リュミエール編 二十一話 夜中
≪リョウ視点≫
時間が経つも忘れて俺は、訓練に没頭した。新しく体得した「緩激(体得した合わせ技)も交えながら先輩に木刀を当てる。連続して合わせ技を使いすぎると肉体的疲労が溜まるので、その場その場に合わせた攻撃法を使い分ける。
「ハァーッハァ☆ 聞こえてる? こで午後の訓練は終了サ☆ 入浴の時間D☆A」
時計の針は六時半を指していた。アスペンが声を張り上げている。俺は歓喜の声を上げて、先輩にお礼を言った。
「ありがとうございました!」
「こちらこそありがとうッ! また訓練できる事を祈るゾッ!」
彼は笑って、こちらに手を振ってくれた。疲れているのだろう、それだけ言うと彼は外へ出て行った向かった。中庭にいた人々も、続々と抜けていく。
『本当に行動が素早い人だね~』
(回復兵の所に行くのは遅かったがな……っていうかあの人、結局行ってないじゃん)
そんな中、俺は一人だけ出口に向かわず、カルマの方へ向かった。彼の方も俺を探していたので、薄暗い状況でも合流することは容易だった。
「リョウ、お疲れー。お風呂行こうっ」
汗だくの顔で俺の手を引く。されるがままに、俺は引っ張られた。
「お疲れさん。今日は何の動きを習得したんだ?」
俺は歩きながら彼に尋ねた。風呂場は二階にあるし、食事まであと一時間あるしで俺達の足取りは酷くゆっくりとしていた。
「うーん、『緩慢』と『妖艶』に続いて『激烈』の動きを習得してる途中。『激烈』の動きってすっごく難しいよね……って、リョウは『激烈』習得してたっけ?」
俺は「こくん」と大きく頷いた。『妖艶』は聞いたことないけど、それ以外は知ってる動きだ。
「今言った中だと、『妖艶』以外は習得済。ってかお前もう三つ目の動きを習ってるのか! 俺はまだ『緩慢』と『激烈』しか習得してないぞ」
その『激烈』も、正直使いこなせていない気がするが。
「でも『激烈』を習得してるのはすごいよ! 僕なんてコツすらつかめてないし……」
「それが普通だ。あの動きは体力と筋肉を使うから、体得するのに時間がかかるんだよな」
とか言ってるうちに、俺達は大浴場についていた。ギルドメンバー全員が入れるような大浴場を少ないスペースで建築するのは難しいようで、二階にある施設は大浴場のみと言っても過言ではない。
(でも、いくら何でも広すぎだよな)
『それは僕も思った』
故に、ギルドの浴場はべらぼうに大きいのだ。設計ミスとしか思えない。例えるなら二十五メートルプールと同じくらいだ。脱衣室は丁度その二分の一といった所だろうか。俺達はとっとと服を脱ぎ、浴場へと入って行った。
「うー、広いけど人が多いよ……」
「広さに比例するほど人が多い訳でもないんだし、諦めろよ」
俺はカルマの肩をポンポンと叩いた。この浴場はギルドが全盛期だったころに造られたものだ。故に人が減った今、人口密度はそこまで高くない。だが、彼は周りに人がいる事自体が嫌なようだった。
「慣れないよねぇ」
「そうだな」
俺は大浴槽の近くに座って体を洗い始めた。石鹸は各自一つずつ持っており、二週間に一度支給されるらしい。香りはラベンダーで、他の香りは無かった。
「くぅ……やっぱりお風呂っていいよね」
「気持ちよさそうで何よりだ」
ざっくりと体を洗い、俺達は風呂に入った。
「ふぅ。やっぱ風呂って落ち着くよな」
「そうだねー。もっと人が少なかったらなお良いんだけど」
「ハァーッハァ☆ 何の話をしているんだい?」
俺達が駄弁り始めたまさにその時、腰にタオルを巻いたアスペンがこちらに寄ってきた。
「あ、アスペンさん! どうしたんですか?」
「? 普通に入浴だY☆O。ただ、暇だから来てみただけさ」
「暇だから」という理由で、彼はいつも俺達の所に来ていた。その都度どうでもいい無駄話をする。「彼女できた?」とか、「美しくあれ」とか。彼は男であるにも関わらず、恋愛話等々に興味を持っていた。まあ、面白い人だから大歓迎なのだけれど。
「じゃあこっちに入って良いですよ」
俺はアスペンを手招きし、入るよう促した。満面の笑みを浮かべ、彼は風呂に浸かった。彼は身長が高いので、上半身が殆どお湯に浸かっていなかった。
……そもそもこの風呂の水深が浅いし、大抵の大人は浸かり切れないだろうけど。
「リョウ君! 君、独学で「合わせ技」を習得したらしいじゃないか☆」
開口一番の大声に、俺はおろか周囲の人々までが飛び上がった。心臓が飛び出るかと思ったのは俺だけではないはず。横にいるカルマは、血の気のない顔でアスペンの事を睨んでいた。
今日の彼は、やけにハイテンションだった。
「ああ、はい。『緩激』を習得しました。……アスペンさん、もっと静かに」
「ハァーッハァ☆ それってとってもすごい事だよ☆」
今度こそ、風呂場中の人という人全員がこちらを向いた。好奇心の目で見つめるだけの者から、直感的に抜刀した者までいる。なんで風呂場で抜刀する事態に陥ってんの。
「合わせ技……?」
そこでカルマが俺にひそひそ声で訊いた。言い忘れていたことに気づいて、俺は謝罪してから説明した。
「『激烈+緩慢=緩激』みたいな感じで、二つの動きを組み合わせて新たな動きを作る事だ」
「へぇ……」
彼は感心したように俺の頭を撫で、「すごいねー」と褒めた。これも一応習得した物の内の一つなんだし、さっき報告しておけばよかったかなー……と若干後悔する。
「ハァーッハァ☆ この僕でさえも、独学で習得した人は一人しか見たことが無い☆ それを簡単にやってのけるなんてとんでもない才能だね」
俺は声に出して「え!?」と叫んでいた。多分、アスペンよりも大きな声だっただろう。が、人々はもう慣れたようで、こちらを向く者は誰一人としていなかった。
「リョウ、静かにね」
「分かってますよ……じゃあアスペンさん、その『一人』って誰なんですか」
俺は興味本位で聞いてみた。習得自体はそこまで難しくなかったので、正直『一人』と聞いた時は『嘘だろ?』と思った。俺でさえも出来たんだから、他の人も出来て然るべきものだろうと。
もしかしたら、「習得する」事より「発送する」事と「実際にやろうと思う」ことが難しいのかもしれない。
「彼は、僕が最も尊敬している人だァーッハァ☆ 彼は僕のお師匠様でもあり、大親友でもあるんだ。あ、グレイの事じゃないよ?」
アスペンはまるで自分の事を語るかのように楽しそうだった。彼に尊敬している人がいるという事自体が驚きだったが、あえて口には出さないで置いた。すごい失礼な気がする。
「アスペンさんにも尊敬する人物がいるんですねー」
『その「失礼な事」をカルマがやってるけど?』
(ノーコメントで)
俺と違ってカルマは、思ったことをそのまま口に出していた。多分「自分がやられて傷つかない」と本気で思っているからこそ配慮しなかったのだろう。
「その人は今、どこで何をやっているんですか?」
「……行方不明さ」
アスペンは出会った時から今までずっと、チャラチャラした口調で笑顔だった。がしかし、この瞬間だけその笑顔と口調が暗くなった。まるで、昔の事を思い返して絶望しているような。
俺はそんな彼を前にして、何と声をかけていいのか迷った。横のカルマは、困惑したような眼差しでアスペンの事を見つめていた。尊敬している人が「行方不明」になったら。俺は不安で胸が潰れそうになるだろう。必死で捜索するはずだ。そんな人に対してかける言葉は……
やがて俺は、一言呟いた。
「じゃあ、その人の特徴を教えて下さい! 捜索します」
数ある発言の中で、これがベストだっただろう。「本当に大切な人」が失踪した時は、猫の手を借りてでも相手の安否を確かめたくなるだろう。少なくとも俺はそうだ。ラメラ……いや、カルマやアスペンでもいい。彼らが失踪したら、まず間違いなく捜索する。
「えっ……良いのかい?」
「勿論です!」
カルマは手を挙げ、俺より先に言った。その勢いでお湯が撥ね、俺の顔にかかる。
「勿論です!」
一拍おくれて、俺も賛同した。アスペンはいつもと違う感じに微笑んだ。
「ありがとう……。じゃあお言葉に甘えるとするかナ☆」
彼はいつものお調子者に戻って言った。
「穏やかな口調の刀使いで、高身長。ポケットに薔薇を挟んでる。そして、髪と眼の色は黒さ☆ ハァーッハァ☆ 無理して探さなくてもいいからネ」
俺は何とかインプットしようと、頭をガンガン叩いた。この情報は多分、後々重要になってくる。もしその人と俺が出会えなかったとしても、少しでも役に立てるよう努力したい。
「リョ、リョウ……僕が覚えておくから良いよ」
「ハァーッハァ☆ 頭の片隅に入れておくだけで結構だからねっ。そこまで積極的に探さなくていいよ☆」
彼は立ち上がり、スタスタと浴場から出て行った。
「……なんか、アスペンさんもアスペンさんで大変なんだな」
「そうだねー。っていうか、もうこんな時間かぁ。早く出ないと、清掃ギルド(天界の太陽は様々なギルドと契約しており、清掃や洗濯などは彼らが行っている)の人たちから怒られちゃうよ」
それから、俺は一人で夕食をとった。朝昼晩、全食事をカルマや先輩と共にすることも出来るのだが、たまには一人で食いたくもなる。俺は夕食を自分の部屋に持ち込んで食していた。
今日の夕食はコロッケとポテトサラダで、これらに使われているジャガイモはリュミエール産の物に限定されているらしい。どうでもいいけど、産地直送って響きがカッコいいよね。
『……そこまで良い響きかなぁ? ミディとかデゼルトとかの、外国産の食べ物もおいしいよ』
(「食料自給率が上昇してていいなぁ」っていう意味な!)
食う物食って、俺はすぐにベッドに向かった。ギルドでは就寝が異様に早く、遅くても九時には全員就寝となる。朝のハードスケジュールと並行して考えれば就寝時間の理由もなんとなくわかるが、いくら何でも早すぎる気がする。
(いちいち文句言う程でもないから無視してるけどな)
『ねぇリョウ、就寝まであと三十分以上あるよ! しりとりしよう!』
(いいぞ)
俺は誘われるがままにしりとりを始めた。ギルドに来てからずっと、夜はしりとりをしている。———に実体があればもっと面白い遊びが出来るのだが、『どうやっても出来ない』との事だった。
(インテリア……アナログ計算機……)
『き? じゃあ騎士』
(騎士→師匠。関係ないけど、師匠がいるってかっこいいよな)
『師匠→うなぎ』
(……ったく、無視かよ。うなぎ→ギルド)
余談・アスペンの師匠について
アスペンの師匠は彼の比ではないほど強く、美しい。がしかし生存確認できていないため、アスペンは彼以上の実力者が現れたのではないかと不安に思っている。ナルシスト臭がするアスペンだが、師匠には敵わないと自分で認めている。