恵みと綻び その5
ティースタバレー中央卸市場で食べ歩きという、貴族としては少々どうかと思われるような形で旬の川や畑の幸を堪能したミリクらが次に向かったのは、今が昼下がりの午後だと知らせる“スラックレリ大時計塔”。
関所の門兵も薦めていた、ティースタバレー辺境伯領の中でも最も有名な観光名所だ。
「この辺りは工房が色々とあるな。今朝の“車”の部品の一部もこの辺りで作っていると確か言っていたか」
「関所周りにも工房はありましたが、あれらはあくまで土産物に特化していたというわけでしょうか」
聳え立つ白亜の時計塔。その周りは工房街になっていた。
建物に施工するようなものから懐中時計まで大小様々な時計工房は勿論のこと、“魔動車”の部品を発注を受けるような機械部品を作る工房や光学部品を作る工房など、様々な職人達が集まる街だ。
気難しい職人も多いが観光名所なだけあって、通りに面している工房では各々の人当たりの良い者を店番に立たせ接客させている工房が多い。
とは言え、“魔動車”の研究所の件でタルザムとライザは凡そ予想していた。おそらくミリクは工房に対して興味を示さないだろう、と。
(まぁ、ミリクからしたらこの程度の技術……)
(面白みのない児戯にも等しいでしょうし……)
量子制御光子結晶を用いた魔道具が個人レベルで普及し、人工精霊や仮想精霊を誰もが使い、多くの『賢者の本棚』が“稼働”していたという遥か昔。
それは失われて久しい超古代。
“原典”にすら語られていない神代。
だが、それ自体の存在の有無について話題になることは少ない。
“超古代文明が在った。それは間違いない。”
それが今の通説だからだ。
何せ“原典”には遺跡や遺物に当たる物を作ったという記載が無い。
教会には下賜されたとされる聖遺物が管理されているが、誰が何時どうやって生み出したのかまではっきり判っているものは皆無。
何より“原典”それ自体の出自もはっきりしていない。
その“原典”にも、「此れより記すは、歴史を紡ぐものに非ず。戒めと有り様を示し、導くに相応しく綴られしもの」と序文にある。
この点について、「“原典”にて語るには相応しくない、あるいは自明の背景として詳細が省かれた何らかの先進的文明の存在は大いにあり得る」と、エデンベール枢機卿がコメントしたこともあり、超古代文明の存在そのものについて教会側は断定こそしていないが、かなり肯定的な立場をとっている。
ただつい最近までならば正味な話、ライザ──シスター・リザヒル──にとってはそれは重要なことではなかった。
治癒士として、超古代文明など物好きの夢物語よりも、今どれだけの人を救えるかが問題だからだ。
まして国防の要たる辺境伯領の騎士団所属のタルザムなど況んや、である。
だがミリクと出会い、そうも言っていられなくなった。
どう考えてもミリクがそれ由来なのは明らかだからだ。
異国の軍事機密などというレベルではない。
もしそうなら、とっくにこの国この大陸どころか、この星はその国によって統一されているだろう。戦略的にはそれぐらいの運用が可能な規模のものをミリクは持ち合わせている。
ともかく、ミリクにとって今の世界の、少なくともキャッスルトン王国の技術を、子供のお遊びレベルの原始的なものだと感じていても何もおかしくはなかった。
しかし、そんな二人の予想に反し、ミリクの足がふと止まった。
店と店の隙間から微かに見える裏路地。
そこをじっと見つめている。
「どうしたミリク」
「こどもが、いました」
「ん? あぁ、職人に付いて丁稚奉公している見習いだろうな」
ミリクと一緒になってその隙間を覗くと、確かに何人かの子供達が機械部品が入っているであろう籠を抱えて右に左に行き来しているのが見える。
「ちちうえ、なかよくしたほうがいい?」
どうやらその子供達は以前タルザムが命じた“同年代の子と触れ合う”の範疇らしい。つまりは十歳手前か少し程度。
こういった職人の工房に住み込み、身の回りの世話や雑用をしながらその技術を学び修行する丁稚としては特段珍しい年嵩という訳でもない。普通の年齢だ。
強いて言えば、サングマでは高温の炉や重い鎚を扱う鍛冶職人が多い関係で、同じ丁稚でも火の扱いを理解し、ある程度身体が出来上がる十代半ば以上からが一般的。
ミリクからすれば、同年代の範囲から少々外れることになるだろう。
「ミリクは──」
──どうしたい?
そう尋ねようとして、ミリクの目を見たタルザムは言葉を飲み込んだ。
深い青色の瞳は、まるで自由意志を感じさせない。
無機質な硝子玉のよう。
それはきっと仲良くしろと命じればそうするだろうし、関係を持つなと命じればそうするだろう。
そして「どうしたいか」と問えば、「わからない、ごめんなさい」と謝るだろう。
それが容易に想像でき、それだけで胸を締め付けられた。
「ちちうえ?」
「いや、折角だし少し話できるか訊いてみよう」
タルザムは特にその店が何か気にすることなく入った。
「これは……通信器でしょうか?」
ライザがそれとなく口を開く。
店内でまず目に入ったのは、傘をひっくり返したような長物が付随した、人が背負える程度の大きさの木箱だった。
その横には木箱の一部が開き、映像と音声をやり取りする魔石の組み込まれたガラスの半球を露出させているような模型もある。
「うちでも行軍に使うことがあるな。だが、うちの本隊通信士が使ってる物よりだいぶ小さい。距離とラグ、稼働時間と耐ノイズ性がどれぐらいあるのか……というか意匠も拘っているようだし、立地的にどちらかと言えば軍用ではなく貴族の長旅用か?」
若干他人事のようなタルザムだが、元々領を離れることが殆どない近衛騎士だったためその辺りの意識が希薄なせいだ。
本来重要な役職を持った上位貴族であれば従者の中に通信士を伴うことが多い。しかし殊タルザムに限って言えば、ミリクの通信魔法といういつでもどこでもラグなしで本家や領主と情報のやり取りができるため、通信器の必要性はどちらかといえば軍事行動のため、という認識だった。
ちなみにどちらにしろ携行できる通信器はそれだけでかなり高価だ。金貨が百枚単位で飛んで行く。平民どころか下位貴族でも気軽には手が届かない。
これが固定なら金貨数十枚、音声のみに絞れば数枚に落ち着く。ただどちらにしろ年毎の通信中継施設利用料と魔石消費がえげつなく、維持費用だけでやはり金貨単位のお金が必要になる。かなりの富裕層でなければ手にすることはないだろう。
「いらっしゃいませ。バーネスベッグ通信ティースタバレー領中央領都支店へようこそ」
他にも数組の明らかに裕福そうな貴族やその使用人が最新の通信器を見比べて唸っている中、グレーの礼服を着た店員と思われる壮年の男性が応対にやってきた。
「私、本支店案内員を務めておりますドノックと申します。お客様はどういった通信器をお探しでしょうか」
職人にはあまり見えない佇まいであり、下位貴族や継承権の低い子息、或いは使用人の家系の出であることを思わせる。そういった者が店員として勤めているのは高級店では珍しい話ではない。
サングマでは勇壮さが貴ばれる関係で騎士が人気だが、そこは領の色が出るところ。それこそ、ここティースタバレーでは職人を志す者も多い。
「あぁ、申し訳ない。購入は考えていないんだ」
「いえいえ、お気になさらず。高価な通信器を専門に扱う店は珍しいと足を運ばれる方も多くいらっしゃいますので」
「そう言ってもらえると助かる。ところで、可能であればこちらに丁稚の子供がいれば、少し話を聞いてみたいのだが」
「丁稚、というのはそちらのご令息がご興味を?」
「あぁ……ん? どうしたミリク」
察しのいい店員と話を進めようとしたところで、ミリクがタルザムの袖を軽く引っ張ったので屈むと、周りの目を考えてか、わざわざ耳打ちで言葉を伝えてきた。