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五色の書  作者: 鳥辺野ひとり
王都 ティンダーリア魔法学園
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人工精霊使い その5




 ミリクは“無限法”の術式を現在の魔法使い(研究室生)達に現在の魔法として構築し直させている。


 ではミリク本人は何をしているのか。




 ミリクが二篇の論文、“汎用演算人工精霊の開発”、“汎用演算人工精霊を用いた精霊の仮想化”をナラナートに提出したことで再びやばい雰囲気になったティンダーリア家から、レイルウェイはミリクの家に避難(お泊まり)していた。



「いんすとーる、“あまねくこはぜんに(遍く『個』は『全』に)あまねくぜんは(遍く『全』は)ただひとつに(唯だ『一』に)てんにそびえる(天に聳える)かがみのむこう(鏡の向こう)ひかり()みちたる(満ちたる)まことのぎょくざ(真の玉座)たたずむは(佇むは)おうのよこがお(王の横顔)いだいにして(偉大にして)いちなるおうかんに(『一』なる『王冠』に)ちいさき(小さき)さかずきは(『盃』は)かさなる(重なる)”」

「なまえ長いな」

「なんかもりあがるかなーって」

「……ちょっとわかる」

「でしょー」


 そして、来て早々ミリクの個室に案内されたレイルウェイは、“ポルクス”のときと同じように、されるがままに色々な仮想精霊(アプリケーション)追加登録(インストール)されていた。


「えーっと、『(さかずき)は満たされる』?」

《“鏡移しの盃”起動》


 ミリクから伝えられたキーワードを口にするが、この時点では何も起きない。なんか起動したっぽいということしか、レイルウェイには分からなかった。


「からだおかしいかんじする?」

「いや、なんもかんじない」

「そっかー」


 見かけ上は何の変化もない。気付くとしたら『黄』の変態おじいさんことエデンベール枢機卿ぐらいだろう。


「ッ!?」


 ミリクがずいっとレイルウェイに顔を近づき、レイルウェイは咄嗟に腕で口を覆う。


「ち、ちゅーはッ、もうだめだからな!」

「えー、いちばんあんぜんなのにー」


 こんなにも“安全”という言葉が不穏に聞こえたのは、レイルウェイにとって初めての事だった。

 ミリクが「しかたないなー」と顔を離す。


「じゃー、いんすとーる、“りーぶすらしる”、“りゅんけうす”、“おべりすくのかげつかい”」


 ぶっきらぼうにサクサクとさらに追加登録すると、ミリクはレイルウェイの手を掴んだ。


「な、なにする気だ」

「『いのちをとどめよ、“りーぶすらしる”』、『とばりをみとおせ、“りゅんけうす”』、『かげをおきざりにかけまわる』、はい」


 何の説明も回答も無く、ミリクはただキーワードの復唱を強いた。


「……『いのちをとどめよ、“リーヴスラシル”』、『とばりを見通せ、“リュンケウス”』、『かげをおきざりにかけまわる』」

《“生命を保つ者(リーヴスラシル)”起動》

《“山猫の瞳(リュンケウス)”起動 夜間支援モード》

《“方尖柱(オベリスク)の影使い”起動 加速 標準倍率10倍》

《既定以上の魔力低下を検知しました。“盃”から自動供給します》


 周りに変化はない。心なしか部屋が薄暗くなった気がする


「こゆーじどーきせーこー」


 よく分からないこと(今に始まったことではないが)を言うと、ミリクはレイルウェイの手を離す。

 そして机の上のペンを手に取って、レイルウェイに向けて軽く放り投げた。


「……?」


 ペンはミリクの手を離れた途端、空中をものすごくゆっくりと漂いだした。


 いや、その軌道はふわふわしているというわけではなく、きちんとした放物線。


 しかしとにかく遅い。


 レイルウェイは空中を緩やかに進むそのペンを恐る恐る手を伸ばす。


 普通だ。

 普通に取れた。

 普通のつけペン。


 なのに手を離すと、空中に留まってゆっくりと床に引かれていく。落ちると表現するにはあまりに緩慢な動きだ。

 ペンを持ち上げては離すを繰り返し、思わず首を(かし)げる。


「れりー、ぜんぶしゅーりょーして」

「えっ、あぁ、分かった」


 ミリクの指示に従い、レイルウェイは“シューニャ”(汎用演算人工精霊)上で実行されている術式、仮想精霊を終了していく。


 宙で緩やかに高度を下げていたペンが、重力を思い出したように音を立てて床へと落ちた。


「今のなんだ? 力魔法……“りきがくせいぎょ”……か?」


 レイルウェイの予想は、至極真っ当だった。


 今普及している魔法のうち、物体にかかる力や運動を直接操作するのは土属性(固体を対象とする)の力魔法だけ。ミリクが言うところの“力学制御”に近いものだ。


 ゆっくりと下に移動するペンの動きは、以前食堂でミリクが二階から飛び降りるときの動きと似ていたというのもある。


 だが、今回の魔法はもっと別物だ。


 レイルウェイは、窓の外──部屋の外を見ていなかった。だから気付けない。



 自分たち以外の全てが遅くなっていたということに気付けない。



 自分の周辺の時間の流れを加速させるという、時間を操る神代の(失われた)魔法だとは思い至らなかった。


 自分でその予想を言いつつ、どこか釈然としていない友人を見やり、ミリクは満足したように微笑む。


「いまのがなにかは、そのうちわかるよ。れりー」



 ミリクが満足していたのは、“方尖柱(オベリスク)の影使い”──『黒』の時間操作を補助する仮想精霊──がうまく動作したからではない。



 “鏡移しの盃”──『黄』の“無限法”──による魔力供給がうまく動作したからだ。



 人が考えるには難しいことなら、別の存在に任せればいい。丁度、属性聖霊によって利用できる属性魔法と同じ理屈である。


 ただ属性魔法と違って、世界の法則にする必要はない。寧ろ、全人類がいきなり使えるようになれば様々な問題が起こるだろう。個人単位で“無限法”の利用可能状況を管理できる点からも、仮想精霊に考えさせるのが妥当といえる。


 “鏡移しの盃”を与えられた者だけが、無限の魔力を扱える。


 そして無限とはいえ、生み出す“盃”(占有域)の大きさを与える側で固定値にしてしまえば、瞬間最大使用量の制限も合わせて管理できる。


 まして、“鏡移しの盃”が他者への譲渡や複製ができないものなら、それを管理するものが得る利益と権力は途方もないものになるだろう。



「あんいんすとーる」

「なんかもったいない気がする……」

「まーまー。けーきあるからたべよー」

「……食べる」





 タルザムはミリクからその報告を受けたが、正直何が何やらさっぱりだった。


 武を尊ぶサングマ辺境伯の近衛騎士団の副団長を努められる程度には、彼は剣術も体術も魔術も馬術も使い熟す。だがそれは、騎士の道を極める上で無駄を削ぎ落とし洗練させた結果だ。

 当然その鋭利さが無知を孕んでいることは承知している。その為の部下であり仲間達だ。


 個の完璧には限界がある。小隊単位で互いに補完し合い、中隊単位で互いの保険になり、堅固な完璧を維持する。

 それは騎士団というよりも軍に近い運用──サングマ辺境伯らしいと言える──それでも騎士団と呼ばれるのは主君に忠誠を誓う者達だからだろう。


「俺もあったほうが良いのか? その“盃”というやつ」

「ちちうえは、おれからきょーきゅーされるからだいじょーぶです」


 ミリク曰く、管理者(マスター)になった時点で『賢者の本棚』と魔術的に繋がっており、それを介して魔力の供給や魔法の行使が可能らしい。しかも外界を経由しないため、外部からの妨害どころか探知もされにくい。


 なるほど世界を滅ぼす兵器と自称していただけある、とタルザムは悩みの種が増えた気分だった。





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