青の座 その1
少し脇道にそれた話になります。
(2019/03/25 改行とか調整しました。)
(2019/06/09 分割しました。)
ミッションヒル教国。
キャッスルトン王国の内に存在する小さな国。
王都に隣接するこの小国は、宗教関連施設が集約された聖職者のための総本山。
神に遣えるものの聖地だ。
そこには教会本部があり、大聖堂がある。
ガタガタと教会本部に向けて走る馬車。
そこに、二十代初めほどの青年と十代半ばの少年の二人が揺られていた。いや、実年齢ではそうなのだが、青年の方が小柄で童顔なこともあり、どっちが年上だかパッと見勘違いしてしまう。
「バダンタム大司教、大丈夫ですか? すごい顔色してますけど」
「……大丈夫じゃない」
バダンタム大司教と呼ばれた童顔の青年の顔色は真っ青で、まさにこれから得られる称号にふさわしい色だった。無論喜んではいない。そのまま教会経由で墓地に行きそうだ。
そんなバダンタムを兄と慕ってきた少年司祭ナグリは、もうすぐ大司教ではなくなってしまう彼を、心配そうに見ている。
希代の若き敏腕聖職者、バダンタム大司教。
今でこそそんな地位にいるが、彼は元々貧しい村の貧しい教会のさらに貧しい孤児院で、細々と生きていた。
身寄りの無い、珍しくもない、よくいる孤児の一人。
バダンタムは将来のためにと、聖書──概典と呼ばれる、教えの中でも特に生活に深く関わるものを中心に編纂した廉価版の聖書だ──でそれなりに必死に読み書きを勉強していた。
身体が弱く、魔法の才能もそれほどない。彼は勉学に勤めるほかなかった。
貧乏教会のただ一人の聖職者であったラプサム司祭は、そんな彼を応援し、自分に教えられるものと言えばこれだけだと、教会の儀礼の手順についても時折教えていた。
しかし、貧しさは孤児だけではなく司祭にも平等に降りかかる。無理が祟ったのか、結果として、ラプサム司祭が先に亡くなってしまった。
これから先どうすればいいのか、孤児たちが悩む中、バダンタムは声を上げた。
「おれが、司祭をひきつぐ!」
その時行った先代司祭ラプサムへの葬送の儀礼が、バダンタムの司祭としての最初の仕事だった。
それから数年、冠婚葬祭の最低限の儀礼を必死でこなしていたある日、お忍びの貴族と思われる、明らかに高貴なオーラの男女がおんぼろ教会にやって来た。
当時のバダンタム司祭は、十二歳の少年だったが、貧困も相まってその年齢以上に小柄だった。そんな子供が司祭の服で儀礼を行っていたので、当然事情を尋ねられた。
バダンタムが身の上話をした結果、二人から大変感動された。
バダンタムはその時知る由もなかったのだが、この二人組は視察も兼ねて新婚旅行で国内の各地を見て回っていた第一王子夫妻だった。
そんなこんなで色々とすっ飛ばし、十代半ばながらも特例として大司教の地位に至る羽目になった。
教会と孤児院も改築され、くそ恥ずかしい自分の逸話のパネルまで取り付けられていた。
それでも、ラプサム司祭の石碑を作ってもらえたことには、心の底から感謝していた。
そこからは、忙しくも充実した日々を送っていた。
各地の司教、大司教たちが集まる場では、「王族に媚びを売って成り上がり、己の血が青くなったと勘違いした尻の青いガキ風情」となじられていたが、それでも挫けることはなかった。
帰ってから泣くことはあった。しょっちゅうあった。
だが彼自身、『賄賂も後ろ暗い柵もなにもない、幼くも清貧で真摯な姿勢が王族の目に留まり認められた大司教』という綺麗な箔を最大限活用し、多くの貴族家から寄付をかき集めることに成功していた。
バダンタムは自身の境遇もあり、その集めた資金を使って、炊き出しのほか、教育に力を注いだ。無論、生徒の多くは孤児院の子供たちだ。
そのうえでバダンタム自身も無学を承知していたので、しばしば同じ席で勉強をしていた。単に、自分だけのために時間を割いてもらうのは勿体無いという程度の理由だったが、それが外部からの真摯なイメージや他の生徒達のモチベーションを、更に跳ね上げていた。
その結果、あくまで将来の選択肢を与えるためのつもりの教育だったのだが、多くの清貧で信心深い、優秀な修道士や助祭を輩出することになった。
そして各地に散った彼ら──特に一期生──は、即座に不正な金銭の流れを見つけては、神の名の下で告発し、入れ替わるように司祭の地位を獲得していた。
何せ彼らは大司教と同じ教育を受けていたのだ。読み書き計算は呼吸の如く習得していた。それどころかサインや封蝋の偽造、経理の矛盾や脱税を見抜く。そのうえで清廉な在り方を叩き込まれていたので、問答無用で大司教に通報が集まった。
バダンタムとしては想定外も良いところだったのだが、集まった告発を無碍にすることもできず、証拠と共に教会本部に丸投げした。自分とは別の教区からのものもあったので、面倒だったとも言える。
そうして、いつのまにやらその地位に見合うだけの勢力を教会内で持つことになった。バダンタム本人は、生徒たちもあっという間に立派になったなあ位にしか考えていないが。
そして、一週間ほど前、手紙が届いた。
とても上質な紙で、そして今なら理解のできる封蝋。
「エデンベール猊下からの、手紙……?」
教会本部の幹部直々の言葉。
そこには目を疑う文章が記されていた。
《バダンタム大司教殿
君のその素晴らしい信心を、神は常にご覧になられておいでだった。そんな君に相応しい『青』の座を用意した。
これは神託である。
君の信頼する者を一人付けなさい。
本部聖堂にて、君に会えるのを楽しみに待つとするよ。
『黄』のエデンベール》
「『青』の座……?」
バダンタムは、夜空の星々を背景にした猫のような顔のまま、思考が停止していた。しかし、それでもその言葉の意味をよく理解してしまう。
なにせこれは、『黄』のエデンベールからの手紙だ。
神の大いなる『五つの恩寵』──『赤』『青』『白』『黒』『黄』──それは同時に、教会に五人のみ存在する、教皇に次ぐ位、枢機卿を表すものだ。
だが、その席が空いたという話は聞いていない。
当然だ。
なにせまだ空いていない。
これは『黄』のエデンベールお得意の神託なのだから。
「バダンタム大司教、バダンタム大司教? バダ兄? おーい?」
孤児時代から弟のようにバダンタムに付き従い、手伝っていたら芋づる式に司祭をすっ飛ばして司教になっていた少年ナグリが、手紙を持ったまま現実を受け止めきれていない大司教の身体を揺する。
「あ、ナグリか。……悪いが急用だ」
「え? やっと反応したと思ったらどうしたんです」
「一緒にミッションヒルまで付き合ってくれ」
そして、そんな地位にふさわしい顔色の青年を乗せた馬車が、教会本部に到着した。
国の名前がキャッスルトン王国に決まりました。
バダンタム君さんは、学ランを着せたら中学生として補導してもらえるレベルの見た目です。
ナグリ君が同じ格好をすると、高校生に見えます。