第一章 蛇足
『二刀を巡る黙示録』は、幾度となく焼き直しを繰り返しています。その焼き直しの過程で無くなってしまった作品群(の一部)を収録しました。興味のある方は、是非どうぞ。
あくまで『閑話』ですので、悪しからず。
≪もう一度≫
①第二話 転生
≪主人公視点≫
「……っ」
俺は目を覚ました途端、激しい痛みに襲われた。しばらく身悶えしていたが、段々と収まってくる。それとともに俺の理性も戻ってきていた。
(俺……生きてるのか?)
最初に確認したのはそれだった。肺いっぱいに空気を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。肺が焼ける様に痛かった。がしかし、それは俺が『生きている』事を意味していた。あの業火をモロに食らって生きている方がおかしいが、事実俺は生きているのだ。その事実だけで十分である。
どれくらい時間が経った? そもそもここは何処だ?
その疑問の答えを知るために俺はゆっくりとあたりを見渡した。
眼前には夕暮れ時の荒野が広がっていた。日が落ちてきているという事は、十二時間くらい経ったのか。見渡す限り何もない、ただの荒野。あの火事の焼け跡だろう。
……ん? ちょっと待て。何かおかしくないか?
いくら火事でも建物の骨組み位は残るだろう。炎の威力が『骨組みを焼き尽くす』レベルだったと仮定しても、『骨組みを焼き尽くす』威力をモロにくらって俺は生きられるか?
いやあるいは、俺はもう既に死んでるのかもしれない。
(あっはっは。十分にあり得るわ、ソレ)
自分で自分を哄笑する。だがやがて真面目に『それが一番あり得る』と感じてきた。というのもそれで全てが説明できる事に気付いてしまったのだ。死んだあとに『生まれ変わって』ここにいるとしたら。ファンタジー小説とかで、「異世界転生」ってよく聞く。それなら体が無事なのも、場所が違うのも説明できる。肺は段々痛くなくなってきていた。
俺はおそるおそる自分の頭を触ってみた。やはり、フッサフサだった髪が一本も無くなっている。理由は決して火事でも、ストレスでもない。原因は単純明快『転生して赤ん坊になったから』だ。
「ああああああああ!(要約・嘘だろ!?)」
パニックに陥った俺は赤ん坊らしく泣き叫んだ。やっと就職に成功したのに、振り出しに戻されたのだと考えると吐き気がした。が、それも全て起きてしまった事。俺の体は段々とその事実を受け入れていった。
……でもやっぱり辛い。俺はここがどこかすらわかっていないんだ、すぐ死んでもおかしくない。
『……ねぇ』
一人で悶々としていた所に妙に明るい少年の声が響いた。俺は慌てて
「ぢゃれだ(要約・誰だ)!」
と叫んだ。赤ん坊の声帯だと上手く声が出せないので不便だが、気にせず俺は周りを見回した。が、そこには荒野以外何もない。変化と言うなら風が強くなったぐらいの……いや、本当に強くなったのかどうかすら不明確である。
『あはは、君は本当に子どもかい? ……にしては随分と大人びてるなあ』
「ぐれしぇ(うるせぇ)」
俺はこの顔も見えない声に警戒心以外の何も覚えなかった。少しフレンドリーだからと言って、後から手のひらを反す可能性は十二分にあり得る。
『じゃあ僕の言うとおりにして。意識を強くして、伝えたいことを念じるんだ』
聞こえたのははやはり、中途半端に高い、声変わりの最中のようなさっきの声だった。意思疎通を図っているのだろうか。にしては指示が雑すぎる。
俺は警戒心の他に若干の猜疑心を覚えた。
(姿を現せ!)
俺は声を出そうかどうか迷ったが、言われた通りに強く念じた。一瞬の沈黙が、あたりを覆いつくす。俺が『馬鹿馬鹿しい』と感じ始めた時、またあの声が聞こえてきた。
『ん、なるほど。姿は現せないよ』
伝わってる!?
(俺の心が読めるのか!)
俺の言葉が伝わっているという事は、俺の心を読み取ったという事に他ならないだろう。そんな芸当が出来るのは超能力者しかいない。故に俺は驚愕していた。
『そうだよ……って言ったら驚く?』
……今の俺が意思疎通を図れる相手はコイツだけだろうから、情報収集をしておかなければ。俺は再び強く念じた。
(ここは何処だ!? 東京……じゃないだろうな)
『違う違う……ってかトーキョーってなんだい? ここはリュミエールとナハトの境目だよ」
どうやら強く念じて初めて伝わるらしい。伝えられる対象はコイツだけだろうが、十分便利なものに思えた。
(……リュミエールとナハト?)
オウム返しに聞いたのち、俺の思考は完ッ全に停止した。『リュミエール』とは恐らく土地の名称だろう。だが、俺はそんな地形を聞いたことなかった。少なくとも俺が住んでいたのは『東京』である。
俺は一人で声も出さずに考えていたので、声の主は俺が死んだとでも思ったらしい。おずおずと生存確認するような口調で尋ねてきた。
『だだだ、大丈夫? 僕何もしてないんだけど……』
(生きてるよ! こっちからすればリュミイールとナハタ?の方が知らないんだけど)
異世界……
また、そんな言葉が頭をよぎった。矢張り、転生したという確率が最も現実的なのだろう。異世界転生という事か。
『リュミ「エ」ールとナハ「ト」だけどね。でも君、何にも知らないんだー。予想はしてたけど、ちょっと残念かな。ってああ!』
(どうした!?)
『そう、君の名前は?』
俺の名前??
心が読めるなら聞くまでもないだろと思ったが、愚痴を零すこともせずに答えようとした。しかし早々に俺は恐ろしい事に気が付いた。
(俺の名前ってなんだっけ)
ヒュー、と嘲笑うかのように風が吹いた。覚えてない。散々頭を捻ったが、自分の名前『だけ』が思い出せなかった。俺の人生も、経歴も、最高にうまいカレーの作り方も。全部覚えてるのに自分の名前だけ思い出せないのだ。
『覚えてないの? まあそれも当然かもねーってか君に名前があったこと自体が驚きだけど』
(失礼な)
あっ、赤子に名前が無いのは普通か……と付け足す。
『んー。それ不便だし僕が付けるね。うーん……リョウ? そうだ、君の名前はリョウにしよう!』
リョウ……か。悪くない名前だが、正直言って慣れるまで時間がかかりそうだ。俺はそんな名前じゃなかったと思う。しかし俺はそんな事より、勝手に名前を決められたことの方が頭にきた。
(勝手に決めんな! 大体俺は、お前の名前だって聞かされていないんだぞ)
『えー僕の名前? そーだなー、言えるのかなー』
(ハァ?)
いや名前に言えるもクソもないだろ。ブーメラン発言だけど、「名前が無い」という訳でもあるまいし。俺は苛立ったが、すぐにどういうことかカミングアウトしてくれた。
『僕の名前は「———」だよ』
規制音のような音が響いた。頭が痛くなるほどの爆音、鼓膜が破れるんじゃないかとさえ思った。耳を覆う間もなく音は消えたが、それでも大きなダメージである。俺は不愛想に聞き返した。
(なんて?)
『あー、やっぱり。「消えてる」のか……』
名前が消えている?
つまりそれは、俺と同じ状況であるという事なのだろうか。俺はまだ自分の名前が消えたメカニズムを全く理解できていないので、何故彼が納得したように言っているのかが分からなかった。
(おいちょっと待て、だから名前は……? まさかあの規制音じゃないだろうな)
『いやー僕、君と同じで名前が無いんだよねー。見ての通り体もないし。でも、まあ僕の事は「お前」とか「———」って呼んでくれていいよ』
また、耳が痛くなるような規制音が響いた。———が名前であるというのは間違いないだろうが、如何せん言いにくい。『お前』というのもありきたりすぎるだろう。俺が付けてやろうかとも思ったが、ネーミングセンスが無いのでやめていおいた。名付けの仕返しはまた今度でいい。
(それでいいのかよ……。じゃあ俺は「お前」とか「貴様」とか呼ぶぞ、いいな!?)
『いいよー。さて、説明タイムと行こうか』
(こっちの世界と向こうの世界の違いについてか?)
俺は平均的な大人の常識位は身に着けている……と思う。故に「読み書きの仕方」とかもう一回教えられても全く無意味なのだった。
『まあ、そんなところだね。この世界は……』
ゴクリ、と唾をの飲む。人間以上の生物
ファンタジーでよくいるドラゴンとか
がいたりとかしたらテンション上がるが、生存確率がぐっと下がってしまう。そういう意味でこれは最も大切な情報だった。
『って僕が語るよりこの道のエキスパートに聞いたほうが良いね。そのうち人が来ると思うから、そっちで聞いてよ』
期待させておいて……! 業火の如き怒りを胸の内に押しとどめ、俺は何でもないような態度で聞いた。
(人がくるって確かな情報なのか?)
『確実に来るよ。っていうか、説明ばっかだと疲れるでしょ? その新しい体にも慣れてないだろうし。取り敢えず今は休憩をとった方がいいと思うな』
休憩とは、睡眠の事であろう。こんな無防備な所で「寝ろ」と言えるという事はある程度平和な世の中なのだろうか。どこぞのRPGみたいに歩いてたら敵とエンカウント……という訳でもなさそうだった。
(……ここでか?)
『そ、ここで。その気になれば寝れるよ』
俺は言われるがままに横になった。地面に直接触れている状態の上、今はまだ日がある。なので寝れないかもと懸念したが、実際のところ問題なかった。
横になった途端、瞼が段々と重くなってくる。リラックスできる体勢になり、そのうち俺は本当に眠りについてしまった。
『おやすみ、リョウ』
※
俺が起きたのはそれから数時間後だった。都会では見れない、一点の曇りもない綺麗な星空。俺は未だに地べたに寝ていた。幼い手足を使って胡坐をかこうとしたがうまくいかず、諦めて寝っ転がったままにしておいた。
『あ、起きた起きたー。意外と早かったね。まだ人は来てないよ』
(みりゃ分かるって。大体、お前はずっと起きてたのか?)
『そういう事になるね。僕は寝る必要が無いみたい』
(お前は人か?)
『さあ、どうだろう』
まるで「自分も自分の事を良くわかっていません」とでも言うように、こいつはつかみどころがなかった。コイツの事は諦めて、世界の事を知っておいた方がいいな……そう判断した俺は早速質問の趣旨を変えた。
(質問だ、いいか?)
『ん、いいよ』
(この世界の特徴を教えてくれ。この世界は一体……)
『あ、やっぱ待って。僕が先でいいかい? 君はどこからきて、なんでここにいるんだい?』
割り込まないで欲しかったな、ちょっと傷つく。
(うーん)
俺はコイツに、全てを話していいのか迷った。この世界の案内人はこの名前もない人(?)物になるだろう。コイツが信用できるという保証はどこにもないけど、そんな気がする。ならば今、賭けなければ何も生まれないのではないだろうか。
(俺は、一回死んでる)
俺は要点を抑えつつストレートに答えた。
『知ってる。君は一度死んで、生まれ変わったんでしょ。大体の流れで理解してたよ』
(じゃあ「なんで」って聞くなよ。それなら何を聞きたいんだ?)
『僕が聞きたいのは君の前世についてさ。君の世界について分からないと、違いの説明も出来ないでしょ? そもそも、君の世界とこの世界が本当に違うのかすらわかっていないんだから』
前世……ああ、そうか。俺の世界について理解していないと、彼も説明のしようがないという事か。
(ちゃんとしてるな、お前)
『? 何のことかな? それより、君の前世について教えてよ』
(まあいいや。俺の前世についてだ。俺の世界は……)
俺は自分の人生とそれを取り巻く環境を大雑把に説明した。俺の黒歴史でしかない恋愛事情とか、細かい所を除いて、意図的に隠した事実はない。
俺の話を聞いている間、コイツは全くと言っていいほど発言しなかった。目を丸くして聞いている様子が目に浮かぶ……まあ、コイツの外見を知らないから無理だけど。
ただ一つ、俺が昔興味を持っていたボクシングについて触れた時にコイツは疾風迅雷のスピードで質問してきた。
『君の世界では武器を使わないのかい?』
(……どういう意味か分からない。武器……特にゲームで出てくるような剣なんて持ったら警察のお世話になるからな、誰も持ってないはずだ。武器を持ってのボクシングなんて、相手を殺しかねないし)
コイツが口を開いたのは、本当にそれだけだった。この質問の意図が分からなかったが、コイツはそれで十分らしく、一言で『わかった』と呟いた。
気が付くと空は既にオレンジ色に染まってきていた。俺は集中すると周りの状況が認識できなくなる。俺の最期もそれが原因だったな……と他人事のように感じる。
(さあ、これで全部だ。何か不明な点は?)
『いいや、無いよ。全く、完璧すぎる説明だったね』
何度もつっかえたあの説明で『完璧』!?……こりゃ皮肉以外の何物でもないと思う。
(そりゃどうも)
『もー、僕は真面目に……』
(今度は俺の番だ、この世界と俺の世界、具体的には何が違う?)
『割り込まれた……』
(どう違う?)
やれやれといった様子で、コイツは答えた。
『君のいた世界はかなり発展していたんだね。でも、基礎は大体同じだよ。住んでる生き物もほとんど同じだし、食べ物とかも一致してる。そっちと違ってこっちには一種類の言語しか無かったりとか、違う点も沢山あるね。だけど、やっぱり決定的な差は……』
そこでコイツは大きく息を吸って吐いた。うまく説明できる自信が無く、緊張していると見える。
『リョウ、手に力を込めてみてくれる?』
(リョウ……ああ、俺の事か。やっぱ慣れねえな、その名前)
俺はゆっくりと両手に力を込め、握り拳を作った。力を入れすぎて手がじんとする。それは時間が経つとともに温かさ、心地よさに代わって行った。そして右手が完全に心地よさに包まれたとき、『それ』は出現した。
(……なんだ、これ……)
『それがこの世界と君の世界の違い。『誰もが一本の武器を持つ世界』……君の場合はその美しい刀さ』
そう、俺の右手に小刀が出現したのだ。それは俺の小さな手で握れるほど小さいものだったが、それは確かに『刀』だった。
(……は? え、は?)
『大丈夫大丈夫。みんな、生まれつき一本だけ武器を持ってるよ。サイズやソード、アローにマジックワンド……僕も全部知ってるわけじゃないけどね』
ええ? 全員が武器持ってるって……いつでも誰でも人殺せちゃうじゃん。
(平和な世界だな、こりゃ)
俺は衝動的に言っていた。
『あはは……まあ、平和っちゃ平和かな』
……嫌な予感しかしなかった。
②第三話 懐刀
≪リョウ視点≫
会話の種が尽きてから、———(こっちの方が呼びやすい)は押し黙ってしまった。何せ姿が見えないので、何かあったのか不安になってきたが最初の一分は放置する。それでもまだ閉口したままだったので、俺はとうとう声をかけた。
(オイ)
『はいはいはいはいはいはい?』
(お前って今何やってたんだよ)
『えっとねー、一人ジャンケン……じゃなくて、刀の試し振りしてたよ』
(……前者が本音で後者が建前だな)
どっちにしろかなり悲しい趣向だが。多分コイツには俺以外の話し相手がいないのだろう。暇人の中の暇人だ。
『え、そんなことないよ……ってリョウ、あっちにいるのって人じゃない?』
(……はぁ。どうせ人なんてそんな都合よく……ってあれは……!)
我ながら仕事(と称したフラグ回収)が早い。言われた通りに前を向くと、確かに人がいた。みんな日本人と同じような黄色みが勝った肌、黒い髪、目をしており、どうやら会話をしているようだった。
「眠い……」
「文句言うな、すぐ終わる」
「アタイはその「すぐ」ってのがどれくらいなのか気になるんだけどねぇ」
……約五十メートル離れているのだが、それでも内容が聞き取れるほどの大声で彼らは話していた。
『ほら言ったでしょ? 人がいるって』
(本当だ……ってかあいつらをこっちに呼ばなくていいのか? 気付いていないみたいだが)
俺は私案を伝えた。さっきとは違って今回は一拍も開けずに返事が来た。
『あ! そうだ、今回を逃したら次は無いんだった! リョウ、どうにかしてこっちに気づかせて!』
(どうやってだよ!)
『泣き叫ぶ!』
(ハァ?)
何を言い出すんだコイツは。逆の立場だったら絶対に出来ない(コイツならやるかもしれないが)ことを要求してきやがる。
……かといってこの不満足な体で移動するわけにもいかず、他に大声を出す手段があるわけでもない。さてどうするか……と迷っている間にも、彼らはどんどん遠のいていた。焦った俺は、勢いでプライドを捨てた。
「おぎゃあああああああああああ!」
『嘘……でしょ?』
「おい、なんだ? なんか泣き声が聞こえないか? こっちの方から」
俺は、———のセリフを無視することにした。やっぱりできないことを要求しやがったのか。
(ヤリィ!)
『ねえリョウ、プライドって知ってる?』
(うっせ! そんなもの、ついさっき捨てたわ!)
『っていうかそんな事より、刀を消して! 赤ん坊が「無意識に」刀を出すなんてこと、ほとんどあり得ないんだから! 下手したら向こうがパニックになっちゃうよ』
それを早く言って欲しかった。最悪な事に遠くに見えていた人は俺のすぐ近くまで迫ってきていた。全員興味と恐怖心が混ざったような表情をしている。
(おいおい、どうやれば消せる、この刀!)
『だから「消えろ」って念じれば消えるよ! ああ早く早く早く』
(焦らすな)
俺は言われた通りに「消えろ」と念じた。刀は登場したときより簡単に消えた。回数を重ねれば一瞬で「抜刀」「納刀」できるようになるかもしれない。彼らが俺に話しかけてきたのは、それから数秒後の事だった。
「大丈夫?」
男の声が聞こえ、俺の頭を撫でている感触が生々しく伝わってきた。毛が生えていないときに触られるのは、変な感じがした。
(危ねぇ、ギリギリセーフ……)
『……はぁ』
悲し気なため息をつく―——。俺は馬鹿にされているようでむっとしたが、特に逆上することもなく押し黙った。
「ちょっとアンタ、そんななれなれしく触らないであげて! 穢れてしまうよ」
「酷い……」
「フン、私の知ったことじゃないわ」
「落ち着けお前ら! 敵国の罠の可能性もある、うかつに手を出すのは危険だ」
「これ、ただの赤ん坊……」
「いや怪しいだろ! 戦場で子供が無傷で生きてる……逆にそっちの方が不自然じゃないか?」
「確かに……」
すぐに助けてくれるものかと勝手に期待していたのだが、そんなこともなく何やら話し込んでしまった。何言っているのか全然わかんない。
(どうする、この状況。なんか俺疑われてるっぽいんだが)
『そりゃーそうだろうね。実はつい最近、ここで大規模な戦が発生したんだ。もう決着はついたけどね』
(じゃあアレか、ここは戦跡って事か。道理で地面が赤っぽい訳だ)
戦跡……だから建物が無かったのか。ならしっかりとした国もあるという事だろうか。安住できる地が無いと思っていた身にとって、これほど有難い事実はない。
『そういう事。今来た人たちは多分死体処理班だろうね。この辺りは被害が少ないから、無理矢理来させられて……』
(運悪く俺達に遭ったって事か。そりゃ災難だな!)
俺は声を潜めて笑った。幸いなことに彼らには気づかれずに済んだが、俺の背筋に嫌な汗が伝ったのは言うまでもない。
『笑い事じゃないよ。もしこれで捨てられたら僕たちこのまま野垂れ死んじゃう。君の世界じゃどうか知らないけど、ここでは食料が無いと死んじゃうんだから』
(俺の所もだけどな。さて、どうしたもんか)
『見守るしかないよ。見た感じこの人たちはナハト人じゃない』
俺にそう言われても全く通じないんだがな! もっと分かりやすくいってくれよ、赤ん坊扱いでもいいからさ。
確かナハトは地名だったよな……。
まあ、頑張って言葉の意味を探ってみても良かったのだが、俺はそんな面倒なことしなかった。
(だから、何だよ)
『比較的温厚って事さ。見捨てるような真似はしないと思うけど……』
(じゃあ見捨てる可能性もあるって事か?)
突如として俺の体が宙に浮いた。何事かと思ってみると、問題の一団が俺の体を持ち上げていたのだった。話し声が聞こえてくるが、いくつも声が重なってるせいでうまく聞こえない。
『良かったね。多分リュミエールまで連れってってくれるよ。念の為に言っておくけど「リュミエール」って国の名前だからね』
(よかった……)
俺は安堵の気持ちでいっぱいになり、本日二回目の睡眠に入るために目を瞑った。赤ん坊は寝るのが仕事だ、そうだろ? 少なくとも俺はそう思っている。
『あれ、リョウ? ああ、寝ちゃったのか……退屈なんだね』
(いやまだ寝てねえ!)
『あ、起きてた』
俺は忘れていなかった。コイツの正体が全く持って未知数であることに。俺にとって有益な存在であることは思うが、何か根拠があるわけでもない。だから目が覚めてしまった俺は今、コイツの正体について訊くことにした。
(お前、何者だ?)
聞かないほうが良いかもと思ったが、今のうちに知っておいた方が良いだろう。なんか利用されてたら怖いし、「転生した俺」から向こうの技術
科学技術
とかを聞き出されたら怖い。こういう話はしょっちゅう漫画の題材になって……無いか。
『何者……ねぇ。なんでそんな事を知りたいの?』
(信用してもいいのか考えるためだ。お前の声は俺以外に聞こえないみたいだし、外見に至っては全くわからない。お前は何処にいるんだ?)
はたから見れば、滑稽な質問に聞こえただろう。しかし俺の思考は、至極まともだった。
『僕はここにいるのさ。そして僕の名前は———』
規制音が再び俺の耳に満ちる。これだけ煩いのに、周りには聞こえていないというのだから驚きだ。
(はぐらかすなよ)
『ハハハ』
その笑い方は恐ろしいほど乾いていた。なんというか、こう……
(もしかして自分でも分かってないのか?)
そう疑わざる負えなかった。
『そうなのかもね』
依然としていい反応は見られない。ただしその口調は、確実に自傷的になっていた。顔は見えないが、恐らく老婆のような笑顔を浮かべているのだろう。
(オイ!)
『僕は実際、何も分かっていなかった……って言っても分からないか』
そう言われて俺は言うまでもなく戸惑った。そりゃあそうだろう、突然「何もわかってなかった」なんていわれたら困惑するしかない。
(どういう意味だ?)
『リョウがこの世界に慣れたら、そのうち話すよ。それまでは』
(……それまでは?)
そこで何故か一拍空いたので、俺は静かに尋ねた。
『僕が、君の懐刀だ。疲れたでしょ? そろそろ寝たほうがいいよ』
朝焼けに照らされた俺の体が少しばかり揺れた。俺は、誰にも気づかれずに目を瞑った。
……こうして俺と———を巡る物語は始まったのだった。
③第四話 初戦闘
≪リョウ視点≫
結果から言うと、俺は全く寝れなかった。というのも直後、柄の悪そうな山賊が俺達の事を襲ったからだ。山賊にお目にかかるなんて、現代社会ではまずない事象だ。がしかし「こっちの世界」では日常茶飯事らしく三人は
「やるぞッ!」
とだけ叫ぶとなれた様子でそれぞれの役割についた。
血の気が多い女が率先して戦い、リーダー角の男は援護に回った。そして残った無口な男は刀を使わずに俺の事を持った。臨機応変なこの対応、彼らは相当の強者なのだろう。と俺が感心していたら———が何でもないといった口調で言ったのだった。
『あーッ、そこそこ! そこで刀を振り切らないで! あーあ、やっちゃった……ってあれ、これは囮!? なるほど考えたね。女の方は傷を負うけど、確実に山賊を仕留められる……互いに信頼しあってる良いコンビだね!』
(なんでお前は上から目線なんだ)
『だって……実際の所山賊もこの人達もあんまり強くないんだもん……とまって見えるよ』
(……は、はぁ……)
コイツ……さてはできるな? 俺からしたら目で追うのがやっとの死闘なのだが、コイツからしたら低レベルの戦いらしい。三人は顔に汗が浮かんできている盗賊を見福で気絶させた後、そのまま野に放った。
「リュミエール人は温厚だ」なんて言っていたが、あながちそれは嘘ではないのかもしれない。まあ俺からすればどうでもいい事なのだが。
『大丈夫だよ。リョウもすぐ強くなれるからさ』
(本当かぁ……?)
ちょっと信用ならないがな、と付け加える。コイツはたいして気にしていないように『うんうん』と生返事をした。
「この辺の盗賊は無謀な奴が多いな」
あきれた様子でリーダー格の男が言う。試しに頷いてみたが、誰も気付いてくれなかった。
「そうね、まあアタイが強いってだけだけど」
「そんな事、無い……」
「ハァ?」
「その辺にしとけ」
さっきまでのコンビ―ネーションはどこへやら、事がすむとすぐに喧嘩を始めた。しかしながら、よっぽど仲が良いようで、その勢いで数十秒後には雑談にまで発展していた。旨としては「明日の晩ごはんどうする」といったもの。関係ないけど俺はカレーが良いかな。
(グループの鑑かお前ら)
『そうなんだろうね』
(喧嘩するほど仲が良い……ってこっちにもある言葉なのか?)
『あるよ』
あ、あるんだ。こっちの世界とあっちの世界って、めっちゃ似てるな。でも……
(本当か? 分からないなら正直に分からないって言っていいんだぞ?)
『ちちち違うよ? 分かるよ? こっちでも常識だよ?』
あ、意外と常識だった。俺はことわざに疎いので、もしかしたら俺よりコイツの方がたくさん知ってるのかもしれない。
(疑ってるわけじゃないんだが)
俺は小さく笑った。それが可愛いと感じたのか、俺を抱いてる男が頭を撫でてくる。気持ちいいとも悪いとも思わなかったので取り敢えず無視した。
(んで、俺はこれから暇って訳か?)
『そうだね。盗賊の襲撃とかもうないと思うし、寝ていいよ』
やっぱり盗賊の襲撃頻度はそこまで高くないらしい。移動のたびに襲われてたんじゃ話にならないのでほっと肩を撫でおろす。丁度眠かったところだし。
(ならお言葉に甘えさせてもらうとするか。この体だとすぐ眠くなる……)
俺は静かに目を瞑った。赤ん坊が直ぐに寝るのは普通の事なので、誰も俺を咎めなかった。しいて言うなら———が
『あ、本当に寝るんだ……』
と言ってきた位か。俺が居なかったらこいつは暇なんだろうか……と同情「は」したが、気にせず寝た。
※
『リョウ、起きて!』
デジャブ感溢れる声が聞こえてきた。わざと返事をしないでやろうかとも思ったが、ちょっと可愛そうなのでやめておいた。
(はいはい、今起きたよ)
『今回は早かったね……ってそれどころじゃないんだ!』
(どした?)
『周りを見て。ここがどこだか分かる?』
俺は重い瞼を無理矢理開けた。太陽が直ぐ近くにあるのかと思うくらい眩しかったが、光に慣れてくるにつれて周りが見えてきた。
『わかる?』
(ちょっと待て)
まず初めに目に入ったのは豪華な玉座だった。色とりどりの宝石で飾られ、その佇まいは主が座るのを今か今かと待ち構えているよう。その前にはちゃっかりレッドカーペットが引かれており、その上に自分は座っていた。
(順を追って説明しろ。あれから何があった?)
『リョウはあの後、王様の元に運ばれたんだ。リュミエールの人たちはみーんな、子供に甘いからね。放っておけずに王様が引き取り先を探してくれてる』
(マジか! ってかじゃあここは……)
『リュミエールの主城だよ』
俺は再びあたりを見渡した。だったぴろい空間に自分と玉座だけがある。天井には巨大なシャンデリアが吊るされ、部屋全体を照らしていた.
(俺、これからどうなるんだ?)
『取り先が決まれば、そこで住むことになる』
あー良かった良かった。「取引先が決まれば」俺は生活が出来るぞー。これで万事解決……ってなるわけが無い。逆に取引先が決まらなければ俺はどうなる?
俺はおそるおそる尋ねた。
(決まらなかったら?)
『それはね……』
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
『おっと王様が来たみたい。話はこれまでだね』
(だぁ! 話せよ)
「さて、これが例の子供か」
玉座の方から声が聞こえたので振り返ると、そこには質素な衣装に身を包んだおっさんが玉座に座っていた。見た目からは分からないが、恐らく彼がこの国の国王なのだろう。国王にしてはこう……何というか、貧乏くさい気がした。
「子供……にしては静かすぎる気もするが」
「お、おぎゃあ。だぁ、だぁ」
俺は慌てて鳴きまねをした。違和感ありまくりのタイミングだったが、この国王は気にしなかったようで俺に近寄ってきた。何をするのかと身構えたが、頭を撫でるだけだった。
「おお、やはり赤ん坊だ。かわいいのう」
(態度面では完全にただのおっちゃんなんだけど、この人が国王であってるのか?)
『それが、そうみたいなんだ。他にそれっぽい人はいないし』
「ほら、たかいたかいー」
不意にごつい手が俺のわきの下に入り込んできた。何事かと確認するよりも先に体を持ち上げられる。抵抗の余地はなかった。普通の赤子ならこれで喜ぶのかもしれない。がしかし高所恐怖症持ちの赤子(俺)に言わせてもらえば拷問に他ならなかった。
「おや、また静かになったな」
「お……ぎゃ……おぎ……ゃあ」
迫りくる恐怖と戦いながら、弱弱しい声を出す。やっていいなら泣き叫ぶけど、そんなことしたらこの人に嫌われてしまう。つまりは俺の家が消える。俺はこの恐怖と戦うほかなかった。
『あれ……リョウ、もしかして元気ないの?』
(うっせ!)
「もしかして、高い所は苦手かな? だとしたら申し訳なかった」
やっとあの絶望的な場所から降ろされる。赤子に向かって謝る王などほとんどいないが、少なくともこの人はそうで、俺に向かって深々と頭を下げていた。
「王! そろそろ話を進めましょう」
彼は、とうとう家臣から文句を言われた。立派な服装を見る限り、近衛兵の団長あたりの人だろうか。体の大きさは二十代に見えるが顔は凛々しく、瞳はきらきらと輝いていた。
「おお、そうだったな。この子供の引き取り先、誰か引き取りたい者はいるか?」
「いいえ。それが誰一人として手を上げる者はおらず……」
嘘だろ!? ここの国民は子供に甘いんじゃなかったのか!?
「そうか……下がってよいぞ」
「有難く存じます」
彼は素直に後ろに下がった。
『大丈夫だよ、リョウ』
(さあ、どうだが)
俺は正直言って一ミリも信頼できなかった。国民が国民なら、王も王だろう。このまま捨ててしまうのが最も自然な流れだ。無理矢理誰かに引き取らせたら国民から批判を受けるだろう。
「そうか……ならば私が引き取ろう」
(!?)
『だから言ったでしょ?』
俺は度肝を抜かれてしまった。まさか国王自ら俺を助けようとするとは。質素な服装のせいか、あまり違和感は無かった。疑って悪かった、———。この国は本当に子どもに甘かった。というか国王が子供に甘かった。ただ……
(ちょっとこのおっさんは不安かな)
『奇遇だね。僕もだよ。リュミエール国王の子供好きは別国まで響いてるけど、ここまで盲目だと思わなかった。少し不体裁だし』
意外とコイツも正直に物を言うな。俺だったら少しは加減するぞ。……などと俺がぼやこうとしたまさにその時だった。
「ちょっと待ったァ!」
「な……何者だ!」
謁見の間に大きな女性の声が響く。俺は声のする後方を向いた。
「はぁ……はぁ……。この……私を差し置いて……勝手に決めないで頂戴!」
「……ラメラか」
その音源は三十代前半と思われる女性だった。背丈は俺よりも少し大きく(生前の俺と比べた場合だ)、髪は黒に限りなく近い赤。息切れをしており、声がかすれているにも関わらず、俺は彼女
ラメラ
に太陽のように明るい印象を受けた。
「ええ、そうよ。私が……その子を預かる!」
「何、それは本当か!? しかしこの子は私が引き取る予定たっだのだぞ。今更何を……」
「このまま野垂れ死にさせてあげるほど、私は優しくないわ!」
「いや私が預かるのだが!?」
天然というか、単細胞というか、馬鹿というか……とにかく頭が悪い事は理解できた。しかし、タダの馬鹿ではない気もする。彼女が叫んだセリフに、どうしようもないほど優しさが感じられたのだ。
ただもう少し頭が良かったら……彼女は英雄になれる逸材だろう。
「なら……コレで決着付けましょうよ」
そう言うとラメラと呼ばれたその女性は王に近寄り、右手を王に向けた。その直後に、彼女の右手に刀のようなものが握られた。小柄な刀で、柄は木製。流石に俺の刀よりは大きかったが、それも一回り二回り程度の差だった。
やっぱただの馬鹿だわ、この人。
俺は言うまでもなく大いに焦った。いくら単細胞だとは言え、「子供の前で殺し合いするか、普通!」という訳だ。だがしかし当の本人たる王は何でもないというような面持ちで抜刀し、睨み返した。こちらの頭も絶望的だな。彼の刀(というよりかは斧に近かった)はかなり大きく、左右対称だった。
(———! 大丈夫なのか、コレ!)
『……』
(おい、———!)
俺は不安になってきた。俺が話しかけたら電光石火のスピードで反応してきた彼が、今回は反応しなかったのだ。がしかし、更に強く念じると反応してくれた。
『ああ、ごめんごめん』
(どうした? なんか元気ないぞ)
『ちょっと考えごとしててさ。あと殺し合いにはならないと思うから安心して』
(さっきの事があるから信じるけどさ。俺にとばっちりとか来ないよな?)
『保証は出来ない』
(おい!)
④第五話 別次元
≪ラメラ視点≫
「それじゃ……始めましょ」
私はゆっくりと呟き、コピスを構えた。ああ、本気で戦うのなんて何年ぶりだろう! 緊張するわ。
既に赤ん坊は眼中になかった。目的はそっちなのだけど、今はこの人の一挙一動を観察する。王と一対一で戦うのは今回が初めて。正直、戦いに乗ったのは驚いた。私の実力をちゃんとわかっているのかしら?
「ルールは?」
「無しよ、無し無し! 相手を戦闘不能にさせれば勝ち! 怪我は承知の上よ。どうせ治療兵の一人や二人、この場内にいるでしょう?」
まあ、私の実力だと殺しかねないけどね……とは言わないでおく。相手を見下すのも、見下されるのも好きじゃないし。
「正解。ああでも、能力禁止ね。それ以外なら本気でやって良いよ」
「男に二言は無しよ?」
「あははは、君は女だろう」
口上では呑気な事を言っているが、その目は確かに私の行動を観察していた。誤魔化しているつもりかもしれないが、私の目は誤魔化せない。
「女にも二言は無いわ!」
「それはまさしく……」
じれったくなってきた私は、王に向かって突進した。右手に持ったコピスを体の前に突き出す。狙いは右腕。ここを無くしてあの重い刀を扱えるわけがない。
「キィィン」
耳を塞ぎたくなるほど高い金属音が部屋に響いた。手にしびれるような衝撃が走る。何事か確かめるために見ると、王の大剣が見事に私の攻撃を防いでいた。
「……遅いッ」
先程までの王からは想像できないような叱声が飛んだ。私はコピスを持っていた手を放し、一気に間合いを取った。コピスを手放すまでして距離をとったのは他でもない直感である。
そして、結果としてその行動は正解だった。私が避けた直後に、とんでもない大きさの破壊音が響いた。見ると私がついさっきまでいた場所が大きく抉れていた。今は両手で構えているが、さっき私の攻撃を片手で防いだという事は片手でも十分に戦えるという事を示唆する。
もしかしたら彼は、今の私に匹敵するほどの強敵かもしれない。私はそう思った。今になって私はこの一対一の勝負を挑んだことを後悔したのである。
「どうした? 逃げる事しかできないか?」
ほっと息をつく間もなくこの人は攻撃を仕掛けてきた。一発、二発、三発……続けざまに襲ってくる大剣を全てぎりぎりのところで避ける。一発目は首、二発目は左腕、三発目は腹を狙われた。うわぁ、そんな馬鹿みたいにでっかい剣でも的確に狙えるのね……鋭い斬撃が、幾度となく皮膚を掠り、血を滲ませる。
私は血眼になって自分のコピスを探した。アレがあれば多分、彼とも戦えるようになると思ったのだ。しかし、いつまでたってもコピスは見つからない。
「ハァ……ハァ……。武器、私のコピス……ってあ!」
それも当然だろう。何故なら王が、私のコピスを左手で握っていたからだ。私は武器が無ければ無力という事を知っての上の行動であろう。王は私が持つことさえ敵わないサイズの大剣を、片手で軽々しく振り回していた。とんでもない馬鹿力である。
「私の武器、返しなさい!」
「ルールは無しって、さっきお前が言っていただろう」
さっきの温厚な態度は何処へやら、手のひらを返したように厳しい口調で反論される。でも言ったのは事実なので閉口してしまった。
さぁて、どうしたものかしら……第一に必要なのは、武器の奪還よね。でも真っ向勝負じゃ私に勝ち目がないから、別の方法を考えなくちゃ。『納刀』すれば手元に戻ってくるけど、それはちょっと興ざめな感じがあるし……
少し考えてから私は玉座に向かって突進し、玉座を持ち上げた。別にこれを武器に使おうという訳ではない。盾のように玉座を持ち、王に向かっていく。王は追うのをやめて私の挙動に注目していた。
「これでどうにか……」
容赦なく玉座を王に放り投げ、一瞬の隙が出来た王の手からコピスを奪い取った。「タン」と軽快な音を鳴らして着地し、王に笑いかける。
「これでフェアよ♪」
「!」
彼は私の行動に苦い顔をした。がしかし、玉座の所為で上手く立ち上がれない。私はじりじりと彼に近づいた。今ならやれるかもしれないと判断したのだ。それは確信へと変わり、私は駆け出す。そして私と彼の距離が数メートルにまで縮まった時、彼は行動を起こした。
何と、邪魔な玉座を切り捨てたのだ!
めっちゃ豪勢で、下手したら王の身なりよりも豪華であるというのに。彼は微塵もためらいを見せなかった。そのまま私の元へ近づいて連撃を放とうとするが、全部ギリギリの所で避ける。王は歯ぎしりをして呟いた。
「どうやら、お前となら久々に楽しめそうだ」
「どうでしょうね……案外、勝負は早く終わるかもしれないわよ?」
口上で適当な事をほざきつつ、私は考えた。彼のあの卓越した素早さと馬鹿力で私の攻撃は無力化されてしまう。多分それは、どのような斬撃でも同じだ。私が何をしようとも、彼はいち早く反応して無効化する。じゃあどうすればいい? 多分、今度は向こうから来る。急がないと……
「今度は私から行くぞッ!」
思考がまとまるよりも先に、王は容赦なく私を狙った。大きく振りかぶる動作が、やけにゆっくり見える。私はあえて避けずに、その刃を受け止める姿勢でコピスを構えた。意外そうな顔をした王だったが、攻撃を止めるような真似はしない。まだ固まった作戦じゃないけど、イチかバチか……
「力では私の方が上よ!」
「戯言をッ!」
王の刀が私のコピスに触れる刹那。私は一気に身を引いた。王の刀が私の目と鼻の先を通るが、命中はしない。
「な……っ!」
行き場を失った彼のパワーで地面が抉れ、王の武器は地面に大きくめり込んでいる。
「残念でした」
地面にめり込んでいる刀を抜こうと必死になっている王と、それを悠然と見つめる私。どちらが優勢であるかは猿にでもわかるだろう。静寂が、あたりを満たしていた。私はゆっくりと王に近づき、隙だらけになった王の首に二重丸の傷を付ける。それで、勝負は決まった。
「わたしの負けのようだ……」
さっきまでの気迫は何処へやら、水にぬれた子犬の様な雰囲気に戻っている。その姿がおかしくて、思わず私は笑ってしまった。
「にしてもラメラ……強いな」
「貴方もなかなかの者だったわよ! 流石は王って感じ」
「ありがとう。ほら、赤ん坊の元へ向かっておやり」
赤ん坊……? 私に子供は居なかったはずだけれど。昔付き合ってた人は浮気しちゃったし、絶対に男とっは関わらないって決めたはず……
「……はぁ。私たちは赤ん坊の所有権をめぐって争っていたのだが、覚えているか?」
「ああそうだった! すっかり忘れてた……」
私は急いで赤ん坊の元へ向かった。こんなに激しい戦いをしたものだから、飛び火で死んじゃってるかも……とも思ったが、意外にも赤ん坊は多少砂埃が付いた程度で、それ以外はピンピンしていた。泣いてもいないし、笑ってもいない。が、その淡白な表情がかわいらしい。
「ほーら、こっちへおいで」
私がそう言ってもこの赤ん坊は見向きもしなかった。別の何かに気を取られているように見える。私は自分から赤子の方へ寄った。
「よしよし、かわいいね。ほら、高い高ーい」
私は赤ん坊のわきの下に手を入れると、赤ん坊を持ち上げた。赤子に向かって他に何をすればいいのか分からないので、あくまで応急処置程度のつもりだが。
「……」
赤子は悲しい位にノーリアクションだった。引くほど抵抗しないし、寝ているようにも見えない。泣いたり、おねしょしたりしている様子すらない。
「ラメラ、これでこの子はお前の子だ。名前を付けてあげなさい」
「えー、私ー?」
「母親としての務めだ」
ゆっくりと赤子を床に降ろして考える。私には恐ろしいほどネーミングセンスが無い。どうする? このままじゃ王から「私が付ける」なんていわれるかもしれない。それだけはごめんだった。
「思い浮かばないのか? じゃあ私が……」
「い、いいや、私が付けます! そうねぇ……あ、そうだ! リョウ! この子の名前はリョウよ!」
私がそう言った途端、赤子が何か声を上げたような気がした。赤子の表情は依然として変わっていないので恐らく聞き間違えだろう。赤子は死んだような表情をしている。
「リョウ……で良いのか?」
私は赤子から目を背け、代わりに王と眼を合わせて言った。
「はい、この子の名前はリョウ……そして私、ラメラは今日からリョウの母親よ!」
おまけ≪リョウ視点≫
(オイ———、どういうことだ? 「能力禁止」って。それにちゃっかり戦いに発展してんじゃねえか)
俺は王がラメラにルールを指定している最中、———に向かってそんなことを聞いた。
『あー、ごめんね。まさか本当に戦うとは……あと、リョウは「能力」について知らないんだったね』
(そうだな、俺は知らないっていうか教えられてない)
ちなみに今の発言は斜め方向からのイヤミである。案の定、疎いコイツは気付かなかったが。
『能力っていうのは刀それぞれに宿る特殊能力の事さ。例えば王のイルウーンなら……』
(イルウーンっていうのか、あの刀)
『そうだよ。カッコいいでしょ』
まあ、ダークファンタジーに出てきそうでカッコいいのは認めるが。
(なんでお前が得意気なんだよっ……てそれより! その理屈で言えば俺も能力が使えるって事か?)
『そういう事になるね。何を使えるか分からないけど』
つまりチート能力で俺TUEEできる可能性も、逆に雑魚能力でモブに成り下がる可能性もあるという訳だ。そこら辺はまだ分からない。
(へぇ。まるでガチャガチャみたいだな)
『ガチャガチャ……? 話はこれ位にして、二人の戦いを観戦しておこうよ。二人からなら何か学べるかも』
(あの二人って強いのか?)
『そりゃもう滅茶苦茶強いよ! 特にラメラは国で一・二を争う程の実力者だとか』
あのオバサン、そんなに強かったんだ……なんて密かに感心しつつ俺は会話を続けた。
(はぁ……引き取られる側としては、どっちもどっちなんだけど)
『良いから見ておきなって』
俺は言われた通り二人の戦いを眺めた。と言ってもものの五分足らずで終わった戦いなのだが。攻撃が速すぎて何をやっているのかさっぱり分からなかったし、本当に見る価値あったのか……と思って聞いてみるとコイツは
『すごい……一つ一つの動きに無駄が無い! 特に王、あの強大なパワー! あそこまで上手く使いこなせる人、そうはいないよ』
(あ……ああ、そうなのか)
案の定楽しんでやがった。その洞察力、俺に分けて欲しい位だ。
(じゃあ一番の見どころはどこだった?)
『王が玉座を切り捨てた所かな。玉座ってああ見えてもかなり固いんだ』
(俺は躊躇の無さに驚いたが……まあ鉄とか金でできてるもんな)
王の格好に似合わない程豪華な装飾がなされた玉座だったから、その分硬くなるのは火を見るよりも明らかなのか。よく考えたら王は豪華な宝物とか、興味なさそうだし。
『それに王の武器とラメラの武器! 王の奴はイルウーン、ラメラのはコピスっていうんだ。どっちも実際に見るのは初めてだ。珍しい武器だよ』
(王の奴はさっき聞いた)
そのまま俺達は雑談を楽しんだ。聞き流してた王たちの会話的に俺がラメラに引き取られるのは確実な物となったらしい。二人の話を聞かなきゃならないって事もないだろうし、何より面倒くさい。しかし偶然か必然か、あるセリフが耳に入った。
「……そして私、ラメラは今日からリョウの母親よ!」
嬉しいというか嬉しくないというか……まあどっちでもいいか。俺は会話を———との放棄してこれからの人生に思いをはせて、ただただ呆けていた。
『どうかしたの、リョウ』
(いや、何でもない)