第四話 王様
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≪リョウ視点≫
『……うーんとね、リョウ。聞こえてるかい?』
混濁した意識の中、———の声が聞こえてきた。俺は静かに、目を開ける。どうやらあれから、途中で寝てしまっていたらしかった。あたりの景色がいつの間にか変化しており、知らない街並みに俺は居た。さっきの女性に抱えられて、移動していた。その確固たる足取りからは、どこか向かう当てがあることを感じ取れた。
一度寝たら、俺の心境も大きく変化していた。泣きわめいていたのが嘘の様に晴れやかで、透明な気分である。だが、油断するとすぐに『あの赤』が見えてきてしまう。トマトを、柘榴を、そして何より肉を彷彿とさせる赤は、今だ脳裏に焼き付いて離れなかった。
(なんだ?)
俺は心の中で———に返答する。「リョウ」と呼ばれるのに、もう慣れてしまった。不思議な事に俺は、生前の名前を思い出せないでいる。それが俺を『リョウ』へと至らしめる、一つとしての要因なのだろう。思い出せるのは有象無象、どうでもいい記憶ばかり。
『そろそろ、この世界について触れておこうと思ってね。聞き流す程度でもいいから、聞いてくれるかい? ≪案内人≫として僕は、リョウの事を案内しなくちゃいけない義務があるんだ』
俺はテキトーに頷いた。『異世界転生』というからには、ここには『向こうの世界』とは一風変わったルールがあるのだろう。歩いてたらエンカウントするとか、そういう奴が。
その辺の事情について知っておいて、損はあるまい。俺は彼の話に耳を傾けた。
『まず、基本事項から。ここにいる人たちはみんな、『一本の武器』を持っているんだ』
……うん、知ってる。
ついさっき俺は彼に指示されるがままに刀を使って男と戦っていたのだ。知らないというのはあり得ない。黙って先を促した。
『剣とか弓とか、あとは……杖とかだね。武器は好きなタイミングで抜刀したり、逆に納刀したりできる』
恐らく、ここで言う『抜刀』とは『武器を出現させること』なのだろう。その逆の意味をする『納刀』は『出現させた武器をしまうこと』と同義とみて間違いない。
『例えば、リョウの武器は『刀』だね』
(知ってるよ……)
俺はいちいち説明を聞くのが面倒臭くなってきたので、遠慮なく「面倒くさいアピール」をした。この程度の情報しか出ないのであれば、聞くだけ無益であると判断したのだ。———はすねたように言う。
『えー、そんな事言わなくたっていいじゃない……僕、凹んじゃうよ?』
(……余談は良いから、もっと重要な事を教えてくれよ)
俺は申告した。———はやっと、正直に言う事を聞いてくれる。
『はいはい。それじゃぁ、まずは『能力』について話そうかな。能力っていうのは言い換えると、個人個人が一つづつ保持できる特殊技能の事。リョウの場合は【鉄生成】がこれに該当するよ』
俺は試しに、右手を鉄で覆うイメージをしてみた。すぐに俺の右手は鉄で覆われ、異常な防御力を会得する。これで殴ったら相当に痛いだろうな……などと、俺は考えていた。
『ちょっと、能力の具体例を挙げてみるね。例えば病気を操る能力だったり、自分を加速させる能力だったり。一人一人違う能力を保持していて、同じ能力保持者は一人も存在しないんだ』
……なるほど?
その『能力ガシャ』で俺は【鉄生成】を会得したのか。この能力が当たりなのか外れなのか、つまるところ能力の良し悪しは俺には測りかねた。
『もうわかってると思うけど、ここはさほど文明が発達していないんだ。多分、リョウがいた世界よりも断然不便だよ』
(……まぁ、快適な異世界生活って中々聞かないからな)
俺は勝手にそう納得していた。ここは異世界。前にいた世界の常識は、何一つ通用しないだろうと。
『あーとーは……うん、特にこれといった説明はないかな。しいて言うなら、注意がちょっとあるぐらい』
(注意?)
その言葉に、俺はつっかりのようなものを覚えた。俺の言動に、どこか危なっかしい所があったとでも言いたいのだろうか。
いや、ありまくりだったけど! 何の考えも無しに大男に突進したりとか、結構やっちゃったけども!
しかし、———が言いたいのはそのような事ではないようだった。
『リョウ……出来るだけ、前世の知識をひけらかさないでくれる?』
……と、言うと?
『言語とか、技術とかだよ。向こうの世界にはいろんな言語があって、技術も発展しているんだよね。そういうのを、ひけらかさないで欲しいんだ。変に文化がこっちに移ってきちゃったら、面倒な事になるからさ……お願い』
俺は特に深くは考えず、無心でオーケーと言った。彼は嬉しそうに笑い声を上げ、言う。
『ありがとう。それじゃぁ一段落したし、自己紹介といこうかな。僕は≪案内人≫の―――。よろしくね、リョウ』
耳を劈くような規制音がまた響いた。俺は言った。
(なぁ、なんなんだ、お前の名前……まるで、規制音じゃねぇか)
『あぁ、これね。これが僕の名前だから、仕方ないんだ。出来るだけ言わないようにするよ』
それから『まぁ、僕の声はリョウにしか聞こえないからあんまり気にしなくてもいいんだけどね』と続けた。成程、さんざん規制音が響いているのに周りが反応しないのはそういうメカニズムがあったのか。とうとうコイツの正体が謎になってきたな。情報を引き出すなら、今が良いんだろうけど。何を聞けばよいのやら……
俺は彼の言葉を振り返った。これまで彼は、何を言っていた? どこか、おかしな点は無いか? 考えろ、考えるんだ……
やがて俺は、一つの疑問に辿り着いた。
(なぁ、お前……なんで、俺の能力を知ってたんだ?)
そう、彼が俺の能力を把握しているというのはどう考えてもおかしなことなのだ。彼は確かに『同じ能力保持者は一人も存在しないんだ』と言っていた。つまり、俺が実際に能力を行使するまで彼は、俺の能力を把握できなかったはずである。それを知っていたという事は、明らかに矛盾しているのだ。
彼は困った様に言った。
『あー……これね。僕の能力……とでも、言っておこうかな』
『僕の』能力?
それはつまり、彼が相手の能力を知る能力者という事だろうか。それで俺の能力を知ったという訳なのか? 確かに、筋は通っている。
(まぁ、いいや。これ以上追及しても何も出ない気がするし。わかんねことは、追々聞けばいいからな)
『そーそー。僕は≪案内人≫、いつでもどこでも、リョウのすぐそばにいるからねー。姿は見えないけど、頼ってくれていいよ』
いつでもどこでも、すぐそばにって……冷静に考えると、すごく気持ち悪いな。
*
「くか~」
『起きて、リョウ! ————————————————————……』
(るっせぇ!)
また寝てしまっていた俺の事を、———が叩き起こした。彼は自分の名前(規制音)を連呼することによって、俺の事を起こさんとする。無論俺は、バカでかい音に目を覚ました。
『あ、よかった起きた……ってリョウ! それどころじゃないんだよ!』
彼は慌てふためいた様子で、随分とブレブレの声を出していた。うん、何かあったんだろうな、この感じだと。俺は眠い目をこすって目を開いた。その目に映るのは……
(ふぇっ!? なんだぁ、ここ……)
見知らぬ場所だった。高級そうに見えるシャンデリア、真っ赤な絨毯。その赤絨毯の行きつく先に、一つの玉座を発見した。これは俗に言う『謁見室』とやらなのだろう。その謁見室の隅っこに、俺はちょこんと座っていたのだった。
「……おやおや、かわいい子だ! この子を拾ってきてくれたのは君かい、ラメラ|?」
この部屋が謁見室であることを裏付ける証拠品、つまるところ玉座に座っていた男が腰を上げてこちらに近づいて来ていた。玉座に座っていたという事は、恐らくこの国の王様なのだろうが……
如何せん、威厳に欠けていた。どことなくフレンドリーな感じで、近所のおじさんみたいな雰囲気が漂っている。服もみすぼらしくて、ボロボロだった。彼は俺の事を持ち上げ、優しく頭を撫でる。
「そうよ、私よ」
その視線の先に、ラメラと呼ばれた女性が立っていた。そこにいたのは確かに、俺が助けた(いや、助けられたというのが適切か?)女性である。凛々しい姿で、ピンと背筋を伸ばしていた。
「ふむ……珍しい事だ。まさかお前が、子供に興味を持つと」
「駄目かしら?」
彼女は堂々と王の話を遮った。さっき襲われていた、弱弱しい彼女は何処にもいなかった。
そんな男勝りな性格なら、あの男を生け捕りにしてくれれば良かったのに。
俺はそう思わざる負えなかった。
(……ってか、何がどうしてこうなった!? あのオッサンって、ここの王様だよな!?)
『そうだよ! だから「それどころじゃない」って言ったんだよ! リュミエール王が直接、君の為にわざわざここに来てくださったんだから!』
俺は尚更、なんでこうなったのかが分からなくなってきていた。『リュミエール』というのはこの国の名前だろう。その王様が直接謁見してるって事は……
(ヤベェじゃん!)
『そうだよ「ヤベェ」よ! あわわ、どうなるんだろう……』
彼は、慌てふためいていた。その姿を見て俺は吹き出しそうになるが、それよりも先にラメラと呼ばれた女性が言った。
「それに、貴方にあげるためにここに持って来たんじゃないわ。私はこの子を、養子にするって決めたんだから。何を言われようとも、絶対に渡さなーい♪」
うっわぁ、王に対する態度の悪さよ……
俺はもう、彼女が只者では無いと悟り始めていた。肉体的にも、精神的にも。彼女は明らかに異常な存在なのである。
「なに!? この子は私が養子にするつもりだったのだぞ! それをラメラ……」
王は憎々し気に言うと、ラメラを睨みつけた。
「駄目だ、駄目だ! 私の子だ!」
子供か貴方は。
俺は心の中で突っ込んだ。俺的には王より、ラメラに養ってもらった方が安心する。出来ればラメラに養って欲しいんだが……
「じゃぁ、これで決めましょ」
話の中心たる彼女は、そう言いながら何と右手を宙に突き出した。右手は光に包まれて……
……やがて、小振りな武器の形へと落ち着く。
『コピス……!』
———が畏怖したように言った。いや、興奮と言った方が正しいか。なんか、楽しそうだ。
「いいだろう。望むところだ!」
それに対して王は、何と応戦的な応答をした。俺を謁見室の柱の陰に降ろして、両手を宙に突き出す。それは青白い光に包まれ……
こちらは、左右対称の大剣のような形へと変化した。
『イルウーン……すごい、すごいよリョウ!』
彼はやはり、興奮しているようだった。俺は若干引き気味に返す。
(おっ……おう、そうだな……俺としてはもう、ここの住人の血の気の多さにただただドン引きなんだが……)
『イルウーンにコピス、その両方がここで見れちゃうなんて! ああもう、最高だよ!』
そいつは良かったな!
俺は皮肉を込めて返した。が、———には聞こえていないようで、『あぁぁぁ、興奮してきたよ』と言うのみである。俺は溜息をついて、二人の様子を見守った。
……赤子の前で斬り合いを始めるのか、ここの住人は……
半ば呆れつつ、俺は目を手で覆った。眼の裏にはまだ、あの赤のトラウマが残っていた。
ラメラ……リュミエールに住む女性。かなりの実力者らしい。ダガーにも似た小刀を使う。
王……本名不明の、リュミエールの国王。斧に似た大剣を使う。