表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二刀を巡る黙示録  作者: はむはむ
終章 某国編
169/175

某国編 第十九話 神父

《ベノム視点》

「クッソ、あーあいつら、なんで俺を一人にするかねェ……! よっぽどハッピィな脳味噌してる……」

「あー、お前、また捨てられたの?」


 俺と彼は睨み合った。

 ペストマスクをしておらず、顔に【NO.6】の文字も彫られていない。代わりに深い隈が見えていて、まるで俺の鏡みたいだった。


 その上性格も似ているのだから、腹立たしい。


「だから無理すんなって言ったのに。最悪だ」

「随分とご立派な長広舌じゃねぇか、褒めてやるよ」


 俺は彼に斬りかかった。

 彼は戦鎚で防いだ。

 火花は散った。


「褒めてもらえてうれしいですねー……でも、毒使いは一人で十分じゃねぇか。めんどうくせぇ」

「より有能な方が生き残るってだけだろ?」


 火花の向こうで彼は笑った。


「俺の方が有能だよ、間違いなく。それはとっくの昔に証明されてるだろ?」

「……さて、どうだか。現に、俺はまだ生きてるしな」


 俺の顔からは笑みの欠片も漏れなかった。

 痺れてきた手を引っ込め、ナイフについた毒液を舐めとり、首を鳴らす。

 首に巻き付けた蛇が低く威嚇した。


「ともかく、お前のせいで俺がアンハッピィな目に遭ったってのは、間違いなく言えることだ」

「それは、俺もそうだな」


 俺が彼に向けて突進すると、今度の彼は容赦なく俺を吹き飛ばした。

 頭が痛んだかと思えば視界が揺れ、その感覚は転んだ時の様だった。気が付くと、俺は彼から100m離れた廊下の隅まで吹き飛ばされていた。


 すぐに100mとわかったのは、野生の勘とでもいうべきか。

 遠くで、猫背な彼のシルエットが見えた。ネクが、呟いた。


「お前はあのリョウってガキと、テーヤって男が大切らしいな」

「……」


 沈黙は暗黙の了承とみなすのか、彼は言った。

 俺と彼の距離、およそ90m。


「……きっと、そいつらにそこまでの価値はない。お前はそいつらを買いかぶっている。どれだけ勇敢なふりをしても、奴らはきっと、死を前にむせび泣くだろう。その様を見てお前は、ただ絶望するだけだ」

「どうだろうな?」


 俺が答えを濁すと、彼は「はー、なんでこんなこと言ってんだ、俺」と呟いた。


「……めんどうくせぇけど、思い出さずにはいられねぇな。なぁ、ベノム?」

「そうだな、【NO.6】」


 彼は動けない俺に歩み寄りながら、話し続けた。

 奴までの距離、およそ50m。


「【NO.6】には、毒使いが選ばれる。その毒使いを選定するため、俺の国──生みの親は、いっろんな実験を行った。知ってるよな?」

「……はー、随分自慢げに話すじゃねぇか」


 俺は「続けろよ」と血を吐く。


「俺達の国は実験の果てに生まれた二つの命、『毒と薬を生成する能力者』と『薬のない毒を生成する能力者』のどちらを【NO.6】にしようか悩んでた」

「命つったって、某国兵士に恩情溢れる人間の血は流れてねぇだろ」


 彼は唾を吐き、「ハッ、面白い冗談だな」。

 

「俺……薬のない毒を生成する能力者が【NO.6】になり、もう一人の能力者は無様に夜逃げした」


 奴と俺の距離、30m。

 俺は何も言わない。


「今じゃ、なんのアテもなく虚しく彷徨ってるらしいな」

「中々皮肉が上手じゃねぇか。もうハッキリ言えよ」

 

 彼は面倒くさそうに目を細め、息を吸った。


「お前のことだよ、()()()


 首の蛇が一層鋭く呼吸をしたかと思えば、意識が遠のいた。

 ズレたフォントが直るように、再び俺の視界が明瞭になったとき、俺は頭に強い痛みがあった。触ると、真っ赤な血が流れている。


「お前も、お前のブラックジョークも中々面白いな。でも、一つ間違えてるぞ」


 もう、立ち上がる程の体力を持ち合わせていない俺は、惨めに座ったまま言った。


「『なんのアテもない』のは、お前の方だ、ネク」

「めんどくせぇ遺言だな……。じゃ、とっとと死ねよ」


 俺の脳裏に、走馬灯のようなものが宿った。

 あのクソカルト神父が、俺に向かって何かを言っている。声は聞こえないが、何と言っているのかはわかる。俺が某国から逃れ、行き場もなく砂漠を彷徨い、自分の毒をコーヒーに入れて飲もうとしたとき。

 奴はそのコーヒーカップを叩き割った。


 ……あー、そういや、まだ今日はコーヒーを飲んでいなかったっけ。



 【NO.6】が戦鎚を持ち上げた瞬間、俺は体の異変を察知して笑った。


「やっとかよ、『切り札』……!」


 俺は立ち上がり、ガラ空きの彼の胴体にナイフを突き立てた。

 猫背の男は目を見開いた。


 神は自殺をお許しにならない、だっけか。

 でも、これは自殺じゃねぇからセーフだよな。



「とった」


***


《テーヤ視点》

 私は胸騒ぎがしていた。

 突然、リョウが膝から崩れ落ち、気を失ったことについでだけではない。

 なんだか、もっと大きなものに対して胸騒ぎを覚えているようだった。


 眩暈がするほど真っ白いペストマスクは、木刀を杖代わりに使い片膝をついた私を見下ろしている。


「神よ……」

「……神様、ああ、神様! 今、あなたのもとに善良なる使徒が一人赴きます!」


 【NO.10】の声は底抜けに明るかった。彼女がナイフを投げようと振りかぶったその時、私は彼女の向こうに『彼』を見た。


 それは、はるか110m先で座り込んでいるベノムの姿だった。

 彼はもうじき死ぬだろう、予感がしていた。


 私が勝手にこの【NO.10】に戦いを挑まなければ、彼は生き永らえたかもしれない。


 かくいう私の脳内にも、走馬灯が走るようだった。

 某国から逃げ出してきて、行くアテがないと泣く彼は自殺を望んでいた。それに対し「神は自殺をお許しにならない」と、なんの根拠もなく言ったのはいつだったか。


 ……もとより、私は神など信じていない。


 しかし、アーメン、神よ。

 私は貴方の力を借りて、一人の友を救うことができた。

 今、貴方の元に二人の善良なる使徒と、二人の悲しき被害者が訪れることになるであろう。


 私は()()()()

 手に握られていたのは、木刀でなく金色のダガーだった。短剣符のような、あるいはロザリオのような大きさのダガーだ。


 私は【NO.10】へと最後の特攻を仕掛けようとした。

 

 そして、私は見た。


「……なんだ、お前は……?」


 【NO.10】の白いペストマスクが、背後から黒色の刀で貫かれるのを。

 奴の手からナイフが滑り落ち、「神様、ああ……」。


「……私は貴方の元に、行けるのでしょうか? これだけの業を背負ったまま、貴方の元へ……」


 私は反射的に、十字を切った。

 【NO.10】の白いペストマスクが紫色のヘドロに飲まれつつある中、刃こぼれの酷い黒刀が引き抜かれた。血が噴き出て、純白が赤く染まる。


 私はそれを、呆然と見つめているしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ