リュミエール編 第十二話 仕事
≪リョウ視点≫
「っていうかそもそも、盗賊ってどの辺にいるんですか?」
道すがらに俺は尋ねた。どこに向かって歩いているのかすら聞かされていないので、心配になってきたのだ。歩き始めてから、既に十分ほど経過していた。
「ハァーッハァ、盗賊にはアジトがあるんだ☆ 位置を特定してあるから、今日はそこを襲撃するのS☆A☆ ミスは許されない、超重要な一大仕事だね」
俺は絶句した。新人には普段の仕事を任せるのが常識ではないのだろうか。
「ハァーッハァ☆ 緊張しているねェ?」
「そそそ、そりゃあ緊張しますよ! 初心者に「超重要な一仕事」を任せるなんて頭沸いてるんじゃないですか!?」
一喝……とまではいかない物の、少なくとも彼が怒りを感じるだけの口調にした。
「とはいっても、この任務に取り掛かるのは僕たちだけじゃない。グレイにボロネア、レイジなどの精鋭から君やカルマなどの新入りまで。全員が一丸となってかかるのサ☆」
しかし彼は怒りを感じ取れなかったらしい(もしくは感じても無視しているのか)。むず痒いような思いが、俺の体を駆け巡った。
「さてと。着いたよ」
アスペンが、不意に立ち止まった。何の前触れもない事だったので、俺はアスペンの背中に突っ伏した。
「いったい……突然立ち止まらないで下さい!」
「ん? ああ、ごめんね☆ それより、ここが盗賊のアジトさ」
見ると、そこには何の変哲もない建物が建っていた。路地裏にふさわしい寂れた感じといい、こじんまりとした佇まいとい、言われない限り違和感を得ることは無いだろう。というか俺は未だに「普通の建物」としか認識できていない。
「ハァーッハァ☆ 路地裏にある建物の割には、苔が少ないと思わないかい? じめじめした、しめっぽぉ~い路地裏にあるんだ、多少はあるはずなのに……」
俺は建物に接近して建物の壁に使われている岩を注意深く観察した。確かに、他の建物に比べると整っている……気がする。
「ここには一つもないだロ? 他の建物には少なからずあるのに。っていうかそれより、中に入ろう」
俺は困惑した。こういう場合、先制攻撃をかけるのが普通なのではないだろうか。不意を付ければ、その分俺たちにとっては得となる。
「え、え、え? 中に入るんですか? 敵陣のド真ん中に?」
「ハァーッハァ☆ 勿論さ! 卑怯な手は使わない! それが我らの組織……天界の太陽の礼儀さ☆」
「このギルド、天界の太陽って名前だったんですね。初めて知りました」
天界の太陽……格好よさげだけど、特に意味はないんだろうな。
なんて俺が考えている間に、アスペンは話し始めていた。
「さ、入るよ~。入ったら適当に殺しまくっていいからね~」
俺は言われるがままに扉を開き、中に入った。
「……死なないようにね☆」
*
≪カルマ視点≫
「どうです、やることはやりましたか?」
誰もいないはずの自室から声が聞こえて、心臓が飛び出そうになった。リョウから許しを得た後の事だったので、注意力にかけていた。多分、普段の僕だったら「グレイさんの声だ」と気づけていただろう。一度であった人の声、名前は忘れない。
「ちょ……ちょっと、突然話しかけるのはやめてください! 心の準備が出来ていないので!」
「……」
返事はしてほしかったかな。心にグサッと来るものがある。
しかし僕は、相手が誰あるか気が付いたのでそこまで傷つかなかった。
「ももも、もしかして、グレイさん……ですか?」
「名答」
部屋に入ると、やはりそこにはグレイさんがいた。気をつけの体勢で一人ぽつんと立っている。僕の事を認識すると、軽く頭を下げた……ような気がする。
このような行動は、彼の性格がよく表れたものだといえるだろう……丁寧な口調なんだけど、どこか面倒くさそうな。ずっと目を瞑っているし、何を考えているのかよくわからない。
うー、アスペンさんの方がマシに思えるな。
「行きましょう」
「へ!? 行くって、どこに?」
「業務です」
あははは、早速業務か~。練習とかそういうの無いあたり、もしかしたらこのギルドは『ブラック』なのか……?
「ええ? 業務紹介的なのは……?」
「……ギルドメンバーが全員がもれなく出動する、重要な業務です。本来ならば新人向けの業務がありますが、今回は例外」
言下に彼は、僕の腰辺りを掴んで全力疾走し始めた。
その速さといったらない!
僕がこれまで体験したことのないような(あ、でもラメラに乗せてもらっときこんな感じだったっけ)速度だった。周りの景色が、みるみるうちに後方へ飛んでいき、すぐに霞んでいく。まるで自分が、飛んでいく矢のように思えた。
「どこに行く気ですか!?」
「仕事場です」
「仕事場ってどこですかぁ!?」
「仕事場です」
だめだ、この人アスペンさんとはまた別の意味で話が通じない。頑固者……というか、面倒くさがり屋というか。
僕たちは城から出て、いつの間にか見知らぬ住宅街の中をひた走っていた。尋常じゃない速度なのに、周りの人々には一切ぶつかっていない。彼の匠巧の一端が、うかがい知れた。
「……着きました」
突然、彼が立ち止まった。……屋根の上で。
「えええええええええ!? ここ、屋根の上ですよ!? なんでこんなところに……」
「ただいまの時刻、十一時五十二分」
彼は僕を降ろすと、腰に取り付けられていた箱を僕に渡した。何が入っているのか、彼がいつから持っていたのか、そもそも受け取って良いものなのか……何一つ分からないまま、僕はそれを受け取った。
グレイさんがじっと見つめている(「顔を向けている」という表現の方が正しいかもしれない)中、僕は箱を開けた。
「これって……?」
「食事です。昼食は必要でしょう」
中に入っていたのは、おにぎり三つだった。丁寧に海苔がまかれていて、一ミリも崩れていない完璧な形だった。
「食べていいんですか?」
「……良いですよ」
見ると、既に彼は自分の分のおにぎりを取り出して食べ始めていた。細かい一挙一動がいちいち素早く、自分はいち早くおにぎりに食らいついていた。優雅とは口が裂けても言えないが、下品な感じもしない。
「ありがとうございます」
僕はおにぎりのうち一つを取り出し、頬張った。海苔のパリパリとした感触がなんとも心地よい。中身は玉ねぎとニンニクで、グレイが作ったとは思えない程大胆だった。面倒だから適当に入れた……なんて事は無いと思う。
「時間もありますし、今回の業務について語っておきましょう」
「え!? あ、はい!」
この人、突然話し出すからびっくりする……アスペンさんやリョウもそうだったけど、この人は別格。
「今回は盗賊の本拠地を制圧する仕事です。アスペンから「グレイ」と呼ばれたら、私たちは屋根を突き破って突入します」
彼はそれだけ言って黙り込んでしまった。また黙々と自分のおにぎりを食べ始める。彼のおにぎりに具は入っていなかった。
「えっと……それだけですか? もっと正確な内容とかは……」
「無いです」
ええ? 僕は淡々とおにぎりを食べている彼を穴が開くほど見つめていたが、やがて自分のおにぎりを食べ始めた。
「……これは余談ですが」
「はい?」
突然話し出した彼を、僕は再び見つめた。いつの間にか彼はおにぎりを食べ終えており、同封されていたハンカチで手を拭いていた。
「死なないでください。王が居ないので転移は使えませんし、回復兵は私たちのギルドに属していないため使えません。危険になったら逃げてください。誰も咎めません」
「は、はぁ……」
「仕事逃げ出していい」なんていう人を、僕は初めて見た。業務遂行は絶対であり、途中で逃げだすのは恥である……と、親父も言っていた。
「本当に良いんですか? まあ逃げ出しませんけど……」
「かまいません、それに、新人が一人減ったところで大した戦力差にはなりませんしね」
……僕は彼が、慈愛を込めているのか皮肉を込めているのか分からなかった。
≪ギルド紹介≫
天界の太陽……政府公認で、本拠地がリュミエールの王城にあるギルド。リュミエールという国は差別が激しいので、他国メンバーは現在一人もいない。『実戦』という文化を活用して日々人手不足解消に努めている。
リョウが始めた所属したギルドであり、そこそこ歴史があるらしい。