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二刀を巡る黙示録  作者: はむはむ
第四章 裁ち切る鎖編
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裁ち切る鎖編 第二十話 優柔

──兵士は狼心狗肺で、残酷なのではなかったのか──

≪カルマ視点≫

「大丈夫ですか!」


 僕は大声をあげて『彼』の元へと駆け寄った。周りに人が居るとか、邪魔になるとか。そう言った事は一切考えなかった。僕は父に似て、こういう人を見ると衝動的に行動してしまうのだ。いわば、不可抗力である。僕は『彼』の元へ辿り着くと、生存確認のために『彼』の喉元に手を当てた。

 

 というのも、遠くからでは生きているのか死んでいるのかすら分からなかったのである。否、実際は手を当てても分からなかった。あるような気がするし、無いような気もする。とても人間のそれとは思えないほど弱弱しくて、恐ろしくなった。早く、確認しないと──

 そう思い始めた矢先、男が絶え絶えに口を開いた。


「アンタ……何、してるんだ……?」


 彼は必死に口を動かしていた。弱弱しい脈の割には、かなりはっきりした声だった。大丈夫、まだ喋れるだけの体力が残っている。少なくともすぐ死んでしまうような危篤ではない。僕は痩せ細った彼の姿を見てポケットから水を取り出した。


「大丈夫ですか!? どうしてあなたは倒れているんですか? 水、飲めますか!?」


 僕は疾風迅雷、質問を乱れ撃ちした。髪の毛が抜け落ちた、ボロボロで垢だらけの『彼』は濁り切った瞳で僕を見つめ、やがて頷いた。承諾を視認したと同時に僕は彼の口に水を含ませ、半ば強制的に飲み込ませた。彼はむせそうになりながらも水を飲み込み、口を拭った。その間、どうしても彼の姿に目がいってしまって仕方が無かった。僕は否が応でもその姿を目に焼き付ける事となる。


 ミイラのように痩せ細った体、孤独だけを満載したように何も映さない瞳、戦いの傷とはまた違った生々しいソレは、既に化膿していた。だが、歩く人々は誰も彼の事を気にかけてすらいない。僕はもう一度ポケットに手を突っ込み、干からびた非常食のパンを取り出して彼に差し出した。彼は戸惑った様子で僕を見つめ、言う。


「なん……だ、これは……」

「食べてください。このままでは餓死してしまいます」


 僕は有無を言わせぬ口調で無感情に言い放った。彼は大きく目を見開き、それからパンを受け取る。僕はその様子をじっくりと見つめる。相変わらず、町の人々はこちらに目もくれない。まるで『そこには誰もいない』と言い張っているようで気味が悪かった。

 しばらくパンを見つめた彼だったが、やがて何か決心したように言った。


「いや、受け取れない」


 ……えっ?


 僕はびっくりして彼の顔をまじまじと見つめた。彼は僕を真っ直ぐ見返して、パンを差し出してくる。


「俺は……どうせ、すぐ死ぬさ。こんなに体中が痛いんだ。今日中の命だろ……」


 彼は随分と生に対して後ろ向きだった。或いはもう、生きることに対する喜びを見いだせなくなってしまったのだろうか。だが、僕としても食べてもらわなければ困るのである。

 

 それは『裁ち切る鎖と』いう組織としてもだし、僕個人としてもそうだった。


「食べてください! じゃないと……」


 じゃないと、と言いかけて僕は言葉に詰まってしまった。彼に対する脅しが、何一つとして見つからなかったのである。生を放棄した人間は、何にも縋らない。縋れるものが無いのだ。僕がどう言おうが、はっきり言って無駄なのである。


「……じゃないと、なんだ?」


 僕は唇を噛んだ。このままでは彼は、パンを食べてくれないだろう。そうなっては困るのである。


「死んでしまいますよ!」

「死んでも良いんだよ」


 そう言われてしまうともう、どうしようもなかった。『死んでもいい』。何を持ってかれがそんな事を言っているのかは謎であったが、その言葉は本気のようだった。このまま強制的に食べさせるのは簡単だ。だが、彼が『生きたくない』のだとしたら。無理矢理生きながらせるという行為は、いささか狼心狗肺なのではないだろうか。


「……どうする、レイジ?」


 迷った挙句、僕はレイジに助けを求めた。だが、珍しく彼女は僕に応答しなかった。十秒、二十秒止まってみてもそれは変わらない。不安になった僕はもう一度、少しばかり声を大きくして「レイジ?」と言った。


「……ちょちょっと、待って!?」


 今度はちゃんと、影から返事が聞こえた。姿こそ見えないが、彼女は確実にそこにいる。ただ一つ疑問なのは、彼女の様子がおかしいという事だろうか。息を切らしていて、苦しそうである。


「どうしたの?」

「ああっ、もう! 何!? どうしたの!?」


 明らかに彼女の様子は異常だった。幻覚委に惑わされていたころのレイジと、雰囲気は似ている。だがこっちの方が比較的穏健で、落ち着いているようだった。というか、あまり危機感を感じさせないような声音である。一緒に過ごしてきたから分かるけど、彼女が本気で「マズい」と思った時はむしろ無口になるのだ。慌てている体裁の時は、そこまで大ごとではないと相場が決まっている。


 ……だからと言って安心はできないが。僕は言った。


「何があっ──」


 が、僕は途中で絶句してしまった。と言うのも、自分の影から『彼』が出てくるのを見てしまったからである。黒いフード、低い身長、何より特徴的な黒い仮面(ペストマスク)。僕はその姿に、直感的な恐怖を覚えてしまう。某国兵士の服装だ。あの、僕たちの事を襲った……


 衝動的な殺意を何とか押しとどめて、僕は『彼』を見つめた。マスクの隙間から覗く小さな碧眼が、やけに目につく。見つめていると、『彼』が言った。


「……ごめんなさい……勝手に出てきてしまって」


 ……喋った。


 僕はただ、そう思った。一般的な某国兵士は喋るだけの言語認識能力を持ち合わせていないんドエ、このような人材は異例中の異例である。そういう意味もあって彼は、『裁ち切る鎖』ギルド内では大変忌避、唾棄される存在だ(といっても存在自体が知れ渡っていないので、あまり注目は集まっていないが)。


「突然目を覚ましたと思ったら、突然何!? 僕とカルマの邪魔しないで!」


 彼に続く形でレイジが影から出てきた。彼女は『彼』を噛みつくような視線で睨んでいる。紫色の瞳孔はやけに恐ろし気な光を湛えていた。何とレイジは、小刀を『彼』に突き立てていた。万が一の事を考えての行動なのだろう。そんな彼女に対しても、冷静沈着で紳士的に『彼』は話してみせる。


「ごめんなさい……ただ、僕はあなたたちに『恩返し』をしたいんです。先日は命を助けていただき、誠にありがとうございました。武器を収めてくれとは言いません。ですが、できれば『そこ』を避けていただいてもよろしいでしょうか?」


 言われて僕は、ペストマスクの彼が指さした先を見た。そこには先程飢餓で死にそうになっていた男の姿がある。もう体力がなくなったのか、目を瞑ってうなだれていた。意識があるのかどうかは分からない。


 そうだ、早く治療しないと……


 僕は衝動的に彼の元へと駆け寄ろうとした。だが、黒フードの手がそれを阻止する。


「……僕なら、彼を説得できます。恩返しがしたいんです」


 説得……


 僕は彼の言葉をゆっくりと耳で咀嚼し、それから脳に嚥下した。今彼は、確かに『恩返しがしたい』と言った。それから『彼を説得できる』とも。彼は堂々とした眼差しを僕達に向けていた。その瞳には、一片の曇りも無いように見える。雲一つない晴天のような、嘘偽りない綺麗な碧眼だった。


 僕は、わからなかった。何故彼が僕達に協力的な態度を見せているのか、そして何故今になって出てきたのか。某国兵士は狼心狗肺で、残酷なのではなかったのか。


 僕一人では、到底判断できなかった。迷った末に僕はレイジに相談する。


「どうすればいいと思う?」

 

 だが、彼女も分っていないようだった。


「いや、わからない……彼、僕に名前すら言ってくれてないでしょ? だから怪しい気がするんだ。それに影から出る時、僕に相談しないで勝手に出ようとしたし。『恩返し』の割には結構乱雑な気がするな……」


 一理あるな、と僕は思った。本来だったらまず、自己紹介などから入るはずだ。そう言った事を端折った理由は……


「いや、コトの重大さを十分に理解していたからこそ乱雑になったんじゃないかな? ここの男の人が、今にも死んでしまいそうだって分かっていたから……事故紹介なんてしている暇はないって、理解できていたんじゃ?」

「確かにそうだね……それに、いずれにしろ道は一つしかないのかも。イチかバチか、彼に賭けてみない事には何も進展しない。このまま僕とカルマで水掛け論を続けても、一切の進展は得られない気がする」


 となると、何をすべきかは明々白々だった。僕はペストマスクに言う。


「じゃぁ、やってみて」


 僕がそう言った時、僕の瞳には『彼』が屈託のない笑みを浮かべたように見えた。ペストマスクを被っていて表情など確認できないはずなのに、何故か僕の瞳にはそう映ったのである。


「ありがとうござます。では……っ!」

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