某国編 第十八話 四階
《リョウ視点》
「……ふん、全く歯ごたえがないな。弱い奴らしかいねぇ」
「生をそのように侮辱するのではない、ベノム」
「ハァ……。はいはい、わーったよ」
「アーメン……」
ベノムとテーヤは互いに背中を預け戦っていた。
この階の某国雑兵はかなり減り、今や数えるほどしか残っていなかった。その過程で沢山の仲間が死んだが、全員、名前すら知らなかったので悲しくはならなかった。
知らなくて本当によかった。
「そろそろ、【NO. 】が来ると思います」
「あ? それくらい、俺が承知してないと思ったか? 悪女の深情けってやつだ」
俺が忠告すると、ベノムが帰り血塗れの笑みを見せた。
彼は「それに」と廊下の向こうを指差した。
「噂をすれば影だ、めんどくせぇ」
「……」
指先には、フラフラと佇む一人某国兵士がいた。その某国兵士の何が他の雑兵と一線を画していたかというと、その『フラフラ』だろう。
一介の某国兵士であれば、俺達と見るや否や即襲ってくるはずだ。それをしないということは、理性があるということになる。
そして何よりそいつはペストマスクを被っていなかった。
携えている戦鎚には返り血が付いていて、重そうに見えた。彼は俺達から100m近く離れているというのに、ボソッと呟いた。
「……【NO.6】、ネクです。よろしくお願いします」
その声はよく響いた。俺はなぜか震えた。よく見ると、ベノムの手に汗が滲んでいる。
テーヤは木刀を構えて言った。
「……アーメン、ベノムよ」
「ああ?」と彼が聞き返した。
テーヤは無表情なまま言った。
「私が死んだら、神の元へきちんと行けるよう、墓を建ててくれるか?」
「……ハッ」
ベノムは息を吸い込んだ。
彼が、テーヤとは対照的な不敵な笑みを見せた。
「お前の墓参りなんて、行きたくないね」
「冥途の土産ってやつですか? ま、どうぞごゆっくりー……って」
【NO.6】が首を鳴らしたかと思えば、奴は俺のすぐ近くまで接近していた。俺は咄嗟に『鉄の盾』を生成し、奴の攻撃を防ぐ。ビリビリと痺れるような衝撃波が伝わり、それは奴が俺に攻撃したという印だった。
「早く殺さなきゃなんねーんだった。あー最悪」
「オイオイ、頭良いな、お前」
ベノムの声がし、風切り音。
鉄の盾に加わっていた圧力が消え、俺は鉄の盾を消した。鉄の盾が俺の視界を遮ったのは一瞬だったがその一瞬でベノムとテーヤと【NO.6】が交戦を始めていた。
戦鎚とナイフがまるで美しい舞のように動き回り、重なり、火花を散らした。
上位クラス二人の実力は十分のはずだが、【NO.6】はそれよりさらに上で【NO.6】が優勢のように見えた。しかし、ベノムが特攻を仕掛けるとテーヤが相手の背後に回るといった連携がとれており、一概にも言えなさそうだ。
「鋼劔」
呟くと、手にずっしりとした剣が握られた。
俺も、二人に加勢すべく【NO.6】に向かって斬りかかっていった。
【NO.6】は俺の攻撃を戦鎚で受け止めその隙にベノムが奴の首に刀を近づけた。それが命中に至るより先に奴が戦鎚を振り回し、俺とベノムは後退した。でもテーヤは例外で、あたかも縄跳びを飛ぶように戦鎚を躱して【NO.6】に接近した。
木刀が【NO.6】と書かれた額に吸い込まれる。深い隈のある目が静かにテーヤを見返した。
木刀と戦鎚がぶつかり合った。
その衝撃波で俺の体とテーヤの首から下げられた十字架が激しく揺れる。近づくのは得策でないので、俺は床伝いに【NO.6】の足に鉄の足枷を取り付けようとした。
【NO.6】は俺の使用としていることに気付き、後退した。下がる際奴は戦鎚を振り回し、テーヤの白い肌に血が滲んだ。
俺達と【NO.6】が睨み合う。
「うーん、早いねぇ、お前ら……流石は鎖の皆様だ。めんどくせぇなぁ」
奴は嫌味っぽく口を歪めた。
ベノムが糾弾した。蝋燭の炎が揺れた。
「相変わらずいい性格してるなァ、ネク!」
「そういうお前も最悪な性格だよ」
また、ベノムと【NO.6】の武器がぶつかり合った。
それに応じて俺が再び助太刀しようとした時、俺は廊下の影から何者かが現れる気配を察知した。テーヤと俺は、同時にそちらを見る。
「……は?!」
そこには、真っ白いペストマスクを被った兵士がいた。
低身長で、マスクの隙間から白い髪と赤い瞳が見え隠れしている。体つきを見るに、どうやら女──そしてこの雰囲気は、間違いなく【NO. 】のものだった。
彼女は俺達の視線に気が付くと、何を血迷ったのか十字を切る仕草をした。
「神様! 私達に救いを! 邪魔者に天罰を!」
「……」
空気が重くなるのを、俺は感じざる得なかった。
ちょうど、俺の左隣の神父が歯ぎしりしているのが聞こえる。普段は平静な彼が、信じられないほどだ。木刀を握る手が震えている。
「……そして、死者に弔いの花束を!」
奴はそう言った瞬間俺達に斬りかかってきた。よく見ると、奴は抜刀している。
これまで見てきた某国兵士とは対照的な、白くて小柄なナイフだった。美しい鳥の模様が刻まれているのが、一瞬見ただけでわかった。
テーヤが俺を庇うように木刀で応戦した。ペストマスクの赤い瞳が見開かれた。
「おや、君も神父なんだね! 私はバド、【NO.10】だよ!」
「私はお前に、ただ憐みだけを覚える……地獄へ落ち、厳粛な罰を受けるがいい」
「それは難しいなぁ! だって、私はしばらくは死なないもん!」
奴とテーヤが切り結んだのは一秒程度で、その後両者は弾かれたように距離を取った。俺はその隙を見計らい奴に近づいた。ベノムが少し離れたところで戦っているのが見える。
応戦したいのはやまやまだったが、俺の目の前の【NO.10】を放置するわけにもいかなかった。
奴の胸元めがけて振り下ろした俺の剣は、なんと勝手に真上へふきとんだ。能力の都合上武器を離すことができない俺はその剣と一緒に吹き飛び、壁に衝突する。
「……は?」
何が起きたのかわからないでいると、真下に両手を広げて大声を発する【NO.10】の姿と黒い床があった。
「ああ、かわいそうに! 神よ、どうか彼に安らかな死を、救済を!」
「……軽々しく『神』と口にするでない、愚か者が」
テーヤが動き背後から奴の首を木刀で斬ろうとするのを、俺は見た。
事実彼は彼女の首を切ったように見えた。
しかし、実際には違った。
テーヤの腕が本来あり得ない方向、そしてあり得ないスピードで曲がり、骨の折れる音が聞こえた。【NO.10】は妖艶なため息をついた。
「神様、私はどうすればよろしいですか! 私を侮辱したこの男を殺しても宜しいでしょうか!?」
一瞬の空白。
そののち、彼女が笑った。
両腕を広げると、両手にそれぞれ三つずつナイフが生成された。
「ありがとうございます! それでは、やらせていただきます!」
嘘つけ、絶対、神はそんなこと言わない。
テーヤがどれだけ信心深いか知っている俺は憤りを覚え、天井を蹴って地面に降り立りようとした。しかし、『できなかった』。
「……クッソ!」
俺は何度も天井を蹴り、目と鼻の先にいるテーヤに加勢しようとした。いつまでたっても、俺は天井から離れられなかった。重力をまるで感じない。
そうこうしている間に、【NO.10】が六本のナイフをテーヤに投げてしまった。彼はそれを木刀で防ぐ。甲高い金属音が響いた。俺はうめく。
(……クッソ、動けねぇ! どうして……! コイツの能力か……!?)
動けないなりに何か力になれることはないかと俺は鉄を伸ばして【NO.10】に攻撃しようとしたが、鉄は俺が意図したものとは別の方向へと伸びた。
まるで、俺の体が俺の体じゃないみたいだった。
……俺、何もできないまま、死ぬのか?
ここに来た時頭を擡げたのと同じ疑問が、再び過った。
死んだら、何もわからなくなる。真っ暗になって、でもそれさえ認識できなくなる。心を感じれないし、誰とも会話できなくなる。
そんなのは嫌だ。
胸が痛かった。
俺はどうやら、ここに来て自分が大切らしかった。恐怖だけ一丁前なのに、それを力に変えられない。テーヤが戦う姿が見えた。
『はーあ、情けないね……』
懐かしい声に俺は周りを見渡した。
そして、それが俺にしか聞こえない声であると気づき、心中で叫ぶ。
(———! お前、なんでずっと……)
『はいはい、前置きはいいから。大切なのは、あのバドって人を君が倒したいってことでしょ?』
(ああ……)
俺は白いペストマスクを見た。
彼女のマスクに返り血はついておらず純白のままだった。
『体、借りてもいい?』
(……?)
俺はきょとんとした。
彼は笑った。
『前にもあったでしょ。リュミエール襲撃の時、僕が君に代わって、敵を倒してあげたんだ』