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五色の書  作者: 鳥辺野ひとり
王都 ティンダーリア魔法学園
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人工精霊使い その6




 当初、汎用演算人工精霊“シューニャ”はそれ程注目されなかった。


 なんせできることが計算だけ。

 一部の財務や天文、測量関係の用途で活躍が期待できるだろう、と言った程度の評価。


 しかし、いざ発表されてみれば、その論文には連名で“ミリクトン・ボープ・サングマ”の名があったのだから、何かしらの革新的な展望があるに違いないと訝しむ者も当然いた。


 結果として、研究発表会での発表者であるシムリン・ラットパンチャー教授とミム・パーマグリ教授の二人を差し置いて、ミリクに質問が飛んできた。

 そんな我慢知らずのテライン教授は、ミリクから「ひみつー」「ないしょー」「やだー」「いわなーい」「のーこめんとー」「きくまえにじぶんでかんがえてー」と徹底した塩対応を受け続け、会場の笑いを誘うこととなる。


 勿論、テラインのその想像は──的中していた。

 そのことに気付いていたのは、ミリクから“汎用演算人工精霊を用いた精霊の仮想化”の論文を受け取り、査読を進めていたナラナート理事長だけだ。


 そして、質疑応答が終わった発表の最後、シムリンがそれを口にした。


「発表にもある通り、“シューニャ”は数式であれば取り扱うことができます。

 そして、ミリクトン教授から現在、魔法を単純な魔力制御命令の集合に分解した上で、数式の集合のように記述する技術を研究しており、その実行環境として“シューニャ”を用いる予定だと聞いています。

 ここまではこの場で話してしまっても問題無いとミリクトン教授から承諾を得ていますが、ここから先はミリクトン教授ご本人の次回の発表にご期待ください。

 ご清聴有り難うございました」



 会場が騒然となる。テラインは完全に自分の質問が前振りのように利用されたと気付き、複雑な表情だ。




 そう、ミリクのその論文には恐るべき記載があった。




《この仮想精霊開発言語“ユーフォリア”を用いれば、理論上いかなる魔法についても、その構築・行使を制御する仮想精霊を開発できる。その活用範囲は、属性魔法や錬金魔法、神聖魔法だけに留まらないことだろう。》



 ミリクが言う“属性魔法や錬金魔法、神聖魔法以外”というのは、つまるところミリクが研究テーマとしている“無限法”も含むということであり、神が齎した『五つの恩寵』のうち、人が扱える『赤』『黄』以外の他三つ──以前にナラナートが“答え”で釘を刺された『青』『白』『黒』という失われた神代の魔法(奇蹟)──も含むということだ。


 錬金魔法の新たな時代、いや、古代文献にその片鱗が記されているのだから()()といった方が正しいか。

 物質種、今では“元素”と呼んでいるものそれ自体の変換が実現すれば、あらゆる物質の価値を根底から揺るがすことになる。

 第二錬金式が等しくなる……つまり陽子と中性子の数が合うような組み合わせであれば錬金可能なはずだからだ。


 例えば一般的な貴金属である金は、79個の陽子と118個の中性子から成ると第二錬金式から判明している。同様に鉛は82個の陽子に124~126個の中性子から成る。

 つまり、陽子を3個、中性子を6~8個取り除けば、鉛から金を生み出すことができるということだ。

 具体的には水素は大半が陽子1個のみであることから陽子の数調整として用いる。すると、炭素(陽子6、中性子6)・窒素(陽子7、中性子7)・酸素(陽子8、中性子8)を生み出す形で必要数の陽子と中性子を鉛から脱離させると、金になる。


 あくまで周期表の第二錬金式から考察できる机上の空論に過ぎないが、少なくとも理論上はそうである。


 ここで最も細心の注意を払うべきは、中性子の扱いだとナラナートは考えていた。


 ミリク曰く、中性子は“中性”の文字通り、電荷をもたない粒子だ。


 それが意味するところは、電磁力つまり『赤』とミリクが呼称する既存の多くの魔法では干渉できないということ。

 神聖魔法なら何かしらの効果があるかもしれないが、属性魔法はもちろん、少なくとも『赤』の一種である錬金魔法の“炉”では中性子を閉じ込められず、漏れ出すだろう。

 高エネルギーの中性子がばらまかれて無事で済むとは到底思えない。それこそ衝突した元素が“割れ”て物質として破綻する危険性が予想できる。

 それが例えば人の体のあちこちで起これば、どうなるかは明白。


 死だ。


 だからこそ、神代の魔法の仮想精霊ができれば、それはこの世界に革命をもたらすだろう。まさに『神の使徒』と『最古の五聖人』の再臨と言える。


 あぁ、仮想精霊でどれほどのことができるようになるのだろうか?

 従来の錬金魔法の高速化は当然できるのだろう。

 神代の魔法があればさらにどうなる?

 今の世界を説明付けるためのお伽噺程度にしか捉えていなかった聖書に、初めてナラナートは導きを求めたのかもしれない。“原典”を真面目に読もうかと思案していた。


 しかし流石のナラナートも、まさかミリクが既に“無限法”用仮想精霊“鏡移しの盃”や、『黒』の時間操作魔法──“遅速法”の“遅滞”・“加速”、“静謐法”の“凍結”が行なえる──“方尖柱(オベリスク)の影使い”なんてイかれたものを完成させて、ましてレイルウェイ(自分の息子)がお試しで使ったなどとは思い至らなかった。



 そんなこんなで最後の最後にシムリンが投げ込んだ爆弾に(主に錬金魔法の高速化をどうミリクに切り込んでもらうか考えあぐねていたナーバンとアバサーを中心にして)会場がざわめく中、閉会となった発表会。


 しかしこの騒ぎを最初から予見していたかのように、ミリクの姿は既に会場には無かった。




「紙束が多いな」

「う〜ん? コレも神聖魔法関係の実験データですかねェ?」


 そうして研究発表会の後、シムリンとミムはミリクの研究室に赴いていた。


 本棚に本はあまり無いが、代わりにミリクが書き上げた講義の資料や研究室(ゼミ)生達の実験データやアイデアが書き殴られた紐で括られたり積み重なっていたりしている。


「なーなーミリク、“ポルクス”みたいにまほうがうまくなるやつある?」

「れんきんまほーとか?」

「そうそう」

「そういうのってちゃんと自分で勉強しないとダメでしょレリー」

「ぐ……そ、そうだけど……」


 その中には実験に協力してくれたレイルウェイやシンジェルもいた。目下彼らの話題は仮想精霊だったが、レイルウェイもシンジェルもその意味自体はよく分かっていない。


「ミリクくん、お二人は何のお話してるんですかァ?」

「んー、“しゅーにゃ”にれんきんまほーをやってもらいたいんだって」

「へェ〜。アタシは霊魂の形成(イェツラー)上層の普遍的な観測手段が欲しいですねェ」


 自分で訊いておきながら躊躇いなく話題を足蹴にして、自分の研究上の大きな課題を口にするミム。

 彼女は彼女で“精霊眼”無しで天使や精霊の観測結果を証明できる手段を常に欲していた。そうでなければ彼女の視たものがなんであれ、妄言扱いされても文句が言えない。


「そーゆーのもつくれなくもないけど、まはらにさんがくわしーよ」

「およびでしょうか?」


 ミリクの声に素早く反応して、イロモノ揃いのミリクトン研究室でも際立った美女がやって来る。全身のほとんどを布で覆うその姿は禁欲的でありながら、しかし蠱惑的。さながら真っ当な少年を唆して道を踏み外させんと試練を齎す使徒のようだ。


「……? この方がマハラニ……?」


 ミムがマハラニの姿をまともに見たのは何気に初めてだった。


 教授が自身の研究室生以外の全ての学生一人一人に目を通すことなど普通はしないのだから、初見であることそれ自体はおかしなことではない。


 ミムは己のフードを僅かに持ち上げる。

 細めた目の中の翡翠色の瞳が、まじまじと訝しげにマハラニの姿を見つめながら光を放っていた。


「あぁ、ミム教授はよく視える目をお持ちなのでしたね」

「まはらにさんは、()()()まはらにさんなんだよー」


 ミリクの紹介に笑みを湛えたマハラニは、まるで一枚の宗教画のように慈愛にあふれている。しかし、ミムの目は同時に違和感を訴えていた。


 “()()は見た目通りの存在ではない”、と。





 ナラナートさんは気づいてませんが、中性子は水魔法(というよりも水の中の中性子とほとんど同じ質量の水素原子核との衝突による散乱)でそれなりに減速・吸収できます。土魔法や錬金魔法でも炭素やホウ素を操作してやると、まあまあ効果あります。

 ただどちらも物理的に相当量の厚みが必要になるので、“炉”が巨大になります。そういう意味では『青』や『白』を使いこなせないとやっぱり厳しい……という設定です。



 それはさておき夏コミで買ったり読んだり忙しいので、10日ほど更新止まります! ご容赦ください!

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