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五色の書  作者: 鳥辺野ひとり
王都 ティンダーリア魔法学園
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人工精霊使い その3



 三人と育児使用人(ナーサリー)達はキャッスルトン公爵家別邸の訓練場に向かう。


 実践的に利用されるサングマのものと違い、どちらかというと形式的に存在しているそこは新品同様で、たまに護衛の選抜や訓練に用いる位である。


 ミリクはレイルウェイを連れて、訓練場の中央部に進んだ。シンジェルは傍らの観覧席からそんな二人を見守る。


「れりー、『こぶしをあずける、“ぽるくす”』って言ってみて」

「『こぶしをあずける、“ポルクス”』ッ!?」


 レイルウェイがそう復唱した途端、()()が変わった。


 それは熟達した拳闘士の空気を纏っている。


「えっ、まって、なにこれっ」


 しかし顔はまるで噛み合っておらず、レイルウェイは狼狽するばかりだ。


「いくよー!」

「な、なにを……?!」



 パァンッッと弾けるような音が響く。



 ミリクが振るった、その場にいる誰の意識にも上らないような不可視の殴打。


 容赦のない、数多の騎士を殴り飛ばしたその拳を、全身に魔力を纏わせたうえで左手を強化したレイルウェイが、素早く打ち払った。



 その動きは洗練された戦士の動きだ。



「??!!」



 誰よりも、レイルウェイが驚いていた。




 間髪入れず、ミリクが踊るようにほぼ同時に三箇所へ手刀を振り下ろせば、レイルウェイは舞うように躱し弾き受け流す。


 どちらも子供どころか人間の動きを逸脱している。


 レイルウェイはそのままミリクを懐に引き込み、膝蹴りのカウンターを放つ。しかし、まるで宙を舞うシルクのようにそこには手応えがない。


 どう避けられたのか見えていなかったにも関わらず、レイルウェイは自身の背後にミリクがいると確信できた。


 骨を砕き内臓を潰す一撃が既に迫っている。いや、もう触れている。



 ガリガリと嫌な音が聞こえた気がした。



 レイルウェイの身体が不自然にブレる。


 触れたミリクの腕が伸びきり、その打撃が完全に死んだ。

 レイルウェイは、そのままヌルリと滑らかな曲線で身体を回し、ミリクの側面に回り込みつつその足元を蹴り払う。

 ミリクは軽く飛び上がって両膝を曲げ、レイルウェイのその足払いを避け切る。が、レイルウェイは踏ん張りのきかないミリクの伸びたままの腕をそのままくるりと回して投げ飛ばし、真っ逆さまに地面へと叩きつける手前で更にその顔面に向け拳を打ち込んだ。



 またガリガリと音がする。



 ──駄目だ。今度は()()()()


 レイルウェイはそう直感した。



 ミリクは軽やかに着地する。そこにダメージの気配はない。

 だがそれは……レイルウェイも同じだった。


 最初は混乱していたものの、否応無しに放たれる攻撃と、それに勝手に対応する身体。そして、“シューニャ”(汎用計算人工精霊)の上で動く“ポルクス”から流れ込む感覚に慣れていくにつれて、レイルウェイは当然とも言えるある確信を深めていった。


(ミリクはぜんぜん本気を出してない。おれをぶっ飛ばすチャンスを十四回も捨ててる)


 そこに、新たな情報が“シューニャ”(汎用演算人工精霊)から通知された。


《警告:魔力残量が20%を下回りました。稼働中の常駐術式を待機状態にします。》


「まりょくきれてきた?」


 まるで見透かすように、分かっていて確認するように、ミリクの問いが飛んできた。


「あ、あぁ。なんかけいこく? 出てる」

「えへへ〜、じつはまだねんぴがわるいんだー。おれはもんだいないけど、そのへんはほかのみんなにまかせよーかなー」


 先程の殴り合いが嘘のような和やかな雰囲気。


「レリー! 怪我とかしてない?!」


 戦闘が収まったと見るや、シンジェルが駆け寄って来る。


「え、あぁ。だいじょうぶ。なあジル、おれ、どんな感じだった?」

「そ、そりゃ……凄かったよ……ミリクと互角に打ち合えてたんだから……少なくとも高等部(ギムナ)とか、戦闘系の研究室(ゼミ)生みたいだったね」

「互角、か」


(あれだけ手加減されてて、互角に見えるのか……)


 レイルウェイは少し考えて、思い出したようにミリクに尋ねた。


「あのガリガリなるのは、“りきがくせいぎょ”ってやつの()()()()なのか?」


 戦闘中の決定的なタイミングでしばしば響いた異音。

 だがシンジェルの反応を見る限り、周囲に聞こえる普通の音とは別物らしい。

 そしてその異音の直後に、ミリクかレイルウェイのどちらかが不自然な動きをしていた。音も無くすんなりできたりやられたこともあれば、音と共に成功や失敗の感覚がするときもあった。


「そーだよー。こっちでうばったり、わたしたりしてみたんだけど、そのへんもわかった?」

「なんとなく」

「よかったー」

「レリーもミリクも何の話してるんですか? 僕だけ仲間外れにしないでくださいよ!」


 珍しくシンジェルが一番振り回されているような形になり、ミリクとレイルウェイは顔を見合わせて吹き出した。




「えぇー、消しちゃうのかよー」

「うん。さっきそーいうやくそくだったし。あんいんすとーる、“ぽるくす”」


 レイルウェイが口を尖らせて残念がるが、構わずミリクは“ポルクス”や肉体制御ドライバーを“シューニャ”上から削除する。

 三人は四阿(あずまや)に戻って茶会を再開していた。


「まーまーつよくなるけど、ちょーきせんにはむかなそーってわかったからじゅーぶん」

「あれで、まあまあなんですか……」


 手を抜かれていたことを実感していたレイルウェイと違い、観戦していただけのシンジェルには、ミリクが何を基準として想定しているのか理解できなかった。


「けっきょく、“ポルクス”ってなんだったんだ?」

「んー……かそーせーれー( 仮想精霊 )……ぎじれーこん( 擬似霊魂 )……かなー?」

「かそうせいれい?」

「キジベーコン……?」


 “シューニャ”は計算をするだけだ。それしかできない。


 だが逆に言えば、()()が計算式で表現されているなら、“シューニャ”は扱うことができる。


 ()()演算人工精霊とはそういう意味だ。


 数学的にモデル化されていれば、物理的なシミュレーションも、言語処理も、数多の拳士の技術を学習データとした体術の最適化も、自在に行なえる。


 “シューニャ”上で動作する“ポルクス”は、ただの術式と言うにはあまりに複雑で有機的な振る舞いであり、“精霊の中で動く精霊”、と言ったほうがしっくりくるものだった。


 少なくともベーコンではない。


「んん……」

「れりー、ねむい?」

「……んん、ちょっとねむい、かも」


 レイルウェイの頭がかっくんかっくん揺れ始めて、瞼が徐々に降りていく。


「魔力を一気に大量に使ったからですか?」

「うん。4/5くらいつかった。ねればふつうにかいふくする」


 魔力の急激な消耗は、眠気、倦怠感、浮遊感、意識の混濁、発熱、頭痛、吐き気などの症状が現れる。魔法風邪とも呼ばれ、特に魔法の消耗を調整しきれない子供に多い。

 といってもよほど重篤なものでもなければ、眠って回復するのがほとんどだ。わざわざ魔力回復薬を服用したり魔石で補充したりするのは、それこそ特定の専門職のみである。


「レリー、歩けそう?」

「ぅー、……」


 ごっ。


 椅子に座ったまま、レリーの額がテーブルに受け止められて鈍い音を響かせた。

 ティーカップの水面が波打ち、黄金の輪がゆらゆらと揺れる。


「くー……くー……」


 そして起き上がらない。


「……」

「駄目ですね」



 ミリクの魔法による運送(2度目)により、レイルウェイはふよふよとシンジェルの自室の天蓋付きベッドまで運び込まれた。





 熱い。


 淹れたての紅茶のようだ。


 その熱は口腔を満たし、喉をくぐり抜け、身体全体に行き渡っていく。



「……ん……?」

「すごい、本当に起きましたね。物語で見る“王子様の口付け”ってこういう技術もあったんでしょうか」

「んんんッッ???!!!」


 レイルウェイは目が覚めて早々に高速で後ずさりした。シンジェルの言葉に反応することすらできず、額に続いて今度は後頭部を壁にぶつける。


「ぷはーっ」


 ミリクが満足気に笑顔を咲かせる。


「まりょくをこーりつよくうつすのは、ふかく、ひろく、じかにふれあってるのがだいじなんだー」

「あとは相性でしたっけ」


 シンジェルが興味深げに確認する。


「おれは()()()()()()けど、ほんとは、ちがちかいほーがいい。じるもできるとおもう」

「なるほど、流石ですね! 次の機会があれば僕がやってみます」

「おれとれんしゅーする?」

「いいんですか! 是非!」


 目の前で、幼なじみの親友と年下の親友な教授が、チュッチュと気軽にキスし合っては唸っている。



「うああああああああ!!!???? おれのはじめてええええええええ????!!!!!」



 憐れな少年の素っ頓狂な悲鳴が響いた。





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