某国編 第二十三話 窮鼠
《リョウ視点》
「……さて、あとはお前だけだ、【NO.1】ネズ」
「……」
彼は何も言わずに抜刀した。
黒い刀だった。【NO. 】の武器はどれも異質な黒色だが、彼の武器は一際不気味だった。
何かもわからない肉塊のようなモノや、血の跡が大量に付着していた。刻まれた鼠の文様は荒れ果て、そうと言われるまで気付けないほどだ。
皮肉な話だった。
最後に戦う某国兵士が、被検体とは。
奴が刀を振り下ろした。俺は屈んで膝の下に刀身を当てようとする。奴が避けた所為であたらない。
奴の動きは素早かった。
これまでどんなことをされてきたのかはしらないが、少なくともその「されたこと」が、彼の身体能力向上に一役買ってることは間違いなさそうだった。
素の身体能力では負けるだろう。
(———、ユイの刀の能力ってなんだ?)
『……リョウも、自発的に僕を頼ってくれるようになったねー……』
(手段を選ぶ余裕がないんでね)
姿は見えないが、俺は、彼が笑ったと思った。
刀と刀はぶつかり合い激しく火花を散らす。まだどちらからも血は出ていない。
『「刺した相手の武器を奪う能力」だよ。「武器は生命の源だ」から、相手の武器を奪うと相手がおかしくなっちゃう。いわゆる損失状態ってヤツだね』
俺は手を動かしながら考えた。———が発現してから俺が返答するまでに数秒から数十秒のラグがあった。
(つまり俺は今、【NO.12】の武器を奪ってるってワケだな?)
『あと、僕が過去に奪った人たちの分もね』
【NO.1】の武器が、とうとう俺の皮膚に命中し血を滲ませた。
【NO.2】の武器を納刀してユイの刀を強く握りしめ、抜刀するときのように力を込めた。
すると、黒い光に包まれて俺のまわりにいくつかの武器が浮かんだ。
【NO.1】が本能的に俺から離れた。
黒い銃剣と、黒いチャクラム、黒いナイフに……名前も知らないような武器もいくつかあった。それが俺と———が殺した人数と同じということに気が付きしばし震えた。
俺の周りを回っている武器の中から、俺は一つの武器を選び手に取った。
薄青色に青色しかすかに震えているその刀は、俺の良く知るものだった。そして、ユイにとって大切な一本でもある。
シンの刀だ。
再び【NO.1】が迫ってきている。
奴の刀が命中する直前まで俺は奴を引き付け、そして、奴を斬った。
青色と黒色の軌跡が、空間に現れる。
「裁ち切る!」
しばし時が止まったような錯覚に陥り、奴の動きがスローになった。
ユイの刀が奴の首に吸い込まれる。赤い血飛沫が流れたと同時に、再び時が流れ出した。
溢れ出す黒色のヘドロ。
変貌の瞬間は今日初めて見たはずなのに、ずっと昔から見てきたような錯覚。
奴のペストマスクが、紫色に覆われていく。
俺が奴をもう一度斬り、戦いは終わった。
あっけないほど、シンプルなものだった。
四階の階段を隔てていた壁を消した。
淀んだ空気にそぐわない、静寂。
死臭が強くなっていた。黒い床には紫色の砂と、血がへばりついている。
『終わったね』
(……ああ)
俺は、俺がロストにした彼らの砂をかき集めた。
拾い集めると、やがて砂は山を成し、それを見て虚しい気分になった。
どれだけ丁寧にすくい集めようと、それらは弁明のしようがない、ただの死体の山でしかなかった。
光は差していない。
俺が静かに涙を流そうとした時、彼の声が聞こえた。
「リョウ!」
彼は誰よりも早く俺の元へきて、片手を上げた。
俺は鉄じゃない方の手を挙げ、彼と打ち合わせた。
互いに血塗れの笑みを浮かべた。血塗れの顔はまるで悪魔のようで、様々な業を背負っていそうだった。
って、それは俺もか。彼は言った。
「よかった、無事で……」
「お前のおかげだよ、カルマ」
ネズ、カウ、タイガ、ビット、ドラゴ、ネク、マウ、シープ、キー、バド、ドグ、ボア。
某国殲滅は、これら12名を殺害、または無力化した瞬間に成功する。
つまり、俺たちは某国殲滅を成功させたのだった。いくつもの尊い犠牲と引き換えに。
生き残ったメンバーで、天界の太陽跡地を見て回った。
大量の、名前も知らない鎖の死体がどの階にも山積していた。
その中からロザンナやアレクやベノムの死体を探すのは、大変だった。どれも似たような見た目だったから、一つ一つ回収しては燃やした。
そうやって自分の仲間の死体を見つけるたび、俺は心から泣いた。
ベノムは目立った外傷がなく、綺麗だった。
ロザンナは顔以外ほとんど炭だ。
シンは紫色の砂に成り果てていた。
アレクは穏やかな笑みを浮かべている反面、腹には貪欲で大きな穴が開いていた。
「辛いなら、見なくてもいいよ」
と、シンに代わって鎖のボスに就任したエルセアルが皆に言った。
それでも俺は、俺がもっとユイの力を使えていたら防げたかもしれない、犠牲の数々を目におさめておきたかった。
生者に目を向けると、こちらはこちらで死人のような顔をしていた。
グレイはいつも通り真顔だ。
けれど、それ以外の人々は一様に白い顔で、仲間の死体から離れようとしない。泣くことすらできないみたいだ。
「……神よ……」
テーヤが十字架を握りしめる。
戦っている間は気にならなかったのが、廊下にはうんざりするほどの死臭が立ち込めていた。
後始末は大変だろう。
少女のうめき声が聞こえた。「兄ちゃんたちのところに行きたい」
母親がそれをなだめている。でも、上手くいっているようには見えない。少女の声は大きくなりゆく一方だから。
俺が耳を塞ごうとしたとき、やつれた顔の神父が彼女に歩み寄った。
「神は、自殺をお許しにならない」
「…………なんで……!」
少女は杖を構える。杖は神父に傾けられた。
しかし修道院服の彼が少女の顔を覗き込むと、杖は光になって消えた。
「生きるのだ」
スザンナは上を向いた。テーヤは彼女から離れる。
彼女は、ようやく泣いた。
大声で泣いた。母親はなだめない。
やがて、泣きつかれたスザンナの肩に、ある男の手が優しく置かれた。
「……」
異常に口角の吊り上がった、痩せた男だった。