私の行きつく先
第1話 立ち止まって振り返る
私は不幸である。
いや、そう思いたいだけなのかもしれない。
幸福だったはずの日々も、終わってしまえば不幸な日々。
不幸な人生だと思い、面白おかしく着色すれば聞き手は同情し憐れむだろう。
それが楽しいのかもしれない。生きがいになっていたのかもしれない。
だから、不幸に自ら片足を突っ込みに行っているのかも。自覚も無しに。
♢
苦い珈琲と甘い餡子玉が最高の組み合わせだと思いながら、不正アップロードされた漫画を某サイトで見漁る。
雨音が心地よく、昼間まで寝ていたとは思えない眠気が後から迫ってくる。
「はぁ…今日も夜勤か…」
あと1時間で出なくてはならないのに、下着姿のままだ。
夜勤前はいつも思い出す。1年間付き合った彼との思い出。
この餡子玉のように甘く、そして珈琲のように苦い苦い日々。
2か月前の私は彼を失って荒れていた。食事もせず、夜な夜な泣きどおし、酒を煽る日々。
自分が望んだ結果だったはずなのに…終わってしまえば手放した幸福に後悔が残る。
その感情は日々薄れながらも、毎日毎日反復するように感じている。
そして最後には必ず憎しみでいっぱいになる。
そんな日々。
「そろそろ準備するか。」
根が生えた臀部を無理矢理ソファーから引き剥がして風呂場へ向かった。
リビングの扉を抜けるとすぐ左手に風呂場がある。
半年前に転職と共に引っ越してきたこの部屋は、新築だけあって風呂場も綺麗だ。いや、綺麗だったというべきだろうか。
白で統一された脱衣所だが、最近抜け毛が酷く床に散らばったままになっており変な模様を作っている。
2か月前までは頻繁に【お客さん】が来ていたから2日に1回は掃除をして引っ越してきた当初の清潔さを保っていたのに…今はこの様だ。
最近はごみ捨てさえも忘れてしまうくらいに。女子力低下を感じてきている。
「…明日帰ったら掃除しなきゃな…」
ため息をつきながら申し訳程度に着ていた下着を放り捨て、風呂場に入った。
1人用の狭い風呂場。よく2人で『狭いね。』と話しながら入っていたことを思い出す。
シャワーがお湯に変わるのを待ちながら、ふと風呂場の棚を見上げる。
隅に茶色の三段の棚があるのだが、一段目には何も乗せていない。乗せる気がおきないのが正解か。
以前、ここには他人の私物が置いてあったからだ。
「…」
お湯に変わったシャワーを頭からかぶる。頬を伝い、身体を伝い、足元に流れていった。
適当に服を身繕い、出勤の準備を進める。夜勤時はお弁当を持参しているため、急いでおかずを作る。
冷凍ご飯をレンジで温めながら、ふと思い出す。
『私がお弁当作ろうか?』
学生だった彼を気遣い、会社の面接が終わるのが夕方と知って提案したものの、申し訳ないと言われて断られたことがある。
もしかして、重い女だったのかもしれない…そんなことを思っては、彩の無い弁当を仕上げていった。
「今日はやけにあのことを思い出すな。」
つい眉間に皺を寄せてしまう。
多分、もうすぐあの結果が出るからだろうか。
時間を見ると、あと5分で出なくてはならない。
遅刻だけは避けたい。
慌てて身支度を済ませ、玄関に向かう。靴を履いて一息ついてから、部屋を振り返る。
いつもの癖なのだ。1年間ずっと行ってきたから。
『つむぎ。いってらっしゃい。』
最初は出勤前に抱きしめてくれていた。
段々とそれも無くなり、いつも寝ていた。起こすのもはばかり、寝ているであろうベッドを玄関先で振り返って、小さく いってきます というのだ。
今はだれもいない部屋。彩の無い影の落ちた部屋を見る。
「…」
そのまま部屋を後にした。
曇天の、雷が燻る初秋だった。