リュミエール編 第三十二話 神占
≪リョウ視点≫
「……何だこれ」
給料が与えられた次の日の早朝、起きると机の上に紙が置かれていた。鍵はしっかりとかけたはずなのだが、何故か部屋の内側に紙は置かれていた。
「今日は休暇とする。給料を使って、必要な物を買い足してくるといいよ☆―—アスペンより……ねぇ」
なるほど、アスペンか。アスペンが勝手に俺の部屋に入ったって事だな。何ふざけた真似してるんだか。
『休暇、ね……良かったじゃん』
(まぁな)
何気に休暇が与えられたのは、今日が初めてだった。この世界では土曜日も日曜日も訓練ずくしで終わる。訓練は嫌いじゃないから良いんだけど、やっぱり疲れが溜まっていた。そこで来た『休暇』の二文字は、まさに地獄に現れた蜘蛛の糸だった。
「リョウー! 入ってもいいー?」
と、そこへカルマがノックした。俺が返事するよりも早く扉を開け(鍵閉めたはずなんだけど……)、ずかずかと中に入ってくる。
「リョウ、今日休暇だってさー!」
「知ってる! もう見たから!」
朝っぱらからうるせえ。俺はついさっき起きたばかりだったのだが、彼はとっくに起きていたらしく寝間着から普段着に着替えていた。
「ねぇねぇ、休暇中に何する? 旅行?」
「一日で行ける訳ねえだろ……クソッ」
俺はパンパンと頬を叩き、眠気を飛ばした。朝日が真っ赤になった俺の頬を照らした。
「ねぇリョウ、折角だし買い出しに行こう?」
そんな俺の様子は微塵も気にしていない様子で、彼は淡々と話を進めた。寝起きとは思えないような笑みを浮かべ、俺の肩を揺すぶった。多分、悪気は無いんだと思う。
「買い出しィ? んなもん、一人で行ってくれよ……。俺はまだ眠いんだから」
「えー? 服買おうよー。昨日話してたじゃん」
彼は俺の肩を揺すぶりつつ言った。そういえば服買った方が良いみたいなことを、確かに昨日言ってた気がする。
「寝せてくれ……」
俺はそういうと、タオルケットを被って目を瞑った。早朝から来るなんて、どうかしている。俺の安眠を邪魔しないでくれ。
カルマは俺を見つめ、数十秒間迷った挙句に口を開いた。
「今外にグリアいるけど、後輩として彼は不甲斐なく思っちゃうんじゃない?」
え、後輩も連れてきたの?
俺はベッドから飛び起き、カルマの視線も気にせずに着替え始めた。
「オイ、後輩を連れてきたのなら早くそう言ってくれよ! 先輩として見本となる行動をしなきゃいけないのにさ!」
「ふふふ」
カルマは悪戯っぽく笑い、部屋から出て行った。
「待ってるからねー」
*
「んで、来てみたはいいけどさ……」
それから数分後、俺達三人(俺+カルマ+グリア)は早朝の街中を歩いていた。魔法酔いに掛かっているので、建物が歪んで見える。気持ち悪くて堪らない。
「どこの店も開いてねえじゃん」
午前六時の街中は、霧と静寂に包まれている。俺達の声が、やけに大きく反響した。
「うーん、早すぎたかな?」
「だと思います……」
グリアとカルマが、二人そろって肯定する。食事できるような店もあらかた締まっているので、朝食の確保すら難しそうだった。せめて朝食だけ食ってくれば良かったと、若干後悔した。
「どうする?」
「どうするって……?」
「……向こうの店が開いています」
俺達が閉口しかけた時、グリアが霧の向こうを指差しながら言った。やけに濃霧がかった空気なので、彼が何を指差しているのか分からなかった。が、近付くと『その店』が見えてきた。
「あー本当だ……『占い処・天秤』って書いてある」
『天秤』と書かれているその店は、小さな屋台のような物だった。明るい提灯が垂れ下がっているのだが、人の姿は見えない。カウンターには呼び出し用のベルのみが置いてあった。
「えぇ……なんか、胡散くさい……」
「僕もです」
グリアもカルマも、口々にそう言っていた。しかし、胡散臭いからと言って他にすることもない。
「まぁな。でも、いい暇つぶしになるだろ」
『暇つぶしは僕の専門分野だけど?』
(遠慮しとくわ)
そういうと俺は店に近寄り、ベルに手を伸ばした。
「え、呼ぶの!?」
「辞めておいた方が……」
首を横に振り、ベルを鳴らす。ベルは思ったよりも静かに『チーン』と音を出した。
「おやおや、こんな朝早くに何事かの?」
数秒後、店の奥にある暖簾から、若い男が出てきた。彼は俺達の方を向いてこういった。
「ふむ……おぬしら、何用じゃ?」
紫色の着物を着た男だった。『占い処』をやっている割には普通に穏やかな(というか眠そうな)口調で、終始優しい笑顔を顔に張り付けている。
「ここって占い処ですよね。一回やってみたいんですか」
最初に口を開いたのは俺ではなく、グリアだった。口ではあんなことを言っておきながら、本心では気になっていたらしいと見える。
「ほう……面白い客が来たのう。どれ、中に入れ」
彼は俺らを一瞥すると、カウンターの向こうから手招きした。
「えっ……入れって言われても、カウンターが」
「なんじゃ、入れんのか?」
彼はカウンターに近づき、カウンターをブチ壊した。木製だったのか、「バキ」という音が町に響き渡った。
『えぇ……?』
(えぇ……?)
俺とカルマ、そして———はかなり困惑したが、グリアはさほど気にしていない様子で中に入って行った。それに続いて俺達も入ろうとする。が、店主から止められた。
「『ぷらいばしぃ』を守らねばならないからな。茶でも飲んで待っていれば、いい時間つぶしになるじゃろう」
それから彼らは店の奥に入って行った。こちら側と向こう側が暖簾のようなもので隔たれている為、何をしているのかは分からなかった。
「『占い』って魔法の一種だけど、すごく扱うのが難しいってアスペンさんが言ってた……あの人、本当に占えるのかな?」
「さぁね。でもまぁ、看板に無料って書いてあるし」
俺は店に置いてある看板の文字をなぞった。無料でってのは商売になってない気がする。
『お金以外の目的で詐欺する人なんて居ないと思うから、ここの店は信憑性が高いと思うよ』
(そーかねー……)
「うーん、難しい所だね」
俺達は数分の間、静かにグリアの事を待った。店の中からは、一切の話し声が漏れていなかった。お陰で、中で何をやっているのかわからない。待っているうちに、段々と不安になってきた。
「なぁ、グリア一人で大丈夫だと思うか?」
「大丈夫でしょ。彼も下位とはいえ、ギルドの一員なんだからさ」
カルマは自信満々と言った様子で答えた。その気迫に押し負け、俺はぼうっと屋台を見つめた。
やがて、突如として暖簾が押し上げられた。すぐに中から二人が出てくる。グリアの顔には控えめだが笑みが宿っており、店主の方は満面の笑みを浮かべていた。
「さて、次じゃ。リョウ、入っておくれ」
グリアを外に出すと、彼はすぐに言った。俺は反射的に返事をした。
「はい……ってあれ?」
返事をしながら、俺はおかしなことに気が付いた。あれ、俺はこの人に自分の名前を言っていないはず。グリアは俺の事を「先輩」としか呼ばないはずだし、一体どうやって知ったというのだろうか。
「ほれ、早う」
占われる前から、俺は不安でたまらなかった。
*
暖簾の向こうには、小さな部屋があった。外見からではそんなスペースがあるようには見えなかったのだが、丁度二人入れる大きさの和室があった。
「……おぬし、茶はいらぬかえ?」
彼は何の脈略もなく言った。霧の中では分からなかったが、彼の肌と髪は真っ白だった。とてもじゃないが、リュミエール人には見えない。
「い、要りません」
俺はおずおずと答えた。なんでこの人は、リュミエール人である俺をここに入れたのだろうか。白人ってだけでパニックを起こすような人も沢山いるのに。相手が『俺とカルマだから』良かったけど、ボロネアとかだったら今頃この人は死んでいる。俺が答えると彼は、優しく笑って言った。
「……ふむ、やはりおぬしは面白いよのう。随分と変わった人材の様じゃ」
変わった人材……?
俺は彼の言っていることが理解できなかった。俺は普通のギルドに所属する、普通の人材なのだが。
「わしの名前は『カヅキ』」
その名前を聞いたとたん、俺は違和感を得た。というのも、彼の名前が日本人の物だったからだ。こっちに来てからずっと、「ロザンナ」だの「グレイ」だの、漢字で書ける名は一人も居なかった。それに比べた時、彼の名は珍妙な物に思えた。
「さて、仕事を始めるとしようぞ」
彼は目を瞑り、何やら唱え始めた。どうやら、占い始めたらしい。水晶やら天秤やらタロットカードやらを使って占うのかと思っていた俺にとっては、少々意外である。俺は黙って、彼が呪文を唱え終わるのを待った。
「ふむ、未来を探れば探るほど、おぬしは面白い男じゃ。さて、結果が出たぞ。何について訊きたい?」
そう聞かれて、俺はしばし考えていった。
「えっと……じゃあ、この先おこる出来事について」
今思えば、この発言は苦し紛れに出たものだったと思う。占いしに来たというのに俺は、何を占ってもらうかさえ決めていなかったのだ。「この先起こる出来事」なんて、普通の人に予知できるわけが無い。
「いいじゃろう。おぬしは……」
彼は一泊置き、美しい顔を大いに引きつらせて俺に言った。
「……本当に聞きたいかえ?」
『え、そんなに悲惨なの?』
普通、客にそんな事を聞かないだろう。しかし、彼はその予想を裏切った。俺は動揺したが、すぐに答えた。
「訊きます」
まぁ、占いなんてインチキもいいとこだからな。
表面上はそう思っていても、俺は心のどこかで不安だった。彼は俺の本名を知っていた。この店は無料だった。果たして、彼がペテン師だった場合、彼の目的は何だというのだろうか。
「……鎖を裁ち切っておぬしは踏み出すだろう。惨状の跡地、砂漠の海、奴隷の国を超えておぬしは成長し続ける」
『なんか、謎かけみたいだね』
「……が、成長には代償がつきもの……」
彼は話すのを辞めた。顔色が悪くなったように見える。まるで、「見てはいけない物を見た」とでも言うようだった。
「どうしたんですか!?」
俺は咄嗟に彼に近寄り、呪文を唱え始めた。まだ習得途中だけど、一応俺は回復魔法を使えるのだ。回復魔法は肉体にも精神にも効くから、これでなんとか……
「大丈夫じゃよ。老いぼれると、見たくないものまで見えてしまうのじゃ……と言ってもわしはまだ、二十じゃがのう」
彼は「ふふふ」と笑い、何事もなかったように続けた。
「さてと、内容は以上じゃ。何か困ったことがあったら、また来るが良い」
え、これで終わり!?
俺は脱力した。随分と速い終わりだった。まだ結果らしい結果も聞いていない。さっきのは謎かけのようにしか聞こえなかったし、俺は何とか続きを聞き出そうとした。
「すいません、もう少し詳細を……」
「ふふふ、若いのう。可愛いいのは良い事じゃて」
彼は俺の喉を撫で、俺を外に追いやった。細い腕の割には剛力で、抗う事が出来なかった。
「次じゃ。カルマ、中に入りなさい」
「はい!」
俺は乱暴に追い出された。最後に何か言っていた気がしたが、カルマの返事の所為で上手く聞き取れなかった。
「先輩、お疲れ様」
「おー、お疲れ……っと」
俺は鉄で小さめの椅子を生成し、そこに座った。グリアは用意周到で、組み立て式の椅子に座っていた。
(なぁ、カヅキさん最後何言ってか分かるか?)
俺は気になって仕方がなかったので、———に訊いた。彼は並外れた五感を持っているので、もしかしたら……と思ったのだ。
『うん、聞いてるよ』
案の定、彼は聞き取れていた。
(おお、そうか! んで、なんて言ってた?)
『なんか、物騒な事言ってたよ。お前は既に死んでいるはず……みたいな』
俺はそれを訊いて、背筋が凍った気がした。確かに俺は一度死んでいる。あの人はそれを見破っていたというのだろうか。だとしたら結構不味い気がする。ラメラにさえそのことは知られていなかったというのに……
(……えっ!?)
『なーんてね、冗談冗談!』
(なんだよー)
彼は笑ってカミングアウトした。なんだ、冗談か。彼はこういった他愛のない冗談を呟く。だから普段通りなのだが、不思議と俺は彼が真面目に言ったような気がしていた。
余談・休暇について
休暇は基本的に給料日の次の日に与えられる。がしかし、その分の休暇を前借して別の日に入れることも可能。ちなみに今回のグリアはそれに該当している。
≪登場人物紹介≫
カヅキ……二十五歳独身の男性。白髪と真っ白な肌を持っており、『占い処・天秤』を開いている。胡散臭い。が、占いの腕前は確かである。個人情報から未来に起こる出来事まで、何でも予測可能。若い割に喋り方がじじ臭い。
グリア……天界の太陽所属の、リョウに基本の動きを教わった少年。リョウに付き纏っており、食事や風呂は勿論、休暇まで共にしている。下位クラスのサーベラ―で、能力は不明。




