リュミエール編 第十三話 実戦
≪リョウ視点≫
さびれた建物の中は、意外と広かった。高さこそない物の、外見からは想像できない程の面積があった。具体的には縦百メートル以上、横も百メートル以上はある。暖炉や椅子、机が揃っている部屋は清潔感に満ち溢れており、一見すれば貴公子の部屋のようにも見えた……
が、それらの印象の全てをぶち壊しているものがある。そう、盗賊達だ。目視できるだけ数えても、数十名は居る。タトゥーはもれなく全員が入れており、基本的に高身長で筋肉質だった。いかにも悪そうなひげを生やしている者、味方陣営内だというのにマスクとサングラスをかけている者、さらには壁に頭を打ちつけている者。
俺は陰湿な雰囲気に耐えかねて、清掃だけはきちんとされた綺麗な床に吐いてしまいそうになった。
「ハァーッハァ☆ ごきげんよう! 『天界の太陽』最上位メンバー、アスペンだ☆」
途端に、全員の視線が俺に……というか、俺の背後にいるアスペンに集まった。ガラの悪い形相で睨まれているのに、彼は全く動じずに笑顔で立っていた。アスペン、そこは黙っていてくれよ。
両者が硬直した数秒。盗賊側は目をぱちくりしていたが、やがて一人が骨を鳴らしてこう言ってきた。
「あァ? てめぇ、なめてんじゃねーぞ」
手に刀を携えて、こちらに向かってくる。警戒しているのか、歩む速度はかなりゆっくりだった。
「……死ね!」
しかし俺達が動かないのを理解すると、彼は勝利を確信したような笑みを浮かべて刀を振り下ろした。視線一杯に刀身が広がる……が俺は、全く焦燥感を得なかった。その理由は顔全体を薄く鉄で覆っていたからに他ならないが、小さな理由なら他にもある。
「ハァーッハァ☆ 君の攻撃はさ、遅すぎるね!」
例えば、アスペンが抜刀していたからとか。
アスペンは突如として消えると、敵の剣先が俺に触れるよりも先にコイツの首を取った。
「ゴフッ……」
「コトン」という音を立てて、首が床に転がり落ちた。それを追うようにして体も倒れ込む。アスペンは刀をハンカチでふくと、一声叫んだ。
「レイジ! ボロネア!」
言下に、何もない空間から大男が出現した。
「準備はいいかい?」
「了解」
「徹底的にブチ殺す!」
彼は、出現するが早いか身近な敵に殴り掛かった。さっき言っていた「精鋭」とは彼の事なのだろう。確か、「ボロネア」と「レイジ」って名前だった気がする。ただ、俺の目にはその「精鋭」が一人しか映らなかった。
「そしてリョウ! 暴れまわって良いよ!」
俺は待ってましたとばかりに両手に刀を生成し、特攻した。前に実践でやった時と同じような手段で周りを錯乱させる。今回は能力が使えるので、効果は前より上がっているように思えた。かすり傷を負わせ、あざを作り、骨を砕く。手の肉を抉られた敵は、武器を持つことすらできなくなったものまでいた。
そう、最初の内はかなり順調だったのだが、頭数が減ってくるとそうはいかなくなってきた。味方に当たらないのを幸い、敵が能力を使うようになったのだ。一部の杖使いは呪文を唱えて味方を援護し始めた。
「荒れ狂う風よ、我々を優しくなでる風よ、母なる風よ。我々を保護したまえ……」
『まずい!? 速くこの呪文を唱えてる人を探して!』
俺は必死で術者を探した。スザンナとロザンナは呪文なしで魔法を使っていたが、一介の魔法使いには不可能な芸当だったらしい。呪文のタイムログが、今回は幸いだった……っていうかリュミエールに杖使いがいたことに対する驚きの方が大きいのだが。
「トルネード・ガロア!」
しかし俺の努力は実らず、呪文は発動されてしまった。目に見えてわかる変化はない……が、安心はできなかった。
「あのクソ野郎! おいてめぇら、これは『属性付与』魔法だ! 風属性は対象の動きが速く、不規則になる! 一刻も早く術者と付与対象を見つけ出しやがれ!」
「貴様の相手は俺だ!」
「黙れチンパンジー!」
遠くから、アスペンが呼び出した人の声がした。確か名前を……ボロネアと言ったはず。耳が痛くなるような大声で叫び散らす彼の身長は百九十センチメートルもあり、並みの人間が見たら震えあがりそうなものがあった。
そして今彼は、その巨体に負けず劣らずな巨躯の敵と戦っていた。武器は双方ともに刀で、周辺の地面が抉れまくっていた。
(うっわ……チンパンジーって。暴言が過ぎるんだが)
『まあ、そういう人も居るよね』
(味方として悲しくなるよな)
———は冷静沈着といった様子で呟いた。
「荒れ狂う風よ……」
とかやってるうちに、再び呪文の詠唱が始まった。さっきと同じ長さだったら、六秒ほどでこの魔法は発動するはずだ。それより先に見つけなければ……
俺はざっとあたりを見渡した。グレイ、ボロネア、アスペンが(レイジだけ確認できなかった)各所で、マンツーマンで戦っているのが見える。流石は精鋭、相手を圧倒する迫力があった。それ以外の人は多分全員死んでるだろう……と思ったが、一人例外がいた。部屋の隅っこあたりで何事かをブツブツ唱えている。
恐らく、アイツが術者だろう。
俺は術者に向かってダッシュした。呪文の詠唱はもうじき終わる、間に合え……
「させねえよ」
しかし、俺の願いは届かなかった。あとほんの数メートルという所で敵に阻まれたのだ。コイツは確かボロネアと戦っていた奴。って事はボロネアも……
「ああ!? 逃げんなクソガキ!」
ああ、やっぱり近くにいた。彼は敵が間合いに入るが否か、蹴りを繰り出した。
「俺のどこがガキに見えるんだ!?」
相手は並外れた反射神経でかわすと、ボロネアに切りかかった。俺は迷わずボロネアに加勢した。敵に接近して左右の刀で往復斬りにする。往復斬りって剣技があるかどうかは謎だけど、「往復ビンタ」と同じイメージだ。使い勝手良好。
俺は一声、ボロネアに叫んだ。
「一緒に戦います!」
「あ!? 必要ねぇっての!」
「へ!?」
え、必要ない? 俺要らないの?
口をパクパクしてそう尋ねようとした。が、言葉が上手く出てこない。
「ひっこんでろ!」
「仕事だから引っ込むわけにはいかないんですよ!」
数泊分の時間差で怒りを感じ、相手が誰であるかも忘れて暴言を吐いた。
「手伝わせろ!」
俺はやたらめったらに刀を振った。怒りで頭が一杯になっているせいか、吐き気が襲ってくることは無かった。
「あ、オイ待てやゴラァ!」
あるのはただ、「殺す」という単純な目標のみ。
「調子乗んなよ愚図!」
しかし敵もやられっぱなしではない。俺の攻撃を見事受け流し、円転自在な動きで回し蹴りにつなげる。俺は腹部を硬化し、衝撃を緩和した。
「腹が……かたい!」
敵は俺の予期せぬ反撃にのけぞり、無防備な腹をむき出しにした。これはチャンスだ。今なら……
「トドメが刺せる……!」
「トドメは俺だ!」
しかし、ボロネアが俺の肩を掴んで強引に後ろに引いた。衝撃をもろに受けた俺は、床につっぷした。クッソ、なにしやがる……立ち上がろうとしたとき、俺は何かに滑って転んだ。その「何か」はぬめぬめした液体だった。
その全てが血だという事に気が付いた俺は、初めてめまいを感じた。
「おらよっ! 死ね!」
俺が一人で葛藤している間に、ボロネアは容赦なく刀を突き付け、彼の首を落とした。返り血がここまで飛んでくる。首はころころと転がり、やがて周りに落ちている首と混ざってどれだか分からなくなった。
(精神を直接攻撃してくるな、この惨憺は……)
『そのうち慣れるよ』
俺はしばらく吐き気と戦い続け、ある程度マシになったタイミングでフラフラと起き上がった。
……そういえば、例の術者は?
(いない……)
『リョウが戦ってる間にみんな地下に走ってったよ』
ええ? でも『属性付与』対象も見当たらなかったし、やっぱり逃げたって事で当たってるのか?
(……マジか。でもそれでこの状態が成り立っちまう訳だから、事実なんだろうな。ってかここに地下ってあったのか!?)
『あるよ。ほらあそこ』
俺はもう一度、くまなくあたりを見回した。生きた敵の姿は何処にもなく、それどころか味方の姿すら見えなかった。ついでに言えば地下への道も。
捜索が三週目に入ったところで俺は、ようやく階段を見つけた。木製の階段であるため目立っていたのだが、何故か発見が遅れた。俺の体が疲労していることを暗示しているかのようだったので、俺は腹が立って仕方が無かった。
「クソ! まだ戦えるっての!」
『無理はしないでね』
俺は首を縦に振り、階段を降り始めた。
≪登場人物紹介≫
ボロネア……武器は刀の最上位クラスのメンバー。ギルドの中で最も口が悪く、味方に対しても敵に対しても常に暴力的。しかしその実力は最上位の名に恥じない物で、アスペンやグレイとも対等に渡り合えるだけの実力を持っている。元盗賊だったとか。