リュミエール編 第二十八話 復習
≪リョウ視点≫
「いやぁ……リョウ君は習得が早くていいね☆」
「えっ……そうなんですか?」
俺は無我夢中にカレーを頬張っていた。このカレーの味は……アスペンの奴め、前よりも腕を上げたな? 感動する俺に、アスペンが返事をした。
「うん、君は上達が早いよ☆ 僕のカレーの腕と同じくらァーッハァ☆」
「ありがとうございます」
へぇ……でも俺は、アスペンの足元にも及んでいないと思った。『罰斬』習得自体はそこまで難しくないけど、連撃の回数やスピードで言えばまだまだアスペンの方が上だ。また力加減も出来ていないのだし。
「……ところでさぁ、リョウ君」
「……はい?」
数分の沈黙(食堂内は話し声が満ちていたので、ある意味『沈黙』とはいえないのだが)ののち、アスペンがカレーの皿を舐めていた俺に話しかけてきた。
「『二刀流』……って聞いたことあるかい?」
ここで言う『二刀流』とは単純な『二刀流』の事ではないのだろう。この世界は『誰もが一本の武器を持つ世界』なのだから、『二刀流』などあり得ない。流石の俺も理解していた。
「俺の事ですか?」
『違うと思う』
俺のは能力の産物、つまり模擬二刀流なのだけれど、一応聞いておいた。
「違う違う。『二刀流』っていうのは、まったく別種の刀を二本、持っている人の事D☆A」
俺は頷いた。まぁ、そんな事だろうと思っていた。
「でも、そんな人存在しないんじゃないですか?」
「それが……ちょっと違うかもしれないんだ」
アスペンは、食堂の窓に映る太陽を見つめて言った。その瞳は焦点があっていなかった。
「……」
「二刀流っていうのは、一種の童話みたいなものなのなんだ。大抵の場合は『二つの能力を操り、卓越した才能を持つ最強の剣士』として描かれている場合が多いんだけどね。……『ボロネア』って人を覚えているかな?」
俺は記憶をたどった。ボロネア……絶望的に口が悪いあの人の事だろうか。一応最上位クラスだったはずだけど、どうも威厳に欠けている人(ん、それはアスペンもか?)。あの日以来俺は会っていない。
「……確か、ボロネアさんってアスペンさんと同じ最上位クラスですよね。盗賊のアジト襲撃の時お世話になりましたけど……それとどんな関係が?」
「そう、彼。彼が盗賊のアジト襲撃以降に言っているんだ……」
俺はゴクリと唾をのんだ。舐めたカレー皿を置いてアスペンの顔を見る。
「二刀流を見たって」
『……?』
「……?」
俺はそのまま凝固した。ボロネアって馬鹿っぽかったけど、何の意味もなく冗談とかいう人には見えなかった。
「そう、彼は馬鹿だけど嘘はつかない」
彼は俺の言わんとしているところを的確に突いてきた。まぁ、ここだけならいつも通りのアスペンだ。
ただ、今の彼はいつもと雰囲気が違った。お師匠様の事を話した時とも、普段の彼ともまた違った感じがする。まるで、何かを警戒しているかのような。
「リョウ君、これは警告だ。もし君が『二刀流』に繋がる何かを知っているのなら、それを無闇に吹聴しないで欲しい」
俺は慌てて反論した。
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください! あの時俺は確かに、両手に武器を生成して戦っていたかもしれません。それに途中から意識が無いので、何があったのかもよく分かっていません。でも、俺の二刀流は能力の産物だから特異な物ではないはず。ならどうして……」
「能力による『二刀流』は全っ然大丈夫だYO☆ それに『二刀流について知っているんだろ』って断定しているんじゃない。ただ……この世界には『いつ、どこから襲ってくるかわからない連中』ってのがいるからね」
彼が、何を言わんとしているのか分からなかった。『いつ、どこから襲ってくるか分からない連中』?
『……多分、某国の事を指しているんだと思う。あんまり関与しないほうが連中だよ』
(どういうことだ?)
『知らないほうが良い』
俺は頭を掻きむしった。「某」って確か、名前を伏せたりするときに使う言葉だよな。なんかそういう圧倒的力を持った国があるって事か? それとも声に出したら殺される的な。
「話はそれだけサ☆ あの戦いに参戦した人達全員に訊く質問だから、あんまり気にしなくていいよ」
全員……そういえばあの時、「下位から最上位までもれなく参加」とか言ってたけど、結果として俺とカルマと最上位しか参加していなかったような。今更ながらに俺は質問した。
「あれ、そうえいばあの戦いに参加したのって六人だけなんですか?」
「うーん、捉え方にもよるね。盗賊のアジトは他にもあるから、そっちに人員を裂いていたんだ。そして中でも最もでかいアジトを僕たちで担当したってワケァーッハァ☆」
……俺達って、初っ端から超重要任務に就いていたんだな。
「じゃあ質問されてるのは俺とカルマだけなんですね」
俺は頷き、時計を見た。あと数分で食事は終わろうとしている。そういえば今日、カルマが見当たらないな……
「そうえいばカルマってどこ行ったんですか?」
「さぁ……でもグレイ君との訓練だったからネ☆ 彼の事だから、訓練時間を延長しているんじゃないかな」
グレイ……前まで俺はアスペンよりグレイの方が親しみやすかったのだが、最近姿を見ていなかった。なんか厳しそうな感じがしたし、訓練相手がアスペンで本当に助かった。
「アイツも最上位クラスとの訓練ですか……」
ちなみに最上位との訓練は『基本の動きを全て習得する』と否応なく受けることになる。俺もカルマも、同じタイミングで動きを習得したらしかった。
「ハァーッハァ☆ リョウ君はもう食べ終わってるみたいだし、ちょっと早いけど訓練に行こうか☆」
アスペンに手を引かれるがまま、俺は外へと出て行った。もっと休憩していたかったのだが、仕方ない。俺は反抗しなかった。
「んじゃあ次は、実戦練習ダ☆ 気合入れて行こうっ!」
一分もかからずに俺達は、中庭に移動していた。流石は最上位クラス、移動スピードがずば抜けて速い。俺を引きずっているのにこのスピードとは。
……階段の所からは自分で歩いたけど。
「実戦練習……? 誰とですか?」
俺は恐る恐る聞いた。いや、相手は一人しかいいないのだけれど。まさかカルマと戦うって訳でもないだろうし。やっぱ一人しかいねえ。
「ハァーッハァ☆ 勿論、君と僕で戦うのさ! これまで習った動きと今回習得した『罰斬』、これらすべてをフル活用してこの僕と戦うんだ☆ まぁ僕クラスが相手だから、僕は木刀、君は真剣と能力を使って勝負だY☆O」
俺は絶句した。うっわ、やっぱアスペン本人と戦うって事か。木刀と真剣の違い何て当たらなきゃ意味ねえだろ。つまりはアスペンお前、俺の攻撃に当たらない自信があんだろ。
(……普通に嫌なんだけど)
『ガンバ! 応援してるよ♪』
———は楽しそうに笑っていた。
「ハァーッハァ☆ さぁて、そろそろ始めようか。中庭を貸し切りにしているから、全力で戦えるよっ」
本人は何気なく言ったつもりだろうが、俺は『貸し切り』という言葉を聞き洩らさなかった。
「え? 中庭貸し切りって……」
「今、人っ子一人いないダロ? 僕の特権で貸し切りにしたのサ☆」
うっわ、最上位クラスやべぇ。ギルドの神みたいな感じだから、当然っちゃ当然だけど。
「ハァーッハァ☆ 始め!」
言下にアスペンは、俺に連撃を繰り出した。『基本の動き』のどれにも対応していない、単純な水平斬り。だが、そのスピードが異常だったのだ。『激烈』をも上回るような素早い斬撃が、俺の胸を襲う。『絶壁』で硬化し、何とか防ぐことに成功した。
がしかし、まだまだ連撃は止まらなかった。似たり寄ったりな斬り方が俺を襲う。刀で弾いたり、硬化したり、バックステップで避けたりして何とか攻撃を無効化している。が、そのほとんどが『絶壁』によるものであり、非常に危険な状態だった。
(……んだよ、このスピード! まるで隙がねぇ!)
俺は汗ダラダラになりながら———に尋ねた。隙が無いというか、隙を探すだけの余裕がないというか。とにかく、俺は相談した。
『落ち着いて。アスペンさんの事だから多分、避けられないようにはしていない。『絶壁』以外の動きも使ってみたら?』
(そんな余裕あるかっての!)
俺は舌打ちをしてその提案をはねつけたが、やるだけやってみた。『妖艶』は論外だから、選択肢としては『激烈』か『緩慢』。『激烈』は重心を一点に集中させるから、アスペンの攻撃がランダムであれば役に立つだろう。『緩慢』はどちらかというと相手の攻撃に余裕があり、反撃に転じたいときに使う技だ。相手の攻撃が一定であれば有効と思われる。となると……
(兎にも角にも攻撃パターンの把握って訳か)
『そういう事』
俺は『緩慢』習得時に身に着けた観察眼でアスペンを観察した。出来る限り攻撃を避けず、能力で硬化して防ぐようにした。こうすることによって最小の被害で最大の観察結果を出すことが出来る。やがて、俺は気が付いた。
(アスペンさんの攻撃……「左からの水平斬り→右逆袈裟斬り→直向斬り→前蹴り→右からの水平斬り→左袈裟斬り……」を俺に接近したり遠のいたりしながら繰り返してるみたいだ)
この規則性は、恐らく絶対のものだと思われた。二、三ループ分は確認してあるから。
『正解。よくわかったね、リョウ』
(分かってたなら教えろや。何度か攻撃掠ったぞ)
俺は愚痴を零したが、すぐに黙った。
(……まぁいいや。取り敢えず動きは『激烈』で良さげだな)
確認し、後ろの方に重心を集中させた。アスペンの方へ移動しながら、のらりくらりと攻撃を避ける。重心が後ろの方にあるので、アスペンは俺のバランスを崩せないのだった。
……重心を後ろにしたまま前進なんて、『激烈』じゃないと不可能だろうな。体勢がかなり気持ち悪い事になっている。
「バシッ」
やがてアスペンは、攻撃の手を休めて後退した。このまま接近されたら不味いと感じたのだろう。しかしそれは逆効果である。
「罰斬ッ!」
俺は今さっき習った『術』を駆使してアスペンを斬りつけた。一撃目は外れたが、二撃、三撃……と回数を重ねるうちにアスペンはかすり傷を負い始めた。俺は現在、最大で十六回もの『罰斬』を繰り出せる。命中も時間の問題かに思われたが、生憎彼はそこまで甘くなかった。
「ハァーッハァ☆ 流石だよ、リョウ君☆ 『妖艶』を除く全ての動き、術を使いこなせているみたいだ! 僕もちょっとだけ本気を出そうかな☆」
言下に彼は、2、3メートルほど後ろへ跳躍した。と言っても、普通に跳躍したのではない。術を使っている俺とアスペンの距離が一メートル未満になったまさにその瞬間に跳躍したのだ。アスペンに斬撃が当たると過信していた俺は、『妖艶』と『緩慢』でスピードをいなしきれずに地面に倒れ込んだ。
「惜しかったネ☆」
アスペンは華麗に地面に降り立つとほぼ同時に、俺は起き上がった。
「クッソ……まだまだァッ!」
今度は『緩慢』の動きで斬りかかった。緩慢からの敏速がアスペンを襲う。がしかし、アスペンは俺の斬撃を片手で受け止めた。木刀ならまだ分かるが、これは真剣だ。と、刀を掴んだ彼はそのまま俺を壁へとぶん投げた。
『危ない!』
(安心しやがれっての)
ギリギリの所で左手に刀を生成、伸ばして地面に突き刺す。何とか壁との衝突は避けられたが、伸ばした刀を縮小するという大きな隙が生じてしまった。
「伐残骸☆」
その隙を、アスペンが逃すわけが無い。俺が聞いたことのないような技を使って接近、腹部に数発叩きこまれた。
「ガハッ……」
『たったの』数発、それも出血すらしていないのに、内臓が崩壊したかと思う程の痛みを感じた。
「D☆O☆U☆D☆A、痛いだろう? 『伐残骸』っていうのは主に痛みを与えることを目的とした技なんだ。拷問とかでも使われていラァーッハァ☆ 体は殆ど無傷なのにネ。だから安心して喰らって良いよ」
あー、そういう嫌らしい技を使うのか、この人は。確かに痛みは数秒だったので、体は無事なのだろう。
「もう二度と、喰らいたくありませんので!」
「じゃあ死に物狂いで避けないとねっ」
次は特になんてこともない連撃を繰り出した。水平斬りや裟斬り等々の剣撃を連続で、絶え間なく放つ。無論、全ての攻撃が弾かれた。戦い方を二刀流に変えても駄目だった。刀で防がれて、反撃されて、激痛を味わって、また刀で防がれて……といったループが永遠に続く。
せめて一発位当たってほしかったのだが……
「ハァーッハァ☆ ダメだよ、リョウ君! ちゃんと動きや術を使わないと☆ じゃないと、僕には勝てないよ」
でも、今はこれで良いんだ。俺は自分に言い聞かせた。『基本の動き』を使った方がこちらが有利になることは知ってる。でも、今は使わなくてもいい。彼の隙、弱点を探し出すのだ。『緩慢』の基本だ。まだまだ観察する必要がある。一つでもいい、どこかにあるウィークポイントを……
「!」
やがて、俺はあることに気が付いた。彼の左半分……特にポケットがある上の方。あそこだけ守りが浅いのだ。決して無防備という訳ではないのだが、あそこなら隙を縫って攻撃できそうな気がする。放ったら無防備になるような捨て身の攻撃なら、何とか攻撃できるだろう。このままじゃあ俺は負けるだろうし、試すだけの価値はあるかもしれない。当たったらラッキーって訳だ。
(やってみるか!)
『えっ、えっ、えっ、何を?』
俺は早速行動した。アスペンとの剣戟を中断してバックステップ、大きく距離をとる。
「ハァーッハァ☆ どうしたんだい、リョウ君!」
やはり彼は『激烈』を使って追従してきた。俺の所に着くまで後0,5秒にも満たないだろう。
……もっとも、この0,5秒が大事なのだけれど。
「げき……れつ……! いや……」
俺はアスペンと対峙し、全速力で駆け出した。まずは『激烈』でアスペンの真横を通り過ぎ、アスペンがこちらを振り向こうとした瞬間に『妖艶』と『緩慢』で方向転換、間髪入れずに大きく刀を振った。
「罰斬!」
ポケットの辺りを狙い、突き刺す。アスペンも俺の事を斬ろうとしていたが、間一髪で間に合わなかった。木刀が俺の頭を掠めた。
……やったか。途端に俺は尋常じゃない程の疲れに襲われた。限界を超えた体の動かし方をしたからな、無理も無いか。俺は「ドサッ」と音を立てて倒れ込んだ。
「おお、流石リョウ君だね! 見直しちゃったよ☆」
俺の方に歩いてくるアスペンを、俺は活力を振り絞って見た。
「あり……と……ございます……って……ええ!? アスペンさ……服!」
「え? ……ああ、これのこ……!」
アスペンは自分の服を見て絶句していた。そりゃあそうだろう、自分自身の胸から大量の血が出ているのだから。服は大きく裂け、血が垂れ流しになっている。
……あれ、冷静に考えて真剣での攻撃とか命中したらアスペンが大怪我するじゃん。てか実際に大怪我しちゃったじゃん。
今更ながら、俺は自分の行動を懺悔した。
「ハァーッハァ☆ 大丈夫だよ☆」
だがしかし彼は、いつもより嬉しそうな声で俺に話しかけてきた。この期に及んで何故か、嬉しそうに笑っている。
「……手当は……? 大……丈夫……なんですか?」
が、話し方なんて気にしてられない。俺がアスペンに斬り傷を付けてしまったのだ。これはちょっと不味いかもしれない。
「ハァーッハァ☆ これ位の傷、僕の治癒魔法にかかれば楽勝サ☆ 刀使いでも回復魔法は使えるんだから!」
言下に彼は、自分の胸に手を当てて目を閉じた。一、二、三……約十秒後に彼は目を開け、胸から手を離した。見ると、血が流れる勢いが少しばかりマシになった……ように見える。
「にしても、リョウ君がちゃんと隙を見分けられるなんてね!」
「え……あぁ、ありがとう……ございま……す……」
「これまで訓練してきた子達は、みんな当てられなかったからネ☆ 嬉しいよ……うん……」
話していくうちに、彼の声が段々と小さく、暗くなっていった。何かを懐古するかのような遠い目をして自分のポケットを見つめている。どうも元気なさそうに見えたので、俺は水を飲みたいのを我慢して聞いてみた。
「どう……したんですか?」
彼は俺の方を向き、はにかんだ。それから頭を掻きむしり、俺に訊いた。
「……いや、特に何も……無いよ、うん。ところでさァリョウ君☆ 君が優秀すぎるせいでッ、ちょっと時間が余っちゃってるんだ。だからさ、この美しい僕が話し相手になってあげるヨ。君のためにネ☆」
「……ありがと……ございます……」
俺は快く承諾した。この程度の切り傷じゃ死なないだろうし、回復兵はまた後ででいい。ただ……
「……水飲ん……でからでい……いですか?」
「勿論☆」
≪技紹介≫
ーアスペンー
①ファイアフラワー(火属性)
②百爛(火属性)
③罰斬(物理属性)
④伐残骸(物理属性)……鈍器で腹部を数発殴る技。ダメージはほぼゼロだが、痛みがとても激しい。誰でも簡単に習得できる技なので、拷問に用いられることもしばしば。ちなみにこの技を刀で行うと、通常の突き技と同じくらいの威力が出る。
余談・某国について
某国は圧倒的な戦力を保持している国の事である。諜報活動用の兵士たちが特に有能で、いつ、どこで、何を盗聴されているか分からない。それ故に他国の人々はなるべく「某国」について話すのを避けている。