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五色の書  作者: 鳥辺野ひとり
ティースタバレー辺境伯領
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天の試練 その2

なかなか話が思いつかず、遅くなってしまいました。タルザム&ミリクサイドです。




 養子として迎えたミリクや妻のライザと共に王都に来てからというもの、タルザムはすっかりやることが無くなっていた。


 とはいえ彼は、かの武功名高きサングマ辺境伯の近衛騎士団副団長。


 その肩書に惹かれ、騎士団や憲兵から教導や訓練、時には挑戦状じみた物まで、数多くの依頼がそれなりにやって来ている。

 しかしそんなものは、サングマでの日々の訓練に比べればぬるま湯も良い所。

 (たま)に行なうミリクとの手合わせとは無論比べるべくもない。


 自己鍛錬や武具の整備は怠っていないものの、有り体言って暇だった。



 そのお陰で、(孤児の保護という意味で)戦友にも近い関係の妻と多くの時間を語り合うことができた。


 勿論その話題の中心はミリクだ。



「良い傾向も見えてはいるんだ。この前の友達(レイルウェイ)を泊めた件や、度々やっている歳の近い仲の良い子息同士の茶会なんかがそうだ」

「そうですね。ミリクのあの様子は、損得勘定で動いているという風ではないようでしたしね」


 ライザもタルザムの考えを肯定する。


 あの時のミリクは、レイルウェイの心身を慮っていた。


 そのきっかけは、“同年代と親しくせよ”というタルザムの指令であったり、或いはクルセオン(彼の兄)を御するための方策の一つであったりしたのかもしれない。

 それでも人間の持っていて然るべき情が、ミリクから確かに滲み出ていたように彼等の目には映っていた。


「だが同時に、もしかしたらそれ以上に……『棚』として性質の方が強くなっているようにも思う」


 タルザムは、『五つの恩寵』のうち人が扱えない『青』『白』『黒』については、人前で行使しないようにと以前ミリクに命じていた。これは今でもそうで、タルザムからの指示が無い限りミリクは遵守し続けている。


 だがまるでその穴を突くように、ミリク自身が行使するのではなく、限定的ではあるものの他者にそれら神代の魔法を使わせる手段をミリクは構築した。


 “方尖柱(オベリスク)の影使い”や、“蒼穹に赫く燃ゆる虎よ(ブルータイガー)”と言った仮想精霊(アプリケーション)


 おそらく、ミリクが生み出された時代では標準的な技術だったのだろう。

 それらを惜しげもなく、タルザムに逐次許可を求めては外部に公開している。


「……それは、どうでしょう。どちらかといえば、自慢したい認められたいと、そう思うように……思えるようになった。というのもあり得ると思いますよ。

 勿論それも込みで作られた欲求(もの)であるとも考えられますが……」


 ミリクは高度な魔法知識と引き換えに、欲望や感情が抑圧された子供である、とライザは認識していた。


 その心が自由になれば、持っている知識を披露して褒めてもらいたくなるのは何もおかしなことではない。

 やり出すことや手段がめちゃくちゃだが、ミリクは五歳の子供なのだ。


 生きる為の生理欲求、身の安全を守りたい安全欲求、集団に属し愛されたい所属欲求、己の価値を認めてもらいたい承認欲求、そして己の目標を達成し成長したい自己実現欲求。


 ミリクはそれらに様々な制約が掛けられているのだろう。兵器として運用されていたのなら当然だ。


 タルザムが以前利用した、先代所持者によって『賢者の本棚』に仕込まれたバグ。

 それが、ミリクの抱える制約のどれほどを解放したかは分からない。


 少なくともサングマに居た頃の、タルザムの為なら己を無碍にして自身の感情や振舞いをただの手段・道具としていた様子に比べれば、今のミリクは言ってしまえば自分勝手に行動するようになっている。


 命令に無い行動の数々は、タルザムに害を齎さない範囲で、ミリクがやりたいと思ったことなのだろう。


 それは立派な、人の持つ欲望だ。



「それも、そうか……子供であれだけ魔法が使えるなら、大人に、周りに、なにより……(所持者)に、か。褒められたいと思うのは当然か」

「ええ。そうやって、いつかミリクが私達に甘えられるようになる日が来るといいのですが……」





「ちちうえ、ゆーきゅーもらいました」

「ん? あぁ、有給休暇か」

「はい」


 そんな話をしたばかりのある日の夕食後、ミリクがいつもながら唐突にそう話題を切り出すと、数枚の書類を手渡してきた。


 そこには、査読中のミリクの論文について考える時間が欲しいから次々論文を出すのを少しの間止めてほしいという理事長からの要請があったことや、週に一度のミリクの講義はモハンが一度代講をすること、そしてマハラニとクルセオンに科した丸々一週間強は身動きが取れなくなるであろう質と量の課題についてが、簡潔にまとめられている。


「休みは八日間、と」

「はい、だから……ちちうえと、ははうえとで、いっしょにおでかけしたい」

「一緒に、えっ?」

「おでかけ?!」

「だめ……?」


 タルザムとライザは、両親と一緒に外出したいという突然の真っ当な子供らしい要求に目を丸くせざるを得なかった。二人して今までとは違う方向性の驚きに、素っ頓狂な声を上げる。


 有給休暇が子供らしいかについては、今はいいだろう。


「ど、どこに行きたいんだ?」


 思わず動揺で(ども)ってしまったタルザムだが、有能な近侍(ヴァレット)から普段は金庫で管理されている魔力錠付きのブリーフケースを受け取ると、素早く開錠し中から八つ折りに畳まれた上質な紙を取り出す。


 机の上に広げたそれは、キャッスルトン王国の地図。

 それもこの世界にはありえない高精度のもの。


 当然ミリク謹製であり、作られて早々にサングマ家門外不出の機密物品と化した代物である。


 態々(わざわざ)これを出したのは、外出先をあくまで八日間の旅程でおかしくない範囲から選ぶためだ。


 ミリクには転移魔法( 『黒』 )があるが、今はそれを大っぴらにするリスクを負うような場面ではない。


 例えば、ここ(王都)からサングマ領都までは、馬で片道一週間。

 行けばその事実を完全に隠匿するのは困難だ。何かしらの痕跡が残る、あるいは何もない空白ができる。


 王家が辺境伯領に張っている情報網は、それを察知できないような無能なものではない。

 『黒』の転移魔法、あるいはそれに準ずる効果を持つ“帰還の宝珠”のような遺物を使わなければ不可能な移動が成された、というところまで辿り着くはずだ。


 故に旅先が露見しても不自然に思われない距離でなければならない。

 と言っても馬で一日分程度の距離であれば、まあミリクならと判断される誤差で済むだろうが。



 勿論ミリクならばそれらを纏めて握り潰すなり無かったことにするなり、いくらでも対処できる。


 ただ、傍目から見てミリクの出す成果物の量だけで言えば過労も良いところなので、今回の旅行ではタルザムとしても極力ミリクに何もさせたくなかった。



 と言うか子供らしく、普通に遊んで楽しんで欲しいとタルザムもライザも考えていた。



「ここ」



 固唾を呑んでその小さな指が指し示す先を見る。

 そこはここから片道約三日の場所。



「スラックレリ……ティースタバレー辺境伯領中央領都、ですか?」



 ミリクはコクリと首肯した。



「いま、てぃーすたばれーの“ばいたんぎら”がおいしいって、じるからきいた」

「あぁ……“ティスタ豪精鰻(ヴァイタングィラ)”か。サングマでも偶に見かけるな」

「シンジェル様は各地の特産品に明るいのでしたね」


 豪精鰻(ヴァイタングィラ)は、海で産卵・孵化し川を遡上、渓流で成長する淡水魚。文字通り鰻の一種なのだが、魔物が棲む水域でも生き残るだけあり、近縁種とは比較にならない凄まじい生命力と危機察知能力を持つ。

 秋から冬にかけての繁殖期に海へ下る成魚が最も脂が乗っており美味とされるのだが、その移動方法が魔物にわざと丸呑みされ、特殊な粘液で消化に耐え切りそのまま体外に排泄されるのを繰り返すというものであり、高い警戒心も相まってその捕獲難度の高さから高級魚とされている。


 中でも凶悪な魔物が数多くいるティスタ河本流を下る豪精鰻(ヴァイタングィラ)は、その希少さからティスタ豪精鰻(ヴァイタングィラ)とブランド化されており、あるキャッチコピーも相まってティースタバレー辺境伯領の貴族たちにとって王都の上位貴族への贈答品や、時には王室への献上品にもなっている。


「スタミナが付くから新人の近衛騎士達にたまに食わせていたが、晩秋が旬なんだな」


 サングマ辺境伯領は、その東端がティスタ河上流と接している。

 この近辺は成長途中の豪精鰻(ヴァイタングィラ)の生息域であり、稼ぎのために冒険者や亡命者達が捕えようと急流の大河に挑み、成功したもののいくらか領内に流通している。


 もっとも、大多数は挑んだところでボウズや大河の藻屑になるのだが、そこは自己責任だ。



 それはともかく、ティスタ豪精鰻(ヴァイタングィラ)には、有名なキャッチコピーがある。

 それは、実際に食して五人の男子に恵まれた当主夫妻に(あやか)ったもの。



「しゅんの“ばいたんぎら”たべると、あとつぎにめぐまれるってきいた!」

「え? あぁ、そんな話もあるな」


 タルザムは、ミリクからそんな発想が出るとは考えられず、あやふやな言葉を返す。

 だがライザはまさか、と、そうなのかを確認した。



「ミリク。もしかして……弟が欲しいのですか……?」

「! そ、そうなのか?」



 僅かに視線をそらし、小さな白い指で赤みの差したぷにぷにの己の頬をツンツンと突く。



「……うん」



 物凄く気恥ずかしそうにミリクは肯定した。





書いてて鰻が食べたくなってきました。

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