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二刀を巡る黙示録  作者: はむはむ
第二章 リュミエール編
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リュミエール編 第六話 友人

≪リョウ視点≫

 俺は更衣室で自分の服を脱いでいた。「子供の裸なんて見せてなんぼだろ!」というよくわからない理論に基づいて、ベタに隠したりはしない。俺の隣ではとっくに脱ぎ終わったカルマが俺の方を見て待っていた。いやしかし……


 カルマ、いい体してんな。


 いや、決して変な意味ではない。ただただいい体してると思っただけだ。例えるなら『王子様』だろうか。女かと勘違いしそうなくらい肌色が白いし、筋肉のつき方も上品だ。腹部には浅い傷の跡があったがそれでも野蛮な感じはしなかった。


 カルマの体を舐めまわすように見ていたのが気になったのか、カルマがタオルで体を隠した。


「リョウ……(きみ)、本当に五歳児かい?」


 仕草まで女っぽいな!


「俺は六歳だ!」


 とか言ってるうちに服が脱ぎ終わったので、俺は浴場に向かった。こっちに来てからずっとラメラの家で暮らしてたので、「旅館の風呂」がどのようなものか気になる。俺ははやる気持ちを抑え、素直にカルマの背中を追いかけた。


 先ほどの廊下同様、蝋燭しか明かりが無い通路を辿っていく作業も終盤に差し掛かった時、俺は湯気向こう側が見えた。


「……うわーお」


 カルマと俺の声がシンクロする。そこに広がっていたのは大浴場だった。優に三十人は付かれそうな位大きい。しかし今は誰も浸かっていなかった。


「やった、一人……じゃなくて二人占めだよ!」


 そういうとカルマは湯に向かって突進した。体を洗ってから入るとか、そういう常識は持ち合わせていないらしい。俺もそれに習い、浴槽に突っ込んだ。


 「バシャーン」と波が起き、風呂の水が溢れ出す。熱さは「少し熱い~丁度」だろうか。ラメラの家でいつも浸かってる風呂と大体同じだった。


「ふぅー、やっぱり風呂は落ち着くね。特に大浴場だと」

「……そうか。俺としてはもう少しこじんまりとしている方が好きだが」

「何言ってるのさ! 風呂は広いからいいんだよ!」

「そいつはどうかな?」


 不敵な笑みを返してやる。カルマは少しひるんだ様子で「ど、どういう意味だい?」と聞き返す。俺は言ってやった。


「穴があったら入りたいっていうだろ? あれは俺の性癖をそのまま具現化したような物なんだ。俺は狭い方が好きだ」

「あ、そう……なんだ……っていうか、使い方間違ってない?」


 彼は、はっきりいってドン引きしていた。俺は別に気にすることもなくそのまま湯に浸かった。


「ねえ、さっき聞きたいことがあるって言ったでしょ?」

「ああ、そうだっけか?」


 唐突に話しかけられてびっくりする。彼は俺に身を摺り寄せてきた。静かに風呂を満喫していたので、カルマの存在を忘れていた。


 大浴場なんて、前世では殆ど行った事が無かったが意外といいのかもしれない。


「そうだよっ! 僕は君に聞きたいことがあるんだ、いいかい?」

「別にいいが、何だ?」


 俺は顎で言うように促した。なんとなくだが、俺をここに呼んだのはそれを聞き出すためだったのではないかと思う。


「単刀直入に言えば、君の弟と妹について。金髪で分かったんだ、あの子たちがリュミエール人じゃないって」


 そう言われた瞬間俺は「しまった」と自分の行動の軽率さに後悔した。


 そうだ、人種差別を忘れていた。リュミエール一般市民から見たあいつらは、確かに異国人に見えるはずだ(実際異国人だと思う)。輝く金髪、カルマ顔負けの白さを誇る肌。その要素全てが彼らの立ち位置を誇示している。


「……そうでしょ、リョウ」


 俺は何を言おうか迷った。ここは都合のいいような虚言を述べるべきなのだろう。でも、俺はそうしたくなかった。コイツはさっき、能力を使えば一瞬で終わるであろう場面で能力を使わず、あくまで平等フェアに固執した。


 今、ここで平等フェアを放棄したらずるいよな。


「……そうだ」

『え!?』


 ほんの数秒の沈黙。湯気の所為でカルマの顔は見えなかったが、それでも彼がどんな顔をしているのか手に取るようにわかった。


 というのも沈黙ののちに、カルマが声を震わせて笑ったからだ。俺と同じくらい高い声音は、どこか楽しそうに思えた。


「リョウ、君って最高だよ!」

「……あァン?」


 突然の、それも予想外の返事に俺は不良みたいな声になった。


「は? お前ってリュミエール人だろ? 人種差別とかよく聞くんだが……」

「そうだね、そうだよ。でもねぇ、僕はその文化に納得できないんだ」


 不思議な物言いだった。正論のようにも聞こえるし、破綻しているようにも聞こえる。俺に対して攻撃的だったのが嘘の様に静かだった。


「だっておかしくない? 僕たちはみんな同じ人間なのに。差別する理由なんて無いはずなのに。それなのにみんな、自分と違う人を除外しようとするんだ」

「あ……ああ、そうだな」


 俺も全くの同意見だった。


 初めて見る差別反対派……いや、今日戦ったあの黒人もそうか。


「相手の立場に立って考えることが出来ないのかな、愚かしいね。僕はリョウを見た時、『しめた!』と思ったよ。だって肌が白い人を嫌ってないんだよ? 僕はやっと、良識のある人と出会えたんだって」


 興奮した様子で風呂の水をバチャバチャ叩く。俺の顔に水しぶきが飛んだ。そろそろのぼせかけていたが、カルマの話の腰を折りたくなかったのでそのまま風呂に浸かっていた。


「彼らの地位向上に努めたいんだ。手助けになりたい。いいかい?」


 もし俺以外の人が聞いていたとしたら、「馬鹿馬鹿しい! 誰が付きやってやるものか」と言って終わっていただろう。


 湯気の切れ目から、カルマの黒目が見えた。闘志に満ち溢れた眼差しは、はっきり俺を捉えている。それで俺は決断した。


「それってつまり、スザンナとロザンナに会わせて欲しいって事か? いいぞ、大歓迎だ。ただし、人手が俺と母さんしかいないんでな。ちょっと育児を手伝ってくれよ」

『僕を忘れてないかい』


 なんでこういう時に限ってお前は横槍を入れるんだ!?


(お前はどう足掻いても育児できんだろ)

『えー?』


 至極残念そうな様子でしぶしぶ口をつぐむ。


「彼らはスザンナちゃんとロザンナ君っていうのか……ともあれ、ありがとう。やっと僕も本格的に動けるよ。にしてもここの浴場はいいねー。あと二十分位浸かっていようよー」


 いい加減のぼせた俺が上がろうとしたのを、カルマは見逃さなかった。頭を抑えつけていることからして、是が非でも上がらせまいとする心具合らしい。


「はぁー」

「どうしたの、リョウ」


 俺のため息は、湯煙に紛れて消え去った。

 それから二十分後(まさかの有言実行)、俺は一旦ラメラの部屋へ戻って食事をとった。ラメラの所で食べている食事とは違い、かなり作りこまれた料理だった。日によっては郷土料理も出るらしいが、今日のメニューはどの季節でも食べられる、みんな大好きハンバーグだった。


 百パーセント牛肉で、つなぎの小麦など一切使っていないのでは……と疑いたくなるほどのにくにくしさだった。恐ろしい事に、この「The・肉料理」をラメラはおろか、カルマまでもがペロッと完食。俺は四割ほど残した。その際———が


『残すくらいなら僕にちょうだいよー』


 と言ってきたのだが、「実体のないお前がどうやって食うんだ」と質問すると黙り込んでしまった。ちなみにこの分はカルマとラメラがおいしく頂いてもらった。


 王子様面してるくせに、カルマは食欲旺盛らしい。


 俺の当初の予定ではこの後すぐに就寝の予定だったのだが。カルマがサウナ行きたいだ買い物したいだいいはじめたので、かれこれ二時間ほど付き合った。カルマはその際、俺に小さな狐の仮面を買ってくれたが、どうも使い道が無いように思えた。顔を隠す理由なんて無いし、被ったところで邪魔になるだけだし。


 俺は返品しようか迷ったが、カルマが悲しむのが目に見えていたのでやめておいた。


「クッソ眠い!}


 そんなこんなでただいまの時刻、午後十時。向こうの世界ではこれ位が普通(というかもっと遅く寝る日の方が多かった)なのだが、今は随分と状況が違う。幼い分睡眠も沢山とらねばならないのだった。


「なあカルマ、そろそろ終わりで良くないか……」

「うーん、それもそうかな。んじゃあ帰ろ!」


 言下にカルマは部屋に向けて走り出した。そのすばしっこさと言ったら! 俺はカルマの背中を走って追いかけた。俺の方が年下のはずなのに。これではどちらが子供か分からない。


 ま、前世分合わせたら俺の方が年上だけどな。


『そういうの、大人げないっていうんだよ』

(るせー。ってかお前、俺が強く思ってなくても俺の考えが読めるようになってきてないか?)

『あー、そうかもね。僕たちの絆が強まったって事でいいんじゃない?』

(はぁ? こっちにしてみればいい迷惑だよ、たくもう……)


 俺はやっとこさラメラの部屋に戻った……がしかし、地獄はまだ続いた。


 何とカルマが「俺の部屋で一緒に泊まりたい」と提案したのだ。俺は無論「流石にそれは……」と否定しかけたが、ここでラメラが「いいわ!」と肯定してしまった。俺としては迷惑この上ない。無下に否定したら多分ラメラに殺されるだろう。


 だから俺も、いやいやながらに了承したのだった。


「やったねー、リョウ」

「そーだな。俺としては面倒くさい限りだが」

「何か言った?」

「いんや、何も……」


 布団の上で俺はロザンナ、カルマはスザンナを抱いて話していた。ラメラは既に部屋の隅っこで丸くなっている。俺達の為に布団を二枚とも開けてくれたのだった。ちなみに時刻は……十時半か? 遅すぎる。


「なあ、俺もう寝たいんだが……」

「えー? 駄目だよ、まだ寝ちゃ。今日は寝ないで語り合うんだから!」


 こっちに来て初めてできた友人がこれかよ。クッソ、俺はどんだけ運が悪いんだ。


「いや俺、一応六歳なんだけど。幼児には睡眠時間が必要なんだ」

「あー、そう言えばリョウって幼児なんだっけねー。すっかり忘れてた」


 それでも尚カルマは態度を変えようとしない。ってかこの身長差で俺の年齢を忘れるとか……


 クッソがぁぁぁぁぁ!


 俺は内心で叫び散らした。———が『はいはい』と適当にあしらうのも癪に障る。


「ってかそもそもカルマお前、親はどうした!? 十三ならまだ親と行動する時期だろ!?」


 俺がそう言った時、カルマがあからさまに顔を曇らせた。突如として言葉が出なくなる。


「……亡くなったんだ」


 何かを思い返すような、虚ろな目をして呟く。さっきまでのきらきらした目が嘘のように暗い目。とたんに俺は、深い闇に満ちたカルマの目を直視できなくなった。


「僕の両親はレジスタンス(差別反対組織)の一員だったんだ。そこでの活動が公衆にバレていざこざになって……そのまま逝ったよ。それと同時に組織も壊れた」


 心なしかカルマの話し方が不愛想になっている気がする。いや不愛想というよりは「自傷的」か。しかし、粗暴なのは言葉だけで、カルマはスザンナをこれ以上とない位優しくなでていた。


「……どのようにして、亡くなったんだ?」


 俺は不謹慎だと思いつつも、尋ねずにはいられなかった。


「焼死だよ。レジスタンスの本拠地に、火を放たれたんだ。僕の両親が丁度、その中に居てね……」


 そのまま、「パァ」さ。


「……そうか。お前も、大変なんだな」


 口先だけの同情に、意味がない事は良く知っている。俺自身、そんな同情は必要ない。だがしかし、彼は「そっかぁ」と安心したように息を吐いた。再びスザンナの金髪を、まるで我が子のように大切そうに撫でた。彼はスザンナを抱いたまま布団に入った。


「あれ、寝るのか?」

「うん。話してたら眠くなってさ」

「……そうか。おやすみ」


 俺もロザンナを軽くなでてから、横になって布団を被った。

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