第五話 腐敗
≪ラメラ視点≫
「それじゃ……始めましょ」
私はゆっくりと呟き、コピスを構えた。ああ、本気で戦うのなんて何年ぶりだろう! 緊張するわ。
既に赤ん坊は眼中になかった。目的はそっちなのだけど、今はこの人の一挙一動を観察する。王と一対一で戦うのは今回が初めて。正直、戦いに乗ったのは驚いた。私の実力をちゃんとわかっているのかしら?
「ルールは?」
「無しよ、無し無し! 相手を戦闘不能にさせれば勝ち! 怪我は承知の上よ。治療兵の一人や二人、この場内にいるでしょう?」
まあ、私の実力だと殺しかねないけどね……とは言わないでおく。相手を見下すのも、見下されるのも好きじゃないし。
「正解。ああでも、能力禁止ね。それ以外なら本気でやって良いよ」
「男に二言は無しよ?」
「あははは、君は女だろう」
口上では呑気な事を言っているが、その目は確かに私の行動を観察していた。誤魔化しているつもりかもしれないが、私の目は誤魔化せない。
「女にも二言は無いわ!」
「それはまさしく……」
じれったくなってきた私は、王に向かって突進した。右手に持ったコピスを体の前に突き出す。狙いは右腕。ここを無くしてあの重い刀を扱えるわけがない。
「キィィン」
耳を塞ぎたくなるほど高い金属音が部屋に響いた。手にしびれるような衝撃が走る。何事か確かめるために見ると、王の大剣が見事に私の攻撃を防いでいた。
「……遅いッ」
先程までの王からは想像できないような叱声が飛んだ。私はコピスを持っていた手を放し、一気に間合いを取った。コピスを手放すまでして距離をとったのは他でもない直感である。
そして、結果としてその行動は正解だった。私が避けた直後に、とんでもない大きさの破壊音が響いた。見ると私がついさっきまでいた場所が大きく抉れていた。今は両手で構えているが、さっき私の攻撃を片手で防いだという事は片手でも十分に戦えるという事を示唆する。
もしかしたら彼は、今の私に匹敵するほどの強敵かもしれない。私はそう思った。今になって私はこの一対一の勝負を挑んだことを後悔したのである。
「どうした? 逃げる事しかできないか?」
ほっと息をつく間もなくこの人は攻撃を仕掛けてきた。一発、二発、三発……続けざまに襲ってくる大剣を全てぎりぎりのところで避ける。一発目は首、二発目は左腕、三発目は腹を狙われた。うわぁ、そんな馬鹿みたいにでっかい剣でも的確に狙えるのね……鋭い斬撃が、幾度となく皮膚を掠り、血を滲ませる。
私は血眼になって自分のコピスを探した。アレがあれば多分、彼とも戦えるようになると思ったのだ。しかし、いつまでたってもコピスは見つからない。
「ハァ……ハァ……。武器、私のコピス……ってあ!」
それも当然だろう。何故なら王が、私のコピスを左手で握っていたからだ。私は武器が無ければ無力という事を知っての上の行動であろう。王は私が持つことさえ敵わないサイズの大剣を、片手で軽々しく振り回していた。とんでもない馬鹿力である。
「私の武器、返しなさい!」
「ルールは無しって、さっきお前が言っていただろう」
さっきの温厚な態度は何処へやら、手のひらを返したように厳しい口調で反論される。でも言ったのは事実なので閉口してしまった。
さぁて、どうしたものかしら……第一に必要なのは、武器の奪還よね。でも真っ向勝負じゃ私に勝ち目がないから、別の方法を考えなくちゃ。『納刀』すれば手元に戻ってくるけど、それはちょっと興ざめな感じがあるし……
少し考えてから私は玉座に向かって突進し、玉座を持ち上げた。別にこれを武器に使おうという訳ではない。盾のように玉座を持ち、王に向かっていく。王は追うのをやめて私の挙動に注目していた。
「これでどうにか……」
容赦なく玉座を王に放り投げ、一瞬の隙ができた王の手からコピスを奪い取った。「タン」と軽快な音を鳴らして着地し、王に笑いかける。
「これでフェアよ♪」
「!」
彼は私の行動に苦い顔をした。がしかし、玉座の所為で上手く立ち上がれない。私はじりじりと彼に近づいた。今ならやれるかもしれないと判断したのだ。それは確信へと変わり、私は駆け出す。そして私と彼の距離が数メートルにまで縮まった時、彼は行動を起こした。
何と、邪魔な玉座を切り捨てたのだ!
とても豪勢で、下手したら王の身なりよりも豪華な玉座だというのに。彼は微塵もためらいを見せなかった。そのまま私の元へ近づいて連撃を放とうとするが、全部ギリギリの所で避ける。王は歯ぎしりをして呟いた。
「どうやら、お前となら久々に楽しめそうだ」
「どうでしょうね……案外、勝負は早く終わるかもしれないわよ?」
口上で適当な事をほざきつつ、私は考えた。彼のあの卓越した素早さと馬鹿力で私の攻撃は無力化されてしまう。多分それは、どのような斬撃でも同じだ。私が何をしようとも、彼はいち早く反応して無効化する。じゃあどうすればいい? 多分、今度は向こうから来る。急がないと……
「今度は私から行くぞッ!」
思考がまとまるよりも先に、王は容赦なく私を狙った。大きく振りかぶる動作が、やけにゆっくり見える。私はあえて避けずに、その刃を受け止める姿勢でコピスを構えた。意外そうな顔をした王だったが、攻撃を止めるような真似はしない。まだ固まった作戦じゃないけど、イチかバチか……
「力では私の方が上よ!」
「戯言をッ!」
王の刀が私のコピスに触れる刹那。私は一気に身を引いた。王の刀が私の目と鼻の先を通るが、命中はしない。
「な……っ!」
行き場を失った彼のパワーで地面が抉れ、王の武器は地面に大きくめり込んでいる。
「残念でした♪」
地面にめり込んでいる刀を抜こうと必死になっている王と、それを悠然と見つめる私。どちらが優勢であるかは猿にでもわかるだろう。静寂が、あたりを満たしていた。私はゆっくりと王に近づき、隙だらけになった王の首に二重丸の傷を付ける。それで、勝負は決まった。
「わたしの負けのようだ……」
さっきまでの気迫は何処へやら、水にぬれた子犬の様な雰囲気に戻っている。その姿がおかしくて、思わず私は笑ってしまった。
「にしてもラメラ……強いな」
「貴方もなかなかの者だったわよ! 流石は王って感じ」
「ありがとう。ほら、赤ん坊の元へ向かっておやり」
赤ん坊……? 私に子供は居なかったはずだけれど。昔付き合ってた人は浮気しちゃったし、絶対に男とっは関わらないって決めたはず……
「……はぁ。私たちは赤ん坊の所有権をめぐって争っていたのだが、覚えているか?」
「ああそうだった! すっかり忘れてた……」
私は急いで赤ん坊の元へ向かった。こんなに激しい戦いをしたものだから、飛び火で死んじゃってるかも……とも思ったが、意外にも赤ん坊は多少砂埃が付いた程度で、それ以外はピンピンしていた。泣いてもいないし、笑ってもいない。が、その淡白な表情がかわいらしい。
「ほーら、こっちへおいで」
私がそう言ってもこの赤ん坊は見向きもしなかった。別の何かに気を取られているように見える。私は自分から赤子の方へ寄った。
「よしよし、かわいいね。ほら、高い高ーい」
私は赤ん坊のわきの下に手を入れると、赤ん坊を持ち上げた。赤子に向かって他に何をすればいいのか分からないので、あくまで応急処置程度のつもりだが。
「……」
赤子は悲しい位にノーリアクションだった。引くほど抵抗しないし、寝ているようにも見えない。泣いたり、おねしょしたりしている様子すらない。
「ラメラ、これでこの子はお前の子だ。名前を付けてあげなさい」
「えー、私ー?」
「母親としての務めだ」
ゆっくりと赤子を床に降ろして考える。私には恐ろしいほどネーミングセンスが無い。どうする? このままじゃ王から「私が付ける」なんていわれるかもしれない。それだけはごめんだった。
「思い浮かばないのか? じゃあ私が……」
「い、いいや、私が付けるわ! そうねぇ……あ、そうだ! リョウ! この子の名前はリョウよ!」
私がそう言った途端、赤子が何か声を上げたような気がした。赤子の表情は依然として変わっていないので恐らく聞き間違えだろう。赤子は死んだような表情をしている。
「リョウ……で良いのか?」
私は赤子から目を背け、代わりに王と眼を合わせて言った。
「ええ、この子の名前はリョウ……そして私、ラメラは今日からリョウの母親よ!」
おまけ≪リョウ視点≫
『ねぇリョウ、血が怖いのは分かるけど、取り敢えず二人の戦いもみておこうよ』
目を瞑って臆病風に吹かれた俺に、———が言った。俺は虚勢を張る。
(は、はぁ!? ち、血なんて怖くねーし!)
勿論、大嘘だ。本当はあの鮮血が、怖くて堪らない。人が死ぬところを見てしまったのだ。恐怖を覚えないという方が異常であろう。
『えー、嘘だ~』
案の定、コイツにはばれてしまった。俺はこれ以上掘り下げられぬうちに、話題を変える。
(そ・れ・よ・り! あの二人って、強いのか?)
『そりゃもう滅茶苦茶強いよ! 特にラメラは国で一・二を争う程の実力者だとか』
あのオバサン、そんなに強かったんだ……なんて密かに感心しつつ俺は会話を続けた。
(はぁ……引き取られる側としては、どっちもどっちなんだけど)
『良いから見ておきなって』
俺は言われた通り、ぼんやりと二人の戦いを眺めた。と言ってもものの五分足らずで終わった戦いなのだが。わざわざ見る価値もないだろうと思った俺は、内容をあまり覚えていなかった。本当に見る価値があるのかさえも分からなかったので———に尋ねると、
『すごい……一つ一つの動きに無駄が無い! 特に王、あの強大なパワー! あそこまで上手く使いこなせる人、そうはいないよ』
(あ……ああ、そうなのか)
案の定楽しんでやがった。その洞察力、俺に分けて欲しい位だ。
(じゃあ一番の見どころはどこだった?)
『王が玉座を切り捨てた所かな。玉座ってああ見えてもかなり固いんだ』
(ほーん)
王の格好に似合わない程豪華な装飾がなされた玉座だったから、その分硬くて斬りにくくなるのは火を見るよりも明らかなのか。
『それに王の武器とラメラの武器! 王の奴はイルウーン、ラメラのはコピスっていうんだ。どっちも実際に見るのは初めてだ。珍しい武器だよ』
(もう聞いた)
そのまま俺達は雑談を楽しんだ。聞き流してた王たちの会話的に俺がラメラに引き取られるのは確実な物となったらしい。二人の話を聞かなきゃならないって事もないだろうし、何より面倒くさい。しかし偶然か必然か、あるセリフが耳に入った。
「……そして私、ラメラは今日からリョウの母親よ!」
嬉しいというか嬉しくないというか……まあどっちでもいいか。これで、衣食住は確保できたと言っても過言ではないだろう。
俺は、ため息をついた。人を平気で殺すような、腐敗した世界で俺はやっていけるのだろうか。
≪武器紹介≫
武器・イルウーン(近接武器)……一撃一撃が大きい両刃の武器一発のダメージが大きい分、純粋な筋力が求められる武器。故に使いこなすのは至難の業と言える。かなり珍しい武器。
武器・コピス(近接武器)……軽さがウリの小刀。初心者でも扱いやすいが、その分ダメージは軽いのえで、それを補う筋力か、連続攻撃を繰り出せる圧倒的スピードが必要となる。そこそこ珍しい武器。
≪能力紹介≫
王……瞬間移動の能力。自他問わず転移可能で、相手の意思は無視できる。連続で転移することも可能なので、使い勝手はかなりいいらしい。
ラメラ……超高速移動の能力など。自分のスピードを光と同じ、またはそれ以上に引き上げる。他者にスピードを付与することも出来ないことは無い。能力としては強いが、その分体力の消耗が激しい。