第六話 冒頭
≪リョウ視点≫
「おー、よしよし。かわいいねー」
「……」
ため息が出そうだった。俺はラメラに引き取られた訳だが、まだ家についていなかった。というのもラメラがびっくりするくらいより道をするからだ。
食料を調達したり、衣服を買ったり。既に夜になっているが、それ位で済むなら良い。しかしラメラは留まることを知らなかった。なんと酒を飲んだらしく、俺を運ぶ手つきがおぼつかなかったのだ。
(本当に大丈夫か?)
『さあ。僕はお酒飲んだことないから分からないや』
(そういう事じゃなくて! 子供を放置して酒飲むとか本気で頭おかしいんじゃ……)
『お酒っておいしいの?』
(……俺に聞かれても)
酒ってのはいろんな種類があってだな……
と俺は説明した。俺は酒を飲まないので多くは語れなかったが、それでも———は楽しそうに聞いてくれた。いちいちこの時間が暇なんだけど……
「ふー、到着!」
『ほらリョウ、着いたみたいだよ!』
俺はラメラの腕から外を見た。いつの間にか街を抜けて平原に出ている。ついさっきまで城下町にいたはずなのに、何があったのだろうか。俺は真相を確かめるべくラメラの腕をつついてみた。これで伝わってくれればいいのだが……
「あらー、どうしたの? やっぱり突然こんなところに出たのがおかしいの?」
あ、意外とちゃんと返事してくれた。
「これはね、私の能力なの。超高速移動、少ない労力で人を運べるから便利なのよね」
俺は密かに感心した。と同時にもっと早く使っていれば家に速く到達できたのでは……という疑問も湧き出たが妥協する。
(そんなのもあるのか)
『能力は一人一人違うからね、何があっても不思議じゃない』
俺が返事をしないのを見かねたようにラメラは再び歩き始めた。と言っても道はなく、あるのはただ平原のみ。俺がいた荒野といい勝負をするくらい何もなかった。
「どう、楽しい?」
変化のない景色の中、赤ん坊に聞く質問ではないと思う。取り敢えず俺は適当に「だぁ」と言っておいた。これを言っとけばラメラは満足する。
「ふんふーん、ふんふんふーん」
超高速移動を使わずに、あえてゆっくり歩くのは俺に対する配慮だろうか。しかし数分後、景色に飽きたのか呆気なくラメラは超高速移動を使用した。風を感じないため、見分ける方法は景色だけ。幸いなことに俺は周りの景色を眺めていたので「移動の瞬間」に気づくことが出来た。
(うわーお)
気付くと俺は、知らない場所に居た。見えたのは広大な平野の中に、ぽつんと立っている一軒家だった。石造りの建物からは煙突が伸び、煙が出ている。目立った装飾は無く、シンプルイズベストとでも言った物か。人気は無かったがかなり大きな家だったので、ラメラ以外に五名位住んでいるのかと疑ってしまった。
「じゃーん! 今日からここがあなたの家よ!」
『ここが僕の家かー』
(俺の家な)
まああながち間違っても居ないが、一応訂正しておく。ラメラは俺の返事を待つでもなく(これが正しい対応)、ドアを開けて家の中に入って行った。
まず見えたのは玄関、見た目通りだった。下駄箱が無い事を除けば向こうの世界と同じ作りの玄関で、実用的な作りと言える。ラメラは自分の靴を脱ぐと、俺を速攻で和室に運んだ。家全体が中世的な作りなのかと思ったが、しっかりと和風の部屋もあって安心する。和室には一人分の布団が置かれていた。
ラメラの性格に合わないような、質素な作りだなーと勝手に感取する。
「ちょっと待っててね」
ラメラは俺を布団の上に降ろすと、別の部屋へと向かった。追いかけようかとも思ったが「待っててね」という言葉のもと、礼儀正しく待っておく。すぐにラメラは現れた。
手には布のようなものが持たれている。何をするのか不安になってきたので———に聞いてみた。
(何をする気だ?)
『着替えじゃない? リョウって今裸じゃん』
あっ、そうか。俺今裸だったわ。どうりで寒いと感じるわけだ。
部屋にラメラしかいないと言えど、頬が熱くなるのを感じる。っていう事は城下町にいる間もずっと裸だったという事。めっちゃ恥ずかしい。
「ほーら、立って」
ゆっくりと立ち上がる。自分で着ることも出来たのだが、あえてラメラのやりたいようにさせた。服は無地の黒で、ズボンは無地の薄茶色だった。
少し埃を被っていたが、それはそれはしっかりしている服だった。が逆にそれが俺を不安にさせる。
何故こんなものが家にあるのだ?
まるでラメラが『俺が来ることを知っていた』と言っているようで、とても気持ち悪さだった。
(コレ、もしかして手作りか?)
『あー、かもね。こんなに小さい服、市場には売ってない』
俺の中でラメラ器用説が芽生え始めた時、それを遮るように着替えは終了した。
「ふぅ、これで一段落と」
ラメラがそう言った直後、「ぐぅー」という音が部屋に鳴り響いた。
「あ? そうだ、まだ夕食をとってなかった!」
あ、これラメラのお腹の音か。ラメラは街で色んな食べ物(特に野菜)を食べてきたはずなのだが、それでも腹が減ってしまったらしい。ちなみに俺はミルクをもらった。向こうの世界で飲んだ牛乳とはまた違った風味がした。
「リョウはここで寝てていいよ……って、あー。着替えした後で何だけど、リョウは風呂に入る必要があったね」
俺は持ち上げられ、そのまま風呂場へ運ばれた。風呂場に着くと超高速で服を脱がされる。風呂場は大きく、これまた現代と同じような作りだった。水道も通っているように見える。浴槽もしっかりと存在していた。ただ違うのは全体的に暗いという事だった。
『リョウ、この世界の明かりは基本的に「光源をあやつる」能力者が務めるんだよ。今は丁度、勤務時間外でね』
ラメラが頭から水(シャワーの作りが少し違ったのでお湯ではなく『水』とする)をかけてくる。俺はおもむろに顔を覆うだけにとどめ、残りはラメラのしたいようにさせた。
(なるほど、いつもは明るいって訳か。電気は無いのか?)
『デンキ? 何それ』
(やっぱりないのか)
1人で勝手に納得して頷く。そうこうしているうちにラメラは俺の汚れを一通り流し終え、服を着せ始めていた。
「ふー、これで完了ね。じゃあリョウ、ここで寝ててね」
部屋に戻るときラメラは、何の躊躇もせずに高速移動を使った。能力は生活に浸透しているのだと今更ながらに感じる。立ち去るときもラメラは高速移動を使っていた。近くから見ると本当に人が消えたように見えるから不思議だ。残像すら見えない。
(……ったく、そのまま放置するってのもなー。何かしら処置するべきじゃないのか?)
つい、愚痴を零してしまう。この二日間、本当に様々な事があった。一日目で転生して、二日目で衣食住を確保して……。ここまでハードな日程で疲れないほうがおかしい。
『あはは、ラメラはそういう人だから仕方ないよ。っていうかリョウ、寝れる? 昼に沢山寝てたけど……』
(わかんね)
『ねぇー、暇だから遊ぼうよ』
(子供かお前は)
まあ実際子供なんだろが……と内心感じていたことをコイツは堂々と言ってきた。あたかも、それを盾とするかのように。
『僕は子供だよ?』
面倒臭いなテメェ。
(つってもお前、十五歳後半くらいだろ?)
『もう少し若いんだけど……』
(ほぇ? マジか)
『ねぇ、何か面白い遊びなーい?』
俺が思うに、少なくとも思考回路は子供のそれだった。
(何って……俺が思いつくの何てしりとりレベルの物しか……)
『え? 人の尻をはぎ取る遊び? 何それ』
え?
俺は素直に驚いた。もしかして、しりとりを知らないのだろうか。向こうの世界の日本人でしりとりを知らない奴、一人もいなかったと思うのだが。ここの公用語も日本語だし……
(……こっちには無いのか?)
『多分無いよー。地域によって文化も違うから絶対とは言えないけどね』
(じゃあ教えてやる。どうせ俺も寝れないしな)
『やったぁ』
(しりとりってのはな、「しりとり→リス→スイカ→貝殻……」みたいに……)
『分かった、じゃあ早速やってみようっ! しりとり……リンゴ』
こっちに無い文化って割には呑み込みが早い! もしくは———の頭の回転の速さを現しているのだろうか。一応≪案内人≫を名乗っているのだし、当然っちゃ当然か。
(……呑み込みが早いなぁ。ゴマ)
『ゴマ……マ、マ……まくら!』
(裸子植物……じゃない、ライス)
『ライス……ス? ススス……スクラ―ヴェ!』
(スクラ―ヴェ? なんだ、それ)
『ナハトの首都だよ』
(……ハァ、まあいいや。営業)
『ウサギ!』
(銀紙)
『ミ……みかん!』
(……最後にンがきたら負けだ。ンからは何も繋げられないからな)
『ンーッ! そういうことは早く言ってよ~』
(言い忘れてたわ)
俺はその真面目な口調に思わず噴き出してしまった。しりとり一つでこんなに盛り上がれる奴、向こうの世界には一人もいだろう。
『まあいいや、楽しいから朝までやろう?』
(一晩中しりとりって……なかなかいないぞ、そんな奴)
『いいじゃん! 楽しいんだもん。しりとり→竜』
(仕方ねえなー。竜→嘘)
俺は結果的に一晩中、『一人しりとりに熱中した』。実際は二人だが、はたから見えれば一人しりとりに見えるだろう。
馬鹿馬鹿しい……
そう言い放ってやめることも出来たのだが、俺はそうしなかった。理由は、分からない。ただこのしりとりが、今の俺にとっては楽しかった。
しりとり……リョウが元々いた世界(転生前の世界)と誰もが一本の武器を持つ世界では、文化が随分と違う。しりとりもその違いの一つだ。転生前の世界と違って、一部の国や人々の中でしか理解されていない。