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五色の書  作者: 鳥辺野ひとり
王都 ティンダーリア魔法学園
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人工精霊使い その7




 ミムがマハラニを訝しんでいる一方で、レイルウェイは覚悟していたとはいえ体を思わず強張らせていた。


ここ(研究室)でこうして対面するのは初めてだな。レイルウェイ」

「に、兄さま……」


 クルセオン・フォープ・ティンダーリアと、レイルウェイ・フォープ・ティンダーリア。

 ティンダーリア侯爵家の嫡子である長男と次男。歳の差は3つだが、その才能は天と地ほどある。


 クルセオンは齢八歳にして研究室(ゼミ)生として在籍しており、ミリクトン研究室配属以前からも理事長であり父でもあるティンダーリア侯爵家当主のナラナートの補佐をしていた。稀代の麒麟児と王都でも持て囃されている。


 ではレイルウェイはどうか。六歳である現在、初等部(プリマ)に在籍。これは別に劣っているというほどではないが、しいて言うならば平均よりやや優れている程度で、侯爵家の家庭教師による入学前の教育を考慮に入れると……優れているとはあまり言えない。


 少なくともレイルウェイ本人からすれば、あと二年で当時の兄と同じように研究室生になれるかと問われれば、無理だと断言できた。社交界では「陽光の隣の燭台」「才能を全部兄に持っていかれた」「残り(かす)」などと散々に言われているが、両親や兄、叔母の配慮で幸いにも本人の耳には届いていない。


 しかし周囲からそういう風に思われているだろうと察せてしまう程度には、レイルウェイは少しだけ優秀だった。

 良く言えば、人の機微に敏い。悪く言えば、メンタルが脆弱。ある種ティンダーリア家に欠けたもの。いや、切り捨てたものだった。


「人工精霊の使い勝手はどんな感じなんだ?」

「そ、それは」

「……いや、やはり答えないでくれ」

「え?」

「教授は教授で()とは別方向で模索していると聞いていてな。だが、研究中の機密事項を尋ねるなど御法度だった」

「そう、なのですか……」


 ギクシャクしているが、本来貴族の嫡子の長男次男など、次期当主の座を持つ者とその予備なのだから、仲が良い方が珍しい。

 ただ、彼らに限れば次期当主云々ではない。当主(ナラナート)次期当主(クルセオン)も家では研究や仕事に没頭していて、会話が殆ど無いだけだ。


 だから、レイルウェイはシンジェルがクルセオンの様子に目を丸くしている理由が分からなかった。二人はそもそもほとんど初対面のはずだ。


「ジル、どうかしたのか?」

「あー、なんていうか、いや、なんでもないよ」

「そういえば、シンジェル殿も、いつも弟が世話になっています」


 そう言うと、クルセオンはシンジェルに対し礼をした。

 一方でシンジェルはその行動に眉をひそめる。


 側妻の息子とはいえ、公爵家ともなると王家の血を引いていることになる以上、シンジェルにクルセオンが頭を下げるのはおかしなことではない。


 が、シンジェルとしてはどうしても違和感を覚えてしまう。


 クルセオンに限った話ではないが、各家の社交界に出ている貴族の子供達──つまり、いずれ各家の当主となりこの国を支える者達──がどういう立ち振舞いや発言をして、どういう性格、嗜好なのか、強みと弱みは何なのか。

 そういった情報をキャッスルトン公爵家では随時収集している。


 それを常に頭に叩き込んでは日々最新の情報に更新しているシンジェルにとって、目の前のクルセオンはまるで別人のように映った。


 確かにミリクトン教授の研究室(ゼミ)生になったという情報は知っていたし、研究が忙しくて社交界で姿をほとんど見なくなっていたが、それはティンダーリア家の歴代の特徴であり、特筆するようなことではないと考えていたのだ。


「……いえ、幼馴染で親戚ですし。それに最近はミリクトン教授もおられますので」

「御配慮痛み入ります。そうですね、サングマ家にもぜひ一度礼をしたいと考えております」


 シンジェルはやや逡巡してから、言葉を返す。

 この変化がミリクによって齎されたものだと仮定して、教授の名を出して反応を見たところ、やはりクルセオンの返答は従来考えられていた性格とはギャップがあるものだった。


「ん〜……堅苦しいのは止めにしましょう()()。ここは社交界じゃなく、学園なんですし」

「あぁ、なるほど……()、そんなに変わったように見えるのか?」


 小さく息をついてシンジェルが意図的に言葉遣いを変えると、クルセオンも合わせて砕けた口調になる。それは研究室生として初等部生に話すものだ。

 彼は彼で自身について探りを入れられていたことに気付いていたようだ。


「まあ、そうですね。聞き及んでいた限りでは、もっと、こう、鋭い剣のようというか……」

態々(わざわざ)良いように表現しようとしなくていい。ほんの少し前までは、誰も彼も言い負かしては全能感に浸っていたんだ。自分が一番だと。

 なのに婚約者の一人も助けることができなかった。恥ずかしいし、しょうもない話だろ」

「でも、義足を用意されたじゃないですか」


 片足を失い、更に呪いまで受けて、婚約破棄となったサングマ辺境伯家の長女ソーレニの話も公爵家は関知している。なんせ公式のパーティでの出来事だったからだ。喧伝こそしていないが隠蔽もしていなかったため、情報の収集は容易だったという。

 そのソーレニに提供された義足は、クルセオンの働きかけによるものだったはずだ。


「俺は頼んだだけだ。俺の力じゃない。俺は……何も出来なかった。

 どこか目を背けて、いつかきっとなんて先延ばしにしていたんだ。

 少なくとも、俺は()()()()に教授になるなんて考えもしなかった」

「……随分饒舌ですが、いいんですか? (公爵家)にそんなことまで話してしまって」

「フッ。俺の弟の親友は、そんな器の小さな男じゃない」

「それはありがたい評価ですね」


 シンジェルにとって、ミリクは友達であると同時に教授とのパイプでもある。

 しかし、未だにミリクのやりたいこと、目的としているものがまるで分からなかった。それが漠然と不安な気持ちにさせる。

 公爵家に連なるものとしての(さが)のようなものだ。


 冷静に考えてみれば、すさまじい才能や技術力で見落としがちだが、ミリクはまだ五歳なのだ。歳相応の幼い欲求で動いていてもおかしくない。


 それでもミリクのやることは突拍子が無く、最近は“友達(レイルウェイ)のため”で行動しているようにもとれるが、それもどこかチグハグしているように感じられた。


 その違和感の正体の一端をクルセオンは開示した。


 クルセオンに代わりミリクがソーレニの婚約者になった。そして、ソーレニの呪いを解くこともミリクの目的である、と。


 伝聞では確かにミリクとソーレニの仲は良好とあるが、果たして五歳の男子が離れた土地の一人の淑女を慕い続けられるものだろうか。

 事実として、今までのお茶会でミリクの口からその名が出たことはなかった。


 それに、普通そのためだけに、秘匿していた方が圧倒的利を得られたはずの技術をばら撒くような真似をするだろうか? 資料越しでもその辣腕ぶりが垣間見えるあのサングマの女傑達が、それを認めた?



 シンジェルはどこかまだ腑に落ちないでいた。



 結果として言えば、その感覚は正しい。

 なにせソーレニに呪いをかけたのはミリク本人なのだから。



 だが、まさか侯爵家の次期当主が偽の情報に踊らされ続けているとは、シンジェルも考えつかなかった。

 サングマの女傑達だけでなく、一部はエデンベール枢機卿までグルになっている以上、それは仕方ないことだろう。



「それにミリクトン教授が俺達を利用することはあっても、その逆はまず無い。利用していると勘違いさせられることはあるだろうがな。

 俺は目的のためなら手段を選ばないが……ミリクトン教授は目的のためなら()()を選ばない」

「成果を……ですか?」


 シンジェルは、今度は素直に首を傾げた。

 それも仕方のないことだ。何せの学園内の、特に各教授の研究室での研究は基本的に秘匿されている。公的な発表の場や、国王への奏上を経由せずにその内容を先んじて知るのは至難の業。

 なにより最新研究はその内容を研究している者以外にはまず理解できない。それこそ、神託で直接知る以外に方法が無いと言えるほどだ。


 まして、それらの成果の経緯など削られている──奏上し公開するのは、経緯ではなく結果だからだ──となると、そのきっかけが何なのかを知る術はない。


「あぁ。ここ最近の技術革新レベルの新発見、新技術のラッシュは、その全てでミリクトン教授の齎した理論なり指導なりがきっかけになっている。殆どの教授に平等に機会が与えられている。

 これは俺の私見だが──まるで、これから成そうとすることが悪目立ちしないように種を撒いているようだ」


 レイルウェイは、ほとんど初対面のはずの兄と幼馴染が流暢に高度な会話を繰り広げ出したため、チラチラと二人の間で視線を行き来させるも、まったく会話に入り込む糸口を見出だせず、身を縮めて紅茶をちびちびと飲むほかなかった。




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