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二刀を巡る黙示録  作者: はむはむ
第一章 幼少期編
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第三話 嗚咽

Re:Make

≪主人公視点≫

(異世界転生……)


 俺の頭の中で、その言葉がループした。喉の奥の方で舌打ちする。


(異世界転生ならもっとこう、安全な場所に飛ばしてくれよな……)


 ロクに意思疎通も出来ねぇ。武器もロクなもんじゃねぇ。チートスキルもねぇ。この状況下で盗賊と戦えとか……


 最近の異世界転生も、腐敗してきたなぁ!


 しかし、グズグズ言っている暇はない。大男の斬撃が、俺のすぐ近くを掠めた。ヒヤリとした感触が、全身を(ツタ)う。ミスったら文字通りの『死』が待っているのだ。負けるわけにはいかない。


 俺は、覚悟を決めた。踵を返して遁走(トンソウ)する。また、声が聞こえた。


『頑張ってね、()()()!』

(リョウって誰だよ!)


 俺は———(自称≪案内人≫の声の事だ)に伝わるよう、心で念じた。———に対しては心で念じたほうが伝わりやすいと踏んだのではなく、単に声を口に出す余裕が無かっただけである。


『君の事だよ!』

(勝手に名前決めんじゃねぇ!)

 

 俺は言い争いながらも、何とか大男の攻撃を躱しながら逃げていた。縦の斬撃、横の斬撃、回し蹴り……豊富な手段で、大男は俺を殺そうとしている。体が小振りなのが幸いしたのか、多少の掠り傷程度で済まされていた。


 だが、それも時間の問題だう。いつ首が落ちるか知れたものではない。


(クッソ、どうすりゃいいんだ……)


 俺は一人、うまく考えのまとまらない頭で考えた。第一に、このまま逃げていても何も変わらない。かといって単純な力比べで挑もうものなら、飛んで火にいる夏の虫だろう。


 攻撃防御共に、俺に勝ち目は無いように思えた。つまりこの勝負に勝つには、相手の隙を見計らって叩かなければならないという事。知恵も、力もない俺にとってそれは無理難題のように思えた。


『僕が、『イイコト』教えてあげようか』


 ———が、くすくすと笑った。俺は藁にも縋りたい気持ちだったので、彼に訊き返す。直後に刀が、俺の腕を掠った。大男も苛立ってきているようで、振り下ろされるスピードが過去の比ではなくなっている。


(その『イイコト』とやらを教えてくれ!)

『武器にはそれぞれ、能力があるんだ。自分自身のスピードを強化したり、炎を操ったり……()()()の能力は、何かな?』


 彼は、今度はけらけらと笑った。リョウという名前には違和感を覚えたが、不思議な事に『能力』という単語には何かも感じなかった。異世界転生なら能力の一つや二つ、あって当然だろう。あるいはもう俺の脳ミソが考えることを放棄してしまったのか。どちらもあり得る話だった。


(『能力』ってどうやって使うんだよ……)


 俺は愚痴りながら、取り敢えず短刀を持っている右手に力を込めてみた。一秒、二秒、三秒……待ってみるが、特に何かが起こるという訳でもない。短刀を握る手が、痺れてじんわり温かかった。それでも、何も起こらない。


(クッソ、やっぱ何も起きねぇじゃねぇか……おっ!?)


 諦めかけていたその時、俺の短刀が突如として大太刀(オオタチ)のような形状へと変化した。先程のナイフ(短刀)の数十倍はありそうな、立派な大太刀である。


 ……なんだ、これ。


 俺は思わず立ち止まり、その太刀に魅入った。俺の体の二倍はある刀身だというのに、不思議と重さを感じない。さっきまで握っていた短刀と、おおよそ同じ重さに思えた。後ろから迫ってきていた大男も、突然の武器の肥大化に驚いて尻もちをつく。襲われていた女性も、こちらを凝視している。


 その視線の先にあるのは、龍の彫刻があしらわれた美しい太刀だった。


『リョウの能力は【鉄生成(スチールクリエイト)】。鉄を自由自在に操って、色んな物を作り出す能力さ……。それで今、リョウは能力を駆使して太刀を生成したってわけ』


 俺は———の説明もロクに聞かずに呆けていた。がやがて、これを使えば大男の事も倒せるのではないかと考える。リーチで(マサ)っているのだから、力比べの勝負に持ち込まれる心配はない。かといって頭脳戦という訳でもない。つまりこれは、俺に唯一勝ち目のある戦いと言えるだろう。


 俺は力任せに大太刀を大男に向かって振り下ろした。鋭利な風切り音と、一拍の空白。その空白ののち、甲高い「キィン」という音が聞こえた。視界の隅で俺は、大男が俺の斬撃を受け止めているのを確認した。


「へぇーっへぇ! 中々おもしれえ奴だぜ、全くよぅ。だがまぁ、この俺様には敵わねぇってワケだ! 聞かねぇぞ、こんな貧弱な攻撃!」


 ……なんでこの男は、赤ん坊と張り合っているのだろうか。


 俺がそんなどうでもいい疑問を考え付くよりも先に、男が俺の大太刀を掴んで引き寄せてきた。とんでもなく強い力に押されて、俺は思わず一歩よろけてしまう。その先にあるのは、男の刀身だった。男は「しめた」とでも言いたげに笑っていた。ぐんぐん迫ってくる刀身。それに対して俺は、この絶望を噛み締めて目を瞑った。


 ……死……


 その冷たさは、全てを平等に覆いつくす。「呆気なかったな」などと思う暇さえなかった。覚悟も、まだ出来ていない。


「がぁっ!」


 という大男の呻き声と共に、金属音が鳴り響いた。俺は恐る恐る目を開ける。するとそこには、右手を左手で押さえている大男が一人、倒れ込んでいた。


(……はぁ?)


 俺はもう、理解が追い付いていなかった。俺が目を瞑った刹那、何が起きたというのだろうか。少なくとも俺は何もしていない……つもり、である。俺は戸惑って左右を見渡した。少しい遠いところに、例の襲われていた女性が立っていた。ぼぅっと、俺の方を見つめている。多分、彼女の仕業ではないのだろう。じゃぁ、誰が……


『リョウ自身が、やったんでしょ』


 ———が、さも当たり前のように言った。


『リョウのおでこ、触ってみて?』


 俺はそう言われて、自分の額に手を当てた。まるで鉄に触れたような、冷たい感覚が手に走る。いや、「ような」という表現は間違いだ。


 というのも俺の額が、実際に『鉄』になっているのだ。これで俺は攻撃を防御したという事なのだろうか。俺が触れると額は、通常の皮膚に戻った。


(……でも、何かしたつもりはないぞ?)


 俺は———に言う。彼は言った。


『【鉄生成(スチールクリエイト)・硬化】。初歩的な防御法だよ』


 ……なんかよく分からないけど、とにかく俺は能力を発動したという事らしかった。理解できていないもどかしさから居心地の悪くなった俺は、つるっぱげの(赤ん坊に髪の毛は無い)頭を掻き、例の女の方に駆け寄ろうとした。その時だった。


『危ない!』


 倒れ込んでいた男が、俺に襲い掛かって来たのは。


「もらったぁぁぁぁぁぁぁ!」


 俺はもう一度額を鉄で覆った。大丈夫、相手は上から刀を振り下ろそうとしている。これなら防御できるはずだ……


 だが、相手も馬鹿ではない。男は軌道を変化させ、俺の肩の辺りに振り下ろした。振り下ろされる直前に俺は危険を察知し、さっきと同じように鉄を生成しようとするが何故かうまくいかない。


(クッソ、どうしてだよ……)


 男の剣先は、ぐんぐん迫ってきていた。それを前に俺は、なす術もなく立ち尽くす。これは、デジャブだ。さっき死ななかった分、ここで俺は死ぬ。それが真実なのだ。


「ヒュンッ」


 風切り音とはまた違った音が、この荒れ地に響き渡った。一拍おくれて、男が大量の血を吹き出して倒れ込む。俺は呆然としたまま、その男を見つめていた。それから十秒後、俺はやっと我に返って目を手で覆う。俺の目には間違いなく、鮮血が焼き付いていた。首と体を切断された男の姿が、目を瞑ってもなお克明に思い出される。


 何が起きた、今!?


 俺は男から目を背けて手をどかし、ガクガクと震えながらあたりを見渡した。今、一人の人が死んだ。赤薔薇のような鮮血を散らして死んだのだ。その事実を、俺はとてもとても受け止められていない。


 俺はもう一度、男『だったもの』の方を向いた。途端に襲い掛かる恐怖と、何故見てしまったのだろうという後悔。血の匂いに吐きそうになる。吐き気の中、俺はその隣に一人の女性が返り血を浴びて立っているのを見つめた。


(アンタは……)

「ふー……全く、ヒヤヒヤさせるんじゃないわよ! 心配しちゃったじゃない!」


 彼女はこちらを向いて、怒鳴り散らかしていた。俺は彼女に、見覚えがあった。それも当然であろう。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。


「……あら、お坊ちゃん。()()()()()()()()()()()()()()? 嬉しいわ♪」


 血塗れの女性は、豪快に笑った。その姿は間違いなく、男に襲われていた女性の物だった。彼女が男を倒したという事なのだろうか。返り血からするに、そう考えるのが妥当であるように思えた。


「うーん、何かしらねぇ、この子。髪さえ生えていない、知性の欠片もなさそうな赤ん坊なのに……私の為に、戦ってくれた……」


 彼女はブツブツ呟きながら、悩み始めてしまった。そんな彼女の横、俺は吐きそうなのを必死で我慢する。血生臭いにおいは、嫌いだ。腐った果実を食うよりずっと、気分が悪い。少なくとも彼女は、一人の人間を殺したのだ。正当防衛だとしても、気持ち悪いとしか言えない。


 そんな俺に向かって、———が冗談のように言った。


『こんなに強いなら、初めから殺しててくれれば良かったのにね~』

(うるさい)


 俺は笑えなかった。とうとう耐え切れなくなって、地面に這いつくばって吐いてしまう。特にこれと言って何か食べたわけでもないのに、吐瀉物(トシャブツ)は留まるところを知らなかった。後から後から、液体のような『ソレ』が出てくる。


「あらっ!? だだだ、大丈夫かしら!? 気分が悪くなったの? それともお腹が減ったの?」


 彼女は血の付いた手で俺を触った。ヌメヌメした感触に、思わず俺は手を振り払ってしまいそうになる。が、必死にこらえて彼女に抱かれた。


「ほーら、いい子ね~。ちゃんとしてて、とっても偉いわ♪」


 彼女は俺に、「高い高い」をした。視界の隅に、他界した男の死骸が移り込む。俺は目さえ覆わず、赤ん坊らしく泣いた。大声で、でも静かに。泣き声に、嗚咽が混じった。


 彼女は最後まで、俺が何に泣いているのか気づいていない様子だった。俺自身、何故泣いていたのか上手く説明できない。命が助かったという安堵か? 赤子の本能としてなのか?


 ……それとも、初めて『人が死ぬところ』を見てしまったからなのか?

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