第二話 転生
Re:Make
≪主人公視点≫
(──どこだ?)
俺の意識はある時、瞬時に覚醒した。目を開いた途端に広がる殺風景。見渡す限りの露出した土、土、土。どこまでも続いて行く地平線。沈みゆく西の太陽と、夕映えの空。まるでこの世の終わりを模したかのような風景であった。
……えーっと、俺はどうしてたんだっけ?
俺は目の前の謎の光景をシャットアウトするために、目を瞑って考えた。俺は、朝起きてカレーを作っていたはずだ。んで、試作品NO-1057『スパイシーカレー』が決して理想的には言えない味だったんだけど、ダメ元で入れたジャムがいい仕事をしてくれたお陰で結構うまくいったんだっけ。それから……
(あ、そうだ、ジャム!)
俺は唐突に、全ての記憶を思い出した。そうだ、ジャムを加熱したまま放置したせいで引火して、そのまま炎に巻かれたんだ。その記憶が本当に確かならば、ここは病院という事になる。そこまで整理した俺は、また目を開けた。
眼に映るのは矢張り、見覚えのない風景だった。先程より低い位置にある太陽と、姿を現し始めた夕月。あたり一面に広がっている荒野。
うん、間違いなく病院じゃねぇ。どこだよ、ここ。
俺は真っ先に、これが夢である可能性を疑った。一部の人間は、死ぬ直前に『臨死体験』なるものを体験するという。故にこれが俺の臨死体験というのは、あり得ない話ではないのだ。他に考えられる可能性としては……
……新手の走馬灯とかか。俺はこんな荒野の記憶、持ち合わせていないのだが。
そう考えた俺は、声を上げて笑った。こんな物寂しい風景が走馬灯とか、俺の人生大したことなかったな。これが最期の景色かもしれないというのに、楽観的でいられる自分を哄笑した。
俺が笑いころけていると二つ、≪日が沈む方向≫から声が聞こえてきた。
「何よ、アンタ!」
「——ぶっ殺してやんよ、へーっへぇ!」
何かに怯えているような女の声と、男の、舐めるような嫌らしい声。話の内容から察するに、男が女を襲っているようであった。
助けないと!
俺は反射的に駆け出した。自分が丸腰だとか、相手が武器を持っていたらどうするとか。その辺の事情はさほど気にならなかった。だって、この先で人が襲われているのだ。しかも女。男である俺が助けないでどうする。まさか、見捨てる訳にもいくまい。
単細胞かよ、俺。また哄笑した。
『ちょっと、どうするつもり!?』
走り出した直後、また別の声が耳に入って来た。少し高い、恐らく少年の物であろうと推測される声。しかし、前後左右見渡しても声の主は見つからない。代わりに俺は、前方に二つの人影を発見した。それから俺は、視界に入らぬ少年の存在に苛立つ。心の中で
(クッソ、見えてるなら助けてやれよな……他に頼れる人も居ねぇんだから)
と少年を呪った。そう毒づいている間にも、西陽のシルエットになっていた人影が段々と露になってくる。遠目で見る限り、一方は巨漢の男で、もう一方は小柄な女性のように見えた。男は刀のような物を構えて女性を脅している。
『いや、そう言われても。助けたくても、助けられないんだよね』
先ほどの少年の声が、また響いた。まるで心を読んだとでも言いたげなその発言内容に、俺は思わず立ち止まった。再度あたりを見渡すが、やはり少年のものと思われる人影はない。狼狽する俺をよそに、声の主は続けた。
『僕は≪———≫』
突如として、規制音(「———」の部分だ)のような音があたり一帯に響き渡った。俺は咄嗟に耳を塞ぐが、まるで意味が無い。その音は一瞬で終了し、あたかも何もなかったとでも言うように彼が続けた。
『≪案内人≫さ。君を案内するのが僕の仕事』
……はァ?
俺は心の中でため息をついた。コイツは何を言っているんだ。突然横槍入れてきて、勝手に人の心読んで、何の前触れもなく規制音出して。その挙句『案内人』とかいう意味のわからない単語までぶつけてきた。疑問点ばかりである。俺が彼に質問するよりも先に、彼はそれを見越したように言った。
『いいの、こんな事に時間を使って?』
……そうだ、あの人を助けねぇと。
彼との会話に集中していた俺だったが、やっと元々の目的を思い出した。だからと言ってまた同じように、走り出すワケではない。少し冷静になった頭は『自分は丸腰だが、相手は武器を持っている』という事を察知していたのだ。近づいた所で勝てるわけが無いと、悟っていたのである。
グダグダしている間にも男は、じりじりと女に接近している。俺は言うまでもなく焦っていた。手遅れになる前に、早く行動しなければ。しかし、具体的には何をすればいい? 考えろ、考えろ……
時間だけが過ぎていく。実際五秒、体感一時間。
(クッソォ、急がねぇといけねぇってのに……)
『解決策、教えてあげようか?』
そんな俺に助け舟を出すように、彼が得意そうに言った。
『手に、ぐっと力を籠めるんだ。そうすれば、道は開かれるよ』
姿さえも現していない割には、随分と余裕そうだった。高飛車というか、胡散臭いというか。しかし藁にも縋る思いだった俺は、言われた通り右手で握り拳を作って力を込めた。すると……
(……!?)
俺の右手が一瞬、光に包まれた。その眩しさに俺は目を瞑る。次に目を開けた時にはもう、俺の右手に小振りの刀が現れていた。
(なんだ、これ……)
刀というよりかは、この大きさではナイフと言った方が正しいのだろうか。
『ここにいる人たちは皆、生まれつき一本の武器を持っているんだ。これでフェアでしょ?』
……えーっと、どういう意味だ?
俺は混乱した。内容を理解しようと、必死で頭を働かせる。
つまり、この世界の住人は『誰もが一本の武器を持っている』という事なのか? そういう新手の走馬灯なんだな? じゃぁ……
……いや、足りない頭でモノを考えたって、何も浮かんでこねぇな。
俺は首を振って、にやりと笑った。
(兎に角、これを使って戦えってコトだな?)
『正解っ!』
俺は確かな温もりを右手に感じながら、走った。目標は男。ぐんぐん近づいているその巨体に、俺は何故か違和感を覚えた。というのも、心なしか巨体が異常に大きく見える……いや、逆に自分の体が小さいように感じるのだ。しかし加速し始めた体はもう、止まろうにも止まれない。大男はこちらの接近にすぐ気づき、振り返った。その動作が、俺の目にはやけに緩慢に映る。しなやかで、しっかり訓練されたと思われる筋肉が嫌でも目に入った。
少々の迷いを抱えながらも、俺は小刀で男の足首を切りつけた……
……が。あっさり大男の刀で防がれる。果物ナイフにも等しいほどの刀身と、戦闘用の刀でどっちの方が強いかは明々白々だろう。
「へーっへぇ! 面白れぇ。てめぇみてぇなクソガキが、この俺様に立ち向かうとはなぁ! 雑魚だぜ雑魚雑魚!」
彼はそう言って、俺を吹き飛ばした。昔やってたプロレスの受け身をとり、何とか甚大なダメージを回避する。全身に衝撃が走った刹那、俺は先程から感じていた違和感の正体に気が付いた。
俺の体が、異常に小さいのだ。そう、まるで……
「……子供、みてぇな」
俺の想像上では、そう発音していたのだが。実際に俺の口をついて出た実際の言葉は
「あうう、だー」
だった。上手く発音が出来ない。この事実もまた、俺が子供の姿に戻っているという事を示唆していた。不安になった俺は、自分の手足を確認した。手も足も、例によって全て子供の物になっている。身長は大男の四分の一の大きさ。数値にして約『60センチ』、生まれたての子供と同じぐらいだ。
俺は、やっと気が付いた。これは新手の走馬燈でも、はたまた臨死体験でもない。これは——
これは、俗に言う『転生』だ。俺は生まれ変わって、赤子に戻ってしまったのだ。しかも、ただの転生ではない。訳の分からない世界に飛ばされて、人生をやり直す事。本人がそれを望んでいるかどうかにかかわらず、俗世間一般ではそれを“異世界”転生と呼ぶ。
武器・刀(近接戦)
リュミエール付近でよくみられる武器で、癖が少なく使いやすい。持ち主の成長に応じて刀身は長くなっていく。このような近接戦に特化した武器の事を「サーベル(Sa)」、使い手の事を「サーベラ―」といい、他の武器たちに比べて種類が豊富。