リュミエール編 第三話 結末
≪リョウ視点≫
「死にたい奴からかかってこい!」
『いや殺しちゃダメでしょ』
俺は一声叫ぶと、群がっている人々に特攻した。自分の身を守るとか、そんな余計な事は考えない。ただただ「戦う」。それしか頭になかった。
「見ろ! アイツ血迷ったぜ!」
俺より身長も、刀身も長い奴が俺をゆび指した。敵である周りの奴らに言いふらしている。俺は「コイツは馬鹿だ」と確信し、狙いを定めた。
特攻スピードを速めて、奴の間合いに踊り込む。相手の反応を見るよりも早く袈裟斬りにする。大丈夫、治療兵の回復力からすればこの程度の傷は普通に治るはず。
……俺はその治療兵を見たことが無いけどね!
「ぐはぁ」
だらしない声を上げ、コイツは地面にへたり込んだ。王はこれを見逃さずにしっかりと転送した。
と、俺が安心した隙に別の敵が俺の首を狙って斬りつけた。刀身が青白く光っているのは、能力の所為だろうか。刀で防ぐのでは間に合わないことを悟り、素手で受け止めた。燃えるような痛みが受け止めた左手を襲う。俺は小さく呻いたが、気にせずそのまま刀ごと敵の居る方角にぶん投げた。
「がはっ」
丁度そこに居合わせた不幸な人に五十キロ弱が襲い掛かった。「ゴキッ」とい音からして多分骨折してるだろう。
そのまま俺は何人も斬り捨てた。周りが動揺してくれているお陰で割と簡単にこなせている。
「このままいけば……」なんて俺が思った矢先、俺の体が見えない糸で束縛されたように動けなくなった。
「捕まえた」
声のする方を見るとそこには一人、ガタイの良い大男がこちらを睨んでいた。刀を両手で構えて今にも切りかからんばかりの勢いである。
「クッソ……お前の能力か、コレ!?」
「ああそうだ……お前の年で、よくやったと思うよ。だが世の中には「引き時」ってモンがあるんだ。それが今なんだよッ!」
言っている間にも彼は俺の近くににじり寄っていた。「確実に俺の方が強い」なんて高慢な思考を持たずに念入りに倒そうという魂胆らしい。
油断してくれれば、隙を見て逃げ出せたかもしれないのに。
これが他人事ならばその念入りさに舌を巻いていたが、残念なことにこれは他人事ではない。
「束縛……全く、嫌らしい真似するじゃんか」
『そーだそーだぁ!』
(どうせ声でねえんだから黙ってろ! そして俺に集中させろ!)
『はーい』
まあその理論を相手が引用したら「どうせ抵抗できないんだからやられろ!」という我田引水な暴論になるのだが。
「動けないだろ? お前はここからじゃどうやっても勝てないんだ、理解した……グフッ……」
大男がそう言おうとしたまさにその瞬間、彼の腹から刃物が貫通した。傍観者が今がチャンスとばかりに思いっきり突き刺したらしい。
元・傍観者が刀を抜くと同時に大男は倒れ、俺の動きを制限していた束縛が消えた。
「ラッキィッ!」
俺は再び能力を使われないうちに刀を振り回した。何の意図もない、対象すら定まっていない支離滅裂な攻撃。しかし時として、このような行動がけがの功名となる場合がある。
それが今回だった。
「ぐわぁぁぁ」
俺の間合いの中にいる人物は全員が強者だ。でも、予想外の暴挙に対してはほんの一瞬、対処に迷ってしまう物なのだ。
俺はその隙を狙った。
(へっへっへ、どんなもんだい!)
『いいよ、リョウ!』
先程とは打って変わって、他愛のない会話が出来るほどの余裕があった。
気が付くと俺は最後の二人まで残っていた。
「お前が最後か」
「ああ、そうらしいな」
『……?』
最後の一人はを狐のお面を付けた男性(声で分かった)だった。身長は俺より数十センチ高く、肌はかなり黒い。そしてその肌とは対照的に髪は白っぽかった。俺が能力による妨害を受けなかったのは、この人が片っ端から敵を倒していたからという事だろう。
それも、器用に俺だけを避けて。
「何者だ、アンタ。リュミエールじゃ黒人はそうそう見ない。っていうかここにいて大丈夫なのか?」
「そうやって人を差別するのか?」
俺は言葉に詰まった。そうだ、俺は初めこの国の「差別」を酷く嫌っていたはずだ。なのにこんな確認をするなんて……我ながら、堕ちたものだ。
「……この国の文化なんだよ。それにこれはまだ「差別」じゃない。「区別」だ」
心にもない事を言ってしまった。しかし、リュミエール人だとしたら差別することに何の抵抗もないはず。それはつまり……?
「お前、異国人か」
数秒の空白が開いた。
『リョウ!』
「なあお前、やっぱりそうなんだろ?」
『ねえリョウ、リョウってば!』
(なんだよ、煩いな)
俺が———の次の発言を仰いだ直後、二人の声が重なった。
「そうかもなッ」
『逃げて、リョウ! この人は危険だ!』
———の心底恐怖したような悲鳴を、俺は初めて聞いた。あたかもそれが開始の合図であったかのように、男が俺に向かって斬りつけてきた。ただならぬ殺気を感じる。慌てて刀で応戦すると、そこに手がしびれるほどの衝撃が走った。「ギィィン」と嫌な金属音が響く。
俺が大勢を立て直すよりも先にコイツは、再び斬撃を繰り出した。かろうじて体を守っていた刀が遠くへはじけ飛ぶ。三発目の斬撃で刀は、ガラ空きになった俺の胴に吸い込まれた。
「……なかなかの腕前だったぞ、リョウ」
「どうして俺の名前を……それにアンタは一体」
朦朧とした意識の中、俺が気力を振り絞って聞き返したが。
既に、男はこちらを見ていなかった。
≪ラメラ視点≫
「リョウ!?」
私は急いでリョウに駆け寄った。能力を使う事すら忘れて、ただ一心に。見るとリョウは、一切血を流していなかった。
「安心しろ、みねうちだ」
彼はしゃがみ込んだ私の頭に声をかけた。とてもじゃないが年上に対する口のきき方だとは思えない。
「あなた……一体何者なの? ここで戦ってた強者があなたに、いともたやすく倒されていった。とても人間のなせる所業じゃない」
「だから、どうする? 俺と戦うのか?」
「いいえ。私はただ、貴方にご引き取り願いたいだけ。ねえ、ナハト人さん」
そう、私はこの男の事を知っていた。昔ナハトに潜入してた時にしょっちゅう名を聞いた。噂ではかなり高い立場に君臨していて、軽率な行動は慎んでいるとのことだったが。
残念なことに、その情報はアテにならなそうだった。
「知ってるのか。わかった、身を引こう」
言下に男の姿が消えた。私が目で追えない程のスピードで、風切り音すらならない程。目を瞑っていたら多分、私はこの男が消えたことにすら気づけなかっただろう。
そう、彼はスピードで他でもない私に勝っていた。
「あ……あれ、どこに行ったの!? 出てきなさい!」
人が殆どいない空虚な空間に声がこだまするs。とそこへ我らが王が寄ってきた。
「……今の人は?」
「……多分ナハトの人。スパイ活動か何かでここに来ていたんだと思うわ」
「リョウは?」
「大丈夫、全く怪我してない。しかしまあ……」
私は話題に迷った。彼が今どこに行ったのかはなんとなく予想できるし、教えてあげることも出来る。でも……
……面倒くさいしね!
「リョウってなかなか健闘したと思わない!? 能力無しでよくもまああそこまで……」
「本当にそうだ。それに相手は年上だぞ。冗談ごとではなく、国中で健闘を祝福して良いかもしれん」
「それは大袈裟よ……」
≪登場人物紹介≫
お面をつけた青年……『実践』に現れた黒い肌と白っぽい髪を持つ青年。お面を付けているので顔は確認できないが、リョウよりも年齢は上。———が彼を恐怖しているのを見る限り、只者ではない。