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二刀を巡る黙示録  作者: はむはむ
終章 某国編
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某国編 第六話 決別


 リュミエールの国内は、それはもうすさまじい荒れ様だった。 

 あたりに汚物が散乱し、住宅のほとんどがボロボロで、少し触っただけで倒れてしまいそうだ。そのくせ、それらには黴や苔、さらには蜘蛛の巣さえ存在せず、生命が存在しないことをよく示していた。その有様だから、人の気配もない。


 この惨状は、どことなくモルブスに似ているような気がした。

 モルブスも某国に滅ぼされた国と聞いているから、似ているのも当然であろう。


「……オイ、クソ野郎」


 ベノムが俺の肩を叩きつつ、耳元で囁いた。俺は「なんですか」とそっけなく返す。


「今の所生き物の気配はないが……いつ、某国兵士が現れてもおかしくない。ゴミカスな頭と体なりに、用心しろ」

「わかってますよ」


 そう言う物の、あまり心は弾んでなかった。

 ボロボロになった故郷を前にして、とある疑問が浮かんでしまっていた。


 ……俺達は本当に、某国を殲滅できるのか?


 一歩足を進めるたびに、疑問が反芻される。

 天界の太陽時代によく見回りしていた街が、このザマだ。俺は一体、何のために働いていたんだ?

 そもそも、俺はなんで転生なんてしてしまったんだ?

 あのまま火事で死ねた方が、よっぽど楽だったんじゃないか?

 俺なんて、ベノムやテーヤ、グレイの足手纏いでしかないんじゃないか?

 

 そして俺が足かせになったせいで、アスペンは死んだのか?


 風は冷たく、空気は重い。

 分厚い雲が空を覆っているせいで、太陽は見えない。


 

 ……俺は結局、なんのために生きてるんだ?



「!?⁇‽‼1!?!?❢」

「……ッ、漸く来やがったか、ゴミどもが!」


 鋭い声が空に響いた。

 誰よりも早く反応したその声の主は、シンである。

 俺の周りにいた連中全員が、素早く抜刀した。


 言葉を持たない某国の雑兵は、まっすぐシンに向かって襲い掛かっていった。

 他にも多くの裁ち切る鎖の勇士がいたというのに、まるで気にしていない。


 おそらくは【NO, 】から、シンを狙えと指示されていたのだろう。


「ナメないで頂戴……」


 しかし、俺達の党首が殺されようとしているのを、俺達が黙って見ているはずもなかった。

 中位クラスの同胞でシンの近くに居合わせたカリンが、鉄扇を振り上げた。


 鉄扇は某国兵士のうなじに吸い込まれ、血飛沫に染まる。

 同時に、カリンの頬は紅潮した。

 彼女は笑う。


「……やったわ! 崇めなさい、皆……」


 刹那、彼女の胴があからさまにガラ空きになった。

 それを、某国兵士が見逃さないはずもなく。


「おい、気を抜くなッて!」


 ブラッドが注意した時には、もう遅い。

 カリンは、今しがた彼女が鉄扇を突き刺した某国兵士に、胴体を貫かれていた。


「うっ」

「クソが」


 ブラッドはカリンの死を悼むよりも先に、某国兵士にとどめを刺した。

 兵士とカリンの血が、高らかと空に舞い、まじりあう。

 間違いなく、彼女と兵士は同時に絶命していた。


「面倒くさいですね。奴ら、どうやら私達の潜入に気が付いたようです。こちらに近づいてくる気配が、いくつも……しかも全員、幹部未満」


 中央のグレイが、静かな、しかし十分に響く声で冷静な報告を行った。

 一拍置いて、彼は首を横に振る。


「これ以上ここに留まるのは、得策とはいえません。私は先に行かせてもらいますね」


 そう言ったが最後、彼は一人勝手に走り出した。

 彼を止めようとして、俺はその資格がない事に気が付き、黙りこくる。

 代わりに、シンが叫んだ。


「総員、グレイに続いて走れ! グレイは某国本部の位置を把握している! 怯むなッ!」


 経ち切る鎖は、走り出した。

 どこからともなく湧いていた某国兵士も、そんな俺達に攻撃を仕掛け始める。

 左右でやられてゆく仲間たち。


 悲鳴と残響、血液、肉片、それから不自然なほど冷たい空気。

 その全てを背負って、死体を踏みつけ、俺達は走った。


「矢張り、下位以下の兵士は連れて来るべきでなかったのでは……神よ、どうか……」

「クソ神父! 情けを乞う暇があったら、走れ! ……本当に裁かれるべきは、某国だ!」

「……嗚呼、わかっているとも」


 テーヤのため息。

 テーヤとベノムは、シンから『走れ』と言われて以来ずっと、納刀していた。

 今の所、中央後方に位置している俺達に接近する某国兵士はいないからである。剣を抜くより、走りに専念した方がいいのだ。


 悲鳴の音に耳がなれ、叫び声が小さく感じ始めたころ。

 俺はとある建物を目にした。


「……ここが、某国の本部か……」


 そう確信した。

 なるほど、ここなら、某国の本部に相応しいだろう。それはリュミエールの中心であり、最も設備の整った施設だ。

 先頭にいるグレイたちが、叫び声と共にその建物へと突入してゆく。

 

 裁ち切る鎖の皆が自分の知っている建物の中に突入してゆくサマは、なんだかシュールだった。

 俺は、この建物をよく知っている。


 ……そこは、天界の太陽の本拠地だった。


 天界の太陽の本拠点の中は、やはり、ひどく汚れていた。

 某国のリュミエール襲撃の時にできた血の跡などが、いまだに残っている。所々遺体もあった。誰の物かについては、考えるべきでないだろう。

 冷静に考えたらわかってしまいそうで、怖かった。


 そして、何より大きく変化している点として、拠点内の住人が挙げられた。

 天界の太陽のメンバーのかわりに、多くのペストマスクがたむろしている。優に100を超える数だった。密集、密集、密集である。


 そんな兵士共に、俺達は鬨の声を上げながら斬りかかった。


「【鋼劔】!」


 前よりも切れ味の増した劔は、兵士共の首を容易く切り裂く。

 奴らは声にならない悲鳴のようなものを上げ、バッタバッタと倒れゆく。弱点を的確に突いているからか、以前戦った時より、殺戮は容易になっていた。


「あァァァァァ、ゴミどもが! アンハッピィなまま、死んでゆけ!」

「口の利き方がなっていないぞ、ベノムよ。慈悲と赦しを持て」

「……要らねぇだろ、ンなもん!」


 ベノムとテーヤが、互いを罵りながら武器を振るっている。

 テーヤの木刀は真剣以上の切れ味を持って、ベノムのナイフは毒を以て、敵を冷酷に穿つ。

 他の裁ち切る鎖のメンバーも、それぞれの長所を生かして殺戮を行っていた。

 

 その中でも一際目立った活躍をしていた人物と言えば、ラメラ、シン、グレイの三人だろう。

 三人はつむじ風の如き速さで、そしてスナイパーのような的確さで首、心臓を突き、殺している。


 しかし、そんな彼らの活躍をもってしてもなお、某国兵士の数は一向に減る気配を見せなかった。


「シン! やはり、雑兵どもに構っていても、キリがないようだよ!」

 

 ただでさえ真っ赤な服が血でさらに赤くなったエルセアルが、混戦の最中、叫んだ。


「ええ、そのようですね」


 その声はシンの低い声ではなく、グレイのより響く声だった。


「ならば、わかれるとしましょう。私とエルセアルで最も到達しにくい五階を目指すので、皆様はそれについて来てください。作戦通りに」


 彼は冷静だった。

 一階での混戦、どの階にどのNO,がいるのか、およそ何人の某国兵士が存在しているのか。それらは既に、昨日話されたばかりだった。忘れるわけがない。

 

 俺がそう感じ言っている間にも、グレイは駆け出している。


「走るのよッ!」


 ラメラが叫んだ。

 相変わらず混戦を続けていた俺達は、弾かれるようにして、二階への階段を駆け上がった。仲間たちの一部は、まだ一階に残っている。

 その中にはシンやボロネア、カヅキなどの有力者もいた。


 打合せ通りである。


 階段は生暖かい血に汚れ、その上蜘蛛の巣や溶けた蝋などもあるため、今にも転んでしまいそうだった。約50名の裁ち切る鎖は、続々と上る。


***


 俺達は二階の地面を踏んだ。

 案の定そこに、「懐かしい匂いがする」なんて言ってられるほどの余裕はなかった。二階も沢山の某国兵士と血飛沫で溢れかえっており、ペストマスクばかりが見えている。


 ここの光源は随所に設置されている蝋燭だけだが、それでも嫌というほど血は確認できた。

 しかも、である。


「何やら騒がしいと思ったら……」


 ねっとりとした女の声。

 俺は全身の毛が逆立つのを感じた。声のした方を見ると、それは左側の通路の先……140cm程度の、頭一つ抜けて小さな兵士が立っていた。


「あーあ、やっぱり攻め込んできてたのねー」


 両手には手裏剣を携えている。よく見ると、その後ろにはキーらしき人影も確認できた。

 カルマが叫んだ。


「ルカナァァァァァァァッッッ‼‼」


 手裏剣女に向けて、カルマが特攻を仕掛ける。

 それに、なぜかドロシーが続いた。彼女はカルマより素早くルカナに近づき、首元に短刀を突き立てた。


「……一人じゃ危ない……多分?」

「ドロシー! 君は後方支援のはずじゃ……」


 エルセアルが指摘しかけたが、グレイがその口を塞いだ。


「かまいません。それより今は、上へ、上へ進むのみです。二階の雑兵と戦って消耗するほど、私たちは暇でありません」


 彼は切り結んでいた某国兵士にとどめを刺し、再び上への階段を上り始めた。

 それに続こうとした俺の脳裏に、ちらりと悲しみが浮かぶ。


 ……もしかしたら、カルマの顔を見るのは、これが最後かもしれない。


 俺は首を振り、グレイに続いた。

 カルマの心配をするより、俺は自分の仕事を淡々とこなすんだ……。


***


 三階もまた、血の臭いが染み付いていた。

 最前線を駆けるグレイの後ろにピッタリついてきたハズなのに、上から既に血の臭いがする。まだ、裁ち切る鎖は三階にたどり着いていないにも関わらず、だ。


 そして、その理由は単純明快である。


「⁈‼⁈⁈⁈⁈‼」

「!?⁇⁈❢‼!」


 血に飢えた某国兵士たちが、互いに殺し合っていたからだ。多分、俺が見えなかったというだけで、一階も二階も同じような有様だったのだろう。

 しかし兵士が俺達の姿を捉えると、途端に争いの手を止め、俺達に襲い掛かってきた。


 鎌、クロスボウ、刀、剣、斧……

 多種多様な凶器は、まっすぐ俺達に迫る。


 手に持った鋼鉄の劔で、俺は応戦する。

 これまでのフロアに比べて、三階は某国兵士の数が少なかった。

 しかし、だからと言って三階の制圧をおろそかにしていいかと聞かれれば、そうではない。


 前もって聞いていた話によると、一・二・三・四・五階それぞれにNOがいて、NO全員の殲滅完了を以て某国殲滅とする……ということだった。NOを失えば、某国の指揮が弱くなり、遅かれ早かれ崩壊するからである。


 その過程でシンやカルマが一階、二階に残った、というわけだ。

 そしてこの三階に残るのが……


「兄ちゃん、オレに任せてよ!」

「わ、わたしだって……」

「アンタ達、死ぬんじゃないわよ!」


 スザンナロザンナ、ラメラである。

 俺の()()()()()


「ここは彼らに任せて、四階へ行きましょう」


 言下に、グレイその人は四階への階段を上りだした。

 俺はまたしても迷う。


 俺は親族を、二度と見れなくなるかもしれない。


 とどまりたいという意思が発生していた。

 しかし、結局その意思を行動に移すほどの愚かさは持てず、俺はグレイに続く。

 わかっていたことなんだ、と俺は言い聞かせた。


***


 四階は俺にとって、最も馴染みのある場所だった。

 天界の太陽の上位クラスは、全員四階で暮らしていた。よって、ここが俺の『家』であると言っても過言ではない。


 ……家、というよりかは、ボロ屋の方が近いだろうか。

 死の空気が充満したここは、俺の知っているあの、活気に満ち溢れた場所には程遠かった。そのくせ、部屋の位置が俺の知っている場所と完全に合致している。

 それが嫌でたまらなかった。


「やっぱり、ここも……荒れてますね」

「当然でしょう」

 

 グレイはそっけなく答えた。

 四階も、三階と同じくらいの量の某国兵士がいた。何十という数だが、ここにきて数分、そういった質量にはもう慣れてしまっていた。どうせ、俺達が殺すのはNO, と幹部である。


「⁈⁈❢‼!?!!」

「あー、クソゴミどもが気づきやがった。殺すか」

「救済など、無用の長物だ」

 

 ベノムとテーヤが、武器を構えた。

 それに呼応して俺も武器を生成し、固唾をのむ。


 四階に残るメインメンバーは、俺とテーヤ、ベノムの三人の計画だ。

 そして最上階である五階には、グレイとエルセアルの強者二人が赴き、殲滅を果たす。

 すなわち、俺達が四階を担当するのである。

 

「それでは、私たちは先に行くよ。みんな、最善を尽くしておくれ」


 エルセアルが優しく言った。

 俺達は頷く。エルセアルとグレイは、その頷きを確認するより先に俺達に背を向け、階段を上りだした。


 ……これで、俺が『天界の太陽』時代の仕事仲間と会うことは、永久になくなっただろう。


 俺はあたりを見回した。

 某国兵士はざっと五十名。この数なら、俺達だけでも殺しきれるだろう。

 そしてNO,らしき威圧感を放っている者は俺から見て右側に一人、左側に一人。


「やるぞ!」


 テーヤの大声。

 風もないのに、蝋燭が揺れた。


 殲滅を以て、過去を裁ち切る。それがここのやり方だ。

 俺は自分に呟いた。

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