がどう言う部分を見て俺のことを好きになってくれたのかが分からない。ずっと気になっていた。
「んー、どこをって言われても……辰巳くんに恋をしたって思ったのは、いつからかは分からないんだけど、気になるきっかけはちゃんと覚えてるよ。ほら、文化祭で変な人に絡まれてた私を、辰巳くんは助けてくれたでしょ?」
「あぁ、あの時か……」
思えば、あの日が俺の人生の分岐点だったのかもしれない。
あそこで俺が他校の生徒と一発やらかして、瀬名が先生方に事情を説明し、お咎めなしの代わりに生徒会長補佐を務めることになったことで、俺は瀬名と付き合えるようになったようなもんだ。
「でもね、きっかけはもうひとつあるの」
「もうひとつ?」
まだあるのか。
しかし文化祭を除けば心当たりが無い。
「辰巳くんは自覚ないかもしれないけど……辰巳くんは、ずっと私のことを名前で呼んでくれてたこと、だよ」
「……そうだっけか?つか、そんなことでか?」
うん、全く自覚ねぇわ。どう言うことだ?
「だって、他の生徒会の人達は、私のことを「会長」って役職呼びしかしてくれなかったから。だから、どうして辰巳くんは会長って呼ばずに名字で呼んでくれるのかなって。それが、気になるきっかけ」
「……なるほどな。確かに付き合う前の瀬名のことを、「会長」って呼んだことはねぇな」
でもそれだけだ。
それだけで有象無象の男子のたった一人を見るだろうか。
「それに、辰巳くんだけはいつも、私を生徒会長としてじゃなくて、ただのクラスメートとして扱ってくれた。意見をハッキリ言ってくれたり、変に遠慮しなかったり……それが、嬉しかったの」
「そんなもんかねぇ」
「私にとって大事なら、それでいいの」
むふん、とドヤ顔をしてみせる瀬名。
俺には分からない何かが、瀬名の琴線に触れたのかもしれない。
ややあって。
「瀬名」
俺は彼女の名前を呼びながら、彼女の耳に口を近付ける。
瀬名も瀬名で、何を耳打ちするのかと傾けてくれる。
さすがにこれを人前で言うのは、俺どころか瀬名も恥ずかしいからな。
だから、周りに聞こえないように囁いた。
愛してる、と――。
「……えっち」
と言うわけで、いかがでしたか?
このもっさんの作品を拝読してらっしゃる方は気付いたかと思いますが、今回は敢えて挿絵を入れておらず、なおかつ、登場人物の容姿を表す描写を一切記述しておりません。
具体的な姿を明確にしないことで、辰巳や瀬名のイメージを読者の好きに想像してもらうべく(なんか上から目線……)、このような手法を取りました。
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