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二刀を巡る黙示録  作者: はむはむ
終章 某国編
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某国編 第十一話 暴走

《ラメラ視点》

「ロザンナまで……」


 私は隣で倒れ込んだ彼を横目に、唇を噛んだ。

 あまりに想定外すぎて声が出ない、というわけではなかった。むしろ、こうなることは半ば想定内だったといっても過言ではない。


 万が一双子が暴走した時に備え、ここに配属されたのである。十二分に二人を鎮圧できる私が。

 「なんで中位の人がいないの」という問いに対して「貴方達が戦いやすい為」といった旨の発言をしたが、あれは半分嘘だった。正確には、「貴方達による被害を減らすため」である。


 二人はちょうど、操られたマリオネットのようにふらふら立ち上がった。

 目には黒の鱗片すらなく、鮮烈な紅と緑で満ちている。


「今の私で、二人も鎮められるかしら……」


 コピスを強く握りなおし、二人を睨んだ。

 認めたくはないが、私も歳だ。全盛期に比べたら圧倒的に実力が落ちている。


 ……まぁ、でも、所詮は二人。二人なら何とかなるわ。


 唇を舐めたその時、廊下の曲がり角から、私は何かがやってくるのを感じた。

 全身の細胞が、逃げろと言っている。それは某国と関わるうえで感じざるを得ない情緒だったが、今回のは一際鮮烈だった。

 どこからともなく、シープの声が聞こえた。


「ふわあー……ごめん、言い忘れてた……」


 彼が肝心の内容を言う前に、曲がり角に、仄かな燭台の光に照らされた『彼』が現れた。

 

「敵は、二人じゃないよ……おやすみぃ」


 彼は、低い身長で金髪白肌の──丁度、スザンナのような少年だった。ただし、全てにおいて似ているというわけではない。

 ボサボサで汚れた髪、不自然に吊り上がった口などは、彼女に似ても似つかなかった。


 私は、もう、動かざるを得なかった。


「──!」


 能力を駆使して、彼のすぐ目の前まで迫った。幸いこの階層は一本道で、遮るものは何もなかった。

 彼は不自然に吊り上がった口角を、さらに上げた。

 遠くからでは確認できなかったが、彼は手に杖を持っていた。それから、目は青色の光を携えている。


「ウォーター」


 彼の眼が、激しく光った。

 危険を察知して、私は10mほど退却する。すると、目と鼻の先に人1人は包み込みそうな水の柱が出現した。水たちは見えない浴槽に貯められたようにその場にとどまり、私と彼を隔てる壁になる。

 

 少しでも反応が遅れていたら、私は今頃あの中だったろう。


 ほっと一息つく間もなく、背後から風切り音が聞こえた。

 スザンナが魔法を放ったのだと、理解した。飛びのくようにして、その見えない風の刃を躱す。躱した先に、炎の弾が飛んできた。

 今度は真上に飛んで炎を躱したかと思えば、まだ水。


 水、炎、風による猛攻だった。

 超高速移動は制御できずに攻撃に突っ込む危険があるので、とてもじゃないが使えなかった。三人の攻撃がとても息のあったものであることに、私は驚く。


 ──『四ツ子』。


 無意識のうちにその言葉が脳内に浮かんでいた。

 某国が作ったという、四体の人型兵器のことだ。

 まるで、この三人のようである。


「まさか、そんなはず、ないじゃな……」


 言いかけた言葉は、風切り音にかき消されてしまった。

 腹部に、衝撃。


 しまった、気が緩んでいたと感じたが、後の祭りだった。


 生暖かい慣れた感覚。それが臍のあたりに存在していた。

 唾にも似た血が口から垂れる。体が引きつるのを感じる。


 とはいっても、私も裁ち切る鎖のいち最上位クラスだ。痛みなどで動きが衰えることなど、まずない。


 超高速移動で、私は三人から距離を置いた。

 とはいっても、三人が固まっている階段から右の方向から、左側へと移動しただけである。

 彼等から、50m以上の距離をとることに成功した。


 私は三人を見る。

 杖先から、赤、青、緑の光が溢れていた。中でも、ロザンナの光は炎交じりで、一際輝いていた。廊下に転がっている兵士たちの骸が、光に照らされている。


 私の子供二人が、四ツ子?

 確かに、直接の血縁は無いし、やけに魔法が得意だったりするけれど……


「いえ、余計なことを考えるのはやめにしましょう」


 私は自分に言い聞かせた。

 丁度その時、背中から声がした。


「……こんにちは」


 声の主は、茶色い髪、茶色い瞳の少年(少女かもしれない)だった。

 私は、彼の名前を知っていた。


「アレク……」

「助力します」


 彼はそれだけ言って、武器を抜いた。

 最上位クラスの武器とは思えないほど、シンプルで小柄な杖だった。木製の杖の先端には、木と同じ、茶色の宝石がはめ込まれていた。まんまるいソレは、茶色い光を放っている。


 スザンナ、ロザンナ、目の前の敵と同じ光の放ち方だった。


「……あなたも」

「エレク」


 アレクは、ボソッと呟いた。

 水魔法を使っている敵が、ブルッと肩を震わせたような気がした。どうやら、彼の名前はアレクというらしい。


「ごめんね、エレク」


 おぞましいほどに吊り上がったエレクの口がパクパクと開閉を繰り返した。声はおろか、吐息すら漏れていない。彼が何かを伝えたがっているということしか、私にはわからなかった。

 それでも、アレクは首を縦に振り、焦点の合わない茶色い目を細めた。


「そっか」


 彼は、何の前触れもなく杖を振った。

 私は目を疑った。

  

 60mほど離れた所──すなわち、スザンナ、ロザンナ、エレクの立っていた場所だ──に、巨大な岩が出現した。岩はあたかも打製石器のように鋭く、誰のものともわからぬ血が付いている。


「ちょっと! スザンナとロザンナは最上位クラスで戦力になるんだから、殺さないで頂戴!」


 服の袖をちぎって腹に巻き、止血を試みながら、私は噛みつくように言った。

 アレクは何も言わない。

 親の目の前で子を傷つけ、しかもそれに対して何も感じたそぶりを見せない。その姿勢をひどく恐ろしい物に感じ、同時に二人の安否が気になったが、それはすぐに明らかになった。


「【ファイアバースト】」


 岩の砕ける音がして、炎の弾が飛んできた。

 コピスを振り、それを一刀両断する。まぁ、心配したと言っても、私の子供たちがそう簡単に死ぬとは思っていなかった。


「【仇の業風】」

「【炎天占罪】」


 二人の声が重なったせいで、何を言っているのか聞き取れなかった。おそらく、技の名前だろう。

 言下に、風と炎が一斉にこちらに押し寄せてきた。風によって勢いを増した炎は、廊下を覆いつくさんばかりだ。壁に引火し、より勢いを増す。


「……これは、どうするのが正解かしら……!?」


 私は考えた。

 炎に飛び込むのは間違いなく愚策だろう。これ以上後ろに下がったって、袋の鼠になるだけだ。別の階に移動するのもアリだが、生憎階段はエレク達の後ろにある。個室は……ダメ、杖使い相手にはフィールドが狭すぎる。

 まだ炎とは30mの距離があるが、既に熱を肌で感じていた。


「逃げるのが正解かしらね……」


 悩んだ挙句、結局は後ろに下がるしかなさそうだった。

 アレクは、ぼんやり立ちすくんでいる。


「アナタ、大丈夫? あなたの分まで補えるほど、私に余裕はないわよ?」

「……」


 彼は返事をしない。と言ってもアレクは最上位クラス、何か考えがあるに違いなかった。

 私は高速移動で、身を引いた。


「……ありがとうございます」


 私が下がったあとで、彼はボソッと礼を言った。

 もはや、炎は彼を飲み込まんばかりである。


「危ないわよ!?」

「【ウォール】」


 炎の元でほんの数ミリ、彼が杖を傾けたように見えた。それが、杖使いにとっての引き金だったとでもいうのだろうか。


 アレクと炎の間に、分厚い一枚の岩壁が姿を現した。壁は数ミリのズレもなく、廊下にはまっている。壁が、炎をせき止めていた。

 私は人心地つき、アレクを見る。


「あなた、危なっかしいのよ、全く……」

「……」


 彼はまた、答えない。あるいは、声をかけたことにすら気付いていない。

 彼の目と杖が、茶色い光を放りはじめた。それはぼんやりと発光しているというより一筋の『視線』で、周りを照らすことはなかった。


「……まぁ、それは、そう」

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