リュミエール編 第九話 勝手
≪カルマ視点≫
「今です」
グレイがそう答えた時、僕はアスペンの全身から殺気が迸るのを確認した。横を見ると、リョウが廊下へと飛び出したのが確認できた。僕はリョウの邪魔をしないよう部屋に残り、アスペンと対峙した。
「ハァーッハァ☆ イイネイイネ、最高だよっ☆ 一瞬で状況を判断し、邪魔にならないようリョウを外に出した……うんうん、君にはかなりの力量があるネ」
彼は笑って抜刀し、僕に斬りかかった。それに伴って僕自身も抜刀し、間一髪の所で彼の攻撃を防ぐ。全身がじんと痺れる感覚がしたかと思えば、アスペンは立て続けに斬撃を繰り出した。それも防いだと思えば、また次の攻撃が来る。足技やフェイントなどを織り交ぜてくるため、全てを防ぐのは至難の業だった。
辛うじて致命傷は負っていないが、それも時間の問題だろう。
「でも……ッ」
彼は声を上げた。
「この僕とは、天と地ほどの差があるけどね☆ ハァーッハァッ!」
直後、彼が放った強力な斬撃によって僕の刀が遠くに飛ばされた。アスペンの挙動を観察しながら、僕は刀を拾うために椅子を蹴飛ばしながら駆け出す。彼はその背中を狙うような真似はせず、僕の事を『待った』。僕が刀を拾ったのを確認してもなお、彼は攻撃してこなかった。僕が不思議に思って彼を見つめていると、彼は首をゴキゴキ鳴らして手招きをした。
かかってこい。
そう、言いたいのだろう。これは模試。攻防の実力の両方を見なければ、意味を為さないのだ。僕は遠慮せず刀を握って体勢を立て直した。彼へと突進する。
「はぁぁぁぁぁぁっ!」
僕は叫び、刀を振り下ろした。彼は机を蹴飛ばして右に移動、見事に攻撃を回避する。僕は彼を追って、たて続けに切りつけた。彼は「ハァーッハァ☆」とウインクしながら、余裕の表情で僕の攻撃を回避した。
「……どうしたんだい? 随分と疲弊しちゃってるようじゃないカ☆ まだまだ……」
彼は恐らく「まだまだ実力が足りていない」と言おうとしたのだろう。それは僕にも分った。だが、はいはいと認めるわけにはいかない。僕は叫んだ。
「ええ、まだまだ行きますよ!」
僕は刀を振った。アスペンが笑って攻撃を躱しているのが見える。
「ハァーッハァ、中々いいじゃないカ☆」
「貴方に言われるまでもありません!」
僕はまるで、自分の勝利を確信しているかのような口調で言った。無論、絶対に勝てる自信などどこにもない。だがこういう時、「負けるかも……」という弱みを見せる事こそが最も危険なのだ。
——ネガティブな発言ばかりしていると、本当に嫌な事が起こっちまうぞ——
在りし日の父が、そう言っていた。僕は父がそう言って以来、絶対にネガティブな発言はしないと心に決めている。例え心の中でそう思ってしまっても、絶対に外には出さないと。
手が痛い。頭が痛い。腕も、足も痛い。だが、攻撃を辞めるわけにはいかない。このまま終わるなど
絶対に———
「……うんうん、その精神!」
「負けませんから!」
刀を振った。僕は最早、何も考えていなかった。フェイントだとか、戦法だとか。全部全部かなぐり捨てて、刀を振った。
彼に勝利するには、それしかなかったのだ。もしもこのまま勝てたら……という、淡い理想を抱いて刀を振る。その刀身がアスペンに当たることは無く、「ヒュンッ」と空間を薙ぐだけだった。
「ハァーッハァ☆ でも、それだけじゃ僕には——」
現実は、特に無情に牙を剥く。
「到底、敵わない」
そういうと彼は笑みを消して、刀を逆手に持った。その柄頭で、僕の意識を奪おうというのか。僕はまだ、戦えるというのに——
その時だった。
「……‼」
僕の体が、白い光で包まれたのは。アスペンも僕も、呆然と口を開けてその光を見つめている。アスペンの瞳に映っているのは、驚愕の色に他ならなかった。
そして僕は、あることに気が付いた。光に包まれてからというもの、僕の体力が回復しているのだ。息が切れていたはずなのに、今となってはもう何も苦しくない。
僕は、笑うのを辞めたアスペンに代わって笑った。誰だか知らないが、僕に回復魔法をかけてくれた人物がいる。それも、かなり強力な魔力を行使して、だ。僕は万が一にでもアスペンを殺さぬよう刀を左右逆に持ち、峰で彼を倒そうとした。僕と彼の距離は、一瞬で縮まる。だが……
「キィィン」
すんでの所で、意味不明の事態に呆けていた彼が僕の行動に気付いてしまった。素早く僕の攻撃を防いで見せる。大丈夫、体力は回復してるんだ。倒しきれるはず……
「……え!?」
気づくと僕は、仰向けに倒されていた。何が起きたのか、僕の頭の理解が追い付いていない。倒れ込んだ僕のすぐ横で、アスペンが顎に手を当てて考え込んでいた。それを見た瞬間、僕の腹部がきりきり傷んだ。それで、僕は理解する。
この人は、一瞬のうちに僕の腹に柄頭を押し付けて意識を奪おうとしたのだと。かろうじて今は意識をとりとめているが、それも時間の問題。
元々この人と僕の間には、圧倒的な実力者があったのだ。『互角に戦えている』などというのは、彼が加減をしていたが故。その気になれば、僕の意識を奪うなど赤子の手を捻るも同然なのだと………
段々と、僕の意識が闇に吸い込まれていた。ああ、負けたのか。
僕はまた、負けたのか。
*
≪三人称≫
「ハァーッハァ☆ どういうことか、説明してもらおうカ☆」
倒れ込んで意識を失ったカルマのすぐ近くで、アスペンが大声を上げた。声は空虚に響いて、やがては消える。彼は再び声を上げた。
「いるんだろう? 隠れても無駄サ☆ 出てくるがいい!」
「はいはい……俺をお呼びかね」
そう言って『彼』は、アスペンの前に姿を現した。アスペンは彼に向かって口を開く。口調は普段のそれだったが、顔が笑っていなかった。
「ハァーッハァ☆ 本当に、意味が分からないネ☆ どうしてキミが、僕たちの邪魔をする? カルマ君を助ける理由なんて、無いだろう?」
すると『彼』はおもむろに口を開いた。
「……さぁ、なんでだろうな。勝手に、手が動いてしまったんだ」
彼はヘラヘラとした態度で抜かした。アスペンは溜息をついて言った。
「全く、君って人は。もっとリュミエールの回復兵としての自覚を持ってほしいよ」
「……悪かった」