天界の太陽編 第三十四話 熱弁
≪カルマ視点≫
「……話し合いは落ち着きましたか?」
僕が礼を言った時、グレイがだるそうに口を開いた。血が滲んでいるその唇を必死に動かして、こちらに話しかけてきている。僕は彼に向き直って「はい」と言った。すると彼はむせ返り、それから呟いた。
「では……そろそろ私にもう……ゴホッ……話させていただきましょう……」
口から血を出したかと思えば、今度は鼻から血を出していた。傷はまだ癒えきっていないというのに、彼は必死に動いている。それまでして何か、伝えたいことがるという事なのだろうか。
僕はあえて、彼が話すことを止めなかった。
「……いくつか……思ったことが……ありまして。まず……ゴホッ……一つ。リョウ……貴方についてです」
……え、リョウについて?
僕は彼の顔を凝視した。リョウに付いての話し合いはついさっき『彼はリョウじゃないが、見方ではある』という結論を出して終わらせたはず。何故もう一度それを引っ張り出そうとしているのか、僕は疑問で仕方がなかった。だがむせ返っても話すことを辞めない彼の意思を読み取り、喉元まで出かけていた疑問の言葉を飲み込んだ。
「……リョウ……あなたと私は、過去に一度……言葉を交わしている、そうでしょう?」
彼は大まじめな顔でリョウ(?)の事を指差していた。僕にはこの話の終着点が見えてこなかった。少なくとも僕と目の前にいるこのリョウ(?)が顔を合わせたのは、今回が初めてである。それは多分、レイジやロザンナも同じだ。
「あ~……うん、いつの話だ……」
話の当事者たるリョウは目を瞑って何かを思い返している様子だった。大真面目な顔をして、いつかの記憶を懐古している。数秒後、彼は表情を明るくしていった。
「……あ、あぁ! そうだそうだ、思い出したぞ! 今から七年くらい前の話だな?」
七年前という事は大体、僕とリョウがギルドに入会したぐらいの事を指しているのだろうか。僕はその時の事を思い返してみた。まずは『実践』を受けて、それからギルドで『テスト』を受けて、そして『初仕事』をしたんだっけ。実戦の時の彼におかしな言動は無かった。そして『テスト』の間のリョウについては僕も知らないから、無視とする。ならば……
初仕事中のリョウの行動に、何かおかしな点があるのか?
僕は考えた。確かグレイと僕は途中から奇襲を仕掛ける役目を担っていた。そしていざ援軍として奇襲を仕掛けた時、リョウがアスペンさんに援軍要請してて驚いたんだっけ。僕が思い返せるのはそれぐらいで、そこから先リョウと僕は別行動をしていた。つまりおかしな点は無……
……あー、『援軍要請』………。
僕はグレイに言った。
「……そういえば、リョウはあの時『援軍要請をする前に気絶した』って言ってましたよね。でも実際は援軍要請をしていた……って事は必然的に、あの時援軍要請をしたのは目の前にいるリョウになるって事ですか」
グレイは満足そうにうなずき、対照的にリョウ(?)は顔をしかめた。
「……よく覚えてんな、お前ら……クソッ」
僕自身なんで覚えてたのか、不思議で仕方がない。
思い返せばレイジと出会ったのも、あの時が初めてだった。そう考えるとあの日から、僕の運命は良い方へと変わって行ったのかもしれない。カヅキ先生と出会えたし、友達も出来た。それによって政府への反感も消えていった。
全てが上手く行き過ぎていたんだ。その挙句、コレだ。全部、奪い去られた。僕は頭の中の靄を振り払えないまま、リョウの発言に耳を傾けた。
「……確かにあの時、能力を使ってリョウと入れ替わってた。これで満足か?」
彼は「ふん」と偉そうに鼻を啜り、グレイの事を睨んだ。彼の瞳はついさっき話し合いを取り仕切っていた男と似たようなものがある。彼の瞳を見つめると、底なしの闇がこちらを覗きこむのだ。得も言われぬ恐怖で、頭がおかしくなりそうになる。だが、グレイはまるで動揺していないとでも言うように言った。
「いいえ、まだです。問題なのはあなたが何者か。貴方とリョウが『入れ替わっていた』とするなら、貴方はリョウの容姿に似すぎている。かといって『リョウの生き写し』という訳ではなく、所々差異がある。髪の色などがいい例でしょう。貴方は茶髪交じりの黒髪ですが、リョウは純粋な黒髪です」
彼は淡々と語っていた。無駄に首を動かそうとしないせいか、グレイの視線にリョウ(?)は居なかった。僕は彼の淡々とした性格が羨ましかった。僕が今のリョウ(?)の前に居たら、きっとまともに話すことすらできないだろう。グレイの発言を受けた彼は、「うっ……」と苦しそうに呻いた。
「それに、貴方は全体的におかしいのです。某国襲来時、貴方の姿は何処にもなかった。なのに『言語認識能力のある兵士』の正確な人数を知っていた」
僕は思わずうなずいた。確かに、ずっと疑問に思っていた。確認する方法が無い訳でもない。『人を監視する能力保持者』『グレイ以上にずば抜けた五感を手に入れる能力者』など、考えられる方法は幾らでもある。しかし、それ等の方法だと矛盾が生まれるのだ。『武器は一人につき一つ』『能力は武器一つにつき一つ』。複数個の能力を使ったトリックは、理論上あり得ない。
「貴方は一番最後にここに来ていた。つまりあなたにはアリバイが無い。貴方は私達がいない間に様々な策略を立てることが出来たのです。その間に何かしたとあれば、私達はあなたを殺す必要が出てきます。私達はあなたについて言及せざる負えないのです。そこを知った上で聞いてください」
グレイは、過去にないほど饒舌になっていた。何故彼がここまで熱弁を振るっているのか、僕には理解が出来なかった。そんなに話したらまた出血してしまう。それすら厭わずに話し続けるのには、何か理由があるのだろうか?
そして僕は、頭の隅に引っかかるものを感じていた。彼の理論には、所々抜け目があるのだ。さっきの話だってよくよく考えれば、彼が『入れ替わる』能力者だと仮定すれば全て説明できてしまう。能力をふんだんに使用すれば一瞬で状況を確認、戻る事だって可能となるからだ。何故グレイは、無理やりにでも理論を進めようとしている?
考える間もなく、彼は続けた。きっとこの時の彼は、呼吸する事、せき込むことさえも忘れていたのだろう。顔がとても青白かったから。
「貴方とリョウは、本当に面識が無いのでしょうか? リョウ自身があなたの存在を言及していない以上、恐らく面識はない。しかし考えられる筋書きならある。それは最悪な筋書きであり、そしてまっとうな筋書き。おそらくあなたの能力は……」
彼は大きく息を吸い込んだ。むせ返りそうになるのを必死にこらえているのが分かる。ここまで来て僕はまだ、彼が何を言おうとしているのか分からなかった。
「もういい!」
しかしグレイが考えを述べるよりも早く、リョウ(?)が叫んだ。彼は、グレイのぼんやりとした視線とは対照的にはっきりとグレイの事を見据えている。グレイは落ち着いた様子で続けた。
「……貴方、死者を操る能力保持者ですね?」
……は? 彼何を言っているのか分からなかった。『死者を操る』なんてどこから特定したのだろうか。他にも考えられる筋書きは沢山ある。何故彼は、リョウ(?)がその能力に固執している?
「クソッ……! 言われてみれば確かに、今回の戦場では沢山の死者が出た。その死者たちの記憶を漁れば、確かに『言語認識能力者の数』もわかるだろう! リョウを死体にして操れば、怪しまれずここに来れるし。他の方法もあるが、全部いう事を訊く『某国兵士』が必要な方法だから、いずれにしろお前らは刀を抜く必要があるってワケだ! クソッ……」
僕が疑問を口にするよりも前に発言した彼は、大いに焦った様子だった。ロザンナやスザンナに助けを求めるような瞳を向けているが、二人は見向きもしない。グレイの熱弁だけだったら、恐らくここまで圧倒されることは無かっただろう。しかし、リョウ(?)が内容をまとめたことによって、グレイの話に説得力が生まれてしまった。
そこを視野に入れて考えると、リョウ(?)が『わざと』グレイの発言に説得力を持たせたのではないかと思うようになってきた。一体全体、何故なのだろう? 僕は自分の心に訊いてみた。他の何よりも正直に全てを語ってくれる、自分の心。安心できる、自分だけの居場所に。
……誰かを、恨みたかったからでしょ。
……なんで?
……相棒が死んだこと、誰かの所為にしたかったから。それを断言しないのは、その痛みを理解しているリョウなりの配慮だと思うよ。
正直な自分の心によって冷静になれた脳は、やっと気づいた。僕自身も、父が死んだことを誰かの所為にしたかったのだという事に。だから矛盾点に気づいても尚、リョウ(?)に助け舟を出せなかったんだ。やがてリョウ(?)は、悟った様に言った。
「……そうか……。出来れば、使いたくない方法だったんだが……」
心なしか、その口調には悲しさが滲んでいるようだった。が、だからといって誰かが味方するという訳ではない。僕も味方できなかった。誰も彼に声をかけようとはしなかった。
「……証拠を出すしか、ねぇな」
そう言って彼は、両手を広げて後ろに倒れ込んだ。その場にいる全員が、彼の行く末を凝視している。落ちていく様が、やけにスローモーションだった。スザンナが大きく目を見開いている。ロザンナが訝しむように、リョウ(?)の姿を細目で見つめている。グレイは一切動かず、静止している。
そして……
彼が地面に触れるのとほぼ同時に、彼の体から大量の光が放たれた。そのあまりの眩しさに、僕たちは条件反射で目を瞑る。瞼の裏で、光の残滓が輝いた。数秒経った後、僕は恐る恐る目を開いた。するとそこには……
静かに横になっている、リョウがいた。