リュミエール編 第二十話 午後
≪リョウ視点≫
午後からのギルドでの生活は、比較的楽だ。
食堂に移動して一番遠くの席にすわった(他に空いてなかった)俺は、サンドイッチを頬張りながらそんなことを思っていた。午前中は「五時に起きる→素振り数千回→数分で食事→昼食までブッ続けて訓練」っていうわけの分からないハードスケジュールだったが、それが午後からは一変して楽になる。
いい例が昼食だ。何と時間が四十分間も取られているのだ。
「ねえリョウ、『緩慢』の動きは身に着いた?」
「ああ、時間ギリギリで間に合った」
「コイツは中々筋が良かった! そこの兄ちゃんも、かなり良かったがな!」
「カルマもリョウも優秀だからなぁ」
「ありがとうございます」
「お、こいつらリョウとカルマっていうのか!?」
とまあこんな感じで、適当な会話をしながら食事することも可能だ。食事するグループは基本「仲のいい人+今日の師弟」となっている。話題に上がるのは訓練関連から他愛のない会話まで、まちまちだ。食堂は人でごった返すので、時々相席になることもある。ちなみに今は俺とカルマ、そしてカルマと俺の先輩二人の計四人で食事をとっていた。
「ねぇリョウ! リョウって、能力開花してるんだっけ?」
カルマが俺に言った。彼自身が能力開花していないので、俺が覚醒しているかどうか知りたいのだろう。
「してるけど?」
そういえば実践の日から今日まで、この話題について触れていなかったな。もっと早くに言っておいた方が、彼にとってはありがたかったのかもしれない。そう思うと心に罪悪感が芽生えた。
「えっ……」
『あちゃー、言っちゃった』
予想通り、彼は絶句してしまった。やっぱり、言っておくべきだったか。彼の数少ないコンプレックスのうちの一つなのだから、言わないのは罪だったか……
俺は「早く言っておかなくてごめん」と謝った。
「……え? なんでリョウが謝ってるの? 僕はただ「すごいなぁー」って思って呆けてただけなんだけど……」
『うわぁ、カルマって他人に嫉妬しないんだー。偉いね』
彼は「ニッ」と笑ってこちらを向いた。一点の曇りもない誠実な眼差しが、俺に当てられる。
「ちょちょちょ、ええ? でもカルマはまだ、能力開花してないだろ? 傷ついたんじゃないのか?」
「いいや、全然だよ? 僕は全く傷ついてない。遅かれ早かれ、能力開花はするんだし」
彼は猫みたいに欠伸して、俺の頭を撫でた。もう慣れたけど、ホント俺はしょっちゅう撫でられている。
「お、何だ? カルマとやらはまだ開花してねえのか。じゃあ代わりにリョウ、ちょっとお前の能力を見せてくれ!」
「うんうん、私も興味あるよ」
俺達の訓練を担当していた先輩達までもが、興味津々と言った様子で俺の事を期待の眼差しで見ていた。
「あー、やっぱり先輩も気になっちゃいますよね。ほらリョウ、能力見せてよ」
「えー……でも食事中だし……」
俺は迷っていた。まだエッグ入りサンドイッチ食べきっていないので、その状態で能力を使うのは食事マナー的にどうなのかと思う。
(どうするよ? こういう場合はやってもいいと思うか?)
俺はいつも通り、———に訊いた。
『いや良いでしょ。危険能力とかでもないし。ねぇねぇ、しりとりしよ……』
(……そうだよな)
『むー』
俺は手に持っていたサンドイッチを一口で呑み込み、俺を取り囲んでいる人々を見返した。
「わかりました、じゃあ今からやりますね……っと」
鋭利な刃物とか生成したら危ないと思った俺は、手の甲を硬化した。銀色に光る手は、俺達の顔を反射する。これだけだとわかりずらいかも……と思ったので一応小っちゃいコピスも生成する。
「おお……」
「かっこいいな!」
「いいねぇ」
感嘆の声が漏れた。これだけでも十分説明になっているが、念のため簡単な補足を入れる。
「はい、これが俺の能力です。体の硬化と、鉄でできた物質の生成が出来ます」
俺が説明しきったと同時に、カルマが接近して俺の手を触った。硬化した部分を「コツン」と叩く。そこそこ強く叩いたらしく、カルマは自分の手を抑えて呟いた。
「硬い……本当に鉄なんだね。すごい能力だよ! 戦いとかでも臨機応変に生かせそう!」
「ああ。俺もかなりお気に入りだ」
彼はその後も俺の手と生成したコピスを触りまくった。時々触る個所を間違えて、指から血を流しているのが確認できた。
「おお、カルマとかいう奴は嫉妬しないで素直に相手を認められるのか! すげぇ奴だな」
「うんうん、微笑ましいよ。そろそろ時間になりそうだし、早く食べきらないと……」
……って感じで、楽しい食事の時間はあっという間に過ぎていき、やがて時間になった。
「ハァーッハァ☆ 昼食は終了サ☆ さっきの場所に戻って実戦練習だよ!」
残しておいたサンドイッチ(カレー風味)をポケットに入れ、俺は中庭へと走り出した。ここから先はさっき習得した動きの「実戦」練習となる。
「おう、やるぞ! ルールは分かってんな!」
ルールは単純明快、先輩から指定された動きで先輩に打撃を与えるのだ。「緩慢」と指示されたら「緩慢」の動きで、「激烈」(一点集中系の動き。習得に丸々五日もかかった)を指示されたら「激烈」の動きで打撃を与える。現在俺が使える動きはこの二つしかないので、かなり楽だった。
「はい!」
「緩慢!」
まずは「緩慢」。ここでちゃんと動けなかったら動けるまで別の訓練をすることになる。事実俺も、「激烈」の時は何度も再訓練した。
ゆっくりとした動きで敵に切りかかる。木刀の高さはは胸の辺りで、相手の一挙一動に集中した。反撃されたらそれと同じ軌道で後ろへ下がり、怯んだところに見事、強烈な一撃を叩きこんだ。
「おっし、十分っぽいな。じゃあこっから先は俺も攻撃避けるから。激烈!」
俺は言われた通り、「激烈」の動きをした。「激烈」は力や重心を一点に集中させる体勢の事を指す。攻撃に使う際の威力とスピードはズバ抜けているが、動きが直進的な突きになるために避けられやすい。あと、体力消耗が多くて連続使用は不可能だ。
俺の突き技はいとも簡単に避けられた。ついでとでも言うように、伸ばしきった腕にチョップを食らわせられる。
「痛っ!」
「悪かったな、謝ろう! さあ、もう一回「激烈」だッ!」
俺はまた、激烈の構えをした。軌道を変えることは不可能だから、足に負荷をかけて少しでもスピードを上げようとする。
しかし、放たれた一撃は虚しくも空を切った。
「もっとだ! もっとスピードを上げろ! 君の強さは素早さなんだから、もっとそれを生かせ!」
相変わらず俺は、「激烈」の動きが苦手だった。どう頑張っても相手に攻撃が当たらない。「雷」のイメージでやると良いのは知っているのだが、それでも当たらない。動きは当たっているし、スピードもかなり様になっていると思う。でも、何故か避けられてしまう。
……一体、何故なのだろう。
俺は取り敢えず、手を動かした。先輩の体を貪欲に狙う。軌道の事は考えずに、スピードを上げる事だけに尽力した。
「足りない! そんなんじゃ当たらないぞ!」
しまいに彼は、両手を広げて俺の攻撃を受け入れる大勢になっていた。油断しているように見えるが、何故か俺の攻撃は当たらない。当たったと思っても、それは残像で実際は避けられている。
足が、今にも悲鳴を上げそうだった。俺はこんなにも疲弊しているのに、先輩は何食わぬ顔で俺を見つめている。俺の疲弊は段々と、苛立ちに変わって行った。
(クッソ……なんで当たらねぇんだ! スピードだけなら過去最高のところまできてんのに……)
公言するのは流石にあれなので、俺はその思いを心中に留めた。
(まだ足りないのか!? スピードをもっと上げろって事か!?)
『リョウ……それは違うと思うよ。事実彼は、このスピードについてこられていないんだから』
(じゃあなんで避けられてんだよ!? 見切ってるとしか思え……あ)
そこで俺は、見切らずとも相手の攻撃を完封する手段があることを思い出した。「緩慢」の基本、「観察」だ。相手の攻撃手段の一切を掌握し、先の行動を予測して避ける。
俺は今、「緩慢」の強さを思い知った。
(でも、分かったところでだよな。激烈はワンパターンだから、動きを変えようにも変えられない)
『うーん、どうするのが正解なんだろうね?』
———は突如として黙り込んでしまった。なんか正解を知っているような口調だったが、それに構っていられるほどの体力が残っていない。
俺にでも出来ると思ったから先輩は俺にやらせているのだろう。ただ、このままだとお手上げ状態も良いところだ。いったいどうすれば……
「うおおおおおッ! 当たれ、当たれ、当たれ! 一発でいい!」
……といったように、俺はダメ元の攻撃を繰り返した。息が切れて、意識が朦朧とする。それでも尚、俺は一度も彼に攻撃を当てられなかった。
「……ハァ、ハァ……喉が渇いたんで、水飲んでも良いですか?」
「駄目だッ! 俺に一撃くわえられるようになるまでは駄目だ!」
俺はため息をつき、また斬りかかって行った。ああ、水が飲みたい。今なら滝のように飲めるぞ……
……あれ、滝?
俺はそこで、あることに気づいた。滝って、力強さはそのままでも滑らかだよな。どんな形になっても威力を失っていないし。
(……ん、要は攻撃を読まれないようにすればいいんだろ? だったら「緩慢」と「激烈」を合わせて……)
『あー、合わせ技か……まあ出来ないこともないけど、それなりに難しいはずだよ?』
……やっぱり。
この分だと「激烈」単体では攻撃を当てられない。激烈は動きが直線的でブレーキが利かないから、どう足掻いても不可能だろう。だから先輩は、「複数」活用して攻撃を当てて欲しいんだ。
「それならそうと言ってくださいよね……」
俺はまず、「緩慢」のフェイントで切りかかった。先輩が一瞬「おっ」という表情をして笑う。彼は俺の誘いに乗って、攻撃を途中で弾いた。無論「緩慢」なので俺の攻撃は弾かれていない。
……そして俺は、動きを「緩慢」から「激烈」に変化させた。「緩慢」を攻撃手段ではなくあくまで「攻撃のチャンスを作るもの」として活用し、「激烈」で確実にダメージを与えに行く。刀を振りかぶった体勢では、いくら先輩と言えども躱せない。
「バキッ」
俺の攻撃は見事、先輩の腹に命中した。威力が乗り切った会心の一撃だったので、木刀が折れてしまった。多分折れたのは俺の木刀だけじゃなくて先輩のあばら骨もだと思う。
「おおおおおおッ! すげぇなお前‼ リョウって言ったか? この「合わせ技」は誰にも習ってないんだよな?」
がしかし、彼は疲れなど微塵も見せなかった。元気溌剌、超ハイテンションで話しかける。
「ええ……まあ……はい」
俺はその気迫に押されておずおずと答えた。なんか怖い。だって骨折れてるんだよ? それでこれって……
怖ッ!
「あの……骨とか折れてないですか? すごい音しましたけど……」
「問題以外の何者でも無いぞ!」
いや駄目じゃん! 俺は思わずツッコんだ。なんだよ「問題以外の何者でもない」って。アウトじゃん。普通に病院案件じゃん。早く回復兵のトコ言って来いよ!
「えっ……それって大ごとじゃ……」
「それより今はお前の成果の方が重要だ!」
あ、駄目だコレ。この人はもう手遅れだ。頭が完璧にイってる。俺は見ていて悲しくなってきた。
「今みたいに複数の動き方を合わせると一つの「技」を作り出せるんだ! これを「合わせ技」という! 今のは一般的な「緩激」という技だッ! すごいぞ! 緩慢習得から一日もしないうちに「合わせ技」を独学で習得してしまうなんてッ!」
俺はぼやーッと聞き流した。何言ってるのか頭に入ってこなかった。
「どうしたの、リョウ!」
先輩の大声を聞きつけたカルマが、こちらに寄ってきた。とても心配そうな声音で、今にも俺に抱き着いてきそうな勢いがあった。
「いや、何でもない!」
抱き着かれる前に、先手を打っておいた。安心したように彼は俺に背を向け、自分の訓練に戻って行った。
「先輩、俺が「合わせ技」を習得できないと踏んでいたのに、何故先輩はこの訓練をやらせたんですか?」
「『激烈』の精度上昇の為だッ! 君は『激烈』が苦手だと聞いていたからな、この際しっかり上達させてやろうと思ったんだ!」
そういうわけわかんない訓練要らない。『激烈』の動きだって、ちゃんとできるっちゃ出来るんだから。
俺の心中は文句と不満ではち切れんばかりだった。いっそのこと、全部ぶちまけてやりたい。
「ハァ」
でも俺は、何も言わずにため息をつくのだった。
≪基本の動き≫
①緩慢
②激烈……重心を一点集中させた動きの総称。攻撃的な場合は重心を前にして直線的かつ超スピードの一撃を放ち、防御の場合は後ろ側に重心を置いて予測不能な動きをする。イメージは『炎』
≪合わせ技≫
①緩激……緩慢のフェイントに、激烈のスピードを付け加えた技。フェイントでできた隙に超スピードを叩きこむので、回避できる確率はとても低い。威力もそこそこ。