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二刀を巡る黙示録  作者: はむはむ
第一章 幼少期編
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第一話 死亡

《***視点》


——悪夢のようだった。今思い返しても、アレは地獄だ——

 

「兄ちゃ……起き……ろ!」


 朦朧とした意識に、少年の声が響いた。煩いな、黙っててくれよ……。だが、彼は叫び続ける。


「起きろ、兄ちゃん! 兄ちゃん!」


 声は段々と大きくなっていき、確実に俺を目覚めさせていった。


「……だから煩い……。少し位休ませてくれたって……」

「***兄ちゃん!」


 !


 俺は自分の名前に反応し、瞬時に覚醒した。俺の視界に、少年の顔が映し出される。ボロボロで傷だらけの彼の表情が、起きた俺を視認すると同時にパッと明るくなった。彼はニッと笑って言う。


「やーっと起きてくれた。ほら」


 弟が手を差し伸べた。俺は有難(アリガタ)くそれに掴まって立ち上がった。傷ついた足が、焼けるように痛かった。雲の合間から覗いている太陽もまた、俺達をじりじりと焼くように照らしていた。


()()()はどこだ?」


 俺が尋ねると少年は、悲しそうに遠くを指した。土煙の向こう、一つの人影が見える。


 ……まだ『アイツ』は、生きているというのか。俺が気絶している間に、弟が倒しきってくれると有難かったんだが。


 その考えは、俺の心に暗い影を落とした。俺は図らずも表情を曇らせてしまう。それを見たコイツが、悲しそうに俺を見つめた。俺は彼に心配させないため、慌てて笑顔を取り繕う。彼は安心したような笑みを浮かべて俺に抱き着いた。

 

「今、起きた。悪かったな、目覚めが悪くて」


 彼はまた、にっこりと笑った。右手でサムズアップ(親指を立てるポーズ)をして見せる。俺はその様子が愛おしくて、思わず頭を撫でてしまった。


「ちょっとやそっとの寝坊ぐらい許容範囲さ。それより僕は、兄ちゃんの事を心配したんだよ!」

「俺がこの程度じゃやられないって、分かってたろ? 少なくとも今は死ねないさ」


 俺は表情を曇らせないよう意識して、滑らかに口を動かした。少しでも先の事を考えると、心がぐしゃりと音を立てて(ヒシャ)げてしまいそうになる。胸を締め付けられる感覚に、俺は小さく呻き声を上げた。


「それもそうだね」


 彼は俺から離れて、最初と同じように土煙を指差した。それから首を振って言う。


「今は見えないけど、確実に次で仕留めに来るよ」


 彼がそう言った刹那、俺はまた顔を(シカ)めてしまった。コイツに見られていないとは思うが、確証はない。顔を顰めてしまったのも、仕方ないだろう。だって…………


 俺達は既に満身創痍の状態で、刀を持つので精一杯なのだから。そんな状態の俺達を倒す(殺す)ことなど、アイツにとっては造作もないはずだ。


 つまりこれは、彼が本気で襲い掛かってきたら死ぬという事と同義である。


 そう認識した時、俺はまた鳩尾(ミゾオチ)の辺りに大きな穴が開いたように感じた。「はぁ」と、とても長いため息をつく。だが、くよくよしていても仕方ない。俺は前を向いて、左手を宙に翳した。手が淡い光に包まれ、直後に武器が握られる。ボロボロに錆びついた刀は、いつ見ても気色が悪かった。


 何も、考えたくない。もう、楽になりたかった。


「俺達もここまでか……。ならせめて、最後の一撃を」


 真っすぐ土煙を見つめて、俺は刀を構えた。勝てる相手で無いという事は重々承知である。特攻した場合、俺は間違いなく死ぬだろう。でも、それはここでグズグズしていた場合にも言えることなのだ。



 ──どうせ、望まれなかった命だ。死んだ所で、誰も悲しまないさ──



「ねぇ、兄ちゃん、遺言はある?」

「……そうだな、『ありがとう』の一言くらい、伝えておきたいかな」



「ふんふんふふーん」

 

 静かな台所の、唯一の音源。鼻歌が響く。そこにはスパイシーで、おいしそうな香りがたちこめていた。ぐつぐつと煮詰まった鍋から蒸気が昇っている。


「よっしゃ、完成! スパイシーカレー!」


 俺は鍋に鼻を近づけてうんうんと頷いた。悪くない出来だと言えるだろう。ただいまの時刻は朝四時。わざわざ早く起きて、俺はカレーを作っていた(趣味に勤しんでいた)

 

 心が躍っている。至高のカレーを追い求める事、およそ三年。俺にとってのカレーは食料であり、夢と希望であり、そして生きるためのエネルギーでもある。


「やっぱいつもの奴の方が良かったかな? んま、いいや。どーせ食ってみりゃわかるか」


 既にご飯を盛ってある皿に、たった今完成したカレーをかける。


 今回の俺は、スパイス多め、『スパイシーカレー』を作った。俺はこう見えても毎日カレーを作っている。手を変え品を変え、さらにおいしいカレーを追い求め、味に磨きをかけていた。それで今回は試作品第1057号、『スパイシーカレー』を作ったわけだ。


 家の窓から差し込む明るい光が、カレーをいざ食わんとする俺の顔を照らしていた。今日はどうも、太陽が昇るのが早い気がする。


 この時、俺の興奮は最高潮に達していた。今日のカレーは作っていて確かな手応えを感じた。この手ごたえの正体を、今から知るのである。


「いただきます!」


 スプーンを手に取り、ご飯とカレーの割合が丁度6・4になる所に差し込んだ。それから一気に口へと運ぶ。舌で良く転がし、噛み砕いてよく味わった。


「んー。まあまあいけるかもな……」

 

 まず一言。クミンの独特な香りが鼻に、カイエンペッパー&ブラックペッパーの強烈な辛みが口内を刺す。しかしその辛さのどこかに、確かな満足感があった。


「うん、美味いな! でも……」


 ……失敗だと思う。カレーに限らずとも、料理は一口目が最高のはずだ。その一口目でこれって事はあまり期待できない。俺は少しばかりの無念を抱いて食器を置いた。意気消沈してしまったのである。だが──


「──これぐらい、日常茶飯事(ニチジョウサハンジ)だもんな。何度だってしつこく立ち直ってやる」


 俺はスプーンを手に取った。先程と同様に丁寧な手際でスプーンを差し込み、口へ運ぶ。失敗作だと分かっても尚、俺はしっかりとカレーを味わった。そのうち、俺は気付く。


「なんだ、この独特な甘み……。もしかして、ついさっき入れた加熱ジャムか?」


 そう、俺はカレーにジャムを加えておいたのだった。ネットでそこそこ有名なカレー+ジャムだが、正直俺は試す気になれなかった。が、今回の「スパイスカレー」の強烈な味にほんの少しのジャム。これなら調和がとれるだろうと考えて入れてみたのだが、それが功を奏したらしい。


 俺は内心、ガッツポーズをした。さっきの興奮が克明に蘇ってくる。今回感じた「手ごたえ」とは恐らく、これの事だったのだろう。


「意外とイケる……その他スパイスとの相性バッチリだ! 癖になるおいしさってこういう事の事を言うんだな!」


 俺はすっかり夢中になり、ある分全てを一気に食べきってしまった。元は晩飯に回す予定だったのだが、そんなことは完全に忘れて食らいつくした。


 多分、このような事は誰もが経験したことがあると思う。家族や恋人に残しておこうと思っておいたプリンを、ついつい食べきっちゃうの。それと大体同じような感覚だ。


「満足満足!」


 数分かけてカレーを食べ終えた俺は、「ふぅー」と息を吐いた。しかしその「満足感」と同時に俺は「焦げ臭いにおい」を感じ取った。慌てて周囲を見渡し、そこでやっと気づく。


「あ……やべえ。俺、ジャムの加熱に使ったガスコンロを消してなかった!」


 台所から火柱が上がっていた。それを媒体として大量の煙が発生している。俺は急いで口をハンカチで覆い、ケータイで119番に電話しようとした。がしかし、焦った勢いでケータイを落としてしまう。


 拾っているヒマはなかった。まずは消火だ。消火に使うのは消火器。えーっと、消火器ってどこだっけ……


「チッ」


 その消火器が台所にある! 台所は既に火で包まれており、とても近づける状態ではなった。呆然としている間にも火は迫ってきていた。


「あ……ああ……」


 火は、俺が我に返る時間すら与えられなかった。炎は家具を、家を、俺自身を、そして神羅万象(シンラバンショウ)(アマネ)くすべて飲み込まんとしていた。喉が焼けて声が出せなくなり、目が燃えて何も見えなくなる。絶望的な数十秒間が過ぎ、意識が朦朧とする中で俺は小さな光を見た。


(なんだ……あれ……近づいてくる……)

()()()


 俺は言われるがまま、ただ無心にその光を追った。段々と全身に、温かい感覚が広がってくる。とても暖かくて懐かしい感覚だ。いつ、どこで覚えた感覚なのかは忘れた。俺が感じているのは「懐かしさ」「温かさ」だけ。俺は我武者羅(ガムシャラ)に光を追う。あと一歩、あと一歩。踏み出す一歩がやけに軽く感じた。


「おいで『おいデ』   おいで ぉいで  『おいで』 ォいで   おいDえおいで『おいで』 おいで   おいテ゛ 『おいで』 おぃで  オ゛イで 『おイで』おいで……」


 暗示の様だった。止まれない。戻れない。進む以外の事を、考えられなくなっていた。思考がどこかへと消え失せる。俺が俺じゃなくなる。真っ白になる。なくなる。燃える。俺は──

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