ローズ編 第十五話 防戦
≪カルマ視点≫
ごうごうと燃え盛る業火と、吹き付ける嵐のような風。とても地下とは思えない、ある意味で貴重な光景を僕達は目に焼き付けされていた。
炎と煙の中に、スザンナとロザンナがいることが直感的に理解できる。ここにいた筈の某国兵士たちの気配は、全くと言っていいほど感じ取れなかった。
僕は呆然と、それらの景色に魅入っていた。これまで何度も某国兵士たちと遭遇し、戦ってきたがここまで自分の無力感を噛み締めざる負えない光景は初めてだった。
一体、何をすればいいのだろうか? バケツリレーくらいしか思い浮かばない。
「……耐久戦ですね、これは」
えっと声を上げて、僕は声の主たるグレイの方を見た。いつの間にか隣に佇んでいた彼は大きく息を吹き出しつつ、鬱陶しそうに煙を払っていた。
その額には汗が滲んでいて、それを見て初めてこの部屋が熱い事に気が付いた。途端に僕の体中からも汗が吹き出し、体の温度が数度下がる。
「どうしてそう言えの?」
レイジが尋ねると、グレイは槍を握った。
「能力には必ず『限界』があります。彼……シープが持つ弱り切った相手を洗脳する能力で、スザンナとロザンナは暴れているのですから、その本人がいなくなった今効力が切れるのは時間の問題かと。それに……」
彼はそこまで言って一度発言を辞め、少しばかり声を小さくしてから続けた。
「……『彼』の事もありますからね。まぁ、能力的には不利かもしれませんが」
『彼』が誰の事だか、彼がそう言っただけでよくわかった。この状況下でグレイが頼りにする可能性がある人物など、一人しかいないだろう。
「まぁ、彼が来るまでは耐え抜きましょうか。ホラ、攻撃が来ていますよ」
グレイが顎をしゃくって、僕達の前方を差した。とほぼ同時に炎の球が飛んできて、僕はそれを屈んで躱す。
一息つく間もなく、また一発、また一発と連続して合計三発球が飛んできた。僕は最初の二発を素早く動いて躱し、最後の一撃は影から出てきたレイジがすかさず小刀で一刀両断。
二つに分かれた炎の球は僕の後方に吹き飛び、丁度そこにあった椅子を包み込んで燃え上がる。
一メートル以上の余裕をもって躱したにもかかわらず、鉄をも焼き切るような熱が感じ取れた。
しかし、ここまで躱したところで今度は何処からともなく『風』の音が聞こえてきた。身の危険を感じて転がるようにしてその場を避けると、ついさっきまでたっていた場所が透明な斬撃を受けたかのように抉れていた。
「風の刃……罰斬改征とは違うのかな?」
と、興味深げにレイジが呟く。あくまで避けてるのは僕だから、レイジは敵の観察に興じているのだった。
……避けるのに集中したいから、黙っていて欲しいものだけれど。まぁ、普段からレイジはそうだから大して気にならなかった。
僕はそのまま転がるようにして風の刃を躱し、それと同時に炎の攻撃にも気を配った。幸い今の所は躱せない程の攻撃は来ていない。おそらく、グレイと僕達を同時に相手をしなければならないから、大なり小なり乱雑になっているのだと推測できる。
しかし、そう言っても永遠に耐久出来る訳もなく。
「まずいかもな……」
僕はいつの間にか煙に巻かれて自分がどこにいるのか分からなくなってしまっていた。身の危険は感じているのだが、如何せんどこから攻撃が来るのか分からない。
素早く左右を見渡し、退路がない事を確認する。袋の鼠だな、と自分で自分を嘲笑した。だがまぁ、焦る理由はない。
「【罰斬改征】」
レイジが突然影から出てきて、煙を斬撃で弾き飛ばしてくれた。僕はにっこりと笑って炎の少ない方向、左に駆け込む。
「ありがと、レイジ!」
「これぐらいだいじょうぶだよ~」
やっぱり、レイジは心強い相棒だった。この分なら、いくらでも耐えられそうな気さえする。
しかし、ここで一つ問題が出てきた。
「どれだけ躱しても、スザンナとロザンナの攻撃に隙ができない……」
本来、グレイの予測が正しければ時間の経過によってシープの呪縛が弱まり、段々と元に戻って行くはずであった。
しかしこの炎の勢い、そして風の刃を見るにその隙は一切生じていないように感じる。
それどころか、空気を送り込んであらに燃え上がる炎が如く勢いが増しているようにさえ見えるのだ。肌で感じる熱も、文字通り『焼く』ようなものになってきている。
このまま躱し続けること自体はできるだろうが、『勝つ』ことはかなり難しいように思えて仕方が無かった。
仲間、それも最上位であるが故スザンナとロザンナを殺すことは出来ない。というか、敵わないだろう。
「「やっぱり、『あの人』の力が必要だよね……」」
僕とレイジの声がシンクロした。
「あ、レイジもそう思ってた?」
「カルマも? 気が合うね~」
『あの人』が誰なのかは、僕たちにとってわざわざ言及する必要もなかった。最上位クラスで物腰穏やかな、あの人だ。
……既に死んでいるという可能性は、頭を掠りもしなかった。僕達裁ち切る鎖の最上位クラスは強力無比であり、特に彼の能力は攻防共に強力である。特に防戦では敵なしと言えるだろう。
僕達は今、彼に賭けるほかなかった。それまでの防戦である。
「……嗚呼、鬱陶しいですね」
と、僕達が防戦の意思を固めた所で、煙の中のグレイが声を発した。人間とは思えない超人的体力で、彼は一切疲弊していないように聞こえる。
そして次の瞬間、彼は到底正気とは思えない行動に転じた。
「終わりにしましょう」
なんとグレイは、周りの炎をまるで見ていないかのようにロザンナ達の方へ──いや、位置も特定できていないから正確には煙の中へ──と直撃したのだ。煙で視界が悪いこの場所に置いて、そんな行動をしては袋の鼠である。
僕はグレイを止めようと口を開き、一歩を踏み出しかけた。
だが、言葉も出さぬまま僕は静止する。
……果たしてこの状況で彼が、あのグレイが何の考えも無しに突撃するだろうか?
とてもそうは思えないと、僕は一人で首を振った。何かしらの考えがあるのではないかと思えてしょうがないのである。
例えばそう、炎に対する具体的な対策を抱いているだとか。
僕は口を閉じ、刀を握りなおした。
加勢こそしないが止める必要はないだろう、そう結論を下した。グレイならば、絶対に自殺だけはしないと思う。それに今、僕達が彼の援軍に向かったら、僕達二人の方が圧倒的に危ないからだ。
グレイが突き進んだ跡は、ほんの一瞬トンネルのように煙が晴れていた。その向こうに見える彼の姿に向けて、ピカッと何かが赤く光る。
言うまでもなく炎だ。
それは、無防備な彼の背中に向かって素早く伸びていく。
僕は思わず、さっきは止めた一歩を踏み出した。
そして、それと同時に炎ではない|何《・》かがグレイに向かって伸びていった。敵の援軍かと思って刀を振りかけるが、それも刹那。
僕は目を見開いた。
それは、巨大な植物のツルだった。
勢いよく伸びていったツルはグレイを庇うように炎とグレイの間に壁を作り出し、大きく燃え上がった。
グレイは振り向きもせず、走り続ける。
「全く、怪我人には無理をさせるんじゃないよ……」
声のした方を振り返ると、そこには真っ赤な衣装に身を包んだ男が佇んでいた。所々から血が滲んでいて、激戦の後が見受けられる。だが、それは確かに僕達の知っている『彼』の姿だった。
「エルセアルさん……」
僕は呟いた。
彼はにっこりと笑ってこちらに近づき、「やぁ」と言った。頭を上げたエルセアルが右手を振ると、グレイに向かって伸びていた植物のツルは瞬く間に消える。
なるほど、グレイはエルセアルの援軍をいち早く察知して勝負を仕掛けに行ったのだと僕は合点が行った。エルセアルがあたりを見渡し、僕に質問する。
「大体状況は把握しているつもりだけれど、何をすればいい……」
「こっちに来てください!」
そんなエルセアルの発言を遮って、グレイの声が聞こえた。煙の壁の向こうから聞こえてくるその声に、エルセアルは笑みを消して近づいた。
僕達もそれに習って走り出す。煙の所為で殆ど前が見えず、エルセアルについて行くのは少しばかり苦労した。
まぁ、それも一秒も経たずに終わったのだけれど。
「……手伝ってください」
そこには、しゃがみこんでゴソゴソしているグレイの姿があった。いや、よく見るとそこにいるのはグレイ一人ではない。
彼の手の下には、ロザンナの姿がった。必死で彼の束縛から逃れようと抵抗し、まるで動物のように激しく歯ぎしりをしている。
「ロザンナを捕らえました。あまり長くはもたないでしょうが……」
「……うん、それだけ解れば十分だ」
エルセアルが素早くグレイに駆け寄り、手の中に『何か』を生成して、暴れるロザンナの口の中に突っ込んだ。
ロザンナはさらに一層激しく抵抗し、それを吐き出そうとするがグレイがガッチリ押さえてそれを許さない。
僕は『何をしたんですか?』と聞こうとしたが、それよりも先にスザンナの風の音が聞こえたので一歩下がった。
グレイも呆気なくロザンナの拘束を解き、その場から後ずさる。
「……今、睡眠作用のある植物を食べさせたんだ」
エルセアルが、僕の訊かんとしている所を的確に突いて答えてくれた。
「グレイ君、君がしたいのはそういう事だろう?」
「御明察」
グレイは手でクルクルと槍を回し、構えなおしてから続けた。
「暴走が収まらないのなら、無理矢理収めさせればいいだけの事ですから」
「作戦開始、だね」




