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二刀を巡る黙示録  作者: はむはむ
第三章 天界の太陽編
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天界の太陽編 第三十八話 正義

≪リョウ視点≫

「……差別反対組織(レジスタンス)……!?」


 カルマがその組織の名前を出した瞬間、グレイが布団から飛び起きてカルマを睨み、オウム返しに言った。そりゃぁそうだろう、何と言ったって差別反対組織(レジスタンス)は数年前に滅びたとされる政府非公認の組織である。幾度となく政府に異議を申し立て、政府の手を煩わせていた。いわば政府からすれば宿敵とも言える存在である。俺やラメラは事情を知っていたが、グレイはそのあたりを一切認知していないのだ。


 無論それはボロネアも同じであるが、現在ボロネアは昏睡状態にあるため異議を申し立てられることは無い。カルマが何度もグレイとボロネアの方を見ついてのは、言ってもいいかどうかを推し量る意図があったのである。


「……あの組織は確か、十数年前の火事で滅びたはず……」

「そうですね。そしてその生き残りが、このギルドに所属している」


 カルマは堂々とした態度でグレイを見据えていた。非公認のギルドに所属していたにも関わらず、彼はそれを『罪』と認識していないようだった。自分の信ずるところをとことん突き進む、そのようなガッツが彼にはあった。


「グレイさんにはまだ話していませんでしたが、僕の父親は昔レジスタンスに所属していました。そこで働き、組織の人々と交流を図っていたのです……そして」


 その父親というのが、シルラ――つまり、リュミエールの回復兵です。


 彼は口角を釣り上げて言った。俺の体にとてつもない衝撃が走る。


 リュミエールの回復兵って、あの!? メチャクチャな回復力でリュミエールを根本的な所から支えている、あの回復兵!? 今回の某国襲来で死んだという、あの回復兵!?


 俺は一人で興奮していたのだが、ここにいる誰も驚いた兆しは見せなかった。とんでもないカミングアウトだと俺は思っていたのだが……不安になった俺は———に訊いた。


(え、なんでみんな驚かないんだ?)

『リョウが寝てる間に、話してたからね……』


 彼はあきれたような調子だったが、そんな事俺に言われたって知らない物は知らないのだからしょうがない。それはそうと、と俺はグレイの方を見て言った。


「つまりリュミエールの回復兵は、ここにいる人々と交流があった……つまり、仲間だったという事になります。安全を証明する意味では、これ以上とない最高の証拠です!」


 なるほど、リュミエールの回復兵が証人とあれば流石のグレイも反論できまい。そう思って俺はグレイの方を見たのだが、冷静になったのか彼はすまし顔だった。


「リュミエールの回復兵が死んだ今、それを証明する手立てはありませんが?」


 まぁ、そうなんだよなぁ。


 レジスタンスが政府非公認の組織である以上、シルラはレジスタンスに所属していることを周りにばらすわけにはいかなかったのだろう。皮肉な話、それが今仇となって息子の前に立ちふさがっているわけだ。証明について考えが及んでいなかったのか、カルマはがっくりと肩を落とした。その姿はどこか、もの悲し気である。


「クソッ」


 俺は声を漏らした。差別反対組織(レジスタンス)の名前が出てきた時点で俺はギルド入会に前向きだった。理由は単純に、『カルマがレジスタンスの名を借りてまで嘘をつくわけが無い』と知っていたからである。彼は自分の父が所属していたレジスタンスに対して絶対的な誇りと尊敬の念を抱いている。数年共に生活している中で、それは痛いほど伝わっていた。


 だが、グレイは違う。彼とカルマは赤の他人に等しいほど関わりがない。レジスタンス云々かんぬんを言われても、グレイには意味が無いのだ。グレイにとってカルマは、()()()()()()()()()……どうすればグレイさんを納得させられるんだ……?


『……あのさぁ、リョウ……』

(どうした?)

 

 俺はおずおずと言葉を紡ぎ出した―――の声に、耳を傾けた。彼はゆっくりと続ける。


『グレイさんにとっての大切な人ってアスペンさんだよね。彼の為ならグレイも、入会してくれるんじゃないかな……?」

(うーんと? それってどういう意味だ?)


 俺の理解力が足りないのか、———の話の意味がよく分からなかった。アスペンはもう死んだ。死人の為に出来る事なんて、弔いの儀式ぐらいだろう。アスペンらしい、華々とした弔いの儀。それ以外に考え付くことは特にない。


『……個々の仕事内容……確か、『某国殲滅』だったよね。アスペンの仇はグレイなんだから復讐をする上では絶好の場所なんじゃないかな?』


 俺は(ほーん)と返事をした。成程(ナルホド)、復讐か。確かにグレイの心には今、少なからず意趣返しをしたい気持ちがあるだろう。アスペンの事を大切にしていた彼だからこそ、それは確認するまでもない。


 ラメラは俺に付いてくるだろうし、スザンナとロザンナは状況を把握しきれていないから、説得は容易と思える。ならば今、タイマンでグレイと話し込んだ方が良いのではないだろうか。そう思った俺は全体にこういった。


「あー、悪いけど、グレイさん以外ここから出てくれないか? グレイを説得する良案が浮かんだんでね」



「……それで、何の用ですか?」


 俺の申し出には全員が応じてくれ、グレイを除く全員が部屋の外に出てくれた。部屋の中にあるのは無数の敷き布団とそれに包まれて寝ているボロネア、そしてグレイだけである。俺はグレイに言った。


「グレイさん。貴方、アスペンさんを殺した某国が憎いんじゃないですか? あの国に、復讐したいんじゃないですか? あの国は沢山の人を殺した。アスペンさんやグリア、シルラなど……みんな無実で、何もしていない人々です。某国の気まぐれで死んでしまった、哀れな人々です。そんな惨劇を引き起こした、某国が憎いんじゃないですか?」


 俺はまず、グレイの復讐心を煽るような言動をした。『煽る』と入っている物の、全て事実である。ちなみに俺は某国がとても憎い。このギルドに入ろうとしている理由のうち一つに、『復讐心を満たす』というものが含まれているほどだ。だがしかし、グレイの応答は実にシンプルだった。


「いいえ」


 『いいえ』という事はつまり、彼は某国が憎くないという事なのだろうか。俺は頭を捻った。あれだけの惨劇を引き起こした某国を憎まない理由が分からない。彼はむすっとした様子で言った。


「某国を潰すというのは、あくまで復讐心を満たすために行う身勝手な行為です。『正しい事』ではありません。それに、私なんかの実力では某国兵士には敵いませんから」


 グレイは、やけに発言が後ろ向きだった。普段はもっとどっしり構えているようなイメージなのだが、今日ばかりは後ろ向きで弱気である。俺は彼の言葉が理解できなくて、おずおずと質問した。


「……本気で、言ってるんですか?」

「勿論」


 俺は心の奥で舌打ちをした。だが諦めるわけにはいかない。ここに残るにしろ出て行くにしろ、少なくとも両者が納得できる形で締めくくりたい。俺は唇を噛んだ。


「グレイさんはなんで」

「質問は一つずつです。今度は私の番。貴方は、自分が某国を潰せると本気で思っていますか?」


 彼は光を宿さない目で、俺を見つめた。そして俺は、その見つめてくる瞳に恐怖した。生きる希望を無くし、ただただ茫然とすることしか出来ない弱き者の瞳。その目を見るだけで俺は、彼が全てを諦めてしまったのが分かった。


「それは……」

「だから言っているでしょう。私に某国を潰すだけの力はない。それはここにいる誰にとっても同じ、絶対的な事実なのです。いくら足掻こうが蛇足」


 俺はぐうの音も出なかった。彼の言っていることは確かに正論である。あの某国に俺達が、敵うわけが無い。『某国殲滅』を掲げたこのギルドと言えど、それは同じなのだ。だからこそ某国は未だ活動を続けている。


「リョウ……貴方がこんなにも愚かだとは、思いませんでしたよ」


 ……ブチッ。


 俺の耳の奥で、何かが切れた音がした。空耳だったのか、それとも実際に響いていたのかは分からない。ともすれば俺の血管が切れた音だったのかもしれない。俺は感情そのままに叫んだ。


「じゃぁ貴方は、この大量虐殺(悪夢)から目を背けようって言うんですか!?」


 グレイは何も感じていないように、俺を見つめていた。その目にはいまだ、何も映っていない。そこに俺が居る事を、まるで認識していないとでもいうようだった。俺はさらに叫ぶ。


「アスペンさんは昔、『自分には勇気が無かった』と言っていました。そしてその彼が欲したのは、他でもない『勇気』です! ここで指す勇気がどのような物か、貴方は相棒として理解できているんですか!?」

「それは……」


 グレイが重い口を開けようとしていたが、俺は彼に何も語らせなかった。


「否、貴方は何も理解していない! 彼が欲した勇気は、『誰かを救うために、自分を犠牲にする正義に基づいた』勇気です! 彼は師匠に、『小さい人が大きい人に襲われていたのを見た、なのに自分は何もできなかった』と泣きついていました」


 俺はいつか、彼が語った話を思い出していた。


「そしてここで言う『大きい人』は、某国の事を指しているんじゃないですか!? 彼の言葉を借りるならば俺達は、某国に立ち向かうべきなんじゃないですか!?」

「何を言って……」

「それが、『正しい事を成し遂げる勇気』でしょう!?」


 はぁ、はぁ……と、俺は肩で息をした。こんなに大声で叫んだのは久しぶりだ。叫んだ後に残るのは虚しさと、悲しさだけ。この空間にも丁度、そんな雰囲気が満ちていた。グレイの目に俺は映っていないが、今の彼は確実に俺の事を見つめていた。彼は表情を一切変えずに呟いた。


「………だから、私はこのギルドに入るべきだと?」

「いや、違う! 貴方はアスペンさんが遺してくれた物を曲解している、それを指摘したかったんです……彼の為、ここだけは譲れませんでした……」


 わかってくれたなら……もう、いいんです。


 俺はもう、『グレイをギルドに入らせる』という目的を見失っていた。死んでいったアスペンの為に、俺はただ熱弁を振るったのである。「ああ、やっぱり俺はダメだな」と思った。こんな感情任せに紡ぎ出した言葉に、説得力など微塵もない。ましてやこのギルドが安全である証明にすらなっていない。


 俺は諦めて、グレイを見つめた。彼はまた、俺の方を何も移さない瞳で見つめている。その顔からは、感情を一切読み取れなかった。


「それが、彼の『勇気』なのですね……」


 彼はそう言った。俺から目をそらして続ける。


「……申し訳ない」

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