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彼女

オレンジ色だった空が黒に染まり、街灯が影を作り出している。

 秋というだけでなぜか『哀愁』という言葉が似合うような気がするのは少し大人に近づいてきたからだろうか。


「日が暮れると肌寒いわね」


 ギュッと左腕を抱きしめてくるまりあ。小柄なはずなのに弾力が半端ない。


「秋なんてあっという間に過ぎちゃうからな。気づいたら冬になって雪がチラついたりするんだろうな」


 この辺りでも年に何回かは雪が積もることがある。小さい頃はうれしくて、ひなと一緒に雪で遊んでたが、今となってはうれしさはない。


「ちょっとゆーと。他の女のこと考えてない?」


 頬を膨らませながら上目遣いで抗議の声をあげるまりあ。


「ただの邂逅じゃないか。人の思考読むなよ」


「あら? 彼女が彼氏のことをよく観てるのは必要なことでしょ? 何も浮気を疑うだけじゃないんだから」


 まりあの言葉に思い出されるのは、抱きしめられて眠ったあの日……。  


「出来すぎた彼女だなぁ」


「そう? まだまだこれからよ?」


 そう言って微笑んだまりあは、まだ開けてないココアの缶を俺の首に押し当ててきた。


「お〜、あったけ〜」


 人肌とは違う温もりを感じながら、俺も同じようにまりあの頬に飲みかけのスポドリのペットボトルをくっつけた。


「ひゃっ、ちょっ、冷たいでしょ」


 ビクンと身体を振るわせて距離を取ろうとしたまりあ。


「はいはい、逃げるなよ」


 行手を遮るように左手を伸ばしてまりあの身体をしっかりと抱き寄せた。


「……ゆーともだいぶタガが外れてきたわね」


「あ〜、彼女が積極的なもんで」


「ちょっと? 私のせい? まぁ、否定はしないし悪いことじゃないけどね」


 逃げるのをやめたまりあが俺の胸に頭を預けてきた。


「こうやって世の中の恋人たちは周りが見えなくなっていくのね。恋愛に興味がなかった頃は恥ずかしくないのかしらって思ってたけど、実際にその立場になってみると恥ずかしい気持ちよりも一緒にいたい気持ちの方が大きいのね」


「それが世に言うバカップルってやつか?」


「……そうとも言う」


 立場が変われば考えも変わる。苦笑いを浮かべながらまりあと笑い合う。


「それにしても、ゆーとが代表候補かぁ」


 感慨深そうにまりあが呟いた。


「ああ。自分には縁がないと思ってたから今日が発表だってことすら知らなかったけどな」


 レイと修さんの呆れ顔が浮かぶ。


「ゆーとらしいわよね」


 そこにまりあの呆れ顔まで加わった。


「まだ候補だしな。浮かれるには早すぎるし」


「もうちょっと周りに合わせてもいいと思うわよ?」


 クスクスと笑いながらまりあが人差し指で頬を突いてくる。

 きっとさっきまでの騒動を思い出しているのだろう。


♢♢♢♢♢


 試合後、まだ文化祭の片付け最中の教室に行った俺を出迎えてくれたのは、やけにテンションの高いクラスメイトたちだった。


「柏原! 代表選ばれたんだって!? すっげ〜じゃん!」

「柏原くん、いつも眠そうな顔してるのにすごかったんだね!」

「まあ、俺はお前がすごいやつだって知ってたぜ?」


 普段は挨拶程度しか話さないクラスメイトたちに取り囲まれたと思いきや、その人垣をかき分けるかのように姿を現したみっちゃんが「友人(ゆうと)!」と言いながら潤んだ目をしながら俺を抱きしめてきた。

 その後ろにいたまりあが「いいな」と呟いたのはどちらに対してか。


「ちょっ、ちょっとみっちゃん。どうした?」


 困惑した俺は両手でみっちゃんの肩を押し退けようとしたが、ガッチリとホールドされて身動きが取れなかった。


「やっと、やっと友人(ゆうと)の努力が報われたんだ。これを喜ばずにはいられないだろ?」


 小さい頃からずっと俺を応援してくれているみっちゃんにとっては、代表候補選出は俺が世間に認められたという証拠だという認識だったのだろう。


 クールビューティーで名高いみっちゃんの行動に、クラスメイトたちは色めき立つ。


「きゃ〜! やっぱり二人はただの友達じゃなかったのね!」

「ちくしょう! 柏原め! 柘植さんだけじゃ飽き足らず相根さんまで!」


 教室内での騒ぎは廊下にいた生徒を通じて他のクラスにまで波及していく。


「ゆうくん!」


 みっちゃんのホールドをなんとか逃れた俺に、今度はひなが飛びついてきた。


「お、おい。ひな?」


「よかった。よかったよぉ」


 俺から言わせてもらえば、この状況は全くよろしくない。


「ちょっと⁈ どさくさに紛れてなにしてるのよ!」


 みっちゃんのときは傍観していたまりあがひなを剥がしにかかる。


「今度は宮園さんだと? ハーレムか? ハーレムなのか?」

「次は誰だ? 姉か? かやちゃんなのか?」


 さっきまで好意的な目で見ていたクラスメイトの目の色が変わる。主に野朗連中の目が。


「頑張ってたもんね。毎日頑張ってたもんね。おめでとう。おめでとう、ゆうくん」


 周りの目なんて気にしていない、ひなが涙をポロポロと零しながら笑いかけてくる。


「そうだな。ありがとなひな」


 心から喜んでくれているのは十分に伝わってくる。

 応援してくれていることも、協力してくれていることもしっかりと理解している。


 でもなぁ


♢♢♢♢♢


「やっぱり騒ぎ過ぎだって思っちゃうんだ」


 隣に座るまりあの頭を撫でながら呟いた。


「まだ候補だって?」


「そうなんだよな。そこまで喜べないっていうか、これで残れなかったらめちゃガッカリされそうだよな」


「そんなことはないと思うわよ?」


「そうか? ん〜? でも、あれだよな。まりあはその辺の認識をよくわかってるよな?」


 ひなやみっちゃんと違い、まりあは喜んでくれてはいるが落ち着いている。


「ん〜? 単純に二人と違ってこれまでのゆーとの努力を知らないからなのかもよ? でもね? ゆーとならまだ候補だろ? って思ってるんだろうな〜とは思ったわよ」


「さっすが彼女。よくわかってらっしゃる」


「うれしいし誇らしいって気持ちはあるからね? こいつ薄情だなって思ってない?」


「思ってない。思ってない」


 ジト目を向けるまりあの尖った唇に軽くキスをする。


「……ならいいわ」


 ほんのりと色づく頬に手を当て、もう一度深くキスをした。


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