リュミエール編 第十話 謝罪
≪リョウ視点≫
目を開けた時、俺は自分がどこにいるのか分からなかった。———の言った通り、俺はグレイとの戦いののちに気絶し、そのまま廊下に放置された……はずなのだが。
今、俺が居るのはベットの上だった。ベットなんて六年ぶり……つまりは前世以来なので、俺は困惑してしまった。大体俺は、こっちの世界にベットがあるのかどうかさえ知らなかった。
『あ、起きた起きたー。おはよう、リョウ』
(ああ、おはよう……じゃなくてだな! ここは何処だ? 俺は確かグレイにやられて廊下に倒れたはず。まさかあの野郎、勝手にここに運んだな!?)
俺は唯一の話し相手である———に愚痴った。コイツに俺の愚痴を何度聞かせたことだろう。少なくとも一度や二度ではないはずだ。そのおかげか、彼も聞き流すのが上手になっていた。
『ギルドの治療室だよ、傷は治ってる?』
(ああ。治癒魔法のお陰でだいぶ良くなった)
俺は傷跡をさすりながら返した。さすっている限りでは全く痛くないし、むしろ怪我する前よりも調子が良くなっている気がする。俺が寝ている間の出来事を知っていたりするから、パートナーとしても、便利としてもかなり優秀と言えるだろう。
『あとリョウ……多分善意でやったことなんだから、お礼くらい言ったら? それにグレイさんの何が嫌いなのさ』
ただ、一つ難点があるとすれば、随所に俺に対する意見を混ぜてくる事か。勘違いしないで欲しいが、別に従順なメイドが欲しいって訳じゃない。
問題なのはコイツが、父に遊びをせがむ子供の如くしつこいという事なのだ。反論されると俺はコイツにかまってやるほかなくなるのを知っていて、わざとそれをやっているのだ。暇なのは分かるが、そこそこにしておいて欲しいと常々思う。
(アイツ……俺の攻撃を何でもないみたいに避けるんだよ! クッソ、もっと強くならねえと)
俺はあたりを見回しながら返事をした。どちらかというと洋風な部屋で、真っ赤な絨毯が敷かれている。多分グレイではなくあのアスペンとかいう奴の趣味だろう。他にも本棚にタンスなどがあり、正方形の机には灯台までもが備え付けられていた。
『リョウは平和に生きるのが目標じゃなかったっけ?』
一見すると過ごしやすい部屋かもしれない……なんて他人事のように思う。どうせ怪我が治るまでしかお世話にならない部屋だ。
(ああそうだ。でも戦闘は娯楽としても優秀だろ? 少なくとも会社で働いているよりはずっといいね!)
観察中の俺をよそに話はどんどん進んでいた。最初とは真逆の、俺が———の発言を適当に受け流すという状態なので、適当な事しか言っていない。こいつも、会話の種があれば満足してくれるだろう。
なぁんて暇を潰していたら、『コンコンコン』とドアをノックする音が聞こえてきた。位置的にも俺の部屋をノックしている音で間違いないだろう……俺は無理やり声を張り上げた。
「入っていいですよ!」
俺が声を発したと同時に扉が開き、不機嫌そうな顔のグレイが現れた。その表情は相手が俺だからなのか、それともいつもそうなのかは分からない。ただ確かなのは、俺が喋ってる最中に入ってきたという事は、もとより俺の返事などあてにしていなかったという事のみだ。よくよく考えると失礼な話である。
「起きてましたか」
グレイは実に面倒くさそうな、投げやりな口調で確認した。
「寝かされていましたよ、あなたの所為でね!」
「そう思っていただいて結構」
『いやいいの!?』と———が突っ込んだ声がした。グレイ本人にきこえないからそんなことが出来るのだが、俺だったら聞こえないとしてもできない。この体勢だったら俺は簡単に殺される……。
「報告です。リョウのギルドのランクが決定しました」
俺は節々が痛む体を無理矢理起こした。腰のあたりで「ゴキッ」と音が鳴った気がする。骨に来るような怪我はしていないので、純粋に免疫力が低いという事なのだろう。
「本当ですか!? ってか俺、ランクが何段階あるのかすら知らないんですが……」
まあこういうのはテスト受ける前に確認しておけって話だと思うのだが、でも馬鹿を露呈するような行動だから、聞くのを躊躇ってしまっていた。
「リョウはカルマと同じく中位クラスです」
あー、うん。俺の質問を無視しないで欲しかったなー。
俺は声に出さずに独白した。ともあれ、『中位クラス』っていうのは平均値位なのだろう。カルマも一緒だからそこまで悪くはないのかもしれない。
……なぁんて理想を考えていた所に、———がこういった。
『リョウ、ギルドのランク付けは一般的に「最下位・下位・中位・上位・最上位」の五つだよ。中位以下の人たちはある意味下っ端みたいなものだね』
これは恐らく、さっきの質問を———が代わりに答えてくれたという事だと思う。それ自体は有難いのだが、これで『俺が、グレイから下っ端宣言されてた』のがはっきりしてしまった。
(ハァ!? 俺が下っ端? ふざけ……)
「それでは私はこれで」
俺は声を発したグレイの方へ向き直った。扉へ向かい、そのまま退室せんとしている。そしてこれがあきれるほど素早い。ついさっきの戦いのときの動きと同じくらい早かった。
俺は慌てて止めた。
「ちょっ……グレイさん。まだ色々ききたいことがあるんですが……」
「後で別の者を送るので、質問はそちらで。この部屋はあなたの好きなように使って良いです」
それだけ言うと、グレイは出て行ってしまった。質問したいことが山ほどあったのにもかかわらず、彼は完全に無視して行ってしまった。
『あーあ……、リョウ、もう少し踏ん張っても良かったんじゃない……?』
「はぁ!? 俺の反応速度じゃあ追い付けない程の素早さだったぞアレ! 踏ん張るもクソもないだろ」
俺は憤って声に出してしまった。その声は話し相手が居なくなって部屋に虚しく響き、反響する。暇になった俺は再びベッドに横になった。目は閉じずに、———よ会話する。
『いや素早いって……全然目で追えたけど。ラメラのスピードと同じくらいだし』
ラメラの動きを目で追えるって……
俺は冗談だろと思った。大体俺だってラメラの動きを追えるわけじゃない。殆ど勘で攻撃を当てていたのだ。だから俺はラメラに勝てない。それを目で追えたら圧勝できる。
(お前バケモノじゃねえか。ラメラのスピードを目で追えるなんて、国中でもほとんどいないらしいぞ)
『うーん、こう見えても僕は運動神経が良いからねー』
(体無いのにか!?)
途中から「あ、コイツマジで冗談言ってやがる」と思うことにした。普段の———は、体が無い劣等感もあってか本気の画自賛をしない。多分、ここ数年で一度もなかったと思う。だからコイツが冗談を言っていると思ったのだ。
……もっとも、———は中途半端な冗談を言わないのだが。
『まあね♪ っていうかあれ、リョウにはまだ僕の話を教えていないんだっけ? ここらへんで僕の仕組みを教え……』
「コンコン」
———の発言を一刀両断する形でノックがなった。ノック回数が違ったのでグレイではないことが想像できた。
「入って良いですよ!」
「リョウ!」
案の定入ってきたのはグレイではなく、カルマだった。無邪気な笑顔でこちらに近寄って、俺の事を抱きしめる。俺の体がカルマに包まれた。
「無事でよかった……」
「そっちこそ。俺はグレイさんと戦ったけど、カルマは?」
「こっちはアスペンさんと。……勝てた?」
「いや、負けた。ボロ負け」
「僕もだよ。お陰で仲良く中位クラスさ」
「仲良くやってこうッ!」
俺は周りの迷惑も考えずに大声で叫んだ。なんか、今日のカルマ昨日より声が暗い気がする。何か、嫌な事でもあったような。
「ありがと……元気づけようとしてくれているんだね?」
一瞬耳を塞いだカルマがにっこりと微笑んだ。それにつられて俺も微笑む。でも、何か違う。俺はカルマの腕を振り払い、ベッドから立ち上がってこういった。
「何か言いたいことがあるなら言ってくれ。何でもいい。暗い表情はお前に似合わねえから」
と。俺がそう言った時、カルマは何故か泣きそうな顔になった。
数秒間の沈黙ののちに、カルマが口を開いた。
「ごめん、リョウ!」
「……は?」
俺は突然の謝罪に声が出なくなった。俺の記憶が正しければ、カルマは特に何も謝らなければならないような事はしていないはずだった。っていうか何の心当たりもないので、応答しがたい。
「なんだ、何の話だ?」
「僕、リョウに嘘ついてた。平等なんて言ったけど、僕はそもそも能力を使えないんだ」
……それだけ?
俺は一言、そうつぶやいた。
「本当にごめん! 僕、自分に都合のいいように嘘ついて……」
俺はまじまじとカルマの顔を見返した。何かの冗談ではないかと疑ったのだ。しかし、その顔は到底冗談で言っているようには見えなかった。多分、カルマはがカルマなりに悩んだ結果、俺に謝ったのだろう。
「いやそういう事じゃなくてさ。嘘はついてないだろ? 平等に戦いたいってしかいってないんだから。だから謝る理由にはならない。もっとも、俺は嘘つかれてもなんとも思わない」
前世の俺はもっとひどい嘘つかれたことだってあるし、ラメラもどーでもいい虚言を何の意味もなく吐く。それに比べたらカルマの嘘なんてかわいいものだった。
「リョウ……」
「……それにな。お前、負けた時に言い訳しなかっただろ。それはお前が、自分の行動に責任を持とうとした結果じゃないのか? 自分がついた『嘘』の分、自分がまけて当然だと思ったからじゃないのか? 謝る必要なんて無いって」
俺はできるだけ気軽に言った。多分カルマは、精神的に幼すぎる。よくも悪くも純粋なのだ。昔両親を殺されているにも関わらず、どうしてここまで純粋でいられるのかは不明だ。しかし絶対に他人のせいにしないし言い訳もしない彼を『純粋』の言葉以外に、どう事表していいのか分からない。
「……でも、僕は自分のいいように事実を改ざんしたんだ」
これでもなお、彼は自分を責めていた。全く、結果を伴った行動に対する責任を、彼は持ちすぎている。もっと明るくなれよ、俺みたいにさ。
「自分のいいようにって……一つの戦法として使ったっていうだけだろ? いろんな戦法があってこその戦だ。戦法を立てるのに秩序なんて不必要。だからカルマのやったことは何一つ間違ってないし、カルマの行動を非とするなら何もできなくなっちまう」
俺は淡々と語った。ここで喋っていることは数年前、全く太刀打ちできなかった俺に、ラメラがアドバイスしてくれた内容だ。
「大体、立場が逆だったら俺だってやるぞ?」
これが、彼にとって効果的だった。ハッとしたように俺の目を見返し、瞬きをする。俺は優しくカルマの事を撫でた。
「リョウ……」
「それでいいんだ」
ただの養生の時間だったはずなのに、思ったより忙しくなってしまったな……
なんてぼんやりと考えながら、カルマの事を撫で続ける。何はともあれ、これで一件落着。疲れたから寝よう……
そういう訳で俺は、「寝てもいいか」と言ってカルマを外へ追い出し、横になった。彼が出て言った途端に———が騒ぎ始めた。口調からして、笑っているようだった。
『リョウがカルマを……年齢差……いや身長差が……ッ、おもしろすぎる……』
(黙れ)
しかしまあ、おかしいのは事実だけどな……と脳内で付け足す。
『あ、認めた』
(黙れ)
AfterStory
「……という訳です」
「へぇ……ハァーッハァ☆ 良いじゃないか、ソレ☆」
僕は大満足の笑みを浮かべて自分の部屋に居た。リョウとカルマの会話を、グレイから報告してもらっている。
「やけに正直に、カルマが謝罪しにいったのが気になります。何か、裏で手をまわしたのですか?」
グレイはいつになく真面目な声音で尋ねてくる。僕は答えた。
「『リョウ君に、謝るべきじゃないのか』って言っただけだY☆O ハァーッハァ、本当にそれだけだ☆ それを受けて正直に謝りに行けるカルマ君の意思、そして許せるリョウ君の心……『最&高&☆』だよ。気に入っちゃった☆」
僕はそれを言い残して、部屋を後にした。グレイが後ろから付いて来ているのを、背中で感じる。僕は未来ある新人二人に思いを馳せていた。