リュミエール編 第七話 決別
《リョウ視点》
「え、騎士としてギルドへの就職が決まった!?」
「良かったじゃん、リョウ!」
『良かったじゃん、リョウ!』
俺は旅館の自分の部屋で朝食|(カレーじゃない……我らの敵だ)をとっていると、突如としてラメラから「就職決まったわよ」と言われた。俺が困惑したのは言うまでもなく、それどころか「こんな幼い奴(俺)に仕事させるのか」と絶望もした。明らかにおかしな世界である。
「カルマくん、貴方もよ! フェアプレイ精神が評価されての就職決定! リョウと同じ職場よ」
俺はカルマの方を一瞥し、小さくガッツポーズを決めた。さっきまでの絶望が嘘のように晴れる。カルマと一緒の職場なら、楽しめそうだと思ったのだ。子供っぽいけど『ワクワクする』。
「え……えぇええええ!? 僕が?」
「良かったな」
『良かったね』
カルマは意外そうに首を振って顔を赤らめていた。やわらかい髪をくるくると手で巻いている。彼は俺に敗北している、いわば『負け犬』的存在。彼の合格にはかなり難しいものがあった。それを覆して彼はギルドからスカウトされるのである。合格の要因として考えられるのは『フェアプレイ精神』だろうか。高い志とそれを実行する心。その二つが彼には備わっていた。合格できて当然とも言える。
「いやあ、やってみて良かったわねー。お陰で早いうちに職を確立できたわ!」
「だぁー」
ロザンナとスザンナも俺達の事を祝福してくれているようだった。突然大声出されたら泣くのが普通だと思うが、コイツらに関してはそんなこともなく、「だぁー」とだけ笑って言う。
「かわいい……」
カルマは欲望に任せてスザンナの頬っぺたを揉んだ。ここでもスザンナは嬉しそうに笑う。彼にとっては自分の事より、スザンナやロザンナの事の方が優先順位が高いようだった。
「良かったわねぇ。ギルドって言ってもただのギルドじゃなくて、政府公認のギルドみたいよ♪ 仕事内容は『盗賊取り締まり』が主みたい」
彼女はゆっくりと「本当に良かったわ……」と呟いた。どこか遠い目をしてハヤシライスを口に運んでいる。しかし俺は、口ほどに『良かった』と思っていないように感じた。寧ろ何かを悲しんでいるように思える。俺は気になって尋ねた。
「母さん、どうかしたの?」
ラメラは驚いた体裁でこちらを見た。その瞳には俺の姿が映し出されている。ラメラと一緒に生活して、成長してきた俺の姿だ。彼女は言いにくそうに瞳を背ける。だがやがて、決心したように口を開いた
「……流石は我が子ね。流石に隠し通せないわ」
「だからどうしたんだって」
俺は、中々本筋に斬り込もうとしない母にムッとして語気を強めた。彼女は嫌そうに口を開く。
「貴方が入る予定のギルドはさ、衣食住の保障があるんだって」
俺はまた「だからそれと何の関係があるんだ」と言いかけたが、ラメラの方が早かった。
「つまりあなたは、わざわざ家に戻ってくる必要が無くなる。そして私は高齢だからギルドに入れない……つまりここで、私とあなたはお別れってこと。それを考えてとちょっと悲しくなっちゃっただけよ」
「……あー……」
俺はラメラの悲しそうな瞳を覗き込んだ。ラメラは長いこと一人で暮らしていた人物だ。そんな彼女の元に現れた俺は、どれだけ大きな存在であっただろうか。
……逆も然りである。転生してこっちに来てから、俺はラメラの世話になりっぱなしだった。戦場跡に一人転生した、俺を引き取ってくれたのは彼女だ。弱い俺の為に、訓練を施してくれたのも彼女だ。俺の人生の中でラメラは、まさしく『母親』だった。俺の心に、哀しみの芽が宿る。
そんな俺の心を払拭するかのようにラメラが言った。
「大丈夫、別にこれでお別れって訳じゃないわ……だから、そう……大丈夫よ…………」
その言葉が俺に向けたものなのか、それとも自分に言い聞かせている物なのかは判断できなかった。彼女はまるで幽霊でも見たかのような、とても青白い顔色をしている。俺は思わず言った。
つまり
「いやいやいや、おかしいって。顔が青白いぞ? なんか変な物でも食べた? 気になるなら定期的に顔出しに来ればいいし……」
「……大丈夫よ……うん……大丈夫」
そう語るラメラの顔色は、相変わらず異常だった。明らかに白い。何か、嫌な物でも見ているのだろうか。何と声をかけたら良いのか分からず押し黙っていると、俺に代わってカルマが声を上げた。
「ラメラさん、何かあるなら正直に話した方が良いですよ」
スザンナが「キャッキャ」と声をあげてカルマの袖を引っ張った。今度の彼は見向きもせずに続ける。
「僕が両親が差別反対組織の構成員だったって話はしましたっけ?」
カルマは黒い目を大きく見開いてラメラを見据えた。ラメラも俺も、固唾を飲んで彼の話に聞き入る。
「僕の両親はギルドの拠点に火を放たれて、突然亡くなったんですよ。ホント突然で、何の前触れもなく。幼い僕を独り、置き去りにして死んだんです。お陰様で僕は路地裏で孤立、一人で生きていくことになりましたね」
彼の口調から読み取れるものは、殆どいっていいほど何もなかった。文面だけ見れば両親を恨んでいるように感じるのだが、それと裏腹に口調は優しく、包み込むような声色だった。彼は指先で髪をくるくる回している。
「…………えへへ。もしも、彼ら二人が僕を置いて行かなかったら……いや、遺言でも残してくれたなら。僕はもっと明るく生きていくことが出来たのかもしれません。そこでラメラさん」
これが最期の会話だとしたら、貴方はリョウに何を伝えますか?
彼は優しく尋ねた。ラメラは息をのんで、こちらを見つめる。俺も彼女を見つめ返した。
「何が言いたいの? 母さん」
俺はラメラの瞳を真っ直ぐ見つめていった。もうラメラは、視線を逸らしたりしない。俺の視線をしっかりと眼で受け止め、呟いた。
「……私はこれまで、いろんなものに裏切られてきた。愛していた人も、私の元から去っていった。人助けをしても、善意は相手に届かなかった。子供でさえ、私の元から姿を消した。どれだけ抗っても、どれだけ叫んでも! リョウ、貴方もそうなってしまうの? 貴方が居なくなったら…………任務で死んでしまったら…………私は、一体、どうしたらいいの?」
それは『ラメラ』という一人の人間の心から零れ落ちた叫びだった。俺は呟く。
「そんなの、杞憂だろ」
「…………えっ?」
俺は出来限り力強く言った。
「だってさぁ、母さん。俺は母さんから育ててもらったんだぜ? 他でもない母さんに、育ててもらったんだぜ? 実際『実践』で結果残して、ギルドに認めてもらってる。こんな万全な体勢でギルド入会できるって人の方が、きっと少ない。だから大丈夫、俺は絶対に死なない」
……それにさ。
「母さんは『俺なら大丈夫』って思って実践に出したんだろ? 最後まで信じてくれよ」
それを聞いたラメラは一瞬、泣きそうな瞳をした。スザンナもロザンナも、俺もカルマも彼女の顔を呆けたように見ている。彼女はすぐいつもの調子に戻って話し始めた。
「……私の息子が、この程度の仕事でくたばってもらっちゃ困るものね。いいわ、信じてあげる……」
そこまで言って恥ずかしくなってきたのか、彼女はそっぽを向き、食べ終わったハヤシライスの皿を片付け始めた。ついでに俺とカルマの分の皿も洗うよう頼む。カルマが俺に、優しく笑っていた。俺は彼に「ありがとう」と呟いた。
『良かったねぇ、優秀な友達ができて』
———がしみじみと語った。俺はコクリと頷く。
(……そうだな)
うわの空で生返事した。俺の頭は早くも、自分が去った後のラメラの生活に思いを馳せている。家にはスザンナとロザンナが居るから、多分孤独ではないだろう。そしてきっと数年前まで暮らしていた(数年前に引っ越した)ボロい家で過ごすのだ。もしスザンナとロザンナの目の色が変化しても、今度はきっとラメラが王都に助けを求めてくれる。ラメラは、馬鹿じゃないから。俺が居なくても普通に生活できるだろう。
俺も同じく、ラメラ無しで生活できる。
「じゃあリョウ、王城まで届けてあげるわ。それまでは一緒よ♪」
皿洗いから戻って来た彼女は、どこか吹っ切れた様子で言った。直後に俺とカルマの腕を掴み、半ば強制的に『超高速移動』の動作へと移行する。あの独特の『加速』が始まり、すぐに終わった。気づくと俺達は、スザンナとロザンナを旅館の自室に置いたまま昨日の会場に移動していた。
俺はもう慣れたが、初めて移動を体験するカルマは目を白黒させていた。
「到着~。あ、王サマ!」
ラメラは誰かを見つけた様子で手を振った。勿論、視線を辿ると我らが王に行きつく……はずだったのだが。相手が挨拶を返すよりも早く、ラメラは武器を抜いて王に切りかかっていた。さっきまでくよくよしていた彼女の様子が、まるで嘘の様に生き生きとしていた。
彼女のそんな姿が虚偽なのか真実なのか、俺には判断しかねた。
「油断は禁物よ!」
「……フッ」
『わーお』
しかし王はこれを予想していたようで、自分のイルウーンでラメラの攻撃をやすやすと防いで見せた。いかにも「この程度か?」と見下すような感じで。部屋にはまだ、耳を直接刺激するような金属音の残響が残っている。
ラメラは特に激することもなく、ただ静かに後ろへ下がった。
「腕が落ちていないようで安心したわ」
どうやらこの斬りつけは軽い挨拶のような物らしく、ラメラはすぐにコピスをしまった。それに対応するようにして王もイルウーンをしまう。ラメラはやっと本題に入った。
「王、今日は私の子供『達』をギルドに加盟させようと思ってね。昨日私に紹介してくれたでしょう?」
ちゃんとカルマも頭数に入っているようだ。カルマがほっと息をつく音が耳に入る。
「ああ、そうだね。じゃあ軽く説明を……」
「説明はもう済ませてあるから必要ないわ。早く加盟手続きに進めましょう」
いつになくラメラの対応は乱雑極まりない。がしかし、そこが「ラメラらしい」ポイントであるのだと思った。カルマも慣れた様子で首を縦に振っている。
『普通の』人なら「なんだこいつら……」って感じで困惑しているだろうな、と思った。無論その「普通」には我らが王も含まれていない。
「まあ、いいや。じゃあこの紙に必要事項を記入して」
といいながら紙と鉛筆を差し出してくる。シャーペン? ボールペン? そんなものは高級品だ、ここにはない。
「了解です。って俺、いつ生まれたのか分からないんですけど……捨て子なので」
まあ捨て子っていっても形だけで、実際は誰も捨てていないのだが(転生しただけだから)。しかしこういう事態をことごとく嫌うカルマは、俺の方を向いてオウム返しに言った。
「捨て子!?」
「まあ、そうっちゃそうだな。でも俺は気にしてないから大丈夫だ」
「そっかぁ」
カルマは俺が平静を保っているのを見て、おとなしく引き下がった。相手が了承しているなら自分の出る幕はない……という訳だ。子供っぽい性格からのギャップで笑いそうになったが、何とか堪える。
「うーんんと、じゃあラメラに預けられた日で良いよ。確か……八月九日だったよね」
「わかりました~」
ぶっちゃけそんな日付覚えていないが。まあ暑い日だったのだけは覚えていたので、少なくとも不正解ではないだろう。
「えーっと、住所はどうしたらいいですか? 僕、家が無いんですけど。ずっと旅館暮らしで……」
「マジか……っていうか金は? 何処から調達してたんだ?」
俺は頭に湧いて出た疑問をそのまま口にした。その質問でもしカルマが口ごもってしまったら……何て考えたのは口に出した後である。———が『あちゃー』っていうのが聞こえた。
しかしそんな不安を払拭するするようにしてカルマがすらすらと述べた。
「前までギルドに所属していたんです。でも、その仕事に飽きたので実践を受けました。前までは靴職人のギルドだったのでとても退屈でしたよ」
うん、コイツは性格まで『王子様』だ。『飽きたから仕事辞める』じゃなくてちゃんと別職を見つけるんだもんな。生い立ちだけで考えたら只の貧乏人なので、「家貧しくて孝子顕る」とはこのような場合に使うのだろう。
「じゃあその欄は無記入でいいかな。言ってくれれば支援したんだけどね……」
『レジスタンスに入っていた経歴が丸ごとバレちゃうから言えなかったんだろうね』
(言いたくはないが、そうだろうな)
レジスタンスがまだ存在していたら、アレクはレジスタンスに加盟していただろう。それは彼にとっては幸せかもしれないが、その未来で俺達は出会っていない……そう考えると複雑な心境だった。
「いえ、支援なんて必要ないですよ。僕はちゃんと一人で生きていけますから。優遇されない哀れな人々に使用した方が良いと思います」
この期に及んでもなお、彼は自分の信念を曲げていなかった。
「強い子だ。自分より周りを優先するその精神、私が見習いたいくらいだよ」
王は、カルマの髪がくしゃくしゃになるまで撫でた。カルマは気持ちよさそうに目を瞑って呟いた。
「ありがとうございます」
器用な事に手は記入を続けていた。子ども扱いされているのに、それをまったく気にしない強靭な精神……というよりかは単純思考な脳。その純粋さが、少し羨ましかった。
「そろそろ記入は終わったかしら?」
「ああ、今丁度終わった」
「僕も終わったよ」
俺達は王に紙を提出して反応をうかがった。
「お疲れ様。それじゃぁ案内するから、付いて来て……」
「ちょっと待ちなさい!」
ラメラが断固とした口調で言った。その瞳からただならぬものを感じて、俺は即座に理解する。
……お別れの、時間だ。
「じゃぁね、母さん。また会える日を、心待ちにしてる……いや、母さんと一緒にいると気苦労が耐えないから、実際はあまり心待ちにはしていないかも」
俺はこの期に及んでブラックジョークを吐いた。悲しみを沸き上がらせないよう、必死で感情を抑えている。ラメラはクスリと笑った。
「そうねぇ、あと三年くらいは距離を置きたいわ………」
そこでそっぽを向き、わざとらしく咳ばらいをした。そっぽを向いたまま彼女は途切れ途切れに、蚊が鳴くような声で呟く。
「まったく…………おや……不孝者の…………っ、とんだバカ息子よ………」
耳の後ろが真っ赤に染まっている。いつもは自信たっぷりで、一切の迷いも感じさせない口調が震えている。俺は何も言及せず、ただ静かにその姿を見守った。本当なら今すぐにでも、彼女に抱き着きたい。でも今、そんなことをしたらラメラに迷惑だろう。一度決断したのだ、俺に茶化す権利は無い。
「……絶対、無傷で帰ってきなさいよ! いつでも待ってるから!」
彼女は俺と相対して、涙ぐんだ目をこすって叫んだ。俺は答える。
「ああ!」
それは血縁関係のない親子の、孫うことなき絆であった。王が優しく俺の方を掴んで、問いかける。
「用事は済んだかい?」
「ああ、もう大丈夫。行こう」
返事を聞いた王は、俺に背を向けて進みだした。俺はラメラに背を向けて歩き出す。
動き始めた大きな背中に追従した。王城の中を縫うようにして歩いて行く。ガラスから入る日光が、俺達の顔を照らしていた。
ShortStory≪ラメラとの訓練≫
『ギィィィン』という音が鳴り響いた。俺の刀とラメラのコピスがぶつかり、離れ、またぶつかる。
「クッソ!」
俺は舌打ちをした。俺がどれだけ多方向から攻めても、どれだけスピードに磨きをかけても。一向にラメラに命中しないのは何故なんだ?
「フッ、リョウ、全ッ然分かってないわね! そもそも、斬り方ってのがなってないわ。『直向斬り』『水平斬り』『逆袈裟斬り』……」
「だぁぁぁ! 母さん、言ってるだけじゃ分からねえよ!」
俺は大声で文句を言いまくった。もっと説明力を付けてくれれば伝わるのだが、ラメラが語彙力を付ける事なんて絶対にありえない。
「フン、しょうがないわね……こうよッ!」
彼女は俺の近くに寄ってくると、実際に俺の手をもって実践してくれた。
「……!?」
すると俺は、とんでもないスピードで一撃を繰り出せた。いつもラメラが見ている世界が、垣間見えて気がする。説明な下手なラメラは、時々こうやって俺にコツを掴ませてくれるのだった。
「……ありがと」
俺が素直にお礼を言うと、
「ほ……ほら、喋ってないで手を動かす!」
とかなんとか言って俺の手を離すのだった。
……この体験は俺が四歳だった時のころ。そしてこの行動が照れ隠しだと知るのは、五歳の時の話だ。