リュミエール編 第十七話 顛末
≪グレイ視点≫
「ハァーッハァ☆ 行ってしまったね、グレイ」
私はカルマが去った時、アスペンとそんな会話をしていた。言われなくてもいい事を、この人は何回も言う。
「職務を全うするのみですから」
「そうだね☆ 準備はいいかい?」
彼は抜刀して敵陣と向き合った。視力が無くても、空気の揺れや音で私は人がどう動いたのかを判断できる。私は彼に続いて抜刀し、敵に突撃した。
本来であれば礼儀作法を重んじて戦いたいところではあるが、こんな場所でそんなルールは意味をなさないのだ。何をやったところで相手は応じてくれないのは目に見えている。だから私は敵の目や頭など、とにかく致命傷になりやすい所だけを狙った。そして事実、何十人もの首を取った。不快な断末魔が耳を抉り、赤い液体が私の頬を濡らす。
……全く持って不快。
「燃え上がれ炎よ! 骨まで燃えつくせ☆」
しかし、アスペンも負けていなかった。私がトドメを差し損ねた敵たちや私の背後に回ろうとした敵たちを全て片付け、さらには「ファイアフラワー」を駆使して敵を燃やしていた。私は色が分からないが、その技が十分美しいということは理解していた。目さえ正常に機能していれば私はきっと、手を止めて炎に魅入っていただろう。いやもしかしたら、炎をもっと派手にするように頼んでいたかもしれない。
が、それらは所詮ない物ねだりだ。
「火をもっと穏やかに」
「いいよ☆」
アスペンは素直に従い、炎を穏やかにした。花火は『熱』だ。熱があまりにも強すぎると触感が正常に機能しなくなる。
「クッソ……舐めやがって! お前ら、やっちまえ!」
ここらで、この盗賊達のリーダと思わえる男が姿を現した。筋肉質で長身なひげを生やした男性が、部下たちに命令している姿が脳裏にありありと映し出される。
「グレイっ」
「了解です」
私は迷わずアスペンを置いていき、リーダのところまで猛ダッシュした。走る途中から槍を大きく振りかぶり、そのまま彼に突き刺す。
彼はすんでの所で避けて、私の方に殺意満々な視線と悪口雑言を投げつけた。
「はは! こいつ、仲間を置いてこっちに来やがった! 本物の馬鹿だぜ」
「全く……」
私がため息をついた……
「愚かですね」
「愚かなのは君の方だよ☆」
……と同時に私の後ろからアスペンが登場し、敵を袈裟斬りにした。彼の周囲を漂っていた花火は斬ったとたんに敵に燃え移り、派手な炎を上げる。その炎に匹敵するほど派手な断末魔が周囲に響いたが、私は頓着せずに周りの敵の心臓を潰した。
「殺せぇぇぇ!」
数秒ののちに敵は逆上、四方八方からこちらに向かってきた。四面楚歌に思えたが、私の隣にはアスペンがいる。こんな奴ら私達の敵ではない。
「百爛☆」
まずアスペンが一喝した。彼は、これまでに類を見ないほど細く、しかも大量の花火を生成し始めた。それらは生成された直後に敵陣に向かって行き、敵を容赦なく燃やし尽くした。これが結構なスピードで、敵はまず避けられない。
「うっ……うわぁぁぁ」
惨めな悲鳴が私の耳に入ってきた。哀しいほど彼らは弱く、なす術なく死んでいく。私は自分に出来る限り最高に穏やかな顔つきで彼らに顔を向けていた。
……が、こらで私たちの攻撃が終わるわけが無い。
「繚佳ッ」
私はアスペンに続いて叫ぶと、自分が出せる最大のスピードで走り出した。「繚佳」は敵とすれ違うたびに首を落とすという対集団用の技だ。単体でも十分すぎる威力を発揮する武器である。それ故、これにアスペンの炎が加わった暁には、私達は文字通り「最強」になれるといっても過言ではない。
すぐに孤立無援の状況は改善され、私は勝利を確信した。
「……アスペン」
会話できるだけの余裕が出来たので、今のうちに聞いておく。無論、攻撃の手は一切休めていない。
「なんだい?」
「貴方の顔に傷は一切ついていません。が、先程の少年らは「傷まみれ」と称していました。この矛盾点の説明を」
実際は怪我をしていたのかもしれないが、少なくとも私の感覚では怪我していないようだった。彼から放たれている「オーラ」が一切乱れていないし、それ以前に私は、彼が怪我をしたらその瞬間に理解できるのだ。
「あーっ、言われてみれば確かに。僕は今日一切の怪我を負っていないね☆ あの子たちは一体何を見……」
そこで、アスペンの声が止んだ。花火を生成する事すら中断し、何やら遠くを眺めている。私はアスペンの周囲に気を配りながら敵たちと対峙した。
「どうしたのです。手を動かしてくださ……」
私が発言しているまさにその時、世にも奇妙な事が起こった。というのも丁度私が斬ろうと思った敵の首がなんの前触れもなく飛んだのだ。無論、私は何もしていない。
と、それを追うようにして一つ、また一つと其処彼処から鮮血が上がった。それら全て、突如として斬られた首から噴き出ていた。
「援軍ですか?」
「わからないっ! 速すぎて見えないんだ☆」
私は全神経を四感……特に触感に集中した。途端に周りの景色が手に取るようにして理解できるようになった。一か所を集中して感じとるうち……私は敵と敵の間を縫って走る『彼』を見つけた。私の鋭敏な感覚をもってしても正確な顔までは分からなかったが、何者なのかは想像が付けられた。
「あれはリョウ……」
信じがたい事に、この異変の原因はリョウだった。常人では認識すらできないような素早い移動と斬りつけは、ギルドの最上位クラスをも上回っているように思えた。というか、実際上回っていた。
「えっ、リョウ君が!? ハァーッハァ、にわかには信じがた……」
しかし、彼の考えは即座に否定されることになる。
「アスペンさん、グレイさん! この建物のどこかに幻を操る「本体」がいるはずです! そいつを倒してくださいっ!」
アスペンの発言に重なる形で、リョウの声が耳に入った。常に高速移動しているせいだろうか、声は四方八方から聞こえた。
「……? 『本体』?」
私はすぐさま聞き返したが、返事が返ってくることは無かった。
「グレイ、とにかく集中サ☆」
「はい」
回し蹴りや袈裟斬り等をいり混ぜて戦ったが、いつまでたっても敵が減っている様子は見られなかった。ここが敵の本拠地だからだろうか、敵は後から後から湧き出た。
……本来の私なら、この時点で異変に気づけただろう。が、この時の私の脳は、まるで靄がかかったのかのようにぼんやりとしていた。
「……本体を見つけてください!」
また、姿が見えないリョウの声が響き渡った。気のせいかもしれないが、声が少しばかり高く、苛立ったようになっている気がした。
「だから……本体ってなんだい?」
アスペンがもっともな質問をする。要点を絞って喋ってほしい。しかし、リョウはまだ若いので、それだけのコミュニケーション能力を彼は持ち合わせていないようだった。
「精神汚染能力者です!」
その時、私は鼓膜が破れたような気がした。特別声が大きかったとか、高かったとかいうわけではない。ただ、その事実そのものが私の鼓膜を直接殴ったようだった。
こんな単純な事実に気づけなかった自分が情けなかった。彼は私より年下のはずなのに、私ですら気づけないことに気づいたらしい。精神汚染能力者とリョウ、そして自分に対する溢れんばかりの怒りを迸らせて私は舌打ちした。
「……理解しました」
「ありがとう、リョウ!」
私は防衛をアスペンに任せて動くのをやめ、五感(うち視覚うちは使えないので四感となる)に集中した。霧が晴れた体は、ほんの微かな香りと感触、さらに音を逃さずにキャッチした。よく感じればわかったはずだ。この部屋にいる敵たちの中に人間のオーラを放っているものは一人しかいない。他の奴らが全員案山子であるという事は、注意すれば分かったはずだ。なのに……
……いや、考えるのは後でよろしい。私の使命は精神汚染能力者を殺す事。奴は、敵陣の中でも一番後ろに立っていた。無駄に装飾が凝られている服を着た、太り気味の中年男性。位置が分かった今、殺すのは造作ない事だ。私は駆け出した。
「快槍乱麻」
一瞬で距離を詰め、力を一点に集中させた槍で心臓を突いた。ここで見た中で最も鮮やかな鮮血が、鯨の潮さながらに吹き出る。私は大量の返り血を浴びた。彼は、自分の身に何が起きたのか理解できないとでも言うように自分の胸を呆然と見つめていた。彼が最期に見たのは、恐らく自分の胸だったろう。
これは殺傷能力だけを極めた、文字通り「必殺」の一撃なのだから、生き延びることはあり得まい。
……最後の最期まで、彼は自分の身に何が起きたのか理解できなかっただろう。途端に周囲にたむろしていた敵と血液が、全て砂になって崩れ落ちた。
「ごめんなさい、ごめんなさ……ってあれ?」
「終了」
「あ? なんだなんだ? もう終わりか? ああ!?」
「……」
「お疲れ様☆」
戦いの顛末なんて、意外と呆気ない物だ。にもかかわらず味方は皆すぐに各々の会話を始めた。恐らく、戦いが終了したのを察したのだろう。
「おいクソグレイ! どーなんだ!?」
中には散々な言い方をする者、
「えーっと、帰ってもいいんですか?」
さっさと終わりにしようとする者までいた。かくいう私は黙ってアスペンに近寄り、ハイタッチをした。
「ハァーッハァ☆」
「後片付けに入ります。あまりいい結果とは言えませんね」
*
≪リョウ視点≫
「はぁーあ」
俺は話の一部始終を聞いて、深々とため息をついた。
(何から触れれば良いのやら)
『そりゃあ勿論、グレイの話し方に対するクレームと感想でしょ』
(違うと思う)
俺はふと時計を見た。ただいまの時刻、七時。あたりはかなり暗めなので、もうじき夜になるのだろう。俺はまたため息をつき、しばらく考えたのちに呟いた。
「そんなことがあった後じゃ、疑われても仕方ないですね……でも俺、何もしていません!」
……沈黙。ただでさえ皆の視線が俺に刺さるのに、グレイの「馬鹿じゃねえの、こいつ」みたいな顔つきが何より怖かった。でもこの人は目を瞑っているから、目力は関係ない。
「うーん、君が何もしていっていうのなら僕は信じるんだけどね☆」
(アスペンッッ!)
『うわめっちゃイケメン』
こういう時、口数が多くて明るい人は本当にありがたい存在だ。場をそれとなく和ませてくれるし、何より気楽になれる。肩の荷がぐっと降りた気がした。
「……ただ、君が常人離れした力を見せつけたことは紛れもない事実なんだ☆ ちょっと、立ってみてくれるかァーッハァ☆」
俺は言われた通り立ち上がり……そのまま倒れ込んだ。
『大丈夫!?』
足の辺りが尋常じゃなく痛かった。この痛みは恐らく、筋肉痛だろう。そしてここまで強烈な筋肉痛がするって事は、俺は確かに戦っていたって事だ。
「ほら、つかまって☆」
「ありがとうございます」
俺は差し出された手を素直に握り、立ち上がった。
「……やっぱり、リョウじゃないと思います。リョウはこんなに強くありませんし」
「同じく」
これが一種の嫌味であるにも関わらず、俺は快くコクコクと頷いていた。あんまり喋ったことが無いレイジからも言われているのに、俺は何も考えずに頷いた。これ以上話を長引かせたくないのだ。ニ、三時間も話を聞かされているんじゃ気が滅入るのも仕方ない。熟睡した直後の俺ですらこれだから、他の人たちはかなりきついだろうな……と思った。
「分かりました。今回はこれで良いでしょう。今回の話は無しにします。……ただ」
そこで一泊置いてから彼は言った。
「今回私達は幻術に惑わされ、任務に失敗しました。故に明日から、任務や訓練は激化するでしょう」
……ああ、俺は成功かと思っていたんですが、失敗したんですね。
俺はてっきりリーダーは殺せたのかと思っていたので、何よりそこに驚いた。
「でもリョウ君の異変についてはかなり興味があるからァーッハァ☆ 何かあったらちゃんと教えてね☆ んじゃ、みんなは自分の部屋に戻って☆ 食事は僕が作ってあげるからサ」
そこで、俺の腹が「ぐぅぅー」と鳴った。再び俺の方に視線が集まる。
「アスペンさん、俺も料理作りますよ!」
が、特に気にしなかった。腹減るのは仕方ないし、多分誰も触れないで置いてくれる……筈だ。事実、『一人を除いて』誰も触れないで置いてくれた。
「いいよ☆ でも筋肉痛だろう? 無理はしないようにね☆」
『え、お腹鳴ったことについてはノーコメントなの?』
余談・グレイの視覚について
グレイは目が見えない代わりに、他の感覚がずば抜けて鋭い。相手がどこにいるのかは勿論、直接見えない場所などの景色も空気の揺れ等々で判断できる。その光景が現実か幻覚なのかも、ある程度選別可能
余談・盗賊アジトでの幻について
盗賊アジトでの幻は「天界の太陽のメンバーにつけられた全ての傷」「敵の人々」「空間の広さ」である。その他は現実に起きたこと。