裁ち切る鎖編 第二十三話 木刀
──……人を殺せる木刀って、相当ですもんね。はーぁ……──
一方そのころ、リョウはというと──
≪リョウ視点≫
「ふぅ……」
俺は裁ち切る鎖本拠地の個室にて、溜息をついた。目に入ってくるのは様々な物、物、物。簡易的なクローゼットや俺が寝せられている灰色のベッド。目に見えるものすべてが、なんとも鬱陶しく見えた。色々な物に対してヘイトが溜まりまくっている。それを一気に消費するが如き勢いで、俺は叫んだ。
「タイクツなんだよぉぉぉぉ!」
声は壁にぶつかって反響、すぐに静かになった。その頃合いを見計らったように、『バタン』と勢いよく扉が開いた。途端に声が聞こえてくる。
「五月蠅い……神は騒々しさを、良しとしないぞ。もっと冷静に──」
「テーヤさん!」
俺は部屋に入ってきた彼の発言を遮り、大声で叫んだ。こっちに来てから早十数時間、ずっと耐え忍んできたが、もう耐えられない。怒りのキャパシティが、もう臨界点なのだ。俺はこれ以上とないほど、大きな声で言った。
「タイクツなんですよ! せっかく訓練したのに、肝心の某国兵士が来ない! 毒の所為で、俺は休養しているほかない! ああもう、地獄ですよ!」
「地獄?」
彼はそう言って扉を閉め、手に持った聖書にざっと目を通す。いや多分、その手に持たれているのは聖書では無くて日記なのだろう。恐らくは、裁ち切る鎖全員の個人情報がそこに記されているに違いない。勿論、聖書の模写も。
「……ふむ、私の記憶が確かであれば、お前は地獄に堕ちる筈がないと思うのだが。自分の力を過信せず、分をわきまえた行動が出来ている……」
「そういう意味じゃありません! ああもう!」
俺はよく子供がそうしているように、手足をブンブン振り回した。因みに俺の右手は鉄なので、この『手足を振り回す』という動作によって壁に大きな凹みが発生した。
「リョウよ、出鱈目にものを壊すのは感心しない……」
だが、俺は最早気にしない。
「ヒマなんですよ! 俺、どれぐらいこうしていればいいんですかぁ!?」
「はやくても三日だろうと、ベノムが言っていた。おとなしく聖書でも読んでいるがいい」
三日って……
俺は絶句した。三日も動くななど、死ねと言っているのと同義だ。三日間も動くなとなると、体が鈍って仕方がないのである。仕舞いには立つことすらままならなくなるのではないかとさえ、俺は本気で思っていた。あと、聖書て。俺が聖書を読むと、彼は本気で考えているのだろうか?
笑止千万! 読むわけが無い。
「じゃあ、もし三日以内に動いてしまったらどうなるんですか?」
「吐血すると言っていたな。最悪の場合は死に至るとも」
吐血して死ぬって、そりゃもうガチで動いちゃいけない奴じゃん!
俺は頭を抱えた。そう言われてしまったら、素直に従う他ない。俺はおとなしくベッドに戻った。
「それでいい。兎にも角にも、必要なのは休養だ。お前はしっかりと休め。それが神の為にも、お前自身の為にもなるのだから……アーメン!」
俺は溜息をついた。胸の前で十字架を構え、堂々と立っているテーヤの姿が憎たらしく思えてくる。俺はじっと、彼の姿を見つめた。
今更だが、彼の容姿はかなり珍妙だった。黒い修道院服など、前世ではおろか転生した後でさえ見た事が無い。いやそう言い切ってしまうのには些か語弊がある。実際、前世では一度だけ見た事があるのだ。生ではなく、勿論アニメでだが。
それに、それ以外にももう一つ珍妙な点があるのだ。俺はじっと、彼の腰のあたりを見つめる。
「なんだ? そんなに私の格好が気になるのか?」
そんな俺の視線が気になったのか、テーヤが怪訝な目を向けた。その視線に見つめられた俺は、気まずくなって目を逸らした。だが、それでもなお彼は視線を向けてきた。
「……なんですか」
今度は俺の方から声をかける。気まずい云々以前に、これは奇妙だった。だって、テーヤがじっとこちらを見つめているのだ。普段だったら『他人を気にするより、神に祈りを捧げたほうが良い』とか言ってそうなのに。
「いや、お前が何か気になっているのではないかと思ってな。質問ならば受け付けよう」
……なんだか、珍しいな。
俺はそう思って、頭をポリポリと掻いた。テーヤが俺に提案してくるなど、過去に一度もない。多分、『暇だ』と言いふらしている俺を配慮しての事だろう。
ならば遠慮なくと、俺は口を開いた。
「テーヤさんって、帯刀してますよね。どうしてですか?」
「……? それは、どういう意図を以ての質問だ?」
聞かれた俺は、 おもむろに手を宙に突き出した。それから『抜刀』する。
「いやまぁ、俺達って帯刀しなくても、こんな風に手を翳せば抜刀できるじゃないですか。持ち運びも不便でしょうし、どうしてわざわざ帯刀してるのかなぁ……と」
それを聞いて何か合点がいったのか、テーヤが大きくうんうんと頷いた。
「成程、それが気になるか。鋭い洞察力、流石といえよう。だが──
──失望させるようで悪いが、これと言って特に深い意図はないぞ。ただただ、『切れ味が良いから』と言う理由だ。元々持っていた武器は、切れ味が悪すぎたのでな。こちらの方が使い勝手が良いのだ」
どうだ、少し持ってみるか?
彼はそう言って鞘から木刀を抜き、俺に差し出してきた。俺は落とさないよう細心の注意を払い、差し出された木刀を両手で受け取った。
「……扱いには気を付けたほうが良いぞ。木刀とは言えど、切れ味は本物だからな。侮ることなかれ」
俺は彼の発言を、さらっと聞き流した。流石は木刀と言った所だろうか、本物の刀よりもずっと軽かった。剣先に指をあてると……なるほど、しっかり切れる。たかが木刀、されど木刀か。俺の指先から、うっすらと血が流れた。血はゆっくりと、木刀にしみ込んでゆく。
よく見ると、木刀には銘が刻まれていた。だが、使い古されているせいで良く見えない。読解は諦めて、俺は木刀をざっくりと眺めまわした。
「……素人の俺にも、この刀を作った職人の腕が相当うまい事は伝わってきます……人を殺せる木刀って、相当ですもんね。はーぁ……」
俺は世辞を述べながら、木刀をテーヤに返した。
「……それで。テーヤさんの本当の武器って、一体何なんですか?」
俺はテーヤに向き直って質問する。すると彼は、居心地が悪そうな顔をした。それから数秒言葉に詰まり、まだ納得していないような顔のまま彼は発言した。
「……あまり、人には教えたくないのでな……」
ばつが悪そうに、目を逸らす。俺は無理矢理彼と眼を合わせ、そしてニタニタ笑って言った。
「誰にでも正直に接すべき、ですよ! 神サマは、そういう『はぐらかし』を良しとしないんじゃないですかぁ~?」
……これが、効果絶大だった。
テーヤは何かに目覚めたようにカッと瞳孔、そして目を見開いた。途端に彼の背中から、表現しがたい『オーラ』のようなものが立ち上る。
「……そうだな……」
彼の粒ぎ出す言葉はさっきとは打って変わって、無機質で冷淡だった。その言葉に俺は、全身の毛が逆立つのを感じる。
「神父として、はぐらかす事は無しであろう。私の武器は──」
……だが、その声は外から聞こえてきた別の声にかき消された。
「おい、クソ神父! 大事件だ! コトの当事者であるお前も、一緒に来い! あとリョウ、お前も!」
それは周章狼狽した様子の、ベノムの声だった。ドアが音を立てて開き、白い蛇を携えたベノムその人が現れる。
「なんだ、騒々しい……神はそう言った軽挙妄動を、良しとしないぞ……」
「そんな事言ってる場合じゃねぇ! 文字通り『大事件』なんだよ!」
彼は大きく息を吸い込み、一思いに叫んだ。
「最上位クラス全員集合、緊急会議だ!」
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