赤の炎 その4
謎のキュートな兎耳にコウモリ羽で小悪魔感をプラス★手足甲冑が男の子らしさを演出してみたよ!という風の謎コーデ少年、ペレスコーンに対し、ジュンパナは一切の身動きをせず、聖剣を引き戻した。
音さえ置き去りに刃を向けて背後から飛来する無機質な殺意を、少年は驚くこともなく軽く跳躍し、その柄を掴み取って引き留めた。
剣の先端は、ジュンパナの胸に突き刺さる一歩手前にありながら、いまだにその心臓を貫かんと引き寄せられ続けている。
「おっと危ない。これ刺さっちゃったら大変なんじゃ? 人の身体は脆いって聞いてたけど……あ! もしかして早速信用してくれた?! 俺がどれぐらいできる奴なのか確かめたのか!! でもふつー命張ってやる?! はぁー、やっぱ本物はすっげー……」
「……」
勝手に謎の感動をしているペレスコーンだが、その右手に握られた聖剣はピクリとも動かず空中に固定されている。
ペレスコーンの身体も宙にふよふよと浮遊しており、踏ん張りが利くようには到底見えない。
(……チッ)
敵意も、悪意も、害意も、殺意もない。
が、それなら大丈夫と言えるほど世界は優しくない。
善意で、正義で、親愛で、好奇心で、人は死ぬし、人は殺す。
なら人でなければ?
膂力が違えば、じゃれあいのつもりで体がバラバラになることもあるだろう。
価値観が違えば、絶対に守るという言葉で丸呑みにされることもあるだろう。
(エデン爺の『神託』に無かったってことは、世界にとっても“想定外”ってか? 或いは……)
或いは、安全だから気にする必要はない、か。
ジュンパナは聖剣から力を抜く。ペレスコーンはそれを感じ取り、かしゃりと着地すると、はい、と無邪気な笑顔で剣を手渡してきた。
無言で受け取り鞘を納めると、すぅーっとジュンパナは手を伸ばした。
そしてペレスコーンの頭頂部に乗せられる。
わっしわっしわっしわっし
「……」
わしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわし
「……あの」
「あ゛?」
「いえ……」
ペレスコーンの短く思い思いに立ち上がっている髪は、髪というよりも獣の体毛に近い感触。ごわごわしていながらふわふわしている、なかなか面白い触り心地だった。
その撫でる手の動きは、ジュンパナの威圧するような声に反し、どんどん加速する。完全に動物をあやす手つきだ。
ぎゅっ
「ぴひゃぅっ!?」
ジュンパナの手は続いてその華奢な身体から飛び出したものの根元を素早く掴む。ペレスコーンが声を上げ身体を強張らせると同時にピクンとそれは屹立し、尻尾のようなものがブワッと膨らんだ。
「へぇ……?」
躊躇うことなくジュンパナは握り込んだそれをそのまま上下に扱いた。
「んん、あッ、やめっ、そこぉ敏感だからっ! ゥアッ!」
中には固い芯のようなものが感じられ、手の中で熱く脈動する。
ビクビクっとその小柄な身体を僅かに痙攣させながら、荒く息を切らし涙目で見上げる。血の気のない顔は紅潮することで一層扇情的に映えていた。
「う、ぅぅ……」
「なんでそんな敏感なもん露出してんだよ」
「に、人間だって、目とか耳っ、出してる! いきなり目! 手で触るの! ない!!」
しゃがみ込んで小動物のようにぷるぷる震えるペレスコーンが、先ほどまで激しく弄ばれた兎の耳のような器官を手で覆い折り曲げつつ抗議した。
しかしその健気な意見をジュンパナは話題ごと捻じ曲げて切り捨てる。
「舐めたこと言ってんな。お前良いとこの坊ちゃんかよ? お行儀よく殺すなんざ贅沢だ。殺し合いでも即殺す・全部消し飛ばすの次くらいには目潰しは有用な手段だろ」
「ふぇぇ、おねーさん勇壮だけど物騒……」
ペレスコーンは自身や主として崇敬する神々の名状しがたい点を棚に上げて、まるで真っ当な倫理観を持ち合わせているかのような弱気発言をする。
ちなみに彼の種族の食性は肉食であり、当然人間を捕食することもある。
ただ彼の群れが比較的人間に友好的な者で構成されていただけだ。それは人間が、犬や猫、海豚をあまり好んで食べないのと似ている。好きだしそこそこの知性もあるし、あんまり食材として見れないなあ、という感覚だ。
「てか、お前何ができんだよ。それなりに強いみてェだけど、アタシと並び立つには足りてねェように見えるんだが?」
「すごーく速く空飛んで、おねーさんも運べます! あとは、探知とかもちょっと?」
なぜか疑問形で口にしながら、頭部の二本の感覚器をぴょこぴょこと動かす。
「ふぅん、どうやって運ぶんだよ」
ジュンパナの問いに、しゃがみ込んだままのペレスコーンが見上げながら自身の小さな背中をパスパスと叩く。
その期待に満ちる目を輝かせた誘いに乗って、上から跨りその背に体重を預ける。さながら小児向け騎馬遊具で遊ばんとする良い歳した大人のような様相となった。
「行きまーす! あ、どこ行けばいい?」
「まずは向こうにいる騎兵のとこまでやってみろ」
「はーい!」
ふわりと重量が無くなったように浮遊する。小さな羽がパタパタと動いているが役に立っているようにはこれっぽっちも見えない。
だがジュンパナはそれ以上に、慣性を感じることなく一気にトップスピードに乗ったことに感心した。森とできたての荒野がどんどんと視界を流れ去っていく。
「まぁ、軍馬よりは速いな。飛べることと機動性の高さも加味すればなかなか悪くない」
「でしょー! 空気薄いとこならもっと速いんだ!」
四半刻足らずで、光のドームに包まれた騎兵達の下に到着した。騎兵達は眼前の少年に跨って飛んでくるという珍妙な光景に、しかし相手は最強の冒険者にして枢機卿の一人ということで、迂闊な言葉を掛けられずにいた。
その沈黙を破るように、ジュンパナが口を開く。
「だが、この程度の距離、直線ならアタシは一息で移動できる。空中移動もある程度どうにかなるし、大体この範囲切り飛ばして焼き尽くすぐらい、雑魚相手なら一発でできるから周り気にしなくていいなら移動云々がそもそも必要ないな」
「おねーさん、実は人間じゃない……?」
うさ耳の子供が恐ろしいものを見るように血色の無い顔でプルプル震えている。
騎兵達は認識が追いつかなかったとは言えその言葉通りの力を目の当たりにしたばかりなので、奇妙な少年に初対面ながら不思議と同情した。
「とりあえずこれで仕事は終わりだ。コイツはアタシがさっき拾った。教会で保護すっから、お前達はもう戻って上司に報告していいぞ。アタシも聖都に戻るから。じゃーな!」
そんな言葉を残し、今まで彼らの命を守っていた金色のベールが風に溶けるように消える頃には、ジュンパナの片手に抱えられた少年の「あぁぁあああああああアァァァアアアアおっねぇさっぁぁあ速いはやいはやいぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁああああ人間じゃなぁぁぁぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー………………」という悲鳴に近い叫び声が遠ざかって芥子粒のようになっていた。
ちなみに、王都と隣接している聖都はほぼキャッスルトン王国の中心部にある。パニアータ辺境伯領の外縁、ヤージ森林帯緩衝区域の彼らのいる南部領域からだと、早馬で五日ほど。実際は領を出入りする際の手続きがあるのだから、もっとかかるだろう。
だがジュンパナは──『白』のアリヤも同様だが──馬を使うよりも自分の脚で走った方が圧倒的に速い。身分的にも領の出入りを制限されることはまず無い。
つまるところ、馬で五日掛かる距離を一日半で走り切るという狂気の移動のうち、最初の半日ほどの間ペレスコーンは叫び続けた。
残り一日は魂が抜け落ちたように成すがままに担がれ運搬された。
人外ショタと人外よりも人外姐さんのおねショタ思いの外楽しいですね!!
次から大人しく本編に戻ります。