リュミエール編 第四話 二杖
≪リョウ視点≫
「あー、つまり?」
「だーかーら、あの人の強さは尋常じゃなかったのよ。私でも目で追えなかった」
「母さんが?」
俺は帰り際、今日起きたことについて話していた。『あの男、只者じゃない』と———が言っていたのを思い出す。
『相手のスピードを大幅に上回っている場合のみ「みねうち」は可能になるんだ。だから「みねうち」は簡単に使えない』といつかコイツが言ってたっけ。
「まあいいわ。彼の事はおいておくとしましょう。それよりリョウ、貴方思ったより戦えたじゃないの! 能力ナシが能力アリに互角ないしそれ以上の戦いをするとは……」
「あ、ありがとう」
『良かったね、リョウ!』
俺は口上でそんなことを述べていたが、内心は別の事を考えていた。俺が戦った相手が自分が不利になるのを承知の上で『フェア』を望んだり、高慢すぎて自滅したり。実際は俺の実力とは無関係の所で脱落者が出ていたので、俺の実力はあまり関係ないのだった。
「んじゃ、そろそろスピード上げるわよ。家で子供たちが待ってるものね」
俺は「スピード上げる」と言われて咄嗟にラメラの腕につかまった。ラメラにとっての「スピードを上げる」は無論、「能力を行使する」と同義である。
「子供……ああ、家の前にいた赤ちゃんたちの事?」
「他に何があるっていうの?」
数秒後、俺は自分の家の前に着いていた。人気の多い王都より、静かなこっちの方がよほど落ち着く。あとこれにカレーがあったら文句はないのだが、生憎そんな贅沢は望めなかった。
俺は溜まっていた疲れでおぼつかない足取りでドアノブを捻った。夕日がドアノブに反射して眩しく光った、まさにその時。
俺は違和感を覚えた。具体的に「何」とは説明できないが、とにかく何かがおかしい。家の中から感じるこれは、『殺意』だろうか。俺は咄嗟に後ろへと跳躍した。俺に張り倒されたラメラが「何よ!」と叫ぼうとする。
『どうしたの?』
———もそういっていたが、かまってる暇はなかった。抜刀して「奴」が出てくるのを待つ。十秒……二十秒……沈黙が耳を刺しだした丁度その時、家のドアが炎を上げて燃えだした。
「な……放火魔か!?」
犯人は誰だ? 家の中に俺たち以外の人は入れないはず。鍵だってしっかりかけてあった。つまりこれの犯人は……
「あの兄妹か!?」
「まさか! あの二人はまだ赤ん坊よ!」
彼女は酷く困惑した様子であった。彼女が言ったのとほぼ同時に、灰となりつつある家の屋根の一角が音を立てて崩れ落ちた。ラメラは絶望したような瞳で家を見つめている。だが今でも尚彼女は、冷静な判断力を失っていない。即座に俺の事を遠くへ突き飛ばしてラメラは叫んだ。
「……なんだかよくわからないけれどリョウ、下がってなさい。まずは私が行くわ!」
俺は突き飛ばされ、地面に強く頬を打ち付けた。手で土を落として立ち上がろうとするが、足がもつれて上手く立ち上がれない。なんで彼女は突然俺を突き飛ばした? 苛立ちと焦燥と低迷する思想が、足に絡みついている。俺は正常な思考に戻す耐え、頬をパンと叩いた。途端に低迷しかけていた考えが、一つにまとまる。
……そうか、俺を燃え盛る家の中に入れさせないためだ。
俺は深呼吸をして立ち上がり、燃え盛る家の中に消えていったラメラの姿を追おうとした。が、それよりも先にラメラが俺のすぐ隣に現れる。
「カハッ……」
彼女は超高速移動を使って緊急脱出をしたようで、酷く疲弊していた。今にも倒れ込みそうに見えるが、彼女はふらつきながらも立った態勢をキープしていた。
黒インクを頭から被ったのかとさえ疑いたくなるほど、彼女は真っ黒に染まっている。それらの黒い物質は全て炭で、俺が触れるとさらさら零れ落ちた。代わりに真っ赤に染まった皮膚が露になる。皮膚は鉄のように、大量の熱を帯びていた。それだけで、中の様子が伺い知れるだろう。
しかし、それでは不十分だ。
「中で何が起こっているんだ!?」
俺はラメラの火傷に構わず、端的に質問した。喋っている間にも家はごうごうと煙を吐き出し、崩れ落ちている。最早ソレは原型を留めておらず、とても俺が生活していた場所だとは思えなかった。ラメラが口まわりに付着した炭に向かえりながら、苦しそうに言葉を吐き出す。
「ゴホッ……中には、あの……兄妹がいたわ」
いつもだったら好戦的な光を帯びているはずの彼女の瞳は、今はごうごう燃える炎の残滓だけを映していた。不安を掻き立てるような口調で、彼女は続ける。
「た……ただ、雰囲気が全然違った。何というか……」
彼女は発言を区切り、刹那考えるように目を瞑った。やがて適切な表現を思いついたのか、目を静かに見開いた。いつもより口を細く開けて呟く。
「『バケモノ』よ。あの二人は間違いなく、ただものじゃな……」
彼女はそこで押し黙ってしまった。目がかっと見開かれている。その視線の先を辿った俺は、呆然とした。
「奴」が姿を現したのだ。堂々とした佇まいで、ゆったりとこちらへ接近してきている金色の髪の毛は、炭の合間から神々しい光を反射していた。雪よりも白い肌は、煙の中でもよく見えた。先にロザンナが出てきて、次にスザンナが続いた。双方ともに美しい瞳で物色するように、こちらを見ている。スザンナは何も写さない黒色の瞳で、ロザンナは炎さながらに赤い瞳で。
その瞳で見つめられるだけで俺は、武器を捨てて逃げたしたいような『波』に襲われた。全ての命を飲み込まんとする、貪欲な『何か』が彼らの中に居る。こちらを見つめて、大きな口を開けている。自分よりずっと年下で、脆い命であるというのに、彼らの瞳にはそれだけの威圧感があった。
すぐに手を打つべきと判断した俺は、刀でロザンナの小さな首筋を狙った。迷いは無かった。俺は変わった。もう俺は昔の、人っ子一人殺せないような俺じゃない。
渾身の一撃が、ロザンナの首に吸い込まれた……
って筋書きのはずなのに。ロザンナは斬撃をいともたやすく身を翻して避け、何とそのまま俺の刀身を片手で受け止めてしまった。即座に俺は刀を抜こうとしたが、この子供の馬鹿力と言ったらない。何でもないような表情をしているが、手に掛かっている力はインド象をも上回っているように思えた。俺がどれだけ力をかけようとも、彼は手を離さい。不意を突いた納刀によって何とか束縛を断ち切れたが、次やられたら本気で不味いかもしれない。
俺は二人の動きを警戒しながら、十数歩後ろに下がった。俺が下がる間ロザンナは、右手を宙に突き出した。真っ赤な光と共に、彼の手には武器が表れる。それは、血のように紅い宝石が埋め込まれた木製の杖であった。彼は不敵な笑みを浮かべて、俺に向かって杖を振った。
その時、俺は謎の不快感に襲われた。
「リョウ、早く戻ってきて! ……不味いわ!」
ラメラも何か感じたのか、口調に焦りが滲んでいた。彼女が言葉を発したのとほぼ同時に俺は、ラメラの元まで走り抜けた。俺がたラメラの元へと到着した途端に、ついさっきまでいた所に火柱が上がる。あと少し遅かったら間違いなく、俺は前世と同じ最期を辿っていただろう。俺は呆然と、上った火柱を眺めていた。
「……危なかったわね。あの子達、やっぱりバケモノよ。ただの杖使いだとはとても思えない」
ラメラは警戒しながらも俺に話しかけてくる。彼女の瞳には、何故だか好戦的な色が垣間見えた。彼女がこの瞬間、何を感じていたのか俺には理解が出来ない。それと同じように、今何が起きたのか理解できなかった。
「なんだ、今の火柱は!?」
横にいるラメラに早口で尋ねた。スザンナとロザンナが、半壊している家の前で不敵な笑みを浮かべて居る。子供の物とは思えない程、恐ろしい笑みだった。
「杖使いは色んな魔術を使うの。回復魔法から攻撃魔法——今の火柱がいい例よ――まで、全部操れる。体力消費が激しい事を除けば、間違いなく最強の武器だと思うわ」
魔法……ねェ。
俺は彼女の言葉をリピートした。『魔法』という言葉は、この世界に来てから何度か小耳に挟んでいる。
「話は聞いてたけど、魔法か……。厄介そうだ」
と、これまでずっと受け身だったスザンナがとうとう行動をした。彼女はロザンナと同じように手を宙に翳し、刹那、緑色のフラッシュがあたりを覆いつくした。あまりの眩しさに目を瞑り、ゆっくりと薄目を開ける。その手にはいつの間にか、緑色の宝石が埋め込まれた杖が握られている。それから彼女は何かを呟きながら杖を振り始めた。黒色だったスザンナの瞳が、みるみるうちに草木を思わせる鮮やかな緑へと変化を遂げた。
「消え去って!」
スザンナは高く、大きな声で叫んだ。
「トルネード!」
「ビュゥ―」という音と共に俺の体が宙に吹き飛ばされた。強風にあおられて、俺の体は空中で舞を踊る。視界が一切効かない。上下すら分からない。凄まじい風圧が俺の体を襲った。火のついた家の瓦礫が、容赦なく俺に飛んできた。いつもだったら避けれただろうが、今回は事情が違う。
風に動きと視界を制限されているので、避けようにも避けれないのだった。っていうかそもそも風圧で動けない。
風は弱まる兆しすら見せず、むしろ強まっている。そのうち俺の服に火が付いた。
(どうすればいい、———!)
『分からない……僕が言えるのは火のついた服を即座に脱ぎ捨てることと、刀を使って瓦礫を防ぐ事だね!』
この風の中だというのに、———の声ははっきりと聞こえた。俺は言われた通り、苦労しながらも服を脱いで刀を持った。空中で刀を振るのは難しいが、やってみるほかなかった。
『でもこれはあくまで「時間稼ぎ」だよ。彼らのマナが尽きる……つまり彼らが魔法を使えなくなるのが先か、それとも僕らが死ぬのが先か。そこが——』
突然、頭に重い衝撃が走った。続いて異様なまでの熱が襲う。
そこで初めて俺は、火が俺の頭に燃え移ったことを知った。
「クッソ……熱い熱い熱い!」
体に力が入らない。炎にまかれて、動けなくなっている自分が目に映る。煙に巻かれ、なす術もなく立ち尽くしている自分だ。これは……そうだ、前世の記憶だ。……俺、死ぬのか?
『いや、まだだよ』
絶望を裁ち切るような声で、———が言った。その断固とした迷いのない声は、まさしく≪案内人≫のそれである。今の彼は間違いなく、俺を先導していた。
『リョウなら、勝てる。絶対にね』
俺は、その言葉に勇気をもらった。そうだ、俺なら絶対に勝てる。考えるんだ。俺の『武器』を。この状況を打開できる策を——
俺はこっちの世界に来てから起こった事柄を、一つ一つ思い出してみた。答えは、俺の頭の中にあるはずだ。考えろ、俺。考えるんだ——
やがて俺は、一つの答えに辿り着いた。
(能力……)
『それだ!』
俺の『能力』。訓練で使う場面が無かったので、すっかり存在を忘れていたが。この世界で一人一つ所有しているのは、何も武器だけではないのだ。そして俺の能力は……
「……鉄……生成ォォッ!」
俺は叫び、右手を地面に向けた。それから一拍の間も開けずに右手から長い大太刀を生成し、地面に突き刺す。風に舞って、制御不能だった俺の体がかろうじて固定された。宙ぶらりんになったまま、俺は頭を鉄で覆って消火する。尋常じゃない痛みが頭を襲っていたが、まだ俺は正気だった俺は自分に言い聞かせる。
大丈夫、俺はここで死ぬようなタマじゃない。このまま待機している限り、俺は無事だ。それに、杖使いには致命的な弱点があるのだ。それは……
『マナ切れだ……』
彼がそう言ったのとほぼ同時に、嵐が晴れた。俺の視界を覆っていた砂埃も、鬱陶しい炎を纏った瓦礫も。全てが力を失って地面に吸い込まれるように落ちていく。
『やるなら今だよ』
俺はさっき巨大化させた刀をゆっくりと縮小し、そのまま瓦礫が散乱する地面に降り立った。
俺はスザンナの方を向いた。かなり疲弊した様子で、ぜぇぜぇと息をしている。目が緑、黒、緑、黒……といった具合に点滅しており、可愛らしい顔を歪めていた。
俺はスザンナの方に近づき、剣腹で気絶させた(相手はまだ赤ちゃんだったけど、多分体は頑丈なんじゃないか、という憶測に基づいた判断だった)。と、そこで異変に気付く。
ロザンナはどこだ!?
「ファイア!」
声が響いた。直後、俺の目の前に巨大な炎が現れた。殆ど直感で体中を鉄で覆い、体を熱から守る。鉄が溶けるのではないかとひやひやした。が、そこまでの威力は無かったようですぐに熱気は去って行った。
……と、信じかけたが。
実際にはここからが本番だった。
「蹴散らせ、ファイアバスター!」
今度は複数個の炎の球が俺を襲った。俺は下手に動かずに過ぎ去るの待とうとしたが、今度の炎は火力が全然違った。生成した鉄が、段々と解けてきている。
鉄が溶ける温度って、1500°だっけか? それとも、1600°だっけか? 気にしてるヒマはねぇか。
俺は体を揺らして熱を逃がし、残りの炎の球は身を捻って躱した。一部直撃したのもあったが、何とか鉄が耐えてくれたお陰で無傷で済んだ。
『流石だよ、リョウ!』
(どんなもんだ)
「ガァァァッ!」
人の物だとは思えない程大きな唸り声は、間違いなくロザンナの物だった。言下に炎の温度とスピードが上昇する。
俺にもそろそろ余裕が無くなってきた。動きが遅くなっているのが分かるし、息も切れている。幾度となく炎に直撃した。
でも、それはロザンナも同じはず。攻撃速度をこれ以上上げないという事は、それだけ余裕が無いという事。
俺は刀を構え、迫りくる炎の球を「切った」。こっちの方が体力を使うが、その分安全だろう。四方向から同時に来たときは、両手に刀を生成して対応した。
(……俺の能力って、扱うの楽だよな。多少不格好でも、実践で使った方が良かったかも)
『うん。僕もそう思う』
やがてある時、攻撃がぷつりと止んだ。
「終わった……のか?」
警戒しつつも、刀をしまう。ロザンナは俺から後方約十メートルの所に座り込んでいた。あんなに真っ赤だった目が、スザンナと同じ様に「黒、赤、黒、赤……」と点滅していた。
俺は手に刀を出現させ、剣腹で気絶させた。
その直後、俺はブッ倒れた。
『どうしたの!?』
実戦直後の戦いだったから、俺の疲労が臨界点に達していたのだ。そこで無理して戦ってたわけだから体が休息を求めるのも無理はない。
(もう……ダメみたいだ……)
≪武器紹介≫
武器・杖(全距離)……リュミエール周辺ではあまり見られない武器で、多種多様な魔法を使って戦う。体力消耗が激しい事を除けば、間違いなく最強の武器。このように全距離に対応できる武器の事を「ケイン」、使い手の事を「ケイナー」と言い、種類はかなり少ない。
≪能力紹介≫
リョウ……体中から鉄を生成する能力、体の一部を硬化する能力。硬化できる面積と生成できる鉄の量には限界がある。生成した鉄は切り離すことが出来ない(クナイなどを生成しても、投げられないので意味が無い)。二刀流も可能。
リョウ「二刀流ってかっこいいよな!」