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五色の書  作者: 鳥辺野ひとり
王都 ティンダーリア魔法学園
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人工精霊使い その2




「むりです」



 ミムの問いに、ミリクは付けたままの猫耳をピクピクッと動かしながら即答した。

 今回開発した“シューニャ”(汎用演算人工精霊)を天使にできるか、という質問だ。


「“しゅーにゃ”は、てんねんものとちがって、せーれー(精霊)さんのげんけー(元型)からつくってるので、()()()()()せーれーさんとしてうごきます。なので、てんし(天使)さんのいるとこにもっていったら、うごかなくなります。ぱろけと(『神殿の幕』)のむこーには、しこー(“思考”)がないので」


 天然の精霊──あるいは天使や悪魔さえも──純然たる神の力で構成されている。しかしそれらは分化しきっていないがゆえに流動的であり、その存在は()()に応じて適切な存在に移ろう。個が確立されておらず元型自体との結びつきが緩いゆえに、その場ごとに合った元型の影響を強く受ける。


 天界第三層“霊魂の形成(イェツラー)”は、肉体(物質世界)に近い顕在意識──“感情”と“思考”──の三層下部と、(神界)に近い潜在意識──“意志”と“記憶”──の三層上部が、『神殿の幕(パロケト)』によって区切られている。


 “シューニャ”が動くには、三層下部の“思考”が必要だ。

 だから三層上部──天使達の居る『神殿の幕(パロケト)』の向こう側──には持っていけない。

 計算が出来なくなる。



「……その言い方だと天使の元型もあるんですかねェ?」



 天使の元型を使えば、人工天使を作り上げることができ、『神殿の幕(パロケト)』の向こう側を詳細に観測できるのではないか。


 ミムはそう考えてミリクに尋ねた。


「ぞくせーせーれーのためのげんけーならある。それいがいは、もうつかえるのはないです。ひとにはつかえない」


 シムリンが目を細める。


()()……? 昔は人が扱えるものもあったってことか?」

「ないしょー」

「……そうか」


 ミリクから「ないしょー」と返ってきた場合、下手に追及すると、「あの坊主なんで俺にはあんなに塩対応なんだ……?」と蒸留酒をあおりながら愚痴りまくっていたテライン教授(哀れなおっさん)の二の轍を踏む可能性が有るので、シムリンは一旦話題を変えることにした。


「属性聖霊の元型はあるのか……だから新しく属性を作らないかという話だったのか……」

「でも、いっぱいまりょくつかうから、とってもたいへん。あとそーゆーよーとにしかつかえない」

「人の思考と魔力を汲み取って、適切な魔法現象として顕在化させる以外はできないと」

「ぞくせーせーれーでもぱろけと(『神殿の幕』)よりうえは、きほんみれない」

「なるほど、それじゃあ天使や悪魔の観測には使えないですねェ……」


 ミムが残念そうに溜息をつく。


 シムリンは、椅子の上で手持無沙汰にしているレイルウェイに視線を向ける。


「レイルウェイ君は体調や気分に問題ないか」

「あ、はい。おれは大丈夫、です。……これ、まだつけてたほうがいい、ですか?」


 レイルウェイが三角座りで尻尾を揺らめかせながら尋ね返す。

 彼は上半身裸に、ポップな柄のぶかぶかパンツという結構あられもない姿だ。

 その体には、魔力伝達性の高いケーブルで観測機器と繋がれたセンサーが、あちこちに貼り付けられている。

 本当にあちこちに貼られており、太ももやパンツの中からもケーブルが伸びていて、そこだけ切り抜いて見ると如何わしさがすごい。


「シムリン君、この格好のレイルウェイ君のぬいぐるみ作ったらいいんじゃないですかァ? 理事長への説明にも便利ですよぉ? 説明の前に絶命する可能性もありますけど。ヒヒヒッ」


 シムリン研究室の棚のあちこちには、沢山の手作りぬいぐるみが飾られている。教授陣や研究室生がモデルのようで、デフォルメされた上に動物を思わせる耳や尻尾が付いたやけに可愛らしい造形。


 彼の趣味だ。


 最新作はミリクのぬいぐるみで、初等部(プリマ)の子供がよく着る運動着バージョン。鋭意製作中であり、まだ誰にも見せていないはずだが、ミリクはなんの前触れもなくその格好でシムリン研究室にいる。ワッペンだけが教授デザイン(金糸紋様)である。


 参考になるし最高なのだが、底知れぬ恐怖が背後や足下にあるかのように感じる。


「……」


 ミムの言葉に、シムリンは改めてチラリと視線を測定器からレイルウェイ本人に移す。



 ……最高だ。



 視線に気づいて、レイルウェイがびくりと身体を震わせる


「さ、さすがにはずかしいから、おれ、やだ、です……」


 ミムの提案に思わずキュウッと身を縮めるレイルウェイ。猫耳をぺたんと倒している。言葉使いも彷徨ったままだ。


 ツボったのか、シムリンは顔を強張らせると頭を不自然に回して視線を外そうと努める。耳のほうが赤い。


「れりー、さいのーあるー」

「へ?」


 ミリクの言葉をレイルウェイは全く理解できなかった。





「へぇー! つまり今レリーは“精霊使い”ということですか」

「うん」

「けいさんできるだけだけどな」


 シンジェルの自宅、キャッスルトン公爵家の別邸。

 その薔薇園と言って差し支えない見事な庭は、しかし冬手前ということもあり少し寂しげだ。


 その中央の四阿(あずまや)で行なわれる、少年三人のすっかり慣れたお茶会。


 今日はカービア(シンジェルの母親)サロン(貴人の集会)で不在。シンジェル曰く、ものすごく残念そうにしていたそうだ。

 というよりもサロンが面倒なのだろう。


「答えしかわからなくても、合ってるかどうかが分かるのは充分便利じゃないですか」

「そうか?」

「認可する書類の数字の確認がすごい楽にできますよ。レリーだと……それこそ研究結果の確認で使えるじゃないですか」

「まあ、たしかに……」


 レイルウェイ的には思っていたのと違うという感じだったが、シンジェルはその価値を比較的正しく評価していた。

 ただ所詮は初等部(プリマ)であるレイルウェイには、魔法研究の実験で測定結果の検証をする機会はまだ無い。6年ほど先だろう。


「んー。れりーがじぶんでやりたいことを、すーしきにして“しゅーにゃ”にあずけられるようになったら、もっとじゆーにつかえる」

「そうなのか?」


 レイルウェイはミリクの言葉の意味がいまいち分からないようだ。いや、ミリクの言葉が理解できないことなど珍しくもないのだが。


「おれがやってみよーか?」

「なにするんだ? なんかまほうか?」

「うーん、くみて?」


 ミリクはそう言うと、レイルウェイの目をジッと見つめる。


「いんすとーる、にくたいせーぎょどらいばー」


 ミリクの意味不明な発言の直後に、レイルウェイがぎょっとする。


「うわっ、なにこれ……? なんかでてるんだけど」


 普段“シューニャ(汎用演算人工精霊)”は計算結果を分かりやすく結果を伝えるため、生気(エーテル)体を通じレイルウェイの視覚上に情報を表示している。

 そして今まで数字や文字式の羅列しか表示されなかったそこに、何か長いメッセージが表示されていた。



《本精霊の演算結果を視覚以外にフィードバックするドライバーがインストールされます。これにより本精霊は以下の権限を得ます。(事前確認有)

・四肢の筋肉の制御

・平衡感覚制御

・触覚制御

・痛覚制御

よろしいですか?》



「ミリク、どういういみだこれ」


 案の定、レイルウェイにはさっぱり意味が分からなかった。素直にミリクに尋ねる。


「せーれーさんが、れりーのからだをかわりにうごかせるようになるけど、いいですかってかくにん。じっさいにうごかすときには、またじぜんにかくにんされる」

「からだをのっとられる?」

「そうともいう」

「え、それ大丈夫なんですか?」


 文字通り、“シューニャ”がレイルウェイの肉体を操作する権限を許可するかを求めている。


「それはちょっと……」

「だいじょーぶ、おわったらすぐにちゃんとけす」


 ミリクが澄んだ青い瞳でレイルウェイを見つめる。


「わ、わかった……ちゃんとけせよ」

「うん」


 レイルウェイが《はい》を選ぶが、特に何も起こらない。首をかしげていると、ミリクがさらに言葉を紡いだ。


「いんすとーる、“ぽるくす”」

「うわっ、またなんかでた」


 同じような文言だ。


《本術式の稼働には、以下の権限を必要とします。

・体内魔力制御

・肉体制御

・力学制御

よろしいですか?》


 レイルウェイはおずおずと《はい》を選ぶ。しかしそれでも特に何も起こらない。


「??」

「じる、くんれんじょーあいてる?」

「訓練場ですか? 空いてますけど……」





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