リュミエール編 第十六話 説明
《カルマ視点》
ただいまの時刻、十二時十五分。
「グレイさん、合図はまだですか?」
「まだです。カルマさんにも十分認知可能な合図ですので、適当に時間を潰してください」
グレイは屋根の上で瞑想を始めていた。胡坐をかいて座り、目を瞑っている(いつも通りだ)。瞑想のやり方とか、僕は全く分からない。見ている限りではただただ『集中力が必要な物』としか思えなかった。やる意味が見いだせない……本当はちょっとだけ興味あるけど。
簡易的な食事はとっくの昔に終わった。
「……はぁ。ポーカーでもできたならなぁ」
僕は人知れず呟いた。ポーカーはリュミエールと友好的関係を築いている国、「フォンセ」の文化だ。あまり市民には人気が無いのだが、僕からしたら最高の娯楽だった。策略とか、運とか、とにかく色々な物を必要とする。フェアって言葉も。ポーカーで知った。
暇を持て余している最中に、グレイが突如として立ち上がり、槍を構えた。
「何かあったんですか!?」
僕は突然の行動に唖然として、思考が上手く回らなかった。特に意味もなくグレイを見つめる。
「グレイ!」
グレイが立ち上がってからわずか数秒が立った時、建物の中からアスペンの声が聞こえてきた。それから、破壊音も……いや、この破壊音の音源はかなり近かった。一メートルも離れていない所……というか僕がその中心にいるようなものだった。
「つかまってください」
「えっ……」
破壊音に紛れて微かに聞こえた、グレイの声。僕が返事をするよりも先に、僕は落下していた。
「うわぁぁぁぁぁ!」
グレイが屋根にぽっかりと空けた穴に、僕はなす術もなく落ちて行ったのだった。
「はぁ」
ため息とともに、僕の体はグレイに包み込まれた。落下体制のままグレイはこちらに接近、そして僕をキャッチしたらしい。が、落下速度が下がった訳もなく、僕たちはそのまま落下した。
「大丈夫なんですか、これ!? かなり深いですよ!?」
「大丈夫です」
グレイはやけに自信満々な声音だった。かといってこれで安心できるかと聞かれたら違う。僕は全く持って安心していない。
そんな心配とは裏腹に、僕たちは無事、殆ど衝撃もなく着地に成功した。
「おい……あれ……」
「カルマ!」
敵の呻き声とリョウの歓声が同時に耳に入った。周りは血の海で、ぱっと見ただけでも死体が数個転がっていた。そしてその屍の上にはアスペンとリョウが、背中合わせに立っている。どちらも血塗れで、沢山敵を殺した後だと思われた。リョウは今も絶え間なく敵と戦っており、それに対してアスペンは舞うようにして敵の首を飛ばしていた。どちらも絶え間なく動いているため、はっきりと姿を捕らえることが出来なかった。
……僕の目がおかしいのでなければ、彼らの攻撃は色とりどりの炎を纏っていた。遠目だとすごく綺麗な攻撃で、思わず魅入ってしまう。その美しい火によって人がたくさん死んでいるなんて、想像できなかった。
「グレイさん、あの炎はアスペンさんの能力ですか?」
「そうです」
グレイは相変わらず不愛想に言い放った。何の能力だとか、どんな技を使っているのかなどの情報は一切言ってくれない。それがグレイという人だ。
「ハァーッハァ☆ カルマ君!」
やがて、僕の存在を認知したアスペンが戦いを放棄してこちらに寄ってきた。僕はグレイから離れると、アスペンの方に向かった。
「ハァーッハァ☆ 調子はどうだい、カルマ君」
血塗れの手が、僕の事を優しく撫でた。前に僕を激した時のことなど、まるで覚えていないかのように。僕はそっと手をどかした。アスペンの顔を伺うために、彼の顔を視界に入れて……
絶句した。
あの美しい顔は跡形もなく消え去り、切り傷やあざだらけになっていのだ。
「アスペン……さん?」
「ハァーッハァ☆ ん、僕の顔に何かついているのかい?」
もしかして、気づいていないのか? いや、この人に限ってそれはあり得ないだろう。こんなに瞼が腫れ上がっているんじゃ、視界に異常をきたしているはずだ。気づかないなんてありえない。僕でも気づく。
「いや、違います……。アスペンさんの顔が……」
「ん? 傷ついてるって言いたいのかい? そんなに大きな傷じゃないだろう。それに僕たちにとって」
「最も大切なのは仲間の命」
「それに比べたら安い代償さ」
息ピッタリなタイミングでグレイが割り込んだ……いや要件を引き継いだ。アスペンは、そっと僕に笑いかけた。傷ついた醜い顔だったけど、それを払拭して有り余るほど輝いていた笑顔だった。
「アスペンさん! 俺一人じゃあ無理があります! こっち来てください!」
今でもなお敵と斬り結んでいたリョウが、アスペンの方をろくに見もせずに叫んだ。多分、そこまでの余裕が無かったのだろう。
……あれリョウ、アスペンの事苦手って言ってなかったっけ?
「嫌い」とは言っていないにせよ、何かしらの心情の変化があったのは確実だった。
「……」
アスペンはいつまでたってもリョウの元へは行かず、しばらく考え込んだのちに大声で叫んだ。
「レイジはカルマ君を、ボロネアはリョウ君の護衛を頼むよ☆」
レイジとボロネア……確か精鋭の人達だっけ。ってことはアスペンに匹敵する実力の持ち主という事か。確かに適役だといえる。が、僕はあえて質問した。
「でもリョウはアスペンさんを指定していましたよ?」
「ハァーッハァ☆ 僕とグレイがタッグを組んだ方が間違いなく早く終わるからね☆ 行っておいで。斬って斬って斬りまくるのさっ!」
「はいっ」
僕はアスペンに背を向けて、立ち去ろうとした。抜刀して走り出そうとする。がしかし、走り出す寸前にアスペンに引き留められた。
「カルマ君!」
「……? 何ですか?」
「死なないようにね☆ いつ死んでもおかしくない場所だからサっ」
なんだ、そんな事か。僕は大声で「了解です」と叫び、敵陣めがけて走りだした。振り返った時、アスペンもまた敵に飲まれていた。
「全く……そう簡単に死にませんよ」
「御意」
完全に独り言だったはずなのに、僕のすぐ近くで返事が聞こえた。聞き覚えの無い女の人の声。僕は振り返ったが、そこに人の姿は見えなかった。
「え……っ?」
僕は立ち止まってあたりをよく見まわした。しかし、やはり誰もいない。聞こえるのは掛け声と、断末魔だけだった。
「無知蒙昧」
またしても声がした。今度も僕のすぐ近く。僕は不気味なってきた。熟語でしか会話しないのが、また薄気味悪い。
「誰? 教えたくないなら、敵かどうかだけ教えて」
「味方」
僕はほっとして再び走り出した。味方って確定した訳じゃないけど、アスペンはレイジを僕につかせると言っていた。多分、この人(?)がレイジなのだろう。敵はまだ沢山残っているから、こんな事気にせずに早く戦わないと……
「『地中の太陽』中位クラスのカルマ=ケルムだ! かかってこい!」
持っていた刀を前のめりに構えて、敵を挑発する。「あ? なんだとてめぇ」と喚き散らしながら、予想通り敵はこちらに、沢山寄ってきた。素直な人達だなー……
みんながみんな筋肉質で、武器を構えていたけれど。
「いやー、引くなら今の内だよ……」
でも彼らは、やっぱり弱くて遅かった。攻撃する間もなく、僕の手によって首が飛び、屍の道を作っていく。吐き気とかは全く感じず、ただただ「かわいそうに」とだけ思った。ここにいるような人は今、この場でみんな死んじゃう。
「ごめんなさい、ごめんなさい……っ」
あと、ここにきたせいで差別にあって、ここまで落ちぶれた人も数名いるのでかわいそうに思った。昼の城下町で外人を見かけないのはそういう理由がある。僕は嫌になる程この町の夜を見てきた。だけど、いつまでもこの文化にはなじめないのだった。
「ごめんなさい……ごめんなさ……」
僕が斬り廻っているとき、視界の隅で僕に向かって振りかぶっている男が見えた。動作は緩慢だったけれど、僕は直前まで気づけなかったのだ。体の一部を硬くして攻撃をはじくとか、一瞬で振り返って刀を構えるとか。そういうことは僕に出来ないのだ。故に僕は、ダメージ覚悟で気にせずに、敵への攻撃を続けた。
「後方注意」
が、来るべき痛みはいつまでたっても来なかった。隙を見て後ろを垣間見ると、そこには死体しかなかった。僕は手を出していないし、他の味方がやってくれたのかも……とも思ったが、仲間はかなり遠くで戦っていたのでそれはあり得なかった。つまりは……?
「レイジさん……?」
「名答」
さっきまでのと比べると、ちょっとだけ明るくなった声が返事をした。でもやっぱり音源が見当たらない。僕は敵を切り捨てながら、質問した。
「どこにいるんですか?」
「影」
かげ……? そういわれて僕は、地面に移り込んだ自分の影を見つめた。言われてみればシルエットが違っている気がする。特に胸の辺りとか。そのシルエットは、全身から「女性」って感じを醸し出していた。
「どこよそ見してやがる!」
「おっとっと……」
僕は影から目を外して、敵の攻撃に集中した。危ない危ない。戦闘中に敵から目を外すのは自殺行為も甚だしい。今回は運よく防げ……
ていなかった。僕の右手の甲に耐えきれない程の痛みが走った。
「がっ!?」
僕が状況を理解するより先に追撃が来て、僕の手から刀を引き剥がした。刀は遠くに飛んで行き、そこに居合わせた不幸な一人に突き刺さって止まった。がしかし、それで敵の猛攻が止まるわけではない。僕が呆然と骨が浮き出た手を見つめている間にも、彼は僕の背後に回っていた。
「もらいィ!」
次の一撃は、僕の首元に的確に振り落ろされていた。僕は我に返ったけど、今更どうにかできるほどの時間は無かった。
「油断大敵」
がしかし、飛んだのは僕の首ではなく敵の首だった。今度は僕も敵に向かい合っていたので、原因が分かった。
「一刀両断」
僕の影からほんの一瞬、女性が立っているのが見えたのだ。僕は彼女を知らなかったが、名前だけは知っていた。
「レイジさん……ですか?」
「御名答」
垣間見えた彼女はバトルスーツのようなものを着込んでいた。身長は僕よりずっと大きく、ピシッとした体勢で敵を迎えていた。一瞬だけだったのでそれ以上の事は分からなかったが、血に濡れたその姿は悪魔の様だった。
「ありがとうございます」
「……当然」
レイジは、むず痒いような声を出した。どこか戸惑っている響きを感じたが、気にしている場合ではない。僕は痛みをぐっと我慢して左手で抜刀した。普段右手で持っているせいだろうか。主観的にも客観的にも違和感のある構え方になった。
ともかく、今はこうする他ない。怪我をしている右手よりはましな事を祈るばかりだ。
「後方安全」
「……? 後ろを守ってくれるって事ですか?」
「名答」
「よろしくお願いします!」
≪リョウ視点≫
「……ここで一旦切ろうかな。大体の雰囲気はつかめた?」
俺は瞬きもせずにカルマの話に聞き入っていた。レイジって影の中にいたわけか……っていう所にも驚いたが、俺はそれとはまた別の所で違和感を得た。
「つかめた……けど、俺はたしかアスペンさんを呼ぶよりも早く気絶したはずだ。だから、アスペンさんに届いているわけが無い」
俺の記憶もあやふやだったから言う前に———と(アスペンを呼ぶより早く気絶したよな)『そうだね』というやり取りをした。ついで———が『んで、そこからリョウが返事をしなくなったんだ』と付け加えてくれた。
「そっかぁ。じゃあ、続きを話そうかな……って言いたいところなんだけど、この後どうなったのか知らないんだ。いつの間にか敵が全滅していてね……」
俺は驚いて訊き返した。
「いつの間にかってお前……そんなに強かったっけか!?」
いつの間という事は、「無意識に大量殺人行ってましたー、テヘペロ☆」という事になる。完璧なサイコパスじゃねえか……とも思ったが、冷静になって考えたら盗賊相手に容赦は無用だった。
「まあ……多少は、ね?」
カルマは照れくさそうに髪の毛をくるくるさせた。そこまで髪は長くない(はず)だが、彼の髪は特別柔らかいのでこういった芸当も簡単に行えるようだった。体もそうだけど、仕草まで女臭いなコイツ。
「では、私の方からも話させていただきます」
グレイがこちらに瞬間移動して話に割り込んだ。アスペンが「えっと……☆」とか何とか言っていたが、気にしない。その横では、話を聞くのに疲れたのかボロネアが熟睡していた。
「よ、よろしくお願いします」
≪人物紹介≫
レイジ…ギルド最上位クラスの中で、唯一の女性。いつも能力で誰かの影に隠れており、戦うときに一瞬だけ隙を見せる。そのタイミング以外で彼女を視認することは不可能。視認した者は、彼女の事を『悪魔』と呼ぶ。血の付いた冷酷な顔がその原因らしい。
≪能力紹介≫
レイジ…陰に隠れる能力。陰に隠れている間は睡眠・食事を必要としない。