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二刀を巡る黙示録  作者: はむはむ
第三章 天界の太陽編
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天界の太陽編 第十九話 天使

≪カルマ視点≫

「……うそ……」


 五階、四階、三階と降りてきて、とうとう僕は二階に辿り着いた。見っともない事に、息が上がっている。だが、そんな事はどうでもいい。今は集中して、この現状を飲み込むんだ。落ち着け、僕……


 僕は深呼吸をして、目を見開いた。途端に広がる地獄。二階のそこかしこに、大量の某国兵士が確認できた。少なくとも五十……いや、百は居そうに見える。僕は絶句してその光景を見つめていた。二階に、主だった施設は無かった。しいて言うなら大浴場があるぐらい。僕達上位と中位が生活しているのは四階で、最上位が五階。下位と最下位クラスは三階だ。だから、二階と一階の被害は少ないはず。


 少なくとも今までの僕はそう考えていた。だが、現実はそう甘くはなかった。二階は四階に負けず劣らず酷いにおいが立ち込めていた。鮮血の匂いとか、腐敗臭とか。全部全部、戦場特有の匂いだ。大量虐殺があったのは、見なくても分る。四階と違ってここには殆ど某国兵士の死体は何処を探しても無く、代わりに大量のペストマスクを付けていない人々の死体があった。


 当然だ。敵の数が多すぎる。多分、上の階層から逃げてきた人たちがここでつかまり、惨殺されたのだろう。


「……カルマ……」

「……大丈夫だよ、レイジ。僕は正常さ」


 僕は必死で深呼吸をした。目を開けているだけでも気持ち悪かった。一刻も早くここから去りたい。でも、それはこの階層にいる輩を突破しないと不可能だ。


「……どうする、レイジ?」

「突破しよう。勝てない相手じゃないと思う」


 レイジはいたって冷静だった。僕はこくりと頷き、刀を構えた。幸い、奴らはまだこっちに気づいていない。奇襲を仕掛けるなら、早い方が良いだろう。


「……罰斬ッ!」


 僕は一声叫ぶと、駆け出した。スピード勝負だ。早い方が斬り裂き、遅い方が死ぬ。ただそれだけの事。ここまで単純明快な戦い、いまだかつてあっただろうか。少なくとも僕は一度も体験したことが無い。


「!??‽¿?❢‼」

 

 意味不明な戯言が聞こえてきた。僕は無視して敵を斬り裂いた。僕の方が早いのは、昔の体験で知っている。負けるわけが無い。このまま一気に一階に降りれれば——


 しかし、現実はそう甘くない。僕の接近にいち早く気づいた兵士達が、既に階段の前でたむろしていたのだ。勢いで階段を突破しようとしていた僕は慌てて立ち止まった。立ち止まった瞬間に立ち止まったのを後悔したが、すでに遅い。


 僕の周りで、兵士共が包囲を始めたのだ。僕を円の中心として囲んでいる。恐ろしいほどに速く、的確な動きだった。全身で鳥肌がたつのを感じる。僕は精一杯周囲を観察しながら、範囲網に穴が無いかを観察した。


 ダメだ、無い。人数が多いから、仮に抜け出せたとしてもまた包囲される。やっぱりここは捨て身で突っ込むしかないんだ。


 僕は意を決して、大きく息を吸った。走り出そうと助走をつける。兵士共はいたって冷静に、範囲網を縮めていた。範囲網が大きいから、まだ行動はしないだろう。だからもう少し助走を付けられる。


「……!???❢‼!」


 しかし、それは誤算だった。僕がさらにもう一歩下がると、突然奴らが叫び出した。と思えば、すぐさま僕に襲い掛かって来た。まだ包囲網は完ぺきではないのに、僕が行動しそうなのを察して奴らも行動したらしかった。


 賢い……


 僕はそう思った。単に強いだけじゃなくて、こいつらは頭が回るんだ。いつ、どう動けば敵を殲滅できるかよく心得ている。


「……くっ!」


 僕は瞬時に助走を解除し、刀で防御態勢をとった。途端に襲い掛かる、尋常じゃないパワー。まるで像がのしかかったのかとさえ思った。マズイ、一人でこの威力は……


 このままだと負ける。


 僕は悟った。四方八方から奴らは飛んできている。だから受け止めるのは愚策だったのだ。しかし、今気づいたところで意味はない。刀を後ろに引いてから走り出そうとした。が、別の兵士が僕の事を固定して話さなかった。駄目だ、こんなに統率が取れてる。大勢に対して、こっちは一人だ。


「死…」

「まだだよ、カルマ。()()いる」


 ふと、レイジの声が聞こえた。


罰斬改征(バツザンガイセイ)


 彼女は僕の影から出てきて、刀身の短い刀を一振りした。刹那の沈黙。一寸おいて、周りの兵士が合図も無しに倒れ込んだ。よく見ると全員、首と体が分離している。レイジが斬ったのだろうか。彼女は動いていないように見えたのだが。


「……え?」

「……カルマ、一人じゃないんだからさ、僕を頼ってよ」


 レイジは僕に優しく微笑んだ。やつれているような笑みではなく、心の底からの笑みである。苦し紛れに出たものではない。


 この笑みは、本物だ。


 僕はそう感じた。僕はその笑みに見とれていたが、ふと我に返り、自分も刀を構えた。彼女も頑張ってくれているんだ。僕が頑張らなくてどうする。


「……罰斬……」


 僕は手が痺れるほど強く刀を握り、駆け出した。自分の無力が情けなかった。



 鮮血が、吹き上がった。


 僕はふと、周りを見渡した。気づくと僕は、ここにいたはずの人たちを沢山殺していた。僕が通った跡に、大量の血が残っている。見ると、僕の服にも血は染み付いていた。自分の傷なのか、それとも返り血なのかは分からない。でも、人を殺した気がしなかった。もしかしたら僕は、一人も人を殺せていないのかもしれない。


 だって、刀に殆ど血が付いていないから。


「……たすけ……て……」


 遠くで、幼い子供の声が聞こえた。生存者だろうか。いや、天界の太陽では幼い子供を採用しない。しかもこの惨状だ、いずれにしても子供が生き残れるわけが無い。子供を助ける必要なんて、今の僕には無いのだ。放置しておくのが正しいだろう。


 しかし、気付くと僕の足は声のする方へと向かっているのだった。


「……だれ……か……」


 そこには、意外にもペストマスクを被った小柄な人物が床に倒れ込んでいた。随所に切り傷が確認できるが、特に腹部の傷が深くて今にも死にそうに見えた。苦しそうに喘ぎ、治療を求めている。素人の僕が見ても、彼がもう長くないのは理解できた。哀れみの感情が湧いてきそうになったので、必死で押しとどめた。


 彼は某国の兵士だ。ペストマスクを被った兵士だ。僕たちの拠点を襲った、兵士だ。子供に見えるとはいえ脅威に違いはない。


「……カルマ、大丈夫? 酷い顔だよ?」

「……多分……大丈夫だと思う。でも……」


 僕は無理に笑った。レイジがあんなに素直に笑えていたのに。今度は僕が笑えなくなってしまった。


 僕はそっと抜刀した。


「な……に……?」

「……うぅっ」


 僕は目を瞑り、刀を彼に振り下ろした。が、刀は途中で停止した。僕が止めたのではない。止まって知ったのだ。僕はさらに力を加えたが、刀は動かない。違和感を感じて、目を開いた。するとそこには……


 手を僕の刀で貫かれた、レイジがいた。


「レイジ!? なんで……いや、それより傷は……」


 彼女はまたにっこりと笑った。


「掠り傷だよ。死にはしないさ」


 嘘だ。刀は確かに彼女の手を貫いている。確かに、死に()しないだろう。でも、相当な痛みのはずだ。現に彼女の笑みはこわばっていた。


「……なんで受け止めたの!? 子供とは言え、某国の兵士には違いない! 殺すべきなんだよ!」


 彼女は刀から血塗れの手を抜き取り、顎に添えた。「うーん」と言いながら悩んでいる。


「そうかなぁ……だって、子供だよ? カルマに子供を殺させたくなかったっていうだけだから、別にやってもいいんだけど」


 兎も角、彼女は小さな兵士を回収して抱きかかえた。まるで仲間のように優しく、丁寧な手際で。昔のレイジだったら考えられなかった。「敵に情けなど不要」をモットーに四肢を切断していた人だ。仲間から悪魔とまで呼ばれていた。それなのに、今の彼女は……


「天使みたいに……優しい」


 口から、声が突いて出た。


「ごめん、切ったりなんかして」


 僕はそっと謝罪した。これが免罪符(メンザイフ)になるとは思っていないが、謝罪の意だけでも伝えておきたいと思ったのだ。そっとその手に回復魔法(ヒール)をかける。相変わらず未熟で、殆ど意味が無かった。


「大丈夫だよー」


 彼女は苦笑いし、僕の影に戻った。担いでいた小さな兵士も、一緒に影となって溶ける。僕は少しの間その影を眺めていたが、やがて前を向き、階段へと向かいだした。僕があんなに優柔不断じゃなかったら。レイジに怪我をさせることは無かったはずだ。僕が迷わずあいつを手にかけていれば、何も起きなかったはずだ。


 ……あと少しで出口という喜びよりも、罪悪感の方が大きかった。

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