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五色の書  作者: 鳥辺野ひとり
ティースタバレー辺境伯領
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恵みと綻び その6

いつも以上の説明回です






 ミリクの耳打ちを聞いたタルザムは、店員であるドノックに確認も兼ねて尋ねることにした。


「ドノック殿、こちらの店名にある“バーネスベッグ”というのは、ティンダーリア魔法学園のバルバザー・バーネスベッグ教授と関係があるのか?」


 不本意ながらもミリクも教授を務めている王国の最高学府、私立ティンダーリア魔法学園。そこで通信魔法を研究している教授の名だ。


「はい。当店を経営しているのはバーネスベッグ商会なのですが、バルバザー・バーネスベッグは、会頭の三男なので御座います」

「あぁ、運送のバーネスベッグ商会か。成程、それほどの大商会であれば確かに通信器そのものを扱えるのも納得だな」


 バーネスベッグ商会。

 その興りは馬と馬車自体を扱う貸出業に始まったとされ、「行商やるなら、まずバーネスベッグに名を差し出せ」と言われるほど、現在の物流の多くに携わる国内に並ぶ者の無い大商会だ。間違いなく下手な貴族より資産も影響力も持っている。


「元はバルバザー研究室での通信魔法の研究成果を本国全土へと普及させる国家プロジェクトに、その縁故からバーネスベッグ商会も出資、新たな部門を立ち上げ経営する形で当店は開業いたしましたので」


 約七年前から始まった通信インフラの普及プロジェクトは、実証実験後に王室の情報網、そして上位貴族の通信網とそれなりの普及をみせている。

 サングマ辺境伯領でも王都や他の辺境伯領、近隣領との通信インフラを整えており、通信魔法中継施設は領内のほぼ全域に敷設され、固定通信器は各町の代官を務める下位貴族と監査官に行き渡っている。


 しかしその導入・維持コストの高さから、下位貴族は自身の所属する領ないし派閥の上位貴族との専用回線のみに留まり、平民などは相変わらず手紙でのやり取りが主流である。


 そしてこの事業、単体では恐ろしいほど収益が出ない。


 通信器や中継器の製造、中継施設の警備、魔道具のメンテナンス、定期的な魔石の交換、通信障害を考慮した冗長構成経路の維持、技師の育成、それらの機材・人材の運搬と管理。

 その総コストは年間で白金貨を通り越して魔銀(ミスリル)貨単位にも(のぼ)る。


 国から助成金が出るとは言え──むしろ出るからこそ──下手に関わり失敗すれば破産どころか国を敵に回すことになる。


 実際バーネスベッグ通信のみで視れば、赤字と黒字を右往左往とするかなり際どい自転車操業状態。


 それでもこの事業に関われば、情報商戦において他の追随を許さない圧倒的なアドバンテージが得られる。


 元より物流を手広く扱うバーネスベッグ商会にとって、何がどこでどれだけ求められ、どこでどれだけ余っているかをほぼリアルタイムで知れるだけでも、計り知れない利益向上が見込めた。

 他の商会が手を出そうか検討する中、現会頭は話を持ち掛けられたその日の内に専門部門を立ち上げ、今では各地に支店まで設け通信インフラを掌握していると言っていい。


 そうしてバーネスベッグ商会は通信事業の不利益を帳消しにして有り余るほどに運送業での収益を倍増させ、“国内有数”から頭一つ以上も抜け、貴族にも並ぶ莫大な資本を運用する大商会となっている。



 ドノックは僅かに思案する様子を見せてから言葉を続けた。


「……もしやご令息は学園の生徒さんでいらっしゃるのですか」


 教授を話題に出したことから類推するには、ミリクの見た目はギリギリ初等部(プリマ)かという程度。

 ドノックの目には、その立ち振る舞いなどからタルザムは武人、ライザは元修道女のように映った。そこに学園との繋がりを見出すには線が薄いと考えたのだ。


 だが流石に目の前の幼子がまさか教授だとは思わない。

 こんな子供がなれるわけがないというのもあるが、学園側がミリクトン教授に関する情報を積極的に公開していないというのも大きい。


 国防の軍事機密とミリク本人の安全に関わる、とサングマ本家が事前に学園側に喧伝を控えるよう通達していたのだ。

 強かな女性陣による的確な指示であるのは言うまでもないことだろう。


 とは言え生徒を通じ、“前代未聞の小さな教授”の話題は既に王都の中央貴族には広まっているのだが、まさかその教授本人が深い理由も無くアポ無しでやって来るとはやはり思い至らない。


「まぁ、ははは、関係者と言ったところだ」


 当然タルザムにも「余計なことを口走るな」と通達が来ている。逆らえば死ぬよりも恐ろしい目に合うことを暗示するような筆致の手紙は、タルザムが確認した瞬間跡形もなく灰に変わった。それは、お前もこうなりたくなかったらな、という意志がひしひしと伝わる言葉以上のメッセージだ。


 タルザムはミリクから話を逸らそうと、掻い摘んでミリクから聞いていたことを話題にした。



「あまりバルバザー教授と懇意にしているというほどではないのだが……従来の魔力伝搬式ではない新しいものはまだ置いていないのか?」



 ドノックは、その言葉に僅かに目を見開き、瞬きの間程の逡巡の後「別室にてご案内いたしましょう」と、タルザム達を奥の商談室へと案内した。




 防音性能の高い個室の扉に鍵を掛けて閉じ、全員が着席する。


「そのお話は何方(どなた)から?」


 ドノックの開口一番のその問いにタルザムははて、と首を捻った。

 ミリクから“光子通信”なる新しい方式の通信器が作られたと聞いた覚えがあり、それがあるかと尋ねただけのつもりだったからだ。


「学園でのバルバザー教授の発表でそのような話を聞いた覚えがあったのだが……まだ商品化はしていないということか」

「成程……まだ一般公開されている情報ではないのですがそういうことで御座いましたか。現在“光子通信”は専用の新たな中継施設の建造や通信器技師育成の段階で御座いまして。インフラも量産化体制も整っておりません。何分今までにない難解な理論に基づいたものですので……」


 今まで「神様にこんな風に祈ってればなんかうまく動いた」というのを突き詰めていた通信魔法が、「音声・映像情報を符号化し、発振した電磁波に乗せて、適切に取り出し復号する」という電磁気・電気回路学に化けたのだ。改宗どころの話ではない。

 その上タルザムは製造業種の事情に疎く、特に全国各地に全く新しい中継施設を適切に配備しなければならないという事が頭から抜け落ちていた。


「そ、そうか。それもそうだな。となるとすぐにとは行かないと」

「はい。申し訳御座いません。あとこの事はどうかご内密に……」

「あぁ、勿論だ。画期的な内容に気が急いていた。こちらこそ済まなかった。ははは」



 机の下でライザの踵がタルザムの脛を音も無く強かに打ち付ける。


 明らかに話題のチョイスが悪手だった。


 ティンダーリア魔法学園の最新研究についてかなり深く知っている、知りえる立場にいる、と相手にバラしたようなものだからだ。


 タルザムは脚の痛みを甘んじて受け入れた。


「いえ、バルバザー様の研究内容をご存知でしたら、“光子通信”が大きな商機になるとお考えになるのは当然のことで御座いましょう」


 バルバザーが発表した論文曰く、従来の通信魔法に比べ数百倍、条件次第では千倍以上の魔力効率になる。それこそ普及すれば価格が百分の一や千分の一になり得るとも。


 通信インフラの利用が銀貨単位の代物になれば、下位貴族だけでなく平民でも富裕層なら手が届くようになる。当然上位貴族よりも数が多いのだから市場規模が大きく膨れ上がることになる。


 従来の顧客との差別化も重要だ。貴族が払っている額は馬鹿にならない。それこそ年間で魔銀(ミスリル)貨単位になるコストをある程度賄えるぐらいの金を要求しているのだから、それに見合った価値を提供し続ける必要がある。


 普及するほど、そのものの価値が落ちる。ジレンマとも言える状況。だが同時に商機でもある。そしてバーネスベッグ商会の会頭は既に決断している。指示も出している。

 その内容が、端的であれ他の商会に漏れてはよろしくない。


 用いる理論の難解さから、バルバザー本人から通信器や中継器の設計書を得られる自分達よりも早く模造品が製造されることはないだろうが、それでも余計なリスクは排除するべきだ。


 特に、通信インフラで追い落とした幾つかの()()()には、平民向けの安価な通信器という新規市場には割り込まれかねない。


 支店長ドノック・バーネスベッグは、柔和な笑顔と言葉使いのまま警戒を強めていった。






丁稚の少年が出てない!!!!???!(怒)

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