リュミエール編 第五話 最低
≪リョウ視点≫
(取り敢えず、妹の所に運んでやるか)
『それが良いよ』
俺はぐったりと倒れているロザンナを抱えて、スザンナの元へ走って行った。相変わらずスザンナは地べたに寝そべっていた。点滅の止んだ黒目で地面を見据えている。
そこの隣にロザンナを降ろしてやった。心なしか、俺には二人が笑ったように見えた。
俺は二人を尻目に、あたりを見回した。ここから二十メートルくらいの所にラメラが倒れているのを見つる。
「さて……と。ラメラを起こしに行くか」
俺は心もとない足取りでラメラの方へ向かった。気を失っているようで、俺が近づいて行っても返答しない。幸いなことに、脈は確認できた。
(これからどうするよ)
『どうするって……僕たちはエペの方角を知らないから、ラメラが起きるのを待つしかないね』
(だよなぁー)
家は炎を上げてるし、近くによくわからないバケモノがいるし。この先の事を思うと、頭が痛かった。しかしまあ、気にしていても始まらない。俺はラメラの肩を叩きながら聞いていないのを幸い、こう叫んだ。
「ラメラ、起きろ!」
わざわざ『ラメラ』と呼んだのは、普段無理矢理「母さん」と呼ばされていた恨みが籠っている。
日が沈んできていている上に移動手段が無いこの状況では、一刻も早くラメラには起きてもらうしかなかったのだが、俺はそこまであわてなかった。脈も呼吸もあったし、何よりラメラは頑丈にできてるのだ。そう簡単にやられるはずがない。
五分、十分、十五分……時間だけが只、過ぎていった。暇になったのだろうか、途中で———が俺に『しりとりしようよー』と言ってきたのだが、問答無用で断った。めっちゃ不服そうだったが、面倒くさいものは面倒くさいのだ。しかし事実、暇を持て余していた俺はさっき開花(能力が使用可能になる事)した能力を使ってみることにした。
軽く両手に力を入れてみる。
数秒の時差ののちに、俺の手に二振りの刀が出現した。抜刀するスピードがほんの少し下がっている気がしたが、これは訓練次第でなんとかなるだろう。
俺はさらに、腕全体に力を込めた。今度はさっきよりも早く変化が起き、俺の皮膚全体が鉄で覆われた。
「うっお、なんかかっけえなな」
『そうだねー』
それから俺は、しばらく自分の能力を使って『遊んだ』。自分が狙った場所に、好きな量だけ鉄を生成できた。刀の形状も、変えようと思えば少しは替えることが出来た。
……もっとも、センスのない俺がやると刀が不格好になるだけなのであまり変更しなかったが。
(……あれだな、便利っちゃ便利だけどチートではないよな)
『まあね。でも、リョウが自分で言っていたように、使いようによってはかなり強い能力だよ』
俺は口を尖らせて言った。
(っつってもさぁ、めっちゃ強い能力が来たら絶対太刀打ちできないじゃん?)
定期的に呼吸を確かめながら、待つこと約三十分。本気で俺が危機感を覚え始めたその時、ラメラがむせ返るように言った。
「痛いわね、さっきから! こっちは気持ちよく寝てたのに……」
俺の手を振り払い、再び眠りにつこうとする。もしかして、自分が今どんな状況にあるのか分かっていないのだろうか。
「起きろ!」
今度は語気を強めて言い放った。これ見よがしに抜刀してラメラに向ける。わざわざ能力を使って刀を両手に生成し、両方とも首元に当てて脅す。
「わわわ、危ないね! 何してるのか分かってるの!?」
「そっちこそ自分がどこにいるのか分かってるの?」
そう言われて初めてラメラが状況を確認した。自分が家の中ではなく地べたに倒れ込んでいる事、そして体中が傷だらけであることに驚きの声を上げる。
「ちょっ……何よ、コレ!」
「母さん、本気で覚えてないの?」
俺は流石に心配になって尋ねた。これでラメラが記憶喪失だとしたらシャレにならない。
「……なーんてね。ちゃんと覚えてるわ」
「そういう面白くない冗談辞めてよ」
かまってくれるのをいいことにラメラは、再びふざけ始めた。
「ああリョウ! 記憶が……」
『無視していいと思うよ』
(俺もそう思っていた所だ)
俺は母親に背を向けて兄妹の元へ向かった。手で付いてくるように合図し、後はそのまま振り返らない。
「どうするよ、母さん。こいつら始末する?」
数時間前のラメラだったら答えは即決で「いいえ!」の三文字だっただろう。しかし今は事情が違った。立ち上がり、迷ったように言う。
「どうするもこうするも……今殺さなかったら私たちが殺されるわ。殺らなきゃいけないでしょうね」と。顔色は真剣な物になっていた。
不思議な事に俺は、この発言に心から同意できなかった。ついさっきコイツらに殺されかけた上に、重症も負わされたのだ。なのに、俺は賛同できないのだった。
でも、反論はしなかった。次は、間違いなく死んでしまうだろうから。結局、人間にとって一番大切なのは「自分の安全」なのだ。その事実を受け入れられないだけで。
しかしラメラは、いくら待てども武器を構えようとしなかった。ラメラの顔を上目遣いに見る。彼女は静かに泣いていた。涙を流している訳でも顔が赤い訳でもないのに。それでも俺にはその顔がそのように映った。
「でも……」
「ただ?」
途切れてしまったそのセリフを聞くためにラメラの目を覗き込んだ。彼女の目に初めて、戸惑いが垣間見えた。
しかし彼女は俺の目を覗き込んだままだった。絶望を連想させるような黒目が、俺をつかんで離さない。そのままラメラは呟いた。
「このまま野垂れ死にさせてあげるほど、私は優しくなれないわ」
あの時とは違う、優しさより悲しさが先だった声音。それは明らかに、俺に向けられたものではなかった。俺でも、はたまた兄妹でもなかったのだろう。言っていることは慈悲に満ち溢れているはずなのに、何故か耳が痛くなった。
「……適当にエペの宿漁るわよ。スザンナは私が持つから、貴方はロザンナをもって私につかまって」
何か言うのかと思ったら、単調な指示だった。何の感情も籠ってないように思える。いつの間にか笑顔に戻っている。声にもにハリが戻り、太陽を思わせるものに変わっていた。
「わかった」
返事はそれで十分だっただろう。俺を連れてラメラはエペへ向かっていった。
※
「私が会計済ませておくから先に部屋に行ってて」
とあるホテルのエントランスにてラメラが俺に言った。部屋番号は「153」。こっちの世界にビルのような高い建物は存在しないなので部屋番号も「1」から始まっている。もっとも、主城は五階建て(もっと上かもしれない)なので、「5」から始まる部屋番号があっても別に不思議じゃないが。
俺はラメラに背を向けて歩き出した。
蝋燭だけが心もとない明かりとなっている廊下は、嫌に不気味だった。
途中でスザンナとロザンナ目を覚ましてあくびをした。また襲ってくるのではないかと警戒した。がしかし彼らはそんな様子はおくびにも出さなかった。目は点滅を止めて黒一色になっている。
(なあ、目の色が変わっているときだけ凶暴化するみたいな能力ってあるのか?)
『……あるかもしれない』
じゃあコイツらの能力ってそれじゃん。
と安直に決めた俺を尻目に———は呟いた。
『でも、二人とも同じ能力っていうのは僕の知る限りありえないんだ。こっちの世界で能力が被ったことは無いと思うし、多分ルールだと思う』
(それを先に言ってくれよ)
がっくりと肩を落とす。じゃあ、こいつらは何なんだ?
……バケモノ。
そんな言葉が口をついて出た。まさにその通りだ。さっきとどめを刺しておくのが正解だったのかもしれない。今ならまだ間に合う。俺がこの場で仕留めてしまえば……
そんな思いで俺は兄妹の顔を見た。俺が歩くリズムに合わせて二人の金髪が揺れている。そしてその顔は、他でもない俺の方を向いていた。
『殺せるのかい? 君には無理だよ。僕にもできないし』
———が事実を告げた。
確かに俺はいくら冷酷になれてもこのまま殺せるほど厳しくなれないのだろう。殺してやるのが正解だったとしても俺は殺したくなかった。
(……伝わってたか。強く念じたらお前にも聞こえちゃうんだもんな)
『そゆこと』
骸骨のようにからからと笑う。そんなこんなしているうちに俺は、自分の部屋についていた。
「えーっと、鍵鍵……ってねえ! どっかで落としたのか!?」
『いや、そもそもラメラから渡されてないよ』
いやマジかよ。
(意図的に渡さなかったのか? それともただ単純に忘れてたのか?)
『さぁ……?』
狭い廊下に人が通った。邪魔にならないようにと壁際によって立ち去るのを待つ。が、意外にもその人は立ち去らずに、俺の顔をまじまじと見つめている。それから真剣な声音で問いかけてきた。
「君! 大丈夫かい?」
「大丈夫かいって……」
第一声ソレかよ。俺はなんとなく何が言いたいのかを悟ったので言い直した。
「額にある火傷の事だろ? 今の所生活に支障をきたしてないから大丈夫だ。ってかお前、どっかで見たことあるような……」
白い肌ににキラッキラの黒い瞳と黒い目。なんかつい数時間前に見た気がしてならない。
「あ、覚えていてくれたかい? 僕だよ、君から仕返しされて鼻の骨を骨折した……」
いや全然覚えていないんだが。そもそも六歳児の記憶を当てにすること自体が間違っている。中身はまあ、社会人の端くれだけど。
(誰だ?)
『リョウ、今日の実戦で戦った相手だよ』
俺は正直言って誰の事だか分からなかったが、数秒の間をおいてやっと理解した。確か能力の使用許可が出ても『平等』で戦った奴。
「あー、お前か。ボキッて音がしたから(もはや断定)骨折してるかもと思ったが、意外に元気そうだな」
「ありがとう。骨折はしてたけど、治療兵が治してくれたよ」
と言いながら自分の頬っぺたを指で触る。「ここを骨折したんだ」の意らしい。
「んで、お前は何しに来たんだ」
「何しにって……お風呂だよ。やっぱり旅館はお風呂だからねー。僕の名前はカルマ、君は?」
「俺はリョウ。お前、こっちの世界じゃ珍しいタイプだな。負けたら根に持つ奴が多いって、ラメラから聞いていたんだが……」
もっとも、ラメラの情報だから真偽は不明なのだが。こっちに来てからほとんど人と関わっていないので声色が実にそっけないものとなっていた。しかし彼は気にした様子もなく笑顔で返す。
「リョウか……素敵な名前だね。僕はカルマ、カルマ=ケルムさ」
「ついさっきも名乗ってたろ。わざわざ名乗りなおす必要な無いし……ってか……」
苗字って文化、こっちにもあったんだ。
何を今更……って話だが、俺はこっちに来てから苗字を全く聞いてなかった。当然ラメラの苗字も、自分の苗字すらも知らない。そんなわけでこれはある意味『大発見』だった。
「丁度いいや、一緒に風呂入らない? ……ちょっと聞きたいこともあるしさ」
聞きたい事ってのも気になるっちゃ気になるが。俺が真っ先に思ったのは「初対面で風呂の誘いて色々まずくないか?」という事だった。いくら男同士とはいえこう……何というか……
『プライバシー?』
(そう、それだ!)
余りにもプライバシーに無頓着すぎるのではないだろうか。見た目の王子様っぷりをはるかに裏切る大胆な提案に、俺は固まってしまった。
そんな俺を見て何を思ったか、勝手にカルマが話を続ける。
「あ、閉口は暗黙の了承とみなすよ」
——うっっっわ。そういうふうに決めつけてると嫌われるぞ。
その提案自体はまんざらでもないのだが、何せ無断でここから離れるわけにはいかないのだった。俺が居なかったら多分ラメラは兄妹が何かやらかしたのかと疑うだろう。
だからそう断ろうとしたとき、俺のよく知る力強い声が狭い廊下に響いた。
「リョウ、ごめん! 鍵、私が持ってたわ。あれ、その子は?」
ナイスタイミング、ラメラ!
俺は内心ガッツポーズをするとラメラに兄妹を手渡した。
「んじゃあ母さん、ちょっと風呂入ってくるから。留守番ヨロシク!」
「えっ、ちょっと……」
突然兄妹を渡されて閉口してしまうラメラをよそに俺は廊下を走り出した。カルマは付いて来てるものと断定して振り返る事すらしない。
だから、だろうか。俺はこの時カルマが微笑んだことに気が付かなかった。
≪登場人物紹介≫
カルマ=ケルム……黒髪黒目の少年。とてもきれいな白い肌をしており、リョウから「王子様」と思われている。武器は刀で、能力は不明。。とても器が大きく、その大きさは『実践』で骨を折られたのを気にしていない程。自分より小さいものをかわいがる。




